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2011.04.01
01|小野寺康のパブリックスペース設計ノート
小野寺 康((有)小野寺康都市設計事務所|EA協会)
序文 ささやかなところから始める
現役のデザイナーによる土木デザインの実践的なテキストを編纂する、というのがこの『土木デザインノート』の趣旨であり、その第一弾を『パブリックスペースの設計ノート』としてここに連載でお届けする。
「パブリックスペース」とは、いうまでもなく誰もが利用可能な公的な場を意味し、一般的には道路や広場、公園といった外部の開放された空間という意味で使われることが多い。病院や学校、劇場といった施設の内外空間や、船舶や航空機といった公共交通の内部空間もパブリックスペースだが、ここではそこまでの意味では使わず、都市のオープンスペースという一般的な意味で、人間活動、そのにぎわいや活性化を支援する空間のあり方として書き進めたい。
ゆたかな空間とは何か、人間が生きる手応えのある場所のデザインとはどうあるべきかがテーマとなる。
ルイス・カーンの、建築は人々に喜び(joy)を与えなければならない(pleasureではなく)という理念は、いかなる時代、いかなる境遇においても変わらない普遍的な価値であり、パブリックスペース設計の本義だと思っている。しかし、実際の空間づくりには、経済性や文化性、社会性、歴史性、国家・地域の論理ばかりでなく、人間の持つ偏見や情念・欲望、あらゆるものがファクターとなり、さらに公共空間の場合、そのプロセスにおいて意思決定者が一人に限らず、複数の関係者間の調整の中で、いつのまにか本来の理念が見失われるということが少なくない。
人間の生きられる場所、空間づくりには、本来どのような方法論がふさわしいのか。
自ら都市空間の設計事務所を立ち上げようと決めた時から考えていたのはそのことであった。
誤解を恐れずいうなら、全体から部分への一方通行の方法論「だけ」では不十分である。その土地に生きる人の生業や地域文化を考えるとき、もっと直接的な部分を基準にして考えたい。つまり、現場から発想し、実際に「つくる」ところから始まるベクトル。従来の方法論とは逆に、設計を基準にしながらマスタープラン(全体計画)を考える発想があっていい。その考え方は今に至るも変わっていない。
ただ、これからは、どちらのベクトルでもない、より複雑でデリケートな諸問題を包括的に考える新たなパラダイムを模索すべき時代を迎えているという実感がある。少なくともこのたびの東日本大震災の復興には、まさにそういうプロットこそが重要になるだろう。
話がそれたが、ここでいう「設計」は、「デザイン」と同義で置き換えられる。それは単に表層の意匠をいうのでなく、総合的なビルディング・プロセスとしての計画・設計行為を指しており、形を決定する行為全般を意味している。機能性、合理性、経済性と快適性や美意識を、同じレベルで、同時に考えるというスタンスの上に立ってこの言葉を使いたい。
デザインとは、最終的にはある形態に物量を落とし込むことだ。
だから当然「形」は、重要となる。しかし「形」が、重要なのではない。
その奥に息づく空間のコンセプト、それが社会に働きかける「意味」こそ重要であり、形態のその奥に、その土地に生きる人びとの暮らしぶりや想いのイメージが生き生きと息づいているかが問われなければならない。
そんな価値観から書き始めようと思う。
しかし、こんな大風呂敷を広げている割には、実際に書くものは、所詮自己の限られた経験と知識を総動員してかろうじてかき集められる思考の残滓に過ぎない。
拍子抜けするほど、ささやかな連載記事になるかもしれない。
なぜなら、生きているという実感をもった空間づくりというものを希求してきた筆者が書けるのは、その地に暮らす人々のささやかな願いや想い、地霊の中に息づいているささやかな価値といったものをいかにすくい取れるかという問いかけであり、その方法論にすぎないのだから。
しかし、一方でこれからの時代、そのささやかなことが、もしかするとこれまで以上に大切なものになっていくのではないか。そこに意味はあるかもしれない、ともおもう。
一つ悩ましいのは、このささやかな方法論はこれまで自分自身の中だけで完結していればそれで済んでいたのに対し、今回その思考を第三者に理解できるように伝えなければならないということである。
設計、デザインのマニュアルやガイドブックはこれまでも数多く出版されている。だがこれから自分が書こうとしているものは、そういう教科書的なものではない。読めばわかる、すぐに設計に役立つ、というものは書けないと思っているし、自分自身それを書くこと読むことに興味がない。
