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2012.11.25
02|川・水辺のデザインノート
吉村 伸一((株)吉村伸一流域計画室 |EA協会 副会長)
1. 川の自然的特性とデザイン原則
川は、他の自然環境とは異なる特性を持っている。ここでは、川に固有の自然的特性との関係で、いくつかのデザイン原則について述べてみたい。
川の最大の特性は、地形を形成するということであろう。つまり、川は、「掘る、運ぶ、堆積させる」という川自らの働きによって複雑な地形を形成する。しかも、その形は常に変化する。
写真1 江の川(島根県) 川は自らの働きで複雑な地形を形成する
河岸をえぐり、川底の石を動かし、河原の上に積もった土砂や根付いた植物を飛ばす。洪水による攪乱と変化。それは一方で破壊的であるが、川をリフレッシュさせ新たな環境を生み出すという側面がある。川の生態系の豊かさはむしろ、この攪乱による変化と複雑な環境に支えられていると言ってよい。
河原の石が動かなくなる。河道内に樹木が繁茂するようになる。安定的状態。それは、川の劣化を示している。池田宏さん(元筑波大学)は、それを元気のない川と呼ぶ。川に元気を取り戻すにはどうしたらいいか、それが今日的な課題の一つである。
道や広場や公園といったある意味安定状態を前提とした空間のデザインとは違った視点が必要だということである。川の働きと変化、複雑な形。それを頭の中に入れておくことが重要だ。
写真2 久慈川支流八溝川(茨城県) 瀬と淵/複雑な流れ/複雑な水際構造/河畔林
川の構造をもう少し詳しく見ていくと、瀬と淵、つまり浅くて速い流れのところと深くて遅い流れのところがある。淵ができるということは川が川底を掘る働きをしたということであり、掘られた砂礫はその下流に運ばれ堆積して瀬が形成される。瀬と淵は、川の構造を意味するとともに、川の動的なシステムを表している。川本来の動的なシステムを回復する。それが目標にならなければならない。
(独法)土木研究所自然共生研究センターによると、平瀬やトロ(水深や流速の変化に乏しい)と比べて、瀬と淵に生息する魚類量は10~20倍と格段に多い。また、瀬や淵のある川と川底が平滑化された川と比べると、瀬や淵のある川の生息量が多いことが確認されている。つまり、生物の生息環境として複雑な形(川底や水際の凸凹=流速や水深の多様性)がきわめて重要だということだ。
中小河川の河川改修では、川の形を逆台形状の形に全面的に改変してしまうことが多い。それぞれ特徴的な形や景観を持った川を、全国どこに行っても同じ形にしてしまうということがそもそも問題であるが、複雑な形を持っている川底や水際・河岸を平滑化し単調な形に置き換えてしまう。そこに重大な問題がある。だから、川の複雑な形を保全・回復するという視点が重要である。中小河川ではとくに、淵の喪失が大きな問題である。
以上のことを踏まえて、川・水辺のデザイン原則についていくつか述べる。
■デザイン原則1:川の働きのための空間を確保する
川の働きを生かす。そのためには、川が動いて複雑な地形を形成しうるスペースを確保することが重要である。これまで、「親水性」を高めるという観点から緩傾斜護岸が推奨されてきた。その結果、河床幅が犠牲になった。つまり、川幅に比べて河床幅が非常に狭い。そういう「親水」河川がつくられてきた(写真3)。川が動いて河原など複雑な地形をつくる、そういう空間的な余地はまったくない。
ここに見られる「親水」思想は、人為的な「親水」(単に近づきやすいという)概念であり、川本来の自然性を基礎にしたものではない。コンクリート護岸で囲まれた狭い空間に川を閉じ込める。そういう河川改修思想の上に立ったものの考え方にすぎない。川が生きていてはじめて親水という人間的行為が生まれる。だから、川そのものの自然性回復が「親水」の基本問題であると考えるべきであろう。
写真3 緩傾斜護岸。河床幅が狭いので、瀬や淵、砂州、流路の蛇行など川自身の働きによる微地形の形成は期待できない。
写真4と5は、黒目川(埼玉県)である。東武線の下流までは複断面(低水路と高水敷を持った横断形状)で整備されている。低水路幅が狭いため、河原が形成されていない。水面幅も一律で単調である。一方、東武線の上流(写真5)は、単断面に変更した区間である。河床幅が写真4の約2倍に広がり、複雑な河床形態が出現している。河床幅の設定だけでこれだけ違う。川の働きのためのスペースが重要だということが分かるだろう。
写真4 黒目川(埼玉県) 複断面区間。河床幅が狭いため河原ができない。
写真5 黒目川(写真4の直上流) 単断面区間。河床幅を広く確保しているので、川の働きによって複雑な地形が出現している。
■デザイン原則2:片側拡幅の原則
