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2012.09.20
08|「建築を規定するもの」
川添 善行(東京大学 生産技術研究所/空間構想一級建築士事務所|EA協会)
オーギュスト・ペレとノートル・ダム・デュ・ランシー
パリ近郊のル・ランシー。海辺の整然とした佇まいが印象的なこの街にノートル・ダム・デュ・ランシーという静溢で美しい教会がある。1923年にオーギュスト・ペレによって設計されたこの教会は、その空間性の豊かさだけでなく、当時急速に普及した鉄筋コンクリートによる新しい空間性を提示したという点において、世界的な評価を確立した。18世紀の産業革命に始まる建設分野での科学技術の発展は、20世紀初頭において大きな転換点を迎える。ローマ帝国の頃から使われているコンクリートは、引張荷重に抵抗することのできる鉄筋コンクリートとしてひろく建物に使用できるようになった。炭素含有量が多く強度はありながらも脆いという性質から、従来、鋳鉄は建物の構造体としてあまり使用されずにいたが、炭素含有量を低下させた鋼鉄の誕生によって、鉄を使った建造物が多く生み出されるようになった。こうした時代の中で、ノートル・ダム・デュ・ランシーは誕生したのである。オーギュスト・ペレは、早くからコンクリートの可能性を見いだし、打放しコンクリートやプレキャストコンクリートを実験的に試みている。若き日のル・コルビュジェもオーギュスト・ペレの事務所に在籍し、その挑戦を吸収し、モダニズム建築の基礎を作り上げた。新しい技術は、産業構造を大きく転換し、社会に新しい価値観をもたらす。そして、それは新たな空間性として、建築の中に息づいたのである。
なお、ノルマンディ上陸に関連して1944年9月に壊滅的な爆撃を受け、12000戸以上の家屋が破壊されたル・アーブルの市街地の再建の中心を担ったのも、建築家オーギュスト・ペレであり、彼のコンクリートによる都市形成という思想であった。よく知られている通り、このル・アーブルは、「ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示す」として世界遺産に登録されている。
こうして、新しい技術に新しい空間性が付与され、モダニズム建築の大きな潮流となってゆく。言い方を変えれば、新しい建築の背後には、それを規定する新しい思想、新しい価値観、新しい社会が存在する。その後、百年近い時間が経過し、鉄筋コンクリートや鋼鉄の使われ方が建築のあり方を大きく変えることはなくなった。
では、今、建築のあり方を大きく方向づける思想とはいったい何であろうか。20世紀が工業技術をベースとした建築構造の分野における革新だとすれば、21世紀は「構造と環境の融合」による革新だと筆者は考える。近年では環境技術が全盛であり、あらゆる場面で環境という単語を目にする。それをすべて否定するつもりはないが、「環境」を妄信するのではなく、これまでの技術を環境という切り口でいかに再編集するかに創造性を発揮するべきである。工業技術に裏付けされた建築構造による建築の革新を、環境という切り口によって次の状態へと滑らかに遷移させるイメージであろう。
エネルギー減少社会
01図は、1965年からの日本のエネルギー消費量の推移を表したものである。
01:エネルギー消費量の推移
こうして見ると分かるように、この15年間ほど、日本国内におけるエネルギー総消費量はほとんど変化せず推移している。特にこの5年ほどを見れば、減少してさえいるのだ。この傾向は、国内人口の推移とほぼ同じ傾向を示していることを指摘する方も少なくないだろう。近年の都市計画や社会学の分野では、人口減少社会の新しい国土のあり方を模索する動きもあるが、同様に、「エネルギー減少社会」の新しい建築のあり方を模索するべき時期に来ている。
さらに02図は、日本国内のエネルギー消費量の内訳である。業務部門と家庭部門をあわせた民生部門は全体の3割を占めており、中でも業務部門は家庭部門よりも増加が著しく、さらに、この業務部門の中では、事務所のエネルギー消費が増加の傾向を示している。
