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2014.06.27

08|川・水辺のデザインノート

吉村 伸一((株)吉村伸一流域計画室|EA協会 副会長)

7.歴史的治水施設の活用と景観保全:宮川堤の保全整備

今回は、歴史的治水施設の保全活用と景観保全をテーマに宮川の河川事業を紹介する(三重県伊勢市)。平成23年度から設計業務に携わり現在工事が進行中の事業である。岐阜県に本社を置く大日コンサルタントとeau(崎谷さんと山田さん)、吉村がジョイントしてプロポーザルを勝ち抜いた。eauと吉村は景観デザインを担当。吉村は、歴史的治水施設を含めた景観保全と治水計画との調整(統合)を担当した。

現場は、江戸時代お伊勢参りで賑わった宮川の渡し付近で、桜の名所として有名である(三重県指定名勝、日本さくらの会桜の名所100選)。堤防天端の桜のトンネル景観と高水敷の桜が特徴である。この付近の堤防は「宮川堤」と呼ばれている。基本的な堤防形状は江戸時代に形成されたもので、水勢を弱めるための突出し堤が4基現存している。私たちは、「チーム堤」と自称してこの仕事に取り組んだ。

 

図1 歌川広重「宮川の渡し」(かめやま美術館所蔵)。お伊勢参りで賑わう宮川の渡し(桜の渡し)。画面中央付近に描かれている松林は「棒堤」と呼ばれる突出し堤の先端部で、現存する歴史的治水施設である。

 

■現存する江戸時代の突出し堤

最初に現場に行って着目した(感動した)のは、江戸時代の突出し堤が4基残っていたことである。俄然、やる気になった。上流(図2の右)から浅間堤(孫右衛門堤)、駿河堤、周防堤、棒堤の4基が残っている(浅間堤は残念ながら先行工事で二分された)。

宮川堤の場所は、洪水流が右岸側(伊勢市街地)に向かう水衝部となっており昔から度々破堤している。突出し堤は、右岸に向かう洪水流を左岸側に寄せ、堤防に当たる洪水の力を弱める働きをする。江戸時代の知恵である。

 

図2 宮川堤付近平面図(図の右側が上流)。黄色は堤防。オレンジ色が突出し堤。浅間堤の下流に柳の渡し、棒堤の下流に桜の渡しがあった。突出し堤によって洪水流は堤防から離れた位置を通る形になる(減勢効果)。

 

図3 宮川堤防の図(江戸時代)。この絵を見ると宮川の澪筋が突出し堤の先端部に形成されていることが分かる。つまり洪水の流れを堤防から離れた位置に誘導している。突出し堤の上流側に樹木群が描かれているが、突出し堤の保護と減勢効果を高める狙いがあると推測される。中嶋町大石段の両サイドに「添堤」とあるのは破堤した場所(落堀)を取り囲むように築いた迂回堤防であると推測される。この場所で堤防が切れたということである。浅間堤は治水上最も重要な位置に築かれたということがうかがえる。

 

写真1 棒堤(1685)。写真右が本堤。左が棒堤。

 

写真2 周防堤(1702)。堤防天端のトンネル状の桜並木と高水敷の桜。

 

写真3 駿河堤(1685)。写真左が突出し堤。右が本堤

 

■堤防拡幅計画

先に述べたように、宮川堤は地勢的に破堤リスクの高い位置にあり、伊勢市街地の安全確保という点で要の位置にある(図4)。現在の堤防は堤体幅が狭く安全性が十分でないということから、堤体の幅を広げるという治水計画が立てられた。

 

図4 宮川と伊勢市街地の横断イメージ(出典:国土交通省三重河川国道事務所ホームページ)

 

堤防幅の拡幅によって桜の伐採等景観に大きな影響を与える。堤防拡幅方法の検討と桜の景観保全策について検討するというのが「チーム堤」に与えられた仕事である。

■桜の景観は守れない?

