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2014.05.16

16|人が歩く道の橋に魅せられて

松井 幹雄(大日本コンサルタント(株)|EA協会)

設計の仕事で求められる大事な能力は、現実を見る観察眼の確かさと、それによって抽出された課題の解決に向けて動員される頭の中にある引き出し(情報力)の質と量であろう。だから、設計者は日々「引き出し」を手入れすることが大切だと思っている。

本稿では、これまでの出来事を振り返りながら、「引き出し」に大きな刺激を与えてくれた、印象に残る出来事や人との出会いを、好きな仕事の一つである歩道橋を題材に紹介してみようと思う。

読者の皆様、特に若い方々に、共感していただけたり、もしかすると何かを発見していただいたりすれば、嬉しい限りです。ただ、徒然に書いてみると、とても長くなってしまいましたので、その点はご容赦下さい。

プロローグ

それは大学図書館にて、橋の写真集を眺めていた時のことだった。ページを捲ると、マイヤールのテスの人道橋が目に飛び込んできた。なんとエレガントな橋なんだろう。こうゆう橋を設計したい。と心の底から思ったことを、今でも良く覚えている。次の夏休み、いわゆるバックパッカーとして、橋を巡って欧州を歩き回った。出版されたばかりのレオンハルトのブリュッケンを道先案内人に、主にアルプスより北側の都市を回った。セバーン橋、ガンター橋、コッハタール橋等の時代の最先端を行く橋もたくさん見てきたが、行く先々の街中や郊外で見かける、何気ない橋が、丁寧に美しく設計されていた事実に魅せられて、帰ってきた。1983年の夏のことであった。ここで、橋の仕事をやっていく下地が出来た気がする。

 

写真1 旅先のストックホルム郊外にて見かけた何気ない歩道橋。丁寧なデザインが印象に残った。

 

柳宗理先生との出会い

1987年、縁があって、歩道橋の設計を(財)柳工業デザイン研究会と共同設計する機会に恵まれた。先生達は、いきなり都市スケールの模型を作りはじめた。そして、その歩道橋を利用する動線の検討から仕事に取りかかられ、当初にセッティングされた設計範囲を遙かに超える提案をされてこられた。実務派の先輩諸氏は当惑したようであったが、当時若手だった私には刺激的であった。その模型を起点に、橋梁本体は言うに及ばず、高欄、照明器具に至るまで、模型を作りながら考える作業が続いた。都市スケールからディテールまで、全てを模型を使って、手で考えることを、ここで学んだ。そして、模型の印象が、事業を動かすという事実も目の当たりにした。

ユニバーサルデザインとの出会い

1989年の暮れ、ランドスケープデザイン誌に橋の歴史年表を執筆したご縁で、造園設計者の方々と交流する機会が増えた。そこで、初めて、ユニバーサルデザインを知ることとなった。歩道橋の階段や斜路勾配に、いろいろ悩んでいた頃であり、大きな刺激を受けた。車いす利用者の方々、全盲の方々と、いろいろなタイプの歩道橋を巡り、意見を伺ったり、疑似体験をした。形だけでない橋の魅力を考える習慣はこうした経験を通して身についたと思う。

初めての実践

90年代の初めに手がけた、市道を跨いで体育館と公園を接続する歩道橋の仕事で、学んだことを実践する機会を得た。まず、当初の設計範囲を超えて、公園アプローチと一体的に整備する提案を客先に提示するところから始めた。運良く受け入れられて、構造設計チームに加えて、公園設計チームとも協力することとなった。この頃は模型だけでなく、パソコンCGを設計に活用することを試みていて、それら二つのビジュアルな道具は、いろいろな関係者のイメージの共有にとても役立っていた。T字形に交わるデッキをV脚で納める等のアイデアは、構造設計者との議論から生まれたが、計算を収束させる度に構造寸法が変化して、デザイン調整をそのたびにやり直すなど、社内コラボレーションの楽しさと難しさを実感した仕事となった。

 

 

写真2(左):T字形に交わるデッキをV脚で納める。  写真3(右): 橋と一体的に提案したアプローチ広場。

 

