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2013.07.11

05|川・水辺のデザインノート

吉村 伸一((株)吉村伸一流域計画室|EA協会 副会長)

4.川からのまちづくり計画:和泉川(その1)

横浜市で最初に、河川の改修計画区間全体を対象にした河川環境整備計画を検討したのが和泉川である。今から25年前(1987年度)の取り組みである。今回も古い事例で恐縮だが、実は「この報告書を超える河川環境計画はまだでていない」と密かに思っている。私は発注者で受注者は(株)農村・都市計画研究所(橋本忠美さん)である。報告書はB4版250ページ。私は、橋本さんとの共同作業で多くのことを勉強させてもらった。

 

図1 報告書表紙:どんな川を目指すか、この作業で検討したことはなにかをイメージスケッチで表している。

 

■流域全体を対象としたまちづくり計画

この計画の特徴をあげると、「流域全体を対象としたまちづくり計画」として検討・立案したということである。理念としては当然のように思えるが、実際問題としては「普通」ではない。河川の場合、流域全体を対象とするのは主として計画洪水流量を算出するための検討であり、河道計画が定まったあと検討対象になるのは通常、河川の計画敷地内である。それは、例えば公園で言うと公園敷地を越えて整備しないのと同じである。「流域全体を対象としたまちづくり計画」というのは言葉としては美しいが、「絵に描いた餅」になる可能性が大きい、というのも事実である。絵空事ではない、実現可能なプランとなり得るのか。

河川事業で道路や緑地保全や公園整備など他の事業を実施できるかというと、それはできない。では、不可能かというとそうではない。河川事業の枠組みではできないことを他の事業とつなげてやればできるではないか。簡単に言うと、そういうプランである。川と複数の事業をつなげるための事業概念として「川・まち地区計画」を提起した。

和泉川流域全体を九つの「川・まち地区」に分割し、地区ごとに課題や調整事項、水辺拠点計画、他の部局との関連性を整理したのが図2(上流区間)である。

 

図2 川・まち地区計画と関連部局との調整課題

 

写真1 和泉川東山の水辺

 

写真1は、和泉川東山の水辺である(図2の寺脇・東山地区)。川と森をつなげて一体的な空間とするために、河川事業では隣接する斜面林(写真1右)と接するところまでを河川敷地として用地買収した(住宅5~6軒移転)。治水上必要な川幅は管理用通路を含めて20m弱だが、最大幅で60mになる(図3)。これは、国土交通省のふるさとの川整備事業の認定を受けることで補助金の導入が可能になったものである。

 

図3 和泉川東山の水辺:横断図

 

斜面林は、緑政局(現在は環境創造局)のふれあいの樹林制度(緑地保全制度)で保全し市民利用ができるようにした。この土地は宅地開発可能な市街化区域の民有林であり、このような制度が無ければ保全は難しい。制度があっても、保全するための意味づけや地権者への働きかけのタイミングなども重要な要素になる。ここの場合は保全できたが、上流では川沿いの森林が宅地開発された。

河川事業単独では難しいとしても、他の施策や事業と組み合わせてやれば「川・まちづくり」が可能だということである。大事なことは、事業主体や管理区分で物事を考えるのではなく、まちの環境資源をつなげて「いいまちの空間」を形成していくという姿勢である。そして、複数の関係者(機関)を調整してつなげていく行動である。

 

■川・まち地区計画

ここで言う「川・まち地区計画」は、いわゆるゾーニングではない。通常行われるゾーニングは、川の利用や整備方法のゾーニングで、川だけの、あるいは○○川という固有名詞を取り外しても成り立つものが多い。それは、計画者のコンセプトゾーニングと言ってもよい。本計画の「川・まち地区計画」は、そういうゾーニングとは本質的に異なる。和泉川流域の地形、土地利用、水系、景観、歴史、生活圏などのまとまり(環境単位)を見つけ出し、それぞれが固有性を持ちながら重なり合う「川・まち地区」として環境単位に分割し、総合化したものである。

