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2011.12.01

09|小野寺康のパブリックスペース設計ノート

小野寺 康((有)小野寺康都市設計事務所|EA協会)

2-3 境界部に心を砕く

 

場所の「境界部」を意味する言葉には様々ある。外縁、外周、端部、接点、交点、等々。段差やレベル差もしばしば境界部となり、川や海といった水辺もまた都市の外縁部(エッジ)として位置づけられることが多い。

今回は都市の境界部を重視してデザインすることの可能性について述べるつもりなのだが、ここでは様々なスケールで捉えられる境界概念をあえて大づかみで捉えている。

たとえばある街路や公園、広場において、その端部やエントランス、敷地境界等を重視したいということを述べようとしている一方で、一本の路地空間であっても、その端部のディテールが重要ということであり、小階段ではその昇り口と降り口の造形や端部の排水処理のディテールに気をつけたいということを一緒くたにして述べている。

都市の外縁(エッジ)と小さな公園や水辺のそれ、また街路の端部等では、もちろんデザインの発想も方法論も同じわけにはいかない。

だがそれでも、あくまでも傾向としてだが、共通していえることが一つある。

“境界部がよく処理されているデザインは、一般部もよくできているものだ”という、そのことである。これは、様々な都市で実際の空間設計に従事してきた者の経験則であり、ある種の実感といっていい。

この実感の理論的な裏付けは後にまわすとして、少々無理やりだがもう少し論を進める。

逆もまた然りということになる。つまり、境界部がよくできたデザインは本体もいいというなら、逆に“境界部分の形状やディテールを念入りにデザインすることで、空間全体の品質が向上する”ということにもなる。

したがって、都市全体を活性化させたいと意図するならば、中心部から始めるのもいいが、じつは要所となる境界部から始めるというのはあながち的外れではないということだ。しかも、境界の意義が強ければ強いほどそれは効果がある。

典型的なのが水辺である。

古今東西、水辺という場所性が都市に活力を与えている事例は枚挙にいとまがない。

魅力的な水辺が周辺都市を活性化させることに意義を唱える者はいないと思う。

なぜそのようなことになる理由を考えると、境界域としての位置付けがはずせない。

水辺は、都市というマクロな領域でエッジとして位置づけられることが多いが、それは水辺という場所性が人間の居住域の絶対的端部にならざるを得ないという強い境界性をもつことがまずあり、さらに「水」という、人間の棲息に欠かせない、いやそもそも生命の根源である物質の存在する場として、独特の磁場を持っているということが並び立つ。

それが都市施設として優れた形でデザインされた場合、アクティビティが周辺に波及するのは、水辺本来の場所的価値と境界部としての意味性が重なり合って相乗効果をもたらすためだと考えられる。

 

都市のエッジとしての水辺

左/モナコに近いコートダジュールの小村ヴィル・フランス・シュル・メールの海岸プロムナードは、水際線至近まで迫る集落の魅力的なエッジとなっている。この魅力的だが小さな水辺に高級レストランがひしめくように並び立ち、夕暮れになると多くの客でにぎわう。

右/マルセイユは、マルセイユ港という生きた港湾が都市に呑み込まれたように近接しているところに魅力とアイデンティティがある

 

“境界部が効く”というのは、もちろん水辺だけではない。

たとえば、地区動線が交錯する街角にある程度まとまった空間があれば、それは賑わいの結節広場に鍛えられる可能性が高い。それをノードとして入念にデザインすることによって、その周辺地区の活力にかなり響くのだ。

そして、あらゆるスケールにおいてこの傾向は適合する。

もっと小さなスケール、たとえば、単体の街路のデザインという例を先ほど出したが、その場合でも、その起終点や交差部がきちんとデザインされているかどうかで街路空間全体の質が決まる。

一方、その街路一般部の単位空間においても、街渠と呼ばれる、歩車道境界縁石と側溝のディテールが整えられていると、街路本体の品位が上がって見えるものだ。

スイス北部の集落や都市の街渠では、市街地であろうが郊外の道路であろうが、しばしば1列の小舗石が側溝エプロンとして使われている。車道面より少しだけ低くなって排水路を受け持っているが、コンクリート・エプロンのようには汚れが目立たず、しかも手仕事の造形が道路の景観を引き上げるのに貢献している。

 