細心の注意の上に成り立つシンプルさ

「簗見橋」は、山間部を走るサイクリング道路が川を渡る橋で、レストラン等の地域振興施設や鮎のやな場等に隣接する。ここに、構造的に難しいことをせず、出来るだけコストをかけずに、魅力的な橋を架けようとして、曲げモーメント図のような桁高変化を持つRC床版合成単純桁を5連並べた橋を提案した。伸縮装置は多数出てしまうが、製作の効率性、一連ずつ桁を地組みして架設する合理性、橋のシルエットが周囲の山並みに溶け込む状況や、鮎の連なりを連想させること等の楽しさを勘案した結果であった。

また、桁高変化の曲線には1.5次放物線を適用して、垂れ下がりの印象が重くならないようにした他、河川橋脚の形状は、流向が複雑な現地状況に合わせて円柱から小判形に変化するように調整して、桁に斜角が付かないような工夫を加えた。専門家でなければ気がつかない、このような些細に見える調整が、見た目に違和感のないバランスを保つためには不可欠である。特に橋という構造物は線で構成されている部分の影響力が大きいので、ここに注意を払うことはとても大事だと、いつも気にかけている。

 

写真4:1.5次放物線の桁高変化を持つRC床版合成単純桁を5連並べた。

 

道具としての使い勝手を考える

90年代は(財)柳工業デザイン研究会を経てフリーデザイナーとして活動されていた友岡秀秋さんと協働する機会が増えて、都度、デザイン思考を鍛えていただいていた。

そのような時期に手がけた「大泉学園駅前デッキ」の仕事で、駅前デッキという道具の使い勝手を徹底的に考えた。まず、デッキ構造として、円形状のデッキをベースに、桁下に光を十分に送り込む大きな開口部を設けることとして、そこに架橋地周辺に見られるケヤキの群落を当地に持ち込むべく、大地から立ち上がるケヤキを配した。直線要素が少ないデッキ形状、および樹冠がもたらす緑と柔らかさによって、デッキ上の空間が移動のためだけでなく憩いの場としても機能するように考えたからである。

 

写真5:架橋地周辺に見られるケヤキの群落をデッキ空間に持ち込んだ。

 

そして、しつらえとしても、時間帯によってはケヤキの木陰が落ちる大きく長いベンチを開口部に沿って配した。

 

写真6:ケヤキの木陰が出来るベンチを開口部に沿って設けた。

 

駅から再開発ビルへの最短ルートには、並行して幅員4mの斜路を配し、斜路を特別なルートではなく選択肢の一つして見えるようにして、斜路利用における心理的抵抗感がないように配慮した。最近では、キャスター付き鞄の利用者も増えているようで、この斜路は、当初の予測を超えて様々な用途に対応していて、ユニバーサルデザインの一つのあり方に近づけたのではないかと思っている。

また、再開発ビルとの高低差を解消する円形階段は、踏み面を45cmとして、通常の階段よりも勾配を低くしている。これは、通常の30cmで広幅員の階段とすると、見かけの勾配がきつく感じて空間そのものが窮屈に見える懸念を避けたためである。このように、空間を構成する一つ一つの寸法の意味を探りながら、道具としての機能を突き詰めた。

余談になるが、道路橋設計の場合、車線幅や必要幅員は、制約条件からほぼ一意的に定まってくる。しかしながら、歩行者を相手にする場合、幅員や階段勾配等にマニュアルとして便宜的に定めた値はあるものの、それは目安としての値であって、状況により好ましい数値は変わるものである。たとえば、鉄道駅と歩道橋とでも階段勾配など数字は微妙に異なっている。税金によって整備される構造物としての公平性や継続性のために、マニュアルを参照にする姿勢も理解できるが、根源的にそれらの数字の持つ意味を常に自問自答していることこそ、プロの設計者には求められていると思っている。

 

ディテールに宿るもの

「希望の橋」は公園内を通る掘り割り道路を跨ぐ小さな橋である。繊細で目立たない橋とするコンセプトの元、歩車分離境界の植栽スペースに立体Y字形の脚を建てて薄い桁を支える構造を選択したものである。橋のシルエットとしてはπラーメン、上路アーチなどもきれいに納まる形式であったが、施工時における斜面の改変規模を抑えるほうが、架橋地の状況にはふさわしいと考えた結果の選択である。5つの部材が集まる格点部のディテールの出来具合が最後まで心配であったが、丁寧な製作が為されて橋全体もすっきり仕上がった。何気ない小さな橋だからこそ、部材ディテールの仕上がりはとても大事である。

