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2011.07.01

03-1|「通潤用水下井手水路の改修」その1:守るべきもの
~幕末の地域自治による野心的プロジェクトが残した水路網の風景と生態系と自治的管理組織~

西山 穏(NNラントシャフト研究室|EA協会)

はじめに

熊本県山都町にある白糸台地は、2010年2月にその全域が重要文化的景観「通潤用水と白糸台地の棚田景観」に選定された。本連載では3回に分けて、この景観を構成する主要な要素である通潤用水下井手(したいで)という用水路の改修について報告する。
水路の老朽化と農業者の高齢化で管理負担が大きくなった山村において、地域の生業である稲作を維持するためには棚田の用水路を管理しやすく改修することが不可欠だった。この一方で文化的景観保全のために、水路の形状をなるべく変えないこと、地域の生業が継続するよう配慮することと並んで「アブラボテ」という小さな淡水魚(タナゴの仲間)の生息環境を維持・補強することが求められた。これに対して、筆者や弊社社長の福留脩文、同僚の松熊修吾は、山都町教育委員会から委託を受けた設計者として、近自然工法による河川改修の考え方を背景に解決に取組んだ。業務内容は、山都町が設置した「保全・活用委員会」の評価に耐え、耕作者が納得する改修計画・工法を提案し、実施設計と現場での施工指導を行うことだった。なお幸運なことに、方針立案から工事を見届けるところまで切れ目なく改修事業に関わることができた。
連載初回の今回は、筆者を含む関係者が守ろうとした、失われる寸前の農の風景とその一部である水路の特徴・成り立ちについて紹介する。

 

図1 水路改修工事完了後の下井手11号水路周辺

 

1.白糸台地と通潤用水の成り立ち
~近世の自治組織が実施した、地の利を活かした農地開発・流通プロジェクト~

下井手用水路の説明に入る前に、白糸台地と通潤用水の景観の地理・歴史的な成り立ちについて少し詳しく述べる(さらに詳しい内容については、西 慶喜・西山 穏・田中 尚人:「通潤用水と白糸台地の棚田景観」の保全に関する地域の取り組み,土木学会景観・デザイン講演集、p318,2010.を参考にされたい)。
阿蘇南外輪山の南麓、一級河川・緑川の上流右岸に位置する白糸台地は、四方を囲む川が最大150m低いところを流れ、稲作のためにまとまった水を得ることが困難な土地だったが、緑川の舟運物流を利用すると当時の熊本最大の物流港「川尻」に直結することができ、米を増産できれば出荷には有利な土地だった。
地域住民の要望を受け、手永(=数十ヶ村を束ねた、藩と村の中間の行政単位)の代表である惣庄屋による指導・総括のもと1853年(嘉永6)に通潤用水建設事業が開始され、約73.8ha の新田が開かれた。これと連動し緑川上流域で水運整備のため大規模に浚渫が行われ、また台地南端でも川と結ぶ物流道路が建設された。これらの事実は、緑川を物流路とし、相次ぐ開発で生産力が向上しつつあった上流域の中山間地と有明海沿岸の港町とのアクセス強化を図る当時の流れの中で白糸台地が重要な位置にあったことを示している。

 

図2 白糸台地の位置・地形

 

この白糸台地に水を引き込む通潤用水は、台地北端に石造アーチで有名な水路橋「通潤橋」をもち、この北東約3km地点の堰で笹原川から取水し、通潤橋の南で台地を縦断している農業用水路である。通潤橋の水を台地の稜線上に通す「上井手」と、通潤橋下の五郎ヶ滝川から取水する「下井手」の2 つの幹線水路で構成され、幹線延長約17.1km、分水路を含めると総延長は50km を上回るとされる。
ちなみに、この用水は現在通潤地区土地改良区が運営・管理しており,2000 年時点で白糸地区での受益戸数は2182 戸、その受益面積は約118haである。
なお事業は、工事費として藩庁または手永の公金を借用しているものの、原則的に全額受益者である地域住民の負担だった。前例を見ない通潤橋建設等の技術的課題は、手永に属する技術者等を中心に解決した。このように難度の高い事業ながら藩の関与は資金貸借に限られ、その実現には地域単位で運営される高度な自治システムの存在が不可欠だったことから、通潤用水建設事業は「前近代日本社会の到達形態を象徴する」ものと評価されている。