スイス北部地域の小都市やその郊外においては、街渠(側溝)に1列の小舗石を効果的に用いている。車乗入れ部は、縁石や歩道面が下がるのではなく、街渠の小舗石を2列に積むことで対処しているため、歩道がうねることがない。機能的であり且つ意匠的な造形である

 

これがコンクリート・エプロンであればただの道路風景に過ぎないものが、ただこの側溝のディテールだけで風景が変わって見えないだろうか。

下はポルトの街路ディテールである。南欧では、ポルトガルやスペインといったアラブ文化の影響を受けた都市においてしばしば小ピースのコブル(小舗石)を装飾性豊かに敷き詰めるが、端部のディテールがその技術美を完成させていると思える空間にしばしば出会う。アラベスクに代表される空間文化は細部というか、端部までその意思をおろそかにしない。

 

世界遺産ポルトの街路とその端部のディテール① 段差の処理、街渠(歩車道境界縁石と側溝)の質感とディテールが洗練されている

 

世界遺産ポルトの街路とその端部のディテール② 左/街渠部(歩車道境界縁石と側溝)、右/歩道と民地の境界部

 

“境界部がよく処理されているデザインは、一般部もよくできているものだ”、あるいは、 “境界部分の形状やディテールを念入りにデザインすることで、空間全体の品質が向上する”――これは、いってみれば当然のことである。

たとえば今見た街路であれば、段差や接点、あるいは端部はディテールが集約しがちになるのだから、そこを入念に造形すれば全体品位は上がろうというものだ。そして、同じようなことが、都市というマクロ単位でも同様に効いてくるということをいっている。

都市の骨格構造からデザインを考えようとする場合、地勢や地域構成、街路網などといった部分から、空間的な文脈を読み取るべきことはすでに第1章で述べた。本項での要諦は、その際、街路・通り(パス)や地域(ディストリクト)の起終点や交差がきちんと結節点(ノード)として機能し、外縁部が「エッジ」として領域性豊かで魅力的な場として連続することが、都市全体のイメージをくっきりと浮かび上がらせるということだ。

パス、ディストリクト、ノード、エッジとは、目印(ランドマーク)を加えて、いうまでもなくケヴィン・リンチが『都市のイメージ』で語ったところの都市をイメージする際の構成要素である。これらが明確であるほどに、都市が空間概念としてイメージされる図像性は強まるというのがリンチの論説だ。そして、イメージが高い都市ほど、そこに生きる主体である人間にとっては「今ここに生きている」という実存的感覚につながっていく。それを多く豊かに保持する都市ほど、営為が持続する魅力的な居住域となるだろう。

そして、第1章-5「空間の連続と分節」で述べたように、都市とは様々な場所や施設で空間的に区分されつつ、ミクロでは常に連続体として扱うべき空間性を持ち、マクロ的には総体として把握すべき全体性を有した組織体である。個々の単位空間は、その中にさらに小さな場を連鎖して持ちつつ、アレグザンダーがいうように「セミ・ラティス」のように相互に連動しながら機能している。

だから、都市スケールのパスとしての街路、その中にもさらに小スケールでエッジやノードはあるのだ。そして、小さな街路の交差部(ノード)においても、さらに端部としての様々な部位がある。望ましいのは、階層的に連鎖するそれらがそれぞれに主体的な造形性を持ちつつ全体に呼応している状況である。そして、様々なスケールで有機的に連鎖する場のジョイントの役割を、「境界部」が柔軟に受け持つといっていい。

したがって、パブリックスペースの設計者は、そういう全体観をもって、個々の場の造形に当たりたい。都市とは、あるいは「場」とは、本来そのような連動性を持った空間概念であるということを認識するとき、設計者の視野は多層的でかつ奥行きの深いものとなるだろう。

 

世界遺産ポルトの街路とその端部のディテール③ 街角広場とその外周部、端部のディテール

 

話を少し具体に戻す。

街路網と地勢が絡み合って、交差部に多少の高低差でもあれば、それは造形の契機となり、景観的な「要所」となり得る。ステップを組み合わせ、ベンチをかませ、あるいは小広場とするなど、さまざまな演出のチャンスとなる。こういう変局点を、人間にとって居心地のいい場所とすることで、都市という場の連鎖が生き生きと血肉の通ったものになっていく。

 

「鷹ノ巣」とよばれる崖上集落の一つ、サンポール村の小広場 高低差を処理するとともに、残余的な空間を広場に積極利用したとも読める。ディテールは入念で官能的だ。

 

