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2011.08.01

02-4|熊本駅周辺の都市デザイン その4:主役たちのデザイン

星野 裕司(熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター/工学部土木建築学科|EA協会)

この連載も,今回で最終回である。今まで,街路や水辺といった,都市を脇役として支えるものたちのデザインについて語ってきた。最後は,駅前広場やペデストリアンデッキなど,主役たちのデザインを紹介していきたいと思う。

KAPによる二つの駅前広場

新幹線を降りてコンコースを右に出ると佐藤光彦氏設計の西口広場,左に行き,仮設の地下通路(内装のデザインは水戸岡鋭治氏)を抜けると,西沢立衛氏設計の東口広場(暫定形。完成予定は在来線高架後の2018年)に出る。両者はともに,くまもとアートポリス(KAP)のプロジェクトであり,西口は2008年5月のコンペ,東口は2007年11月のプロポーザルによって設計者が決定された。同じような経緯を持ちながらも,2つは対照的な空間を実現しているので,比較しながら見ると,とても楽しい。まずは,これらの実現のプロセスに参加した経験から,共通に感じたことを記したい。ひとつめは,検討の精度である。彼らは,このような外部の公共空間においても,1mmにこだわる。正直,そこまでしなくても良いんじゃないかって思うこともあったが,ピリッとした緊張感が空間に現れていると思う。もうひとつ,これは,西沢事務所の担当者が言っていて,なるほどと思ったことだ。土木の設計条件はガチガチのようでいて,突然,大きく変わる。例えば,西口では,コンペ後に親水施設や水飲み場が五月雨式に追加されたし,東口では,在来線駅舎の整備時に市電を駅舎に直接乗り込ませるという計画が浮上し,暫定形においても,それに対応できるように柱の配置を変更させられた。佐藤氏,西沢氏ともに,このような変更にも真摯に対応したと思う。ただ土木に身を置くものとして,土木施設は政治の産物なんだなあという感慨を持つとともに,やはり,与えられた設計条件にコツコツ応えるだけではダメで,条件そのものを問い直す姿勢を当初からもつことが大切なんだという思いを強くした。彼らの仕事に触れながら,土木の仕事を見直すという意味で,得難い経験をすることができた。

 

図1 佐藤光彦氏設計の西口広場
半屋外の広場の中で,追加された親水施設は結構効いている。結果オーライだったかもしれない

 

2つの広場の対照性

では,2つの駅前広場の対照性をいくつかの点から語っていきたい。まずは,コンセプト。西口の明快さに対して東口の柔軟さ。西口の明快さとは,駅前広場に集積する雑多な要素をスクリーンとルーフに集約しようというものであり,東口の柔軟さとは,歩車道ともにできるだけフラットにしつらえた地面の上,不定形の雲のようなシェルター(私たちは,しゃもじと呼んでいるが)を浮かすことで,様々な要件に対応して行こうというものである。これらは,コンペにおいても,非常に高く評価された。また主要な素材は,西口が鉄で,東口がコンクリート。形態も,西口が囲った空間に,様々な窓を開けていくというものに対し,東口は,6mの天井高をもつ開放的な空間(市電の建築限界より決まった)を確保した上,浮かべた雲が空間を性格づけるというもの。まさに,図と地が反転したような関係になっている。しかし,私が最も注意したい対照性は,周辺の文脈である。西口は,もともと出口もなく,大規模な区画整理によってつくられた新しい広場である。だから,まだ周辺の街は全く成熟していない。広場から街へ,ニョキニョキと触手を広げたようなこの広場が,新しい街とどんな関係を結んでいくのか。一方,東口は昔からある表玄関であり,寂れた駅前であった街並みが大きく変化している状態である。この大屋根は,一見穏やかな表情を持ちながらも,クールにその変化を見守っているようにも見える。駅前の街並みをどう導いていくのか,これは,今後もこの整備に関わり続ける私たちへの大きな宿題だろう。

 

図2 西沢立衛氏設計の東口広場(暫定形)
おおらかな大屋根は,私たちを優しく覆う。まるで,クジラの中のピノキオのような気がしないでもない。

 

ペデストリアンデッキ

東口広場から東A再開発(「熊本森都心」)に向けて,しゃもじ型の大屋根に呼応するように緩い弧を描くペデストリアンデッキがある。軽やかさと,ガシっと大地をつかむような力強さを併せ持つこの立体横断施設は,基本構想をWGの田中智之准教授(熊本大学),意匠監修を西沢事務所が担当したものだが,様々な困難や要求をひとつの構造体にまとめたのが,パシフィックコンサルタンツの伊東靖氏である。私よりもエンジニア・アーキテクトの資格はあるのではないかと思う伊東氏が,この橋梁の設計にあたって,どのように考え,どんな感想を持ったのか,直接聞いてみた。以下に,伊東氏の生の声を引用しよう。