02:国内のエネルギー消費における内訳
近年、ゼロエネルギービル(Zero Energy Building、以下、ZEB)の取り組みが盛んになっている。ZEBとは、経済産業省「ZEBの実現と展開について」の定義を引用すると、「建築物における一次エネルギー消費量を、建築物・設備の省エネ性能の向上、エネルギーの面的利用、オンサイトでの再生可能エネルギー消費量が正味(ネット)でゼロ又は、概ねゼロとなる建築物」とされる。こうした動きの背景には、経済産業省が2030年までに新築の建物すべてのZEB実現を目標に掲げていることなどがある。近い将来、ZEBであることが新築の常識と言われる時代が目前に迫っているのである。
日本だけでなく、EUを中心とした諸外国でも同様、もしくはそれ以上の取組みが既に始まっている。こうした背景の中で、バイエル・マテリアルサイエンス株式会社、住化バイエルウレタン株式会社から、日本ならではのZEBのあり方を考えてほしいという依頼を受けた。東京大学川添研究室の吉武舞研究員を中心にまとめた提案は、その着眼と完成度が高い評判を受けており、本稿ではそのごく一部を紹介したい。
そもそも、世界的な議論の起こっているZEBであるが、建物のエネルギーを考える上では、その建物が立地する場所の気候に大きく依存する。もともとバイエルは、ベルギーやインドなど世界各地でこうした試みを行っていた。中でも、蒸し暑い夏期と降雪を伴う冬期を持つ日本での取り組みは、多くの示唆と課題を有しており、世界の注目を浴びているというわけである。
例えば、プリウスのように。
1997年に誕生したトヨタのプリウスは、世界初の量産ハイブリッド車であり、現在では世界93カ国で販売されている。日本国内では2009年度から3年連続の販売台数1位を記録するなど、たいへん好調だ。化石燃料の使用量を驚くべきほどに減少させたハイブリッド車の技術もさることながら、私が注目するのは、トライアングル・シルエットと呼ばれるおにぎり形のデザインである。このシルエットは今やプリウスの代名詞であり、ハイブリッド車という新しい技術を巧みに形態に落とし込んだ好例だ。オーギュスト・ペレが鉄筋コンクリートに新しい空間性を付与したように、プリウスもハイブリッドという技術を新しい車体のデザインと連動させたのである。では、この20年近く設計されてきた、いわゆる「環境配慮型」建築は、プリウスたりえたか。答えは否である。ダブルスキン、ソーラーチムニー、様々な要素技術が開発され、その効果が検証されてきたが、それらはあくまで建築を構成する一つ一つの要素に過ぎない。私は、それらを超えて、新しい建築のあり方を提案するべきであると考える。そのキーワードが先に述べた「構造と環境の融合」である。
03図は、私たちが提案したTOKYO ZEBという新しい事務所ビルである。「ほっと柱」や「葉っぱファサード」と呼ぶ、いくつかの技術的な提案を織り込みつつ、新しい建築がどのようなものになるかを考えたものである。
03:TOKYO ZEB
ZEBを実現する方法は、まず建物で消費されるエネルギーをできる限り少なくする工夫を行う。そして、その消費エネルギーをオンサイト(敷地内)での発電によってまかなう。これがZEB達成の基本的な考え方である。その結果、通常のZEBの建物は、広大な敷地に低層の建物がたち、その屋根に太陽光発電パネルが設置される、というのがお決まりのパターンとなる。
しかしながら、日本の都心部においては、こうした敷地条件ほぼ皆無である。特に事務所ビルでは、狭小な敷地に中高層の建物が建つことが一般的だ。また、事務所ビルのZEB化においてもう一つ重要なのは、それが自社ビルかテナントビルか、という点である。自社ビルの場合、建設当初から省エネルギーに対する明確な意思決定を行える可能性があり、また働き方についても、一定程度の挑戦が可能である。他方、日本で多数を占めるテナントビルの場合、ビルの持ち主と借り主の関係から、省エネルギーに対する抜本的な取組みに対して二の足を踏む場合が多く、ZEB実現にかなりのハードルがあるとされる。TOKYO ZEBでは、こうした日本都市部の現実をかんがみて、都心の狭小な敷地に建つ中層のテナント事務所ビルという、ZEBとしてはかなり厳しいハードルを設定することになった。このTOKYO ZEBが、果たして建物のゼロエネルギー化という挑戦に成功したかどうかは、文末の結論まで待っていただくとして、私たちがどういう思考プロセスを経て、どういう検証を行ったのか、順を追って説明してゆこう。