その川の元々の姿形というのは、その川自身が長い時間を経て形成してきたものである。だから、その川の形(川の個性、風景)を保全継承するという姿勢がまず重要である。
治水対策のために川幅を広げる場合は、片側を残して片側を拡幅する。このことによって環境改変を最小限にとどめ、その川の原型的な姿を少なくとも半分は残すことができる。
図1 片側拡幅概念図
写真6 和泉川関ヶ原の水辺(横浜市) 河川管理用通路の整備を取りやめ、斜面林を保全した区間。
写真7 土谷川(岩手県葛巻町) 既存の河畔林を残すために片側を拡幅した。
片側拡幅に技術的な難しさはほとんどない。何を守るかという目標設定をしっかりやればよい。片側拡幅が定着すれば、中小河川の河川改修もかなりよくなると思われる。
筆者に言わせると片側拡幅は片側をいじらないのだから技術的課題が半分になり、工事コストも半分になる。行政的にも技術的にもいいことずくめではないか。我々のできるデザインというのは、川がつくる自然を前にすると比べようもない。川につくってもらう(川がつくった自然を残す)のが最善の方法の一つだと思う。何も難しいことはない。
だが、多くの土木技術者(行政)はどうもそうではないらしい。「計画と違う」というのだ。「計画の形」は逆台形状で両側に管理用通路を整備することになっている。管理用通路をつくらないわけにはいかない。そういう思考回路である。写真6の和泉川でも「吉村さん、会計検査で聞かれたらどうするの?」と心配する声があった。「予算の都合で半分しかやってないけど将来やることになっています、とでも言っとけば!俺が説明するよ」。約25年前の話。「計画どおりやる」という「情熱」を「その川のいいところを残す」というところに振り向けてもらいたいものだ。
筆者も策定に関わった国土交通省の「中小河川に関する河道計画の技術基準」(平成23年8月)に「片側拡幅の原則」が組み込まれているので、これからは徐々に普及すると思う。しかし、計画で定めた「定規断面」の呪縛から逃れることができない、そういう行政や土木技術者は残念ながらまだ多い。
さらに進めるならば、拡幅側の環境修復に取り組むことである。環境へのインパクトの回避・最小化、修復・修景という視点が重要になる。
■デザイン原則3:川の動的なシステムを生かす
先に述べたように、川は自らの働きで複雑な川の形をつくる。川の形は複雑で変化する。このことをおさえておく必要がある。この場合、陥りがちなことは、複雑な川の形をデザインしようとすることである。そうではなくて、川の働きを生かす。川が働きやすいようにデザインする。川の形をつくる主体は川だという意識が重要である。
水辺のデザインでいうと、つくりこまない、変化を許容するという視点が必要である。例えば水辺広場の場合は、広場の先に川の働きを許容するスペースを確保する。川に働いてもらって自然的な水際や河岸を川につくってもらう。そういう、ある意味引いてデザインするというような姿勢が重要であろう。
写真8 五ヶ瀬川(宮崎県) 低水護岸(玉石)を直立に近い形で後方に設置し水際部を自然なエリアにしている。水制工を設置し川の働きによる変化を促す工夫が施されている。
写真8(五ヶ瀬川)は、高水敷が駐車場として利用されていた場所であるが、水害をきっかけに高水敷を掘り下げ流下能力を増やす工事が行われた。当初計画は緩やかな低水護岸を巨石で覆う計画であったが、低水護岸を直立的な構造に変更。護岸は後ろに引いて設置し、その前面を自然河岸とした。控えて守り、水際は変化を許容するエリアとする。そういう水辺のデザインである(九州大学、島谷研究室)。
写真9 平井川(東京都) 根固め工を深い位置に設置し淵を保全した。
瀬と淵、特に淵の保全が重要であると先に述べた。淵は川の蛇行部や屈曲部外岸につくられることが多い。川を直線化すると淵を失う。川の蛇行を生かした河川改修であっても、護床工(掘られないように川底を固める)が設置されるケースが多い。川の蛇行部外岸では、川底が掘られる。掘られるから淵ができるのであるが、護岸が壊れたら困るということで川底の計画高さに護床工を設置する。そうすると、当然淵はなくなる。川底が固められているから、川は淵をつくることができない。
護床工を深い位置(淵の底)に設置すれば淵は保全できる。写真9はその事例である。淵が残っているので、カッパが遊んでいる。なんといい川だろう。ちょっと考えれば分かりそうなものだが、これがまたなかなかできない。なぜか。護床工を深い位置に入れると護岸の根入れの長さが長くなる。淵の深さが2mであれば、護岸の高さも2m長くなる。そうすると、「定規断面」の形と合わなくなる。コストが高くなる。そういう後ろ向きの計算が働くのだ。本当に困ったものだ。淵が大事だということ、そのための技術的対応であると説明すればいいではないか、と筆者は思う(公務員時代、そうやってきたつもり)。ようするに、現実の川と向き合う姿勢の問題だと思う。