ある都市設計家が、リアルな現場を目の前にして、ものごとをどのように捉え、解答を出そうともがいてきたかというプロセスがある。自らの独断と偏見に直面しながら、それでも目指す土地に基盤となる価値を届けたいという想いの中で思考を積み重ねてきた。今回、それを自ら分析的に解体し、読者の前に提示することで、設計家という自分そのものを解体したいと考えている。
計画・デザインという行為はデザイナーが百人いれば百通りにもなるのであって、結局一人の人間の思考に帰着するという側面が否めない。『都市と建築のパブリックスペース ― ヘルツベルハーの建築講義録(ヘルマン・ヘルツベルハー ,鹿島出版会)』は個人的に好きな本だ。決して分かりやすくはない。だが、所詮設計者一人の思考に帰着するのだったら、いっそそこに徹底してやろうという潔さがある。今回「土木デザインノート」の話が出た時に想起したのはこの本のことだった。
デザインについて学びたければ、建築家・内藤廣氏の『構造デザイン講義』、『環境デザイン講義』をお勧めしたい。東京大学の都市基盤工学科(旧・土木工学科)での講義録であり、構造、環境と来て、この後「形態」について出版されて三部作となるらしいが、すでに出ている二冊だけでもとんでもない傑作である。ここから先の私のつたない、偏見に満ちた取り留めもないテキストを読むくらいならこれらを読みなさいとでもいいたい。
実際、これら先達に到達できるとはまるで思っていないが、ともかく、自身の思考の残滓を絞り取るように懸命に言葉を紡いでみようと思う。そんなジレンマのままに書き始める。それも必要なことだと信じて。
できることを、できるところから、そしてそれ以上に。
次回より、以下の構成でお届けする予定だ。全部で10~12回と考えている。
【小野寺康のパブリックスペース設計ノート】構成(予定)
第1部 空間を読む、構想する
1-1 空間構成
1-2 領域性
1-3 スケール、サイズ
1-4 動線とアクセス
1-5 空間分節(アーティキュレーション)
第2部 空間をつくる
2-1 人を主役にする
2-2 形に多義性を与える
2-3 境界部に心を砕く
2-4 形と素材を同時に考える
2-5 にぎわいを造形する
第3部 ケーススタディ
3-1 アクティビティのデザイン(津和野 本町・祇園丁通り)
3-2 アプローチのデザイン(油津 堀川運河・夢ひろば)
3-3 日本的広場試論(門司港駅前広場、日向市駅前広場、道後温泉広場)
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小野寺 康Yasushi Onodera
(有)小野寺康都市設計事務所|EA協会
資格:
技術士(建設部門)
一級建築士
略歴:
1962年 札幌市生まれ
1985年 東京工業大学工学部社会工学科卒業
1987年 東京工業大学大学院社会工学専攻 修士課程修了
1987年 (株)アプル総合計画事務所 勤務
1993年 (株)アプル総合計画事務所 退社
1993年 (有)小野寺康都市設計事務所 設立
主な受賞歴:
2001年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(門司港レトロ地区環境整備)
2001年 土木学会デザイン賞 優秀賞(与野本町駅西口都市広場)
2002年 土木学会デザイン賞 優秀賞(浦安 境川)
2004年 土木学会デザイン賞 優秀賞(桑名 住吉入江)
2008年 グッドデザイン特別賞 日本商工会議所会頭賞(油津 堀川運河)
2009年 建築業協会賞:BCS賞(日向市駅 駅前広場)
2009年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(津和野 本町・祇園丁通り)
2010年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(油津 堀川運河)
主な著書:
グラウンドスケープ宣言(丸善、2004、共著)
GS軍団奮闘記 都市の水辺をデザインする(彰国社、2005、共著)
GS軍団奮闘記 ものをつくり、まちをつくる(技報堂出版、2007、共著)
GS軍団総力戦 新・日向市駅(彰国社、2009、共著)
組織:
(有)小野寺康都市設計事務所
取締役代表 小野寺 康
〒102-0072 東京都千代田区飯田橋1-8-10
キャッスルウェルビル9F
TEL:03-5216-3603
FAX:03-5216-3602
業務内容:
・都市デザインならびに景観設計に関する調査・研究・計画立案・設計・監理
・地域ならびに都市計画に関する調査・研究・計画立案
・土木施設一般の計画・設計および監理
・建築一般の計画・設計および監理
・公園遊具・路上施設などの企画デザイン
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