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2012.10.01

01|川・水辺のデザインノート

吉村 伸一((株)吉村伸一流域計画室|EA協会 副会長)

はじめに

私が川に関心を持ったのは1980年頃、横浜市役所に入って10年目ぐらいのことだ。当時の川はドブ川ばかり。小さな川は下水管を入れて埋める。それが公害(環境)対策であり、市民の多くはそれを歓迎した。川の名前がついた「緑道」はたいていこの頃に埋められた川だ。そんなとき、都市河川の再生を考えていた職員と知り合い、1982年に「よこはまかわを考える会」という市民活動団体を立ち上げた。活動の大きな柱は「ドブ川とのつきあい」だ。「ドブ川遊び」を発明してドブ川を自ら楽しむ。

 

写真1 川忍者遊び(大岡川/1985年頃)

 

それは、次のような問いかけから始まった。川をなぜ埋めるのか。汚いから?

市民の暮らしが身近な川を必要としていない。川なんか無くても生活上困ることなど一つもない。だから埋めてもいい。そういうことではないか。ならば、我らは川とつきあおうじゃないか。ドブ川遊びは楽しい。それを証明する。

近くの川を見る会や遠くの川を見る会、毎月1回の定例研究会など、全国各地あちこちの川を仲間と見て歩き、そこで新しい川仲間と出会い、酒を飲み、熱く語り合った。こうした市民活動が、私にとって川との関わりの原点である。

 

写真2 釣り船で屋形船(大岡川夕涼みの会/1981年):当時、横浜の運河は次々と埋め立てられた。舟運の必要性がなくなったからだ。ならば船で酒を飲もう(運河の活用)。

 

そこで、本題に入る前に「川・水辺のデザイン心得」というか、現場に立つ技術者の心構えのようなものをいくつかあげておきたい。

 

●川・水辺のデザイン心得(その1):熱い気持ち/精神を注ぐ

大事なことの一つは熱い気持ちである。そう言えば、南雲勝志さんを筆頭として我がエンジニア・アーキテクト協会メンバーはみな熱い。そしてよく飲む。

実は、仕事というのはくじけそうになる事柄が次々と発生する。モチベーションを保つのが結構難しい。だから熱い気持ちの持続。川は楽しいと思う心。川をよくしたいという気持ち。共感する仲間をつくる(飲む)。それは、大事なことだ。

 

写真3 どんこ舟が行き交う水郷柳川。日々の暮らしの中に堀割の文化がある。

 

40年前、この堀割(写真3)は埋め立てられる運命にあったということをご存じだろうか。水は汚れゴミ捨て場と化していた水郷柳川の堀割。下水管を入れて埋め立てる。その埋め立て担当係長に任命された柳川市役所の広松伝さん(故人)。広松さんの熱意と超人的な行動が市長や住民の心を動かして下水道計画を破棄。住民とともに再生した。柳川堀割が今日あるのは、この堀割に精神を注ぎ込んだ人々がいるということである。私たちの仕事は、そういう精神を引き継ぐという仕事だと言えるかもしれない。

 

●川・水辺のデザイン心得(その2):仕事の現場はすべて初体験

何年経験を積んでも、仕事の現場はいつも初体験であるという自覚。

例えば、長良川という川で仕事をしたとしよう。過去に長良川の仕事を経験していたとしても、今度の仕事は場所も課題も異なる。別な川で同じような仕事を経験したからといって同じようにうまくいくとは限らない。特に川は個性的でしかもしばしば暴れる。その暴れ方の度合いもその時々で異なる。川には個性がある。川は洪水で変化する。そのことをいつも自覚していることが必要だ。そして定説を疑う。

当たり前といえば当たり前だが、こういう自覚は薄れやすい。川の仕事は治水計画を基本にして進められる。洪水を安全に流すために必要な川の深さや幅、形など基本条件が定められている。その枠組みから一歩もはみ出さずに仕事を進めるなら「初体験」という自覚はあまり必要ではないかもしれない。

川に手をつけたことが引き金となって今の問題につながっていると思われることがままある。例えば、川底が下がる傾向にある川が多くなっている。コンクリートブロックの投入など対処療法的な対策が講じられるが必ずしも成功しない。だから、定説を疑うという姿勢や現場は初体験という自覚が大事なのである。