桜の景観を守るということを言うのは簡単だが、「河川管理施設等構造令」など制約条件がある。宮川堤との関連では、堤体に樹木の根を入れてはいけない。つまり、堤防に木を植えてはいけないということである。それは、台風等で木が倒れると堤防が欠けて破堤につながる恐れがあるなどの理由である。もう一つは、河道内(高水敷)に治水上支障となる樹木群を植えてはいけないということ。洪水の流下阻害になったり、樹木の流出による水害リスクが高まる。

この2つの条件をそのまま読むと堤防天端の桜のトンネルも高水敷の樹木群も全てダメとうことになる。普通はここで途方に暮れる。今ある高水敷の桜は当面黙認するとしても、木が枯れたら補植できない。やがて高水敷の桜は消える。せいぜいその程度のストーリーしか描けない。

「基準に則って制約条件をクリアし、今ある桜の景観を将来にわたって保全する」というかなり難しいテーマがチーム堤に突きつけられたということである。先行して実施された検討報告書では、どのコンサルも解決策が見いだせていない。

■突出し堤の現代的治水機能評価

河川における植樹基準(河川区域内における樹木の伐採・植樹基準(平成10年6月)第十一)では、次のような場所では高木の植樹を避けるとしている。*堤防や河川管理施設に危険を及ぼす恐れがある区域、*倒木・洗掘の恐れがある区域、*流出木によって河道閉塞の恐れがある区域。もっともな理由である。だが、実際問題として「恐れがない」と説明することは結構難しい。考え方がよければいいという次元ではないからだ。科学的な説明が求められる。

植樹の特例(同基準第十五)では、高水敷に植樹できるケースとして、生態系の保全、良好な景観形成等環境上の必要性から行う植樹などがあげられている。宮川はこれに該当するから説明できそうなものだが、「数値解析、水模型実験等により治水上支障とならないと認められるもの」という条件がついている。

堤防天端の桜は植樹スペースがあり根が堤体に入らない構造にすれば植樹可能だが、洪水にさらされる高水敷の場合はそう簡単ではない。しかし、高水敷の桜の景観を保全するにはこの課題に向き合わなければならない。

チーム堤の着眼は「突出し堤の現代的治水機能評価」である。先人が残してくれた治水施設(突出し堤)を現代技術水準で評価し、桜の景観保全を成立させる。そういう新たな視点から数値解析に取り組んだ。これが、今回の仕事の根幹に当たる。

現存する突出し堤は「江戸時代の歴史的土木遺産だから大事にしよう」というのが、一般的な評価である。そのこと自体は悪くはないが、逆に言うと単なる遺産扱いである。つまりかつての機能は失われている、あるいはもう必要はないという前提での評価にすぎない。チーム堤は「突出し堤の治水機能は今も発揮される」という仮説を立て数値解析に取り組んだ。その結果が図5である(計画高水流量7300m3/s)。突出し堤の周辺は流速2m/s以下に抑えられている。堤防付近は流速0.5m/s程度である。突出し堤の治水機能(減勢して本堤を守る)も発揮される。歴史的な「現役施設」と言うことが出来る。

目安として流速2m/s以下であれば倒木のリスクは低いと考えられているから、高水敷の桜の景観を将来にわたって継承していくための判断材料となる。現存する既存桜の多くはこのエリアに入っており、その意味で「治水上支障にならない」という説明が成り立つ(リスクゼロということではない。河川管理上支障ないと判断できるということ)。この水理解析結果によって景観保全を含めた堤防設計方針がしっかりと定まり、河川管理者との設計協議も円滑にすすむようになった。

 

図5 突出し堤の流速低減効果

 

■治水と景観と歴史的治水施設のトライアングル

先行の計画検討報告書では7種類の方法を提起し、既存桜への影響、高水敷利用、堤防前面流速、施工性、コストなどの評価項目をあげ、それぞれ○△×方式の評価をして最後に総合評価として○△×評価をしていた。ちなみに総合評価で○は4つ。あとは△3つである。こういう比較表はよく見るが、だからどうするという決断にはつながらない。決断に必要な評価軸(価値軸)を見いだすことが重要である。

チーム堤は、堤防拡幅と桜の景観保全、突出し堤の活用の三つを評価軸とし、それぞれの関係性のバランスをとるという観点から方法論を検討した。図6は、三つの評価軸の関係を表したものである。

現堤防の川表側に腹付盛土を行うことで堤体幅を大きくする。腹付盛土の範囲にある既存桜を伐採しなければならないが、腹付盛土の幅や形状によって既存桜への影響が異なってくる。また、腹付盛土は突出し堤の突き出し長さに影響を与える。腹付盛土幅が大きいと突き出し長さが小さくなる。それは、突出し堤の治水機能(流速低減等)に影響する。三者は相互に影響を及ぼし合う関係にある。

桜への影響を最小限とし、突出し堤の治水機能(長さ)を最大限発揮させる。具体的には、堤防の前出し幅と河岸形状などが課題となる。

 

図6 宮川堤設計の評価軸(トライアングル)

 