当然ながら、設計者はそれがどのように製作され建設されるかについて精通している必要があるが、得てして現状では、工場や現場へ足を運ぶ機会は多くない。ここは、常に気になる事柄であって、今も若手技術者に対して、そのような機会を設けるよう心掛けている。ディテールに気を配れるものは製作と現場を知っている者だけだからである。

 

写真7:斜面の改変規模を抑える観点から選択した橋梁形式。

 

エムアンドエムデザイン事務所との協働

「川崎ミューザデッキ」は駅前広場を横切り、橋上駅と音楽ホールを擁する再開発ビルを結ぶ歩道橋である。駅前広場の所々に植栽されたケヤキの大木群の緑を横目に、歩く楽しみが生まれるような歩行空間の実現を目指して、エムアンドエムデザイン事務所の大野さん達と協働して、丁寧に検討し相互のデザイン調整も綿密に実施したものである。特に、既存の構造物に接する箇所が複数あり、その取り合いを不自然な形でなく、昔からそうであったかのように調整しきるところに、大きな労力をさいた。たとえば、既存の橋上駅デッキと本橋の境界に設置した大屋根のデザインであり、再開発ビルに近接して接続している既存デッキとの合流部の納め方である。

 

写真8:既存の橋上駅と接続する大屋根の検討模型。違和感のない解決策を求めて試行錯誤した。

デザインのレベルを上げるためには、主役となる箇所が明確でかつ、脇役達に不自然さが無く、周辺環境として納まっているように仕上げる手腕が不可欠である。が、得てして、都市内構造物では、調整すべき箇所が数多くあり、それぞれにトレードオフ関係があって、それらを総合調整することは、一筋縄ではいかない。コスト面は言うに及ばず、客先ならびに関係者との合意形成、工程調整、維持管理への配慮、等すべきことは山のようにある。この橋の協働では、造形的な詰めは大野さん達に任せて、その少し手前の「デザインのあり方」の調整に、我々は多くの労力を割いた。そして、出来上がった橋を見て、諸々含めてのデザインの総合調整機能を果たせた、満足感を感じることが出来た。

 

写真9 右手にケヤキの豊かな緑量を望みながら歩く。

 

がしかし、設計当初に我々が周辺環境として最も重視していた駅前のケヤキの豊かな緑量は、その後のバスブース等の再整備によって、ほぼ無くなってしまっている。橋だけ、今だけ、考えていても駄目なのだ。その昔、柳宗理氏がしてみせてくれたように、一本の橋といえども、都市レベルの全体構想とともに考えなければ、こうなってしまうのだと言うことを、教えられた事例でもある。

建築構造設計家との協働

「はまみらいウォーク」では、川崎ミューザデッキとほぼ同じデザインチームに、金箱構造設計事務所の金箱さんに加わっていただき、シェルターの構造設計の支援をいただいた。

 

写真10:橋端からアールを描いて歩行空間に大きく張り出すシェルター。

 

既にイメージが固まっていた、橋端からアールを描いて歩行空間に大きく張り出すシェルターを、コンパクトにまとめる構造のあり方について、当初案の梁の支え方に対して橋軸方向にV脚を建てる代案を提案いただいた。そして、その案をベースにブラッシュアップを重ねて、現在の姿に至った経緯がある。また、橋軸方向に連続する鋼管梁を見栄えの観点からガラス屋根の上方に移動させるために生じた格点部への部材の集中を解決する策として、鋳鋼を採用しているが、このようなディテールへの貢献にも感謝している。

人に近い構造物設計における建築構造家の方々の経験は、歩道橋の設計においても、とても刺激になることを実感した仕事となった。

 

写真11:はまみらいウォーク全景

 

たかが部分、されど部分

「三井そよかぜ橋」は支間200mの吊橋である。架橋地の制約条件から、耐風索を用いず、補剛桁を三角トラスとして剛性を確保したところに構造的な特徴がある。私自身、設計当初からこの橋に関わっているが、このような橋の場合、プロポーション等の寸法は、制約条件からほぼ一義的に決まってくるため、デザインの出番は塔形状や高欄と言った部分に限られてくる。が、そこはたかが部分、されど部分と言うことで、ないがしろには出来ない。