躯体の温度をコントロールする
まず、建物の消費するエネルギーをいかに減らすかである。02図にある通り、建物の31%をしめる熱源と12%をしめる熱搬送は建物の消費エネルギーの中でも大きな割合を占める。TOKYO ZEBでは、構造と設備を一体化して考え、ダイナミックに躯体温度をコントロールすることで、熱源と熱搬送のエネルギーを長期的に減少させることができると考えた。そして、それが、建築構造と建築設備を一体的に解決するヒントになるではないか、と期待していたのである。
04:建物躯体温度をコントロールする仕組み
TOKYO ZEBでは、「ほっと柱」と呼ぶ、建物の構造であり、かつ設備でもある、という手法を開発した。このほっと柱から発生する暖かい空気を上に、冷たい空気を下に対流させ溜まりをつくる。さらに、ファンを利用し二重壁、二重床の中に空気を誘導し、躯体に熱を伝える。構造のシステムと設備のシステムを一体化することで、天井をはらず、階高のある執務空間を獲得することができる。ここで採用した輻射冷暖房により、熱源20%、熱搬送を50%削減することが可能となる。
05:ほっと柱とその検討(シミュレーション:東京大学生産技術研究所大岡研究室)
葉っぱファサード
狭小な敷地において、いかに効率的にエネルギーを作り出すか。次の課題はこの点である。狭小な敷地であるために、屋根面に置く太陽光発電パネルだけでは発電量が足りず、発電のための最適な場所と形態を他にも見つける必要がある。しかしながら、都心部のビルであるために、建物の左右にも隣接建物が迫り、ここでの太陽光発電も風力発電も望めない。結果的に、建物の正面ファサードに太陽光発電パネルを設置し、その発電に頼るしか、選択肢はない。ただし、やみくもにファサード前面にパネルを設置したのでは、内部が閉鎖的な空間となり、借り手の空間への満足度を大きく損なってしまう。私たちはいくつかのスタディを行い、そのヒントを植物の葉に見出した。
06:午前9時、午前10時、午前11時の葉っぱファサードの影
植物の葉は、日光を吸収し光合成で得られる養分を最大化するような大きさ、かたち、位置関係となっている。この葉の成り立ちからヒントを得て、太陽光発電パネルのあり方を考えられないか。これが「葉っぱファサード」の基本的な考え方である。06図は、午前9時、午前10時、午前11時の葉っぱファサードに落ちる影である。ひとつひとつの太陽光発電パネルは、葉っぱのようにファサードからせり出し、互いが互いの影にならないような大きさと位置関係をとっている。こうすることで、新たな発電方法をつくりつつ、開放的な内部空間を生み出すことができる。
「魔法瓶」にしないための工夫
従来のZEB建物は、簡単にいえば魔法瓶のようなものである。室内に効率的な空調システムを設け、それを断熱性能の高い材料でくるむ。熱損失と夏期の過剰な熱取得を防ぐため、開口は可能な限り少ない方が良い。そうして出来上がるZEB建物は、結果的に魔法瓶のようなものとなる。もちろん、この魔法瓶建築も、エネルギー的な観点から最適化した、ある一つのバリエーションには違いないが、この先に建築の未来があるのだろうか。私は甚だ疑問である。
一方、依頼内容である、「日本らしいZEB」を考える上で、四季の変化やそれぞれの季節毎の暮らし方など、本来私たちがずっと取り組んできた暮らし方の意義を見つめ直したいと考えたのも事実である。それには開放的な空間を作り出す必要がある。そして、開放的な空間を作るには、建築の構造と設備とを計画の最初から一体的に考える必要があるのである。そのための工夫がほっと柱であり、葉っぱファサードである。外観を見ると分かるように、この建物は、他のどの建物よりも開放的である。
07:新しい建築のあり方を模索する
ZEBは実現できたのか?