今回この業務に携わり、設計になにを意図したかを整理してみました。
今回、具体的な特徴についてお伝えするならば、当該のような交差条件が厳しい中では、桁高が1.3m(桁高比1/40)に制限されるなかで活荷重たわみ制限(L/600)と歩行者振動の解決が最重要課題でした。
桁高と支間が限られていることから、この解決策としては、下路式の形式を持ってくることが考えられるところである。トラス形式やアーチ形式・吊り形式を持ってくることが考えられるが、支間に起因する経済形式や施工面からこれらは不採用であろう。
そこで、桁形式であれば施工性・経済性・都市内での景観性に有利であると判断し、桁形式のなかで、整理していくべきとしました。桁形式の設計ということで既往の形式を普通に整理するのだろうと思っていました。
議論のなか桁端部の階段供用の柱は省略できないか?との質問に私は出来ますよと即答しました。うすうすこうすれば、構造性を損なわずに景観性と振動応答の問題をクリアできるだろうと目算を立てていたからである。通常の両端固定の梁のたわみは、両端ピンのたわみの1/4である。当該の形状を持ってくれば必ず桁剛性と桁高の問題はクリアできると過去の経験が示していた。
階段を橋脚に利用する案は、当該の平面形状と融合することで独特の形態と景観を生み出している。機能と構造性を融合(ハイブリット化)することで使用性・構造性経済性を両立できる良い例であると感じています。
今回、みなさまの「本気」がこの橋梁に命を与えたように感じています。

 

図3 立体横断施設
奥と手前の4つの階段が,橋脚の役目を果たし,脚柱は中央の1本のみ。難しい条件の中,シンプルで力強い形態にまとめられたのは,まさしく,伊東靖氏の力量であろう。

 

おわりに

熊本駅周辺には,そのほかのKAP作品として,熊本南警察署熊本駅交番(クライン ダイサム アーキテクツ)や白川橋左岸緑地トイレ(デザインヌーブ)もあるし,他のWGリーダーである田中准教授による交流広場や電停施設,同じく原田和典准教授(崇城大学)によるサイン計画などもある。しかし,そろそろ紙面も尽きてきたので,それらの紹介は他紙に譲りたい(例えば,新建築5月号(2011)p.102-132など。特にp.132には,田中准教授による都市デザインの概要も載っているので,この連載と読み比べて欲しい)。
この連載は私にとって,プロジェクトを見直すとてもいい機会となった。このようなチャンスを与えてくれた編集部に感謝したい。できるだけ,通常の紙媒体では書かないような話を盛り込もうと思ったが,その分,私の独断やわかりづらい部分も多かったかもしれない。ぜひ,論文や上に紹介した雑誌など,あわせてお読みいただきたい。書きたいことはまだまだ尽きないが,文中でも何度も触れたように,熊本駅周辺整備はまだ半分,まちづくりとしてはこれからが本番である。ぜひ,熊本までお越しいただき,皆様からのご意見をうかがえれば,これほどうれしいことはない。

 

図4 交流広場と電停(田中准教授監修)

 

図5 駅前サインとまちなか案内サイン(原田准教授監修)

エンジニア・アーキテクトのしごと

星野 裕司Yuji Hoshino

熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター/工学部土木建築学科|EA協会

資格:

博士(工学)、1級建築士

 

略歴:

1971年 東京生まれ

1994年 東京大学工学部土木工学科卒業

1996年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 修士課程修了

1996年 (株)アプル総合計画事務所 勤務

1999年 熊本大学工学部 助手

2005年 博士(工学)取得(東京大学)

2006年 熊本大学大学院自然科学研究科 准教授

 

主な受賞歴:

2012年 グッドデザイン賞サステナブルデザイン賞 受賞

2011年 第25回公共の色彩賞 入選 (熊本駅周辺地域都市空間デザイン)

2009年 深谷通信所跡地利用アイデアコンペ 専門部門 優秀賞

2009年 平和大橋歩道橋デザイン提案競技 入選

2003年度 土木学会論文奨励賞 受賞

 

主な著書:

「風景のとらえ方・つくり方」(共著、共立出版、2008)

「川の百科事典」(共著、丸善、2008)

 

組織:

熊本大学

〒860-0555 熊本県熊本市中央区黒髪2-39-1

TEL:096-342-3602

FAX:096-342-3507

HP:http://www.civil.kumamoto-u.ac.jp/keikan/

 

業務内容:

・景観デザイン・まちづくりに関する研究および事業支援

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