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2013.12.18
15|施工と構造の融合 -Structural Eleganceの追求-
春日 昭夫(三井住友建設㈱|EA協会)
はじめに
筆者は世界の橋梁デザイナーと接する機会がありますが、その時に「Structural Elegance」ということばをよく聞きます。「Structural Elegance」をそのまま日本語に訳せば、「構造的優美さ」となりますが、筆者はこのことばを的確にひとことで表す日本語はないのではないかと思っています。というのも「Elegance」という単語は「優美」という簡単な日本語では置き換えられない、いろいろな意味がどうも含まれているようなのです。では、そもそも「Structural Elegance」と呼ぶにふさわしい橋とはどんな橋なのでしょうか。その問いに対して筆者は迷わずフランスのブロトンヌ橋をあげます(写真-1)。何故でしょうか?
写真-1 ブロトンヌ橋(写真:Francis Vigouroux)
この橋は、支間長が300mを初めて超えて長大コンクリート斜張橋の草分けとなったということはもちろんですが、一面吊の斜材が密に配置されて、以後のマルチタイプ斜張橋の手本となりました。また、シンプルな独立一本柱の主塔と、外からうかがい知れない、力を合理的に伝達する主桁断面内のストラット構造(図-1)は、独創的で脱帽ものです。筆者が尊敬する橋梁エンジニアは、この橋のチーフエンジニアであったフランスのJean Mullerですが、残念ながら2005年に幽明境を異にされました。
図-1 ブロトンヌ橋の主桁断面
ブロトンヌ橋に代表される「Structural Elegance」をひもとくと、いくつかの「美」といえる要素で成り立っているのではないかと思われます。それらは、機能美・構造美・造形美です1)。そしてその重要度は、機能美>構造美>造形美と考えます。筆者にとって橋の「Structural Elegance」を説いた一番の参考書は、レオンハルトのBrüken2)ですが、支間割の決め方やアーチのプロポーションなど、機能美(筆者は支間割や橋のプロポーションも機能美と考えています)に関する記述が多いのもレオンハルトがここに重点をおいているからだと思われます。そしてこれらは、建築でいうところの「用・強・美」がそれぞれ「機能美・構造美・造形美」に対応するのではないかと考えています。
今回、記事執筆という貴重な機会を頂いたので、筆者なりの「Structural Elegance」の追求事例をお話ししたいと思います。建設会社に身を置いているものからしますと、施工を考えた設計は非常に重要です。つまり、施工のし易さを考えて機能美、構造美、造形美を追求していくことになります。そして、環境に負荷をかけない施工法や、合理的な施工法も機能美の一部だと考えています。橋のコストはほとんど設計完了時点で確定してしまいますので、筆者が設計・施工の物件に携わるときは、施工的な要因が設計に与える影響は小さくありません。以下に示す事例は、橋の要求性能から導き出された構造と、その構造が施工方法に大きく影響されたものになっており、施工と構造が融合した典型的な事例だと思います。
青雲橋
徳島県三好市に建設された青雲橋(写真-2、図-2)は、アーチを逆さまにしたユニークな構造で、2004年の完成です。
写真-2 青雲橋
図-2 一般図
架橋地点が国立公園内に位置するため、施工中も含めて河川内には支柱を立てることができませんでした。したがって支間長約100mを単支間で渡る橋梁が求められたのですが、鋼トラス橋は橋の両サイドのスペースがないために架設が難しいという問題がありました。また、アーチ橋の場合だと下路形式はトラスと同じ問題が、上路形式は急峻な斜面でのアーチアバットの掘削が迂回できない現道を侵すという難題が持