さて、最後に、バーブ(barb)工法を紹介してこの稿を終えることにしたい。アメリカでは、自然河岸防護や生態的に効果的な工法としてStream barbsという言葉が使われている。Barb(英語)の意味は、釣り針のあごを指す。非常に鋭角な角度が特徴。
バーブは、いわゆる水制工に近い形をしている。普通の水制工と大きく違う点は、河岸から突き出す角度が20~30°と非常に鋭角であること、河岸からのつきだし長さが長いこと(川幅の約1/3)、川底からの高さは数十cm程度と低い(微地形)ことである。水制工は洪水のコントロールを目的としているが、バーブは微地形の形成など川の形態の多様性回復を目的としたものである。
どのような変化が起きるかというと、バーブの周辺水際部に上流から運ばれてきた砂礫の堆積が進む。また、バーブの先端下流部(河岸から離れた位置、河道の中央部)には淵が形成される。つまり、バーブをきっかけにして瀬と淵が形成されるのである(図2)。
水際部は砂礫が堆積するので護岸基礎の防護という点で有効である。また、河岸がえぐれている場所にバーブを設置すると、澪筋を河道中央部に寄せて河岸部に堆積が進むという効果が現れる。河岸の淵は埋まるが、河岸から離れた位置に淵の形成を促す。
図2 バーブ概念図
写真10 オボップ川(北海道) 設置後1年(2007.6) 土砂が堆積しつつある。
写真11 オボップ川(2011.6) 設置後5年。バーブ下流(写真左)には土砂堆積が進み植物が生育している。
我々のバーブ工法は、アメリカでの研究とは別に(というより知らずに)、北海道でコンサルタントをしている岩瀬氏が独自に数年前から試験的に進めてきたものである。筆者とは古くからの友人で、最初の頃から現場を見てきた。変わり者同士?この現象に大きな興味を持つ。
筆者が横浜のある川でこの工法を提案したときに「バーブ工法」と名付けることにした。アメリカではバーブという名称があるということを聞いて、水制工とは区別するためにバーブという名称をつけたのである。
現象に関する研究や設計手法という点ではまだ不十分であるが、昨年、自然共生研究センターなどと協力して「バーブ研究会」を設立した。川の動的システムを活用する新しい工法として期待できると考えている。
今回述べた内容は、筆者も編集に関わった「多自然川づくりポイントブックⅢ」(日本河川協会発行)に詳しいので、興味のある方は購読されたい。
次回は、川と人、川とまちの関係に視点を当てて書く予定です。
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吉村 伸一Shinichi Yoshimura
(株)吉村伸一流域計画室 |EA協会 副会長
資格:
技術士(建設部門:河川、砂防および海岸海洋)
技術士(環境部門:自然環境保全)
特別上級土木技術者[流域・都市](土木学会)
略歴:
1948年 北海道生まれ、石狩川流域人
1971年 室蘭工業大学土木工学科卒業
1971年 横浜市役所 勤務
1998年 吉村伸一流域計画室設立、代表取締役
主な受賞歴:
2005年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(和泉川/東山の水辺・関ヶ原の水辺)
2008年 土木学会デザイン賞 優秀賞(嘉瀬川・石井樋地区歴史的水辺整備事業)
2011年 土木学会デザイン賞 優秀賞(いたち川の自然復元と景観デザイン)
2018年 土木学会デザイン賞 優秀賞(伊賀川 川の働きを活かした川づくり)
2021年 復興デザイン会議第3回復興設計賞(川原川・川原川公園)
2022年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(川原川・川原川公園)
主な著書:
日本文化の空間学(東信堂、2008、共著)
多自然型川づくりを超えて(学芸出版社、2007、共著)
多自然川づくりポイントブック(日本河川協会、2011、共著)
図説・日本の河川(朝倉書店、2010、共著)
川の百科事典(丸善、2009、共著)
川・人・街-川を活かしたまちづくり(山海堂、2001、共著)
自然環境復元の技術(朝倉書店、1992、共著)
組織:
(株)吉村伸一流域計画室
神奈川県横浜市
Email:yoshimura@ys-ryuiki.co.jp
業務内容:
・河川の自然復元および景観デザインに関わる研究、計画、設計
・川づくり、まちづくりに関わるコンサルタント業務
・市民参加、合意形成マネジメント
・その他上記に付帯する業務
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