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2013.02.06

03|川・水辺のデザインノート

吉村 伸一((株)吉村伸一流域計画室|EA協会 副会長)

2.川と人、川とまちの関わりと水辺のデザイン

■空間の履歴を読み解く

第5回川の日ワークショップ(2002年)でグランプリを受賞した写真集「天竜川のあの頃」。国土交通省天竜川上流河川事務所が流域住民に「天竜川の思い出を分けてください」と呼びかけて集まった1100点の写真。そのうちの500点が収録されている。

川と関わって生きる人々の暮らしぶりがぎっしり詰まっている。印象的なのは、数々の記念写真である。弁天祭り、青年学校、青年団、遠足、写生大会、水泳大会、仕事仲間、卒業記念、お盆で帰省した兄弟姉妹、子どもの成長記録…。様々な記念写真の舞台として天竜川が選ばれているのである。それだけ川と人の関わりは密接だった。川は生活の一部であったと言ってよいだろう。

 

写真1 写真集「天竜川のあの頃」と第5回川の日ワークショップ風景

 

川が記念写真の舞台になる。それは川の空間が豊かであったということの証である。「天竜川のあの頃」を見ていると、今の川の姿は実に貧しくなったということに気づかされる。川と人の関わりが希薄になったのは、川の多様な価値を失ったことに他ならない。人と川との関わりの原点、それは川の空間の豊かさであり川の多様な価値である。このことをしっかり押さえておきたい。

私は、「親水性」という言葉を意識的に使わないようにしている。それは、「親水性」という言葉に「治水第一」という常套句と同じ響きを感じるからである。人間の都合で形を定めた治水施設としての川に親水施設を付け加える。設計者の頭の中で勝手に描かれた親水施設。そういう事例が少なくない。親水施設を付け加えたからといって川の多様な価値が回復するわけではない。

その川の多様な価値を掘り起こし、未来に引き継ぐ。より豊かな河川空間を実現していく。そのためには、その川の「空間の履歴」を読み解く作業が重要である。取り戻すべき川の姿を人々の暮らしの履歴の中に見いだす。写真集「天竜川のあの頃」の試みは、重要な示唆を与えている。

 

*川の日ワークショップは(立場や価値観が異なる)官民が一堂に会して「いい川・いい川づくりとは何か」を発見することを目的として98年から実施している。発表時間は3分、選考委員による公開選考(一次選考、二次選考、全体討論)が特徴である。

*「空間の履歴」という言葉は、東工大の桑子敏雄さん(哲学)による。桑子敏雄「空間の履歴」(東信堂)、桑子敏雄「環境の哲学」(講談社学術文庫)

 

■いい川・いい川の風景

先日、久々に京都の鴨川を歩いた。冬の鴨川もいいなと思った(写真2)。一緒に歩いてくれた画家の田中直子さんがfacebookにそのときの鴨川の写真をアップしたら、その反応たるやすごい。田中さんに言わせると「まるで川の流れのように」会話が弾む。京都の鴨川には人を引きつけるなにかがある。

鴨川にも過去河川改修や橋の架設を巡って行政と市民の間に軋轢があった。今ある鴨川の空間にはそのときの市民の思いと行動が蓄積されている。鴨川を歩いていると景観への配慮というか、河川管理者の心遣いのようなものを感じることができる。それは、河川管理者が過去の軋轢の中から鴨川の多様な価値というものを再認識したということであろう。見えない価値も含めて今の鴨川の姿に歴史を見て未来につなげていく。そういう姿勢が重要だと思う。鴨川の姿は京都という町の風格を現していると言ってもよい。

 

写真2 都市の風格。冬の鴨川(京都)

 

人の営みが創り出す水辺の風景と言ったらいいだろうか。川と関わって生きる人の身体の動きが柔らかい道となって水辺につながる。そこに2艘の小さな船が浮かんでいる。なんといい風景だろう(写真3)。ここにも、地域の暮らしの履歴が刻まれている。

 

写真3 人の営みが創り出す水辺の風景(広島、太田川)

 

なぜ、人は水辺に来るのか。どこに魅力を感じて身体を水辺の空間に運ぶのか。親水装置などいらない(写真4、5)。河川技術者はこういうことを分かっていなければいけない。

 

写真4 河原が広がる中津川(岩手県盛岡市)

 

写真5 カッパが生息する平井川(東京都あきる野市)

 

住まいのすぐ脇を流れる用水路。土間から水路に降りる階段。モップを持った少年。こういう暮らしの臭いがする水はいいなと思う。かつては生活用水として使われてきたであろうことが分かる。この用水もただ今あるのではなく、住民の総意で暗渠化を避けて残した。そういう履歴を持っている(写真6)。

 

写真6 生活とつながった用水路(滋賀県甲良町)

 

■いい川とはなにか

夏-泳げて魚(かにや水中生物)がいる川(もちろんきれいな)、鳥が水遊び

冬-魚がいてちょっと散歩ていどで行ける所

※そばに鳥や虫もきて、泳げるような深いところや浅い所もあるようなところ

※どぶ川のような水の流れ方のする川やきたない川はやだ。

 

今から25年前(1987)、横浜の和泉川河川環境整備計画検討プロセスで実施した「子どもの遊び環境調査ワークショップ」。流域にある11の小学校4年生 11クラス(各校1クラス)400人が参加した。普段どこでどんな遊びをしているか、地図に書き込んでもらうワークショップである。校長先生に頼んで授業時間(1時限)を借りて実施した。実現するには結構大変だったが、まあ、それはおいておこう。