 

2.通潤用水下井手の特徴 ~小さな素堀の用水路に一大プロジェクトの生き証人が棲む~

前項で触れたように、幕末期に開削された通潤用水は、「通潤橋」をはじめとした各種施設や、複雑な地形を巧みに読み込んだ水路網の配置、堆積土砂の排除を狙ったとされる縦断勾配設定など、近代以前の土木技術として見るべきものが多い。その中で、改修対象の開水路部分の構造は素朴な素堀水路(幅1~2m、延長約230m。のちに4箇所約330mを追加)であり、その特徴は、以下に述べる水路の形状、生態系、地域の維持管理組織にある。これらは互いに関連しており、この関連を壊さないで改修目的を達することが大きなポイントとなった。
[形の特徴]
切立った尾根と棚田が張付く谷が入り組んだ地形を文字通り縫って、素堀の開水路とトンネル水路が交互に連続する。開水路部分は、上下に水田が営まれる斜面中腹を斜行し、本来沢が流下する谷の向きと直交して流れており、自然の沢に比べ極端に勾配が緩いことが一見してわかる。水路は緩やかに蛇行し、幅は概ね1~2mだが一定ではなく、土の水際はミゾソバに覆われ土の土手へと連続、水中にはレキ・砂がやわらかく積もり、常に土砂供給があることを想像させた。

 

 

図3 蛇行する緩勾配の水路(改修区間での勾配i=1/900)

 

[生態系の特徴]

築造当初の土水路が残る下井手では、「アブラボテ」を中心とした特徴的な生態系が見られる。この魚は流速の遅い環境を好み、標高400m 以上の山都町のような山間部で生息することは稀なことから生物学の視点から注目される。この生態系は、用水建設で生息環境が人為的に創出され、営農により維持されてきたものであるため、文化的景観を構成する要素として重視された。

 

図4 アブラボテ

 

[地域の維持管理組織]

用水完成当初に受益地となる村(白糸地域には8ヶ村があったとされる)をそれぞれまとめる村庄屋による合議によって決められた規定を原型に、取水、水路破損時や水不足の際の対応、浚渫作業や水路補修などのルールと用水管理の職制が現在まで実質的に守られており、土地改良区へ移行した現在も地域主体の管理のしくみが活きている。用水施設管理の省力化を目的とした改修が実現し、さらに営農を取り巻く厳しい社会情勢へ対処できれば、この用水管理のしくみはこれからも機能し続けると考えられた。

 

以上、保全・改修の対象となった水路について、文化的景観を構成する要素としての価値について概観した。次回は改修に当たり解決を求められた課題と、その課題の解決に向けた掘り下げの視点について紹介する。

エンジニア・アーキテクトのしごと

西山 穏Nishiyama Yasushi

NNラントシャフト研究室|EA協会

資格:

技術士(建設部門:河川、砂防及び海岸・海洋)

登録ランドスケープアーキテクト(RLA)

測量士

1級土木施工管理技士

1級造園施工管理技士

 

略歴:

1972年 名古屋市生まれ

1996年 東京大学工学部土木工学科卒業

1998年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 修士課程修了

1998年 (株)西日本科学技術研究所 勤務

2002年 高野ランドスケーププランニング株式会社 出向

2006年 (株)西日本科学技術研究所 復帰

2017年 同社 退職

2018年 NNラントシャフト研究室 開業

 

組織:

NNラントシャフト研究室

〒780−8061 高知県高知市朝倉甲505−6

fk4y-nsym@asahi-net.or.jp

 

業務内容:

・河川整備に関する調査・設計

・土木工事一般に係る自然共生及び景観デザイン検討

・地域振興・自然再生・景観形成等の計画策定及び各種調査

・文化的景観及び近代化遺産の保全活用に関する調査・計画・設計

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