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2013.05.02
04|川・水辺のデザインノート
吉村 伸一((株)吉村伸一流域計画室 |EA協会 副会長)
3.都市河川の自然復元デザイン-いたち川-
私が横浜市職員として最初に取り組んだ事例が横浜のいたち川である。今から30年前(1982)の古い事例で恐縮だが、私の原点ともいうべき仕事なので少し整理しておきたい。
■川らしさの回復:澪筋の形成
いたち川は、河川改修で川幅3倍に広げ川底を平らに整形したので普段の水深は非常に浅くなった(写真1)。瀬や淵もない。排水路のような姿。いたち川に限らず、全国各地の中小河川は今もこのような逆台形状の姿に改変されている。この川に「川らしさ」を取り戻すにはどうしたらいいか。そう考えて計画したのが「低水路」である。
写真1 いたち川 修景整備前(1982)
ここで言う低水路は、普段の水が流れる澪筋のことを指している。川底の一部を少し掘り下げて、掘った土とほぼ同量の土を水際に盛土する。低水路の幅は改修前の水面幅を参考に設定した(図1)。こうすることによって、水深や水面幅、流速といった平常時の物理的環境をある程度回復することができる。
方法は至って単純である。ではあるが、そう単純でもないのが川という特殊な環境である。川は、洪水の作用で形が変化する。大きな洪水が来ると、盛土は流されて低水路はなくなってしまうかもしれない。わざわざお金をかけて低水路をつくったが元の木阿弥になる。そういうリスクをどう考えて設計するか。判断が結構難しいのである。
この設計はコンサルではなく自分で設計したのだが、一番問題になったのが洪水による変化をどこまで許容するかということである。変化はある程度許容するとしても、根こそぎ持って行かれるような設計ではダメ。変化が「ある程度」で収まる。そういう難しい命題である。
当時の低水路は、低水路の両側に低水護岸を設置するのが常識だった(今もそうだが)。だから、低水護岸を設置しないという選択は、結構勇気がいる。優秀な土木技術者はそのような選択は決してしない。
当時、ヨーロッパの近自然工法はまだ日本に紹介されていないし、今で言う多自然川づくりの考え方もなかった。方法は自分で考えるしかない。事例として山口県の一の坂川があったが、低水路の両側に石を投入する方法を採り水際部は木杭で防護していた。いたち川は土で考えている。正直言うとあまり自信はなかった。川の自然性を回復することが目的であるから、水際を構造物で固めてしまうのならやらない方がよい。そういう開き直りの精神で突き進んだというのが正直なところである。
そこで、洪水でえぐれやすい水際部を捨て石(φ50~150の玉石)で保護することにした(石は敷均すだけ)。盛土部は特別な保護はせず草が自然に生えてくるのを待つ。この辺の「いい加減」さがないと、土木の設計は強固なものになる。
図1 いたち川低水路横断図
いたち川低水路は、その後多自然川づくりの先進事例として紹介され、低水路整備が全国に広まった。しかし、その多くは水際部を蛇篭等低水護岸で固めている。自然な澪筋を形成する(水際を固めない)という考え方と工夫こそが重要なのだが…。
写真2 いたち川低水路 施工後約1年(1984頃)。草は自然に生えたもの。
■植生工法による修復
施工から10年ほど経って、盛土部の洗掘が目立つようになった。ある程度予測はしていたが、もう少し安定させる必要があると判断した。ちょうど、ドイツで開発されたヤシ繊維工法(ベストマン・システム)が日本でも使えるようになったので、これを用いて水際と盛土部の安定を図ることにした。ヤシ繊維製品を川底に固定してそこにヨシなどの水生植物を植え付ける工法である。ヤシ繊維をロールに詰めた製品とマット状の製品がある。
水生植物が定着すると流水作用を緩和して水際部や盛土部の洗掘を抑制する。また、植物によって洪水時に流れてくる土砂をトラップして盛土部が安定するという効果が期待できる。
図2 ヤシ繊維工法による低水路の修復
写真3 ヤシ繊維工法を用いた修復(施工後約半年。1994)。水際部にヤシ繊維ロールを設置しヨシやガマを植え付けた。