 

図4 生活圏域のダイヤグラム(下流泉区区間)

 

図4は生活圏域のダイヤグラムであるが、区界、町丁界、字界、小学校区、自治会区といった単位があり、それぞれエリアが異なっている。これに流域のまち資源や子どもの遊び圏域などを重ねてまとまりのある環境単位を「川・まち地区」として設定した。

 

■生活者からの視点:子どもの遊び環境調査ワークショップ

計画のプロセスで和泉川流域の全小学校(11校)の4年生400人が参加する「子どもの遊び環境調査ワークショップ」を実施した(03|川・水辺のデザインノートを参照)。

ワークショップは、普段どこでどんな遊びをしているのか、地図に記入してもらう作業である。子どもたちを対象としたのは、子どもたちが川を含むまち全体を生活空間とした「まちの利用者」であり、大人では気づかない目を持っていること、子どもの多様な遊び環境そのものが本来まちが備えるべき環境の質と思うからである。4年生を対象としたのは、地図が理解できること、自転車や電車を使って生活空間の外に出かけることがまだ少ないことなどである。

このワークショップの重要なポイントは、流域内の11校全てで実施すること。1校でも断られたら取りやめる。そういう位置づけで学校と交渉。実施に当たって重要なことは、地図づくりという作業を一人の落ちこぼれもなく楽しく進行するということ。自分が遊んでいる場所と地図の場所とが関連づけられるようにする。最初の5~10分で全員がスタートラインに立つ。どうすればいいか、プログラムを考えてみてください。

 

図5 遊び環境地図

 

図5は子どもたちが地図に記入した遊び場を整理したものである。川では遊んでいないが、川に隣接する斜面林(人の土地)で遊んでいる子がいる。バッタ、カマキリ、ヘビ、カニ、ゴミムシなど、生き物が記述されている。この地図情報から、和泉川と森をつなげると子どもたちが生き物とふれあって遊び育つ環境としての価値が高まる。そういう意味づけができる。この図の範囲では、東山の水辺と関ヶ原の水辺、寺脇の水辺の三つの水辺拠点が実現した。また、この図で阿久和の森と記述している場所(湧き水が流れサワガニがいる)は、公園部局が「狢窪公園」として整備した。

 

■遊び圏の重なりと水辺拠点の配置

図6は、遊び圏の重なりである。下流(図6の下)で見ると、中和田小学校と中和田南小学校の遊び圏が和泉川親水広場で重なっている。1984年に私が設計に関わった親水広場であるが、完成直後から子どもたちが来て川遊びをはじめた。その結果として調査をおこなった87年には、この広場があることによって遊び圏が重なったと見ることができる。遊び圏が重なる場所に水辺拠点を設けると利用価値が高まるという評価ができる。

 

図6 遊び圏の重なりと和泉川親水広場(1984年度)

 

図6の上流では3つあるいは4つの学校区の遊び圏が重なる場所がある。水辺拠点の配置計画を検討する場合に、遊び圏の重なりを一つの指標にすることができる。ワークショップで得られた情報を意味づけし計画に反映させることが大事である。

河川改修区間全体を川幅にゆとりのある自然的な整備をすることは現実性がない。しかし、要所に川幅の広い、あるいは周辺の緑地や公園などとつながった水辺拠点を配置することで、川と自然、川と生き物とのつながり、川と人の関わりが生まれてくる。

ふるさとの川整備事業で整備した上流区間(瀬谷区。約3km)には、二ツ橋の水辺、東山の水辺、関ヶ原の水辺、寺脇の水辺、宮沢遊水地といった水辺拠点があり、大勢の市民が川沿いを歩くようになった。周辺の自然と一体となった心地よい空間を川沿いに配置することによって川とまちを豊かにしていく。そういう川・まちづくりがあると思う。

 

写真2 和泉川関ヶ原の水辺

 