最後の10分間、「どんな川で遊びたいか」を絵や文で書いてもらった。400枚ある。そのうちの一つが、上の文である。この子は、季節の中でいい川を描いている。大人はまずそんな発想はできない。川というと、川の中のことだけを言いがちだ。でも、この子は、それだけではないよ。鳥や虫も来る。そんな川がいいと言っている。絵を見てみよう(写真7)。川の周辺には草が生え、木が立っている。遊び疲れたらこの木の根元でお弁当食べたりおしゃべりしたり、花を摘んだりするんだろうな。きっと。蝉やトンボが飛んでいる。草や木があるから、虫や鳥がやってくる。

泳げるような深いところや浅いところのある川がいいと言っている。どぶ川のような流れ方をする川はやだ。つまり、単調な流れはつまんないと。この子の絵に描かれた水の流れは多様である。早い流れや遅い流れ、右に行ったり左に行ったり。

世の中の河川技術者は、この子の絵を見てなんと答えるのだろう。河川改修のために土手の木を切り、深いところや浅いところ(つまり瀬や淵)をつぶして川底の平らな浅い川につくりかえる。この子の河川感から見るととんでもない大人と言えるだろう。大いに恥ずかしいと思わなければならない。

 

写真7 和泉川ワークショップ。右下写真の大人が当時の私。白髪は1本もない!

 

子どもたちが描いた400枚の絵や文を主成分分析すると、いい川とは周りを含めていい川なんだと主張していることが分かる(図1)。

水がきれいであるとか魚がいるといった「川の中」のことを描いた子は約3割。川の周りに河畔林があり草花が咲いている、公園が側にある、鳥や虫が来る、そういう「川の周りを含めた空間イメージ」を描いている子が6割である。

当時の和泉川はどぶ川でとても遊べるような川ではなかった。にもかかわらず、子どもたちの描く「いい川のイメージ」はとても豊かで本質を突いている。世の中の河川技術者よ。なんと貧しいのだ。

 

図1 どんな川で遊びたいか:川の周りも含めていい川なんだよ。

 

4年生全員1400人のアンケートも実施した。今遊んでいる場所とこんなところで遊びたいという希望(図2)。現状は公園やグランドといった広場が52%、道路が28%。水辺と緑地は1%。希望を見てみると、水辺と緑地をあわせて45%にガーンと増加する。

 

図2 子どもたちのメッセージ:水と緑の豊かな遊び環境が欲しい

 

どこの自治体も「水と緑」を必ずうたい文句にしている。だが、現実の遊び場はとても貧しい。そういうメッセージである。一方で、水と緑の遊び場が欲しいと。まちづくり的な視点に置き換えて言うと、水と緑を一体化したら空間価値が高まる。そういうメッセージとして受け止めることができる。まちづくりの方向性を彼らは示しているのである。

なぜ、子どもたちが水と緑の遊び場と言っているのか。水と緑はそこに生き物が介在する空間であるからである。ほかの遊び場との大きな違いがそこにある。子どもたちが地図に記した遊び場と遊びの内容を見ると、そのことは明らかである。

25年も前の古いデータを持ち出して気が引けるが、しかし、私自身は今もあのときのあの子どもたちのメッセージを胸に刻んで仕事をしているつもりである。普段の生活の中で人が川に関わって生きる。そんなまちづくりに関わることができればうれしい。

 

写真8 和泉川東山の水辺

 

川と人の関わりの原点ということを考えるとき、空間の履歴を読み解く作業が重要であり、川の空間を豊かにしていくという視点が重要であると私は考えている。川が豊かになれば人々の生活(気持ち)も豊かになる。

次回からは、具体例を通して川・水辺のデザインを考えてみたい。

土木デザインノート

吉村 伸一Shinichi Yoshimura

(株)吉村伸一流域計画室|EA協会 副会長

資格:
技術士(建設部門:河川、砂防および海岸海洋)

技術士(環境部門:自然環境保全)

特別上級土木技術者[流域・都市](土木学会)

 

略歴:
1948年 北海道生まれ、石狩川流域人

1971年 室蘭工業大学土木工学科卒業

1971年 横浜市役所 勤務

1998年 吉村伸一流域計画室設立、代表取締役

 

主な受賞歴:
2005年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(和泉川/東山の水辺・関ヶ原の水辺)

2008年 土木学会デザイン賞 優秀賞(嘉瀬川・石井樋地区歴史的水辺整備事業)

2011年 土木学会デザイン賞 優秀賞(いたち川の自然復元と景観デザイン)

2018年 土木学会デザイン賞 優秀賞(伊賀川 川の働きを活かした川づくり)

2021年 復興デザイン会議第3回復興設計賞(川原川・川原川公園)

2022年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(川原川・川原川公園)

 

主な著書:
日本文化の空間学(東信堂、2008、共著)

多自然型川づくりを超えて(学芸出版社、2007、共著)

多自然川づくりポイントブック(日本河川協会、2011、共著)

図説・日本の河川(朝倉書店、2010、共著)

川の百科事典(丸善、2009、共著)

川・人・街-川を活かしたまちづくり(山海堂、2001、共著)

自然環境復元の技術(朝倉書店、1992、共著)

 

組織:
(株)吉村伸一流域計画室

代表取締役 吉村伸一

〒245-0008 神奈川県横浜市泉区弥生台9-1-12-103

TEL:080-5414-7135

 

業務内容:
・河川の自然復元および景観デザインに関わる研究、計画、設計

・川づくり、まちづくりに関わるコンサルタント業務

・市民参加、合意形成マネジメント

・その他上記に付帯する業務

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