■堤防の設計:桜のトンネル景観回復

堤防本体には樹木を植えられない。この課題は、現在の堤防を側帯(幅5m、植樹可能スペース)として位置づけることによってクリアした(図7)。川裏側の既存桜の根は新しい堤防本体から離れているのでそのまま保全できる。川表側の既存桜の根は新しい堤防本体に入る形になるので伐採(抜根)しなければならないが、堤防本体に樹木の根が進入しないように措置すれば植樹可能となる。川表側の桜はいったん撤去して新規に植樹するという方法を採る。20年後には、現在のような桜のトンネル景観が回復する。

 

図7 堤防の横断計画。着色部が腹付盛土。現堤防(天端幅5m)は側帯として位置づける。樹木の根が進入しないようにブロックマットなどを設置すれば植樹可能となる。堤体の安全性については浸透流解析で検証し堤防断面を決定。

 

写真5 計画模型

 

図8 イメージパース

 

地元住民の桜への愛着は非常に強い。約750本の既存桜のうち堤体拡幅工事によって約220本を伐採しなければならないが、新しく設けた側帯などに約150本の新規植栽が出来るように設計。差引約70本の減少となるが、桜のトンネル景観の再生と高水敷の桜の保全に関する科学的な裏付けにより、チーム堤のプランは全体として好意的に受け止めていただいたと考えている。

 

河川は、公園など他の施設とは異なり、洪水による変化や災害リスクというものを常に念頭に置いてプランニングする必要がある。治水と環境のバランスは口で言うほど簡単ではなく、トレードオフの関係にあることが多い。

この業務では、第一に着眼点が重要であった。そして仮説を立て、科学的に証明する。そういう作業をした上での景観デザインである。計画の柱になったのが江戸時代につくられた歴史的治水施設(突出し堤)である。単なる土木遺産ではなく、治水機能を有する現役の土木遺産であるという仮説と水理解析に基づく治水機能の評価によって、堤防強化と景観保全の方向性を見いだした。

この仕事は、Dr.原田(当時大日コンサルタント)の水理解析と景観デザインの崎谷・山田、河川デザインの吉村で構成する「チーム堤」によってこその成果だと思っている。私の役割は河川工学と景観工学の間を繋いで総合化する、そういうところにあった。こうしたコラボレーションは今後ますます重要になるだろう。というか、そうなっていってほしい。

 

国土交通省三重河川国道事務所ホームページに「宮川右岸堤防改修景観検討委員会」資料が公開されているので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。

http://www.cbr.mlit.go.jp/mie/jigyo/kasen/miyakeikan/index.html

なお、本文で挿入している図は、委員会資料として公開されているものである。

土木デザインノート

吉村 伸一Shinichi Yoshimura

(株)吉村伸一流域計画室|EA協会 副会長

資格:
技術士(建設部門:河川、砂防および海岸海洋)

技術士(環境部門:自然環境保全)

特別上級土木技術者[流域・都市](土木学会)

 

略歴:
1948年 北海道生まれ、石狩川流域人

1971年 室蘭工業大学土木工学科卒業

1971年 横浜市役所 勤務

1998年 吉村伸一流域計画室設立、代表取締役

 

主な受賞歴:
2005年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(和泉川/東山の水辺・関ヶ原の水辺)

2008年 土木学会デザイン賞 優秀賞(嘉瀬川・石井樋地区歴史的水辺整備事業)

2011年 土木学会デザイン賞 優秀賞(いたち川の自然復元と景観デザイン)

2018年 土木学会デザイン賞 優秀賞(伊賀川 川の働きを活かした川づくり)

2021年 復興デザイン会議第3回復興設計賞(川原川・川原川公園)

2022年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(川原川・川原川公園)

 

主な著書:
日本文化の空間学(東信堂、2008、共著)

多自然型川づくりを超えて(学芸出版社、2007、共著)

多自然川づくりポイントブック(日本河川協会、2011、共著)

図説・日本の河川(朝倉書店、2010、共著)

川の百科事典(丸善、2009、共著)

川・人・街-川を活かしたまちづくり(山海堂、2001、共著)

自然環境復元の技術(朝倉書店、1992、共著)

 

組織:
(株)吉村伸一流域計画室

代表取締役 吉村伸一

〒245-0008 神奈川県横浜市泉区弥生台9-1-12-103

TEL:080-5414-7135

 

業務内容:
・河川の自然復元および景観デザインに関わる研究、計画、設計

・川づくり、まちづくりに関わるコンサルタント業務

・市民参加、合意形成マネジメント

・その他上記に付帯する業務

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