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2015.07.21

09|川・水辺のデザインノート

吉村 伸一((株)吉村伸一流域計画室|EA協会 副会長)

8.歴史的治水施設の活用と景観保全:宮川堤の保全整備(その2)

前回紹介した宮川堤の一部区間の工事が完了した。この設計に係わったチーム堤メンバーと岐阜大の出村嘉史さんと一緒に花見をかねて宮川堤を訪れた(2015年3月28日)。あいにく桜は1~2分咲きといった状態だったが、天候に恵まれ心地よい花見を楽しんだ。その後、6月に三重河川国道事務所の方々と宮川堤を見てきたので現在の状況を報告する。

 

  写真1 チーム堤メンバー:左から山田(EAU)、吉村、原田(現在岐阜大学)、崎谷(EAU)

■広々とした堤防

整備前の堤防天端幅は6m、整備後は約2倍の13mに広がった。開放感のある空間になっている(写真2、写真3)。桜に囲まれた宮川堤独特の空間風景だ。堤防拡幅(川表側への盛土)によって高水敷の桜(影響範囲)は伐採したが、桜の減少をあまり感じさせない。十分な緑量が確保できたように思う。

 

写真2 整備前の堤防:天端幅6m。緑量は多いが堤防幅は狭い。

 

写真3 整備後の堤防(2015.6):天端幅13m(本堤防7m、側帯6m)。川裏(写真右)の既存桜は存置し川表側の既存桜は伐採撤去。本堤防に樹木の根が入らないように措置した上で新しい桜を植えている。本堤の舗装幅は3m、側帯の舗装幅は1.5mとし緑地面積を広くとった。堤防法肩はラウンディングさせている。

 

写真4 上流で拡幅整備された堤防(堤防天端幅7m、舗装幅6m)。いかにも味気ない。

 

堤防に雨水が浸透すると堤防強度が低下するので、最近は堤防天端を全面舗装することがスタンダードになっている(写真4)。宮川堤の設計では舗装幅を従前の3mとしたが、そうすると浸透面積(緑地面積)が大きくなり堤防強度という点で問題となる。そこで、遮水シートを設置することで雨水浸透の課題をクリアした。そう難しいことではないが、標準設計(舗装による浸透抑制)が頭にあるので、堤防天端の舗装と緑地のバランスといった景観的視点からの検討はほとんどなされない。

 

 

■月ノ輪

緑地帯に新しく植えた桜の脇に、「月ノ輪」と名付けた半円形の盛土を連続的に配置した。普段は人が腰掛けるなどベンチとして利用できる(写真5)。桜が生長すれば木陰が形成されるだろう。大きな洪水がきたときには、この盛土を削って土のうをつくり水防活動に使うことができる。

宮川堤防は下部が礫層で、川の水位が高くなるとしばしば堤防法尻から水が噴き出すことがある。水防工法のひとつに「月ノ輪」工法というのがある。水が噴き出している堤防法尻に土のうを積み半月状に囲って水を溜め、水圧のバランスをとって堤防からの漏水を防ぐ。そういうときの土のう材料として役立つ。土を使って普段の利用と非常時の備えにするというアイデアである。

*月ノ輪については、例えばhttp://www.ricgis.org/ricdata/suibou/03-3tsuki.htmなどを参照。

 

写真5 月ノ輪:普段の利用。岐阜大の出村さんと長谷川さん(出村研究室)による普段の使い方デモンストレーション。

 

■境楠

堤防脇に「境楠(さかいくす)」と呼ばれる伊勢市指定天然記念物のクスノキがある(現在は枯死している)。かつて中島町と中川原町(現宮川町)の境界に位置していたことから「境楠」と呼ばれるようになったという。通常の堤防拡幅をすると境楠は盛土に埋没する形になるので、境楠周辺は急勾配の石積護岸とし原位置に残した。整備前の境楠は周囲をブロック積の護岸と柵でで囲われ閉じられた空間になっていたが、境楠の根元レベルに小広場を設けスロープと階段でアクセスできるように整備した(写真6)。

 

写真6 整備前の境楠(左)と整備後の境楠(右)。

 

写真7 整備後の境楠(2015.3.28):楠大明神に手を合わせる人や世間話をする人の輪、法面を上り下りして遊ぶこどもなど、境楠の周りに新しい人の動きが生まれている。

 

写真8 整備後の境楠周辺(2015.6)。

 

■歴史的土木遺産(突出し堤)の保全

写真9 周防守堤付近(整備前)。右手桜の後ろに突き出しているのが周防守堤(1702年築造)

 

写真10 周防守堤付近(整備後)。堤防の前出し(腹付盛土)によって、突出し堤の根元の部分が短くなったが、突出し堤の基本的な形状は継承されている。洪水時の治水機能ももちろん発揮する。

 

写真11 駿河守堤(1685年築造)付近の堤防空間

 

工事が完了したのは計画区間の半分ほどではあるが、堤防空間としては広々とした心地よい空間になったと思う。三重河川国道事務所の話では、夕方には以前よりも多くの人が散歩に来るようになったということである。桜堤は全国にいくつもあるが、江戸時代に造られた土木遺産が現存し、しかも今も立派に治水機能を果たしている。そして、高水敷も含めて桜の樹木群に囲まれた堤防は他にはないと思われる。宮川堤独特の景観ということが出来る。

今回の整備は2013年の式年遷宮と重なった。次回式年遷宮(2033年)には、お伊勢詣りで賑わった「宮川桜の渡し」も再整備されて歴史を感じさせる空間になっていることを期待したい。

 

土木デザインノート

吉村 伸一Shinichi Yoshimura

(株)吉村伸一流域計画室|EA協会 副会長

資格:
技術士(建設部門:河川、砂防および海岸海洋)

技術士(環境部門:自然環境保全)

特別上級土木技術者[流域・都市](土木学会)

 

略歴:
1948年 北海道生まれ、石狩川流域人

1971年 室蘭工業大学土木工学科卒業

1971年 横浜市役所 勤務

1998年 吉村伸一流域計画室設立、代表取締役

 

主な受賞歴:
2005年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(和泉川/東山の水辺・関ヶ原の水辺)

2008年 土木学会デザイン賞 優秀賞(嘉瀬川・石井樋地区歴史的水辺整備事業)

2011年 土木学会デザイン賞 優秀賞(いたち川の自然復元と景観デザイン)

2018年 土木学会デザイン賞 優秀賞(伊賀川 川の働きを活かした川づくり)

2021年 復興デザイン会議第3回復興設計賞(川原川・川原川公園)

2022年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(川原川・川原川公園)

 

主な著書:
日本文化の空間学(東信堂、2008、共著)

多自然型川づくりを超えて(学芸出版社、2007、共著)

多自然川づくりポイントブック(日本河川協会、2011、共著)

図説・日本の河川(朝倉書店、2010、共著)

川の百科事典(丸善、2009、共著)

川・人・街-川を活かしたまちづくり(山海堂、2001、共著)

自然環境復元の技術(朝倉書店、1992、共著)

 

組織:
(株)吉村伸一流域計画室

代表取締役 吉村伸一

〒245-0008 神奈川県横浜市泉区弥生台9-1-12-103

TEL:080-5414-7135

 

業務内容:
・河川の自然復元および景観デザインに関わる研究、計画、設計

・川づくり、まちづくりに関わるコンサルタント業務

・市民参加、合意形成マネジメント

・その他上記に付帯する業務

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