この橋では、塔製作における全断面溶接接合や隅角部のアール形状、ケーブルバンド、ハンガーケーブル定着部、シンプルな高欄、そしてこれまでの事象を踏まえた維持管理手間が少なくなる排水枡構造等に、注力し、全体プロポーションの引き立て役に仕上げていった。全体構想から排水枡まで、全部目配り出来て、初めてまともな橋が仕上がるからである。

 

写真12:維持管理面に配慮した排水枡、高欄。

 

写真13:コンパクトにまとめた、ハンガーロープ定着構造とケーブルバンド。

 

おわりに

心動かされる出来事や刺激を与えてくれる人との出会い。仕事の質は、そのような人間的な営みの積み重ねによって、得られることを実感している。勤め人の立場上、年々実務よりも管理する時間の方が増えつつあるが、これからも、人生をエンジョイしながら、仕事の質を上げていきたいと願っている。

エンジニア・アーキテクトのしごと

松井 幹雄mikio matsui

大日本コンサルタント(株)|EA協会

資格:

技術士 総合技術監理部門(建設部門)

 

略歴:

1960年 大阪府豊中市生まれ

1985年 大阪大学大学院工学研究科土木工学専攻修了

1985年 川田工業株式会社入社

1987年 大日本コンサルタント株式会社転籍

_     景観デザイン室を立上げ、2007年まで率いる

_     以降、技術企画、経営企画、部門運営等の業務を

_     大阪、横浜、本社等で遂行し、現在に至る

現在   大日本ダイヤコンサルタント株式会社 CSR本部  理事

_     (2023年7月、合併により社名変更)

 

1995年〜2006年 東京学芸大学 非常勤講師

2012年〜2017年 大阪大学 非常勤講師

2007年〜2022年 東京工業大学 非常勤講師

他、徳島大、早稲田大、政策研究大等にてスポット講義

 

主な受賞歴:

2002年 土木学会デザイン賞 優秀賞(ふれあい橋)

2010年 土木学会デザイン賞 優秀賞(川崎ミューザデッキ)

2010年 北米照明学会賞(はまみらいウォーク)

2011年 土木学会デザイン賞 優秀賞(はまみらいウォーク)

2012年 グッドデザイン賞 (はまみらいウォーク)

2012年 土木学会デザイン賞 優秀賞(新四万十川橋)

2014年 土木学会田中賞 作品賞 (各務原大橋)

2014年 土木学会デザイン賞 奨励賞 (富山大橋)

2015年 土木学会デザイン賞 優秀賞 (各務原大橋)

2019年 土木学会田中賞 作品賞 (築地大橋)

2019年 土木学会田中賞 作品賞 (天城橋)

2020年 土木学会田中賞 作品賞 (史跡鳥取城跡擬宝珠橋)

2021年 土木学会デザイン賞 優秀賞(藤沢駅北口デッキ・リニューアル)

2022年 日建連表彰土木賞「特別賞」(史跡鳥取城擬宝珠橋)

2022年 土木学会デザイン賞 優秀賞(利賀大橋)

2023年 土木学会デザイン賞 奨励賞(竹芝デッキ)

 

主な設計競技:

堺市主催・大小路橋歩道橋デザインコンペ優勝/1996年(1998年竣工)

横浜市主催・横浜駅東口デッキ指名コンペ優勝/2004年(2008年竣工)

大阪市主催・(仮称)道頓堀川人道橋デザインコンペ入賞/2005年

各務原市主催・各務原大橋公開プロポーザル優勝/2006年(2014年竣工)

台湾政府主催・淡江大橋・国際コンペ入賞(2位)/2015年

藤沢市主催・藤沢駅北口デッキリニューアルコンペ優勝/2015年(2019年竣工)

 

主な著書:

これからの歩道橋 付・人にやさしい歩道橋計画設計指針(技報堂出版、1998、共著)

ペデ 〜まちをつむぐ歩道橋デザイン〜(鹿島出版会、2006、共著)

土木設計競技ガイドライン・同解説+資料集(土木学会、2018、共著)

橋をデザインする(技報堂出版、2023、共著)

 

組織:

大日本ダイヤコンサルタント株式会社 CSR本部

〒101-0022 東京都豊島千代田区神田練塀町300 住友不動産秋葉原駅前ビル4F

TEL 03-5298-2058

FAX 03-5395-2130

 

業務内容:

建設コンサルタント業 (構造、保全、景観、道路、交通、都市、地域、環境、河川、砂防、地盤、空中物理探査、等)

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