植物の生長は良く成功したかのように見えたが、5年ほど経って問題が発生。ヤシロール(ナイロンネットの中にヤシ繊維を詰めた蛇篭のような製品。φ450を使用)のヤシ繊維が流出し植物の根が浮き上がって流出してしまった。調査をしてみると、ヤシロールの場合は地中に深く根を下ろしていない。そのため、ヤシ繊維が抜けると植物の根が水中に浮いて流出につながるということが分かった。一方、ヤシマットの場合は植物の根が直接川底に伸長するので安定するということが分かった。
この調査結果を基に問題のあるところをヤシマットで補修してようやく安定。ここまで約15年を要した。試行錯誤の15年である。
■いたち川の修景整備
いたち川低水路は、流水部のリハビリテーションである。天神橋から上流の約800m区間については、流水部のリハビリと併せて河川管理用通路の修景整備(川辺の道)を実施した。具体的には、ケヤキ並木の植栽である。
改修前のいたち川は、ほとんどが天然河岸でケヤキの河畔林が連続していたが、河川改修ですべて伐採してしまった。横浜市の河川計画では、河川管理用通路(3m)と併せて植栽帯(2m)を確保している。このスペースを生かして、ケヤキの河畔林を復元することにした。
写真4 いたち川修景前
写真5 いたち川修景後(写真4と同じアングル)
川沿いにケヤキ並木を復元することで、かつてのいたち川の風景に少し近づいた。
■いたち川ふるさとの川整備事業
いたち川の上流区間は、国土交通省の「ふるさとの川整備事業」(川・まちづくり事業)の認定を受け、いくつかの水辺拠点を整備している。
写真6.7 いたち川稲荷森の水辺
川幅をできるだけ広く確保する。現況の川のいいところをできるだけ残す。周辺の自然環境と川とをつなげて一体的な空間として整備する。これからの河川整備では、まちづくりの視点からの空間整備が重要になる。
写真8 扇橋の水辺 旧河道をそのまま保全した区間。これがいたち川の原型的な姿である。
次回は、和泉川を取り上げる予定です。
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吉村 伸一Shinichi Yoshimura
(株)吉村伸一流域計画室 |EA協会 副会長
資格:
技術士(建設部門:河川、砂防および海岸海洋)
技術士(環境部門:自然環境保全)
特別上級土木技術者[流域・都市](土木学会)
略歴:
1948年 北海道生まれ、石狩川流域人
1971年 室蘭工業大学土木工学科卒業
1971年 横浜市役所 勤務
1998年 吉村伸一流域計画室設立、代表取締役
主な受賞歴:
2005年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(和泉川/東山の水辺・関ヶ原の水辺)
2008年 土木学会デザイン賞 優秀賞(嘉瀬川・石井樋地区歴史的水辺整備事業)
2011年 土木学会デザイン賞 優秀賞(いたち川の自然復元と景観デザイン)
2018年 土木学会デザイン賞 優秀賞(伊賀川 川の働きを活かした川づくり)
2021年 復興デザイン会議第3回復興設計賞(川原川・川原川公園)
2022年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(川原川・川原川公園)
主な著書:
日本文化の空間学(東信堂、2008、共著)
多自然型川づくりを超えて(学芸出版社、2007、共著)
多自然川づくりポイントブック(日本河川協会、2011、共著)
図説・日本の河川(朝倉書店、2010、共著)
川の百科事典(丸善、2009、共著)
川・人・街-川を活かしたまちづくり(山海堂、2001、共著)
自然環境復元の技術(朝倉書店、1992、共著)
組織:
(株)吉村伸一流域計画室
神奈川県横浜市
Email:yoshimura@ys-ryuiki.co.jp
業務内容:
・河川の自然復元および景観デザインに関わる研究、計画、設計
・川づくり、まちづくりに関わるコンサルタント業務
・市民参加、合意形成マネジメント
・その他上記に付帯する業務
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