サンジミニャーノのディテール① この北部イタリアの塔の街は、坂の街でもある。レベル差の処理は人間的な知恵にあふれ素材感豊かである。ドゥオモ広場の階段と斜路のディテール。斜路は編み込まれた煉瓦と棒状の石材の組み合わせ。足の引っ掛かりがいい。

 

サンジミニャーノのディテール② 道路端にあるのは階段ではない。足が引っ掛かるための滑り止めの処理であり、階段とは逆向きの造りになっている。職人芸である。

 

広場も同様である。いい広場は、押し並べて外周領域が魅力的にできている。オープンカフェが並んだり、水辺が取り囲んだり、バリエーションはさまざまだが、人間がそこに憩う場が散りばめられているということが重要になる。

そのことによって、広場は“人間活動の活性化を誘い生成する場”として生きたものに組み上がる。

下は、筆者が手掛けた松山市の道後温泉周辺整備だが、道後温泉の外周を広場化するとともに、周辺建物との接点や道路との結節について入念にディテールを検討した。

建物と広場が連動するためということもあるのだが、空間としての「質」を高めることで周辺地区へ波及するものがあると考えたためだ。

実際、広場や街路が整備されて間もなく、周辺建物の改修が軒並み始まり、無粋な煙突は撤去され、駐車場はオープンカフェのある小広場へと変貌した。

境界領域を鍛え、全体の場の基盤が強まったことでこの結果につながったと思う。

場は、そして人間の営為は、つねに都市という組織体の中で連鎖・呼応しながら成長し、持続するのである。

 

道後温泉周辺広場の施工前と施工後① 石畳が敷かれただけに見えるが、レベル差を調整して勾配をゆるやかにしている。その結果、左側の民地側はレベルアップして広場の方が間口より高い。段差による排水の処理は入念に検討された。一見しただけではわからないが、現場ではこのような細部調整がごくさりげなく徹底している

 

道後温泉周辺広場の施工前と施工後② 坂下の勾配を緩やかにするために設けられた導入部の階段とスロープ。この造形は、広場内部に領域性を与える操作でもある。この整備直後に奥にあった煙突は撤去され、正面の駐車場はカフェテラスとなり、沿道建物のファサードも一新した

 

 

土木デザインノート

小野寺 康Yasushi Onodera

(有)小野寺康都市設計事務所|EA協会

資格:
技術士(建設部門)

一級建築士

 

略歴:
1962年 札幌市生まれ

1985年 東京工業大学工学部社会工学科卒業

1987年 東京工業大学大学院社会工学専攻 修士課程修了

1987年 (株)アプル総合計画事務所 勤務

1993年 (株)アプル総合計画事務所 退社

1993年 (有)小野寺康都市設計事務所 設立

 

主な受賞歴:
2001年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(門司港レトロ地区環境整備)

2001年 土木学会デザイン賞 優秀賞(与野本町駅西口都市広場)

2002年 土木学会デザイン賞 優秀賞(浦安 境川)

2004年 土木学会デザイン賞 優秀賞(桑名 住吉入江)

2008年 グッドデザイン特別賞 日本商工会議所会頭賞(油津 堀川運河)

2009年 建築業協会賞:BCS賞(日向市駅 駅前広場)

2009年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(津和野 本町・祇園丁通り)

2010年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(油津 堀川運河)

 

主な著書:
グラウンドスケープ宣言(丸善、2004、共著)

GS軍団奮闘記 都市の水辺をデザインする(彰国社、2005、共著)

GS軍団奮闘記 ものをつくり、まちをつくる(技報堂出版、2007、共著)

GS軍団総力戦 新・日向市駅(彰国社、2009、共著)

 

組織:
(有)小野寺康都市設計事務所

取締役代表 小野寺 康

〒102-0072 東京都千代田区飯田橋1-8-10

キャッスルウェルビル9F

TEL:03-5216-3603

FAX:03-5216-3602

HP:http://www.onodera.co.jp/

 

業務内容:
・都市デザインならびに景観設計に関する調査・研究・計画立案・設計・監理

・地域ならびに都市計画に関する調査・研究・計画立案

・土木施設一般の計画・設計および監理

・建築一般の計画・設計および監理

・公園遊具・路上施設などの企画デザイン

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