■七つの計画原則:デザイン指針

七つの計画原則(デザイン指針)を立てた。これは、当時としてはかなり先進的なデザイン指針で、今でもその意義は失われていない、と思っている。

原則1:環境単位でデザインする

原則2:生物・生態系を豊かにする

原則3:水の流れをデザインする

原則4:こどもの遊びと川をつなげる

原則5:川と道をつなげる

原則6:まちを川になじませる

原則7:和泉川固有の景観を整える

 

図7は、「原則1:環境単位でデザインする」である。流域、景観域、生活圏域、川に直交する横断形、川沿いの低地空間、橋周辺の空間、水際空間など、大きなスケールから小さなスケールまで様々な環境単位を設定した。河川敷地の中だけでできることを考えるのではなく、川の周辺を含めた空間全体をデザインするという指針である。

 

図7 計画原則1:環境単位でデザインする

 

図8は、「原則3:水の流れをデザインする」であるが、今日でいう多自然川づくりである。当時の建設省が「多自然型川づくり」の通達を出したのが1990年であるから、この計画時(1987)には、我が国ではまだ河川環境の自然復元的な考え方は表に出てきていない。そういう時期である。川の働き(洪水の作用)によって形成される複雑な地形構造を活かす、川の再自然化のプロセス、ショートカットによって生ずる旧河川の活用、河川をとりまく緑の空間デザインなどをデザイン指針として示している。

 

図8 計画原則3:水の流れをデザインする

 

写真3 生き物が潜む自然な水際構造

 

■和泉川地蔵原の水辺:水遊びができなくなる?

図6(遊び圏の重なり)で中和田小学校と和泉小学校の遊び圏が重なる場所に、河川改修と併せて整備したのが和泉川地蔵原の水辺である(相鉄線いずみ中央駅前。1994年度完成)。

水遊び池と生物池があり、子どもたちに人気の遊び場になっている。泉区の区制20周年記念「泉区のいいところ」アンケートでは第1位に輝いた(2006年)。泉区役所のホームページでは「子どもとともに水辺で遊び、水辺の動植物に身近に接することのできる貴重な憩いの場所である」と紹介している。

 

写真4 和泉川地蔵原の水辺:写真左のカスケードは廃止されベンチに。右の水遊び池は1/3の面積になり「水の流れや音を楽しむ修景池」に改修される。

 

オープンから20年経って、地下水くみ上げポンプや浄化施設が老朽化し再整備をすることになったが、水遊び池を「流れや音を楽しむ修景池」に変える。つまり水遊びを事実上廃止する工事が発注されている。

主な理由は、現在の池は水深25cmあってこどもが容易に顔をつけられるので衛生上問題があるということと、地下水の循環は衛生上問題があるということ。開設当時と社会状況が変わっているので確かに改善すべき課題だと思う。対応策としては、水深を浅くすることと地下水の循環をやめて掛け流しにする。そうすることで、安全上衛生上の問題は基本的にクリアできる。水遊びを排除する理由はない。

ところが、水遊び池の面積を1/3に減らして、わざわざ地面を盛り上げてゴロタ石で固め近づきにくいようにして、高さ0.3~0.6mの直立の壁でストンと落とす(階段はない)。役所は安全性を必要以上に気にするものだが、構造的には危険な設計になっている(図9)。

 

図9 道路局河川事業課が発注した改修平面図:池面積を1/3に減らす。こどもが好きなおたまじゃくしの形だという。おたまじゃくしのしっぽの水路幅は1.3~2.7mと狭い。地盤を盛り上げて約0.6mストンと落とす構造になっている。(図は横浜市の情報開示による)

 

何故「水遊び池を修景池にするのか」と聞いたところ、「河川管理者としては親水施設をもうやめたい」(道路局河川事業課)という回答。理由は説明なし。私がこの計画を知ったのは、昨年10月である。横浜市泉土木事務所から再整備の設計について意見が聞きたいとの連絡があり、図面を見て愕然とした。時代が変われば施設のありようも変わると思う。全面更新も当然ある。ただ、利用者や市民の意見を聞いて判断すべきものと思う。