さて、このプロジェクトのエネルギー消費量はどれくらいになったのか。この厳しい前提条件の中で、ZEBが実現できたのか。その結果は次の08図をご覧になっていただくと一目瞭然である。
08:TOKYO ZEBの1次エネルギー削減割合
結果というと、残念ながら、完全なZEBの実現まではいたらなかった。照明に対する工夫は、どれほどの効果があったのか。冷暖房に対する発明はどれくらいの影響があるのか。項目毎に分析しながら詳細な検討を行ったので、興味のある方は別途ご連絡を頂くとしよう。ただし、全体としては、通常の事務所ビルでは、面積あたりのエネルギー消費が444kwh/㎡であるのに対し、TOKYO ZEBでは81kwh/㎡と、およそ1/5の消費に抑えることができる。さらに、ZEB化を目指した工夫による若干のコスト増も11年で回収できる計算となった。前述の通り、狭小な敷地の中層建物では、ZEBの実現は難しいとされており、その高いハードルはまずは越えられなかったものの、じゅうぶんに評価すべき結果となった。何より、エネルギー消費量という観点から建物を捉え直す、というアプローチには、新しい建築のあり方を考える大きなヒントがある。言い換えれば、エネルギーという観点から、建築構造と建築設備とを再編集することを意味しているのだ。
構造と環境の融合により技術を再編する
「建築を規定するもの」というのは、聞き慣れない言葉かもしれない。いかに建物を構成するかという術自体は、多くの試行錯誤が続けられてきた。ただ、長い歴史の中では、「建築を規定するもの」を問い直す時機がごくたまに訪れる。オーギュスト・ペレからはじまった工業技術による建築の規定の時代が今終わり、構造と環境の融合による新しい建築の規定が始まろうとしている。それは、オーギュスト・ペレに始まった近代建築の100年に、これから始まる次の100年を接続する作業ともいえる。そして、そこに体現される構造と設備の融合した空間性は、わたしたちの技術思想を再編するに違いない。
表題の「建築を規定するもの」という問い。その答えは、時代のあり様とともに常に変化し続ける。ただし、その「規定するもの」に対して、自覚的であり続ける必要があるはずだ。デザインを決定づける、見えない流れがどこにあるのか。それをいかに形態や空間性に昇華させるのか。そのことを設計者は常に問い続けるべきである。
建築は何によって規定され、いかなる価値観を表出するのか。建築とは、物質によって構築されると同時に、それは技術思想の体現なのである。
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川添 善行Yoshiyuki Kawazoe
東京大学 生産技術研究所/空間構想一級建築士事務所|EA協会
資格:
一級建築士
略歴:
1979年神奈川生。オランダから帰国後、東京大学 景観研究室 にて内藤廣に師事。現在、東京大学 川添研究室(建築設計学)主宰。川添善行・都市・建築設計研究所 代表。Dr. (eng)。
ベレン公園図書館、shibuya1000、白水ダム周辺整備計画 鴫田駐車場・トイレなどの作品があり、現在も国内外での建築設計に携わる。世界の都市再生事例を集めた『SSD100 都市持続再生のツボ』(共著)は、日本国内だけでなく韓国でも出版されている。
主な受賞歴:
2008年 土木学会景観デザイン研究発表会優秀講演賞
2009年 グッドデザイン賞(shibuya1000)
2011年 グッドデザイン賞(白水ダム周辺整備計画 鴫田駐車場・トイレ)
『世界のSSD100 都市持続再生のツボ』共著(彰国社)
組織:
東京大学 生産技術研究所
〒153-0041 東京都目黒区駒場4-6-1
TEL:03-5452-6153
FAX:03-5452-6859
HP: http://www.kwz.iis.u-tokyo.ac.jp
空間構想一級建築士事務所
業務内容:
・建築設計
・地域再生に関する調査・研究
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