 

●川・水辺のデザイン心得(その3):川を見る目/構想力/調整力

とにかく多くの川を見てあるく。これはできそうでなかなかできない。仕事ベースでは限界がある。ならばどうするか。個人的に川を見て歩くしかない。ようするに「川が大好き」人間になるということである。

川を見る目を養い感性を磨く。そして、その川のいいところを継承し悪いところを直して川をもっといい川にしていく方法を見つけ出す。そのための着眼力や構想力が大事。

 

写真4 1987年当時の和泉川(横浜市)。この川をいい川にするにはどうしたらいいか?

 

写真4は、横浜の和泉川である。今から25年前(1987)の姿。河川改修で川幅を広げることになっているが、それでこの川がいい川になるのか。

重要なことは、河川改修をきっかけにこの川を「いい川に変える」という意志、この川と向き合う精神である。それがなければ普通の河川改修で終わる。仕事としてはそれで十分なのである。そうではなくて、いい川にする。そのための方向性や方法を見いだしていく構想力。と同時に、その構想を実現するために必要な様々な調整。エネルギーの8割方は調整とコンセンサス形成にあると言っても過言ではない。

写真4の場所をどうしたか。その内容はこのシリーズのどこかで紹介したい。

 

●川・水辺のデザイン心得(その4):行ってみたくなる空間

いいデザインというのは、「人の気持ちが動く」ということだと思う。安らぎを感じたり楽しい気持ちになったり、そこに身体をおくことによって味わうことのできる空間の心地よさ。来て良かったかなとか、また来てみようとか、そういう「行って見たくなる空間」をまちの中にたくさんちりばめる。身近な川が人々の日々の暮らしとつながって流れている。そういうまちづくり。

人の気持ちに響く、そういうデザインを心がけたい。

 

写真5 落合川いこいの水辺(東京都)。護岸整備がなされたが、市民活動団体の働きかけで護岸を一部取り払い水辺広場に整備し直した。住宅地のど真ん中。心地よい水辺空間。

 

次回は、川のデザインで留意すべき点との関係で川の特性についていくつか述べる。

土木デザインノート

吉村 伸一Shinichi Yoshimura

(株)吉村伸一流域計画室|EA協会 副会長

資格:
技術士(建設部門:河川、砂防および海岸海洋)

技術士(環境部門:自然環境保全)

特別上級土木技術者[流域・都市](土木学会)

 

略歴:
1948年 北海道生まれ、石狩川流域人

1971年 室蘭工業大学土木工学科卒業

1971年 横浜市役所 勤務

1998年 吉村伸一流域計画室設立、代表取締役

 

主な受賞歴:
2005年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(和泉川/東山の水辺・関ヶ原の水辺)

2008年 土木学会デザイン賞 優秀賞(嘉瀬川・石井樋地区歴史的水辺整備事業)

2011年 土木学会デザイン賞 優秀賞(いたち川の自然復元と景観デザイン)

2018年 土木学会デザイン賞 優秀賞(伊賀川 川の働きを活かした川づくり)

2021年 復興デザイン会議第3回復興設計賞(川原川・川原川公園)

2022年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(川原川・川原川公園)

 

主な著書:
日本文化の空間学(東信堂、2008、共著)

多自然型川づくりを超えて(学芸出版社、2007、共著)

多自然川づくりポイントブック(日本河川協会、2011、共著)

図説・日本の河川(朝倉書店、2010、共著)

川の百科事典(丸善、2009、共著)

川・人・街-川を活かしたまちづくり(山海堂、2001、共著)

自然環境復元の技術(朝倉書店、1992、共著)

 

組織:
(株)吉村伸一流域計画室

代表取締役 吉村伸一

〒245-0008 神奈川県横浜市泉区弥生台9-1-12-103

TEL:080-5414-7135

 

業務内容:
・河川の自然復元および景観デザインに関わる研究、計画、設計

・川づくり、まちづくりに関わるコンサルタント業務

・市民参加、合意形成マネジメント

・その他上記に付帯する業務

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年頭に当たって
2013年 新年のご挨拶

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