図10は、今年の1~3月にかけて泉土木事務所の依頼で検討した改修案である。業務は20年前地蔵原の水辺を設計した農村・都市計画研究所が受注し、私はボランティアで協力した。この案は、今の池の形状を基本的に活かして、春~夏と秋~冬の水深と水面を変化させる案である。季節で水深を変えるというのは、泉土木事務所のアイデアで、夏は安全面と衛生面の課題を考慮して水深を最大5cmに抑え、秋~冬は今のような水面の広がりを演出するというものである(水深は25cm→17cmにする)。設計条件(地下水のくみ上げ量や掛け流し方式)は、現在発注されている設計条件と同じである。

 

図10 泉土木事務所が検討した現況の水遊び池を活かす案(図は横浜市の情報開示による)

残念ながら、この案は聞き入れてもらえず図9の工事が施工されようとしている。ここまで来ると市民の声しかないが、市民にはカスケード(階段状の滝)が廃止され、水遊び池が「修景池になる」ことが説明されていない。工事予告看板には「水循環システム等の不具合により上の池(ジャブジャブ池)への水の供給を止めています。平成25年5月から12月までを目途に緊急改修工事を行う予定です。」と書いてある。これを素直に読むと、工事が終わったらまた水遊びができると思うのではないか。「水遊びをやめる」なら、きちんと市民に説明すべきだと思う。泉区民に最も密接な関係にある泉区役所(区政推進課)は、区民の声をくみ上げる努力をすべきだと思う。

竣工から20年も経つと施設は老朽化しいろいろ不具合が出てくるし、社会状況も変化する。施設の更新は当然あり得るが、基本はストックマネジメントだと思う。市民に親しまれているもの、市民が大事に思っているものを活かしながら更新するという態度が必要だと思う。

 

今回は、和泉川河川環境整備基本計画(1987年)で検討した内容を紹介した。次回は、いくつかの水辺拠点のデザインについて紹介する予定です。

土木デザインノート

吉村 伸一Shinichi Yoshimura

(株)吉村伸一流域計画室|EA協会 副会長

資格:
技術士(建設部門:河川、砂防および海岸海洋)

技術士(環境部門:自然環境保全)

特別上級土木技術者[流域・都市](土木学会)

 

略歴:
1948年 北海道生まれ、石狩川流域人

1971年 室蘭工業大学土木工学科卒業

1971年 横浜市役所 勤務

1998年 吉村伸一流域計画室設立、代表取締役

 

主な受賞歴:
2005年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(和泉川/東山の水辺・関ヶ原の水辺)

2008年 土木学会デザイン賞 優秀賞(嘉瀬川・石井樋地区歴史的水辺整備事業)

2011年 土木学会デザイン賞 優秀賞(いたち川の自然復元と景観デザイン)

2018年 土木学会デザイン賞 優秀賞(伊賀川 川の働きを活かした川づくり)

2021年 復興デザイン会議第3回復興設計賞(川原川・川原川公園)

2022年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(川原川・川原川公園)

 

主な著書:
日本文化の空間学(東信堂、2008、共著)

多自然型川づくりを超えて(学芸出版社、2007、共著)

多自然川づくりポイントブック(日本河川協会、2011、共著)

図説・日本の河川(朝倉書店、2010、共著)

川の百科事典(丸善、2009、共著)

川・人・街-川を活かしたまちづくり(山海堂、2001、共著)

自然環境復元の技術(朝倉書店、1992、共著)

 

組織:
(株)吉村伸一流域計画室

代表取締役 吉村伸一

〒245-0008 神奈川県横浜市泉区弥生台9-1-12-103

TEL:080-5414-7135

 

業務内容:
・河川の自然復元および景観デザインに関わる研究、計画、設計

・川づくり、まちづくりに関わるコンサルタント業務

・市民参加、合意形成マネジメント

・その他上記に付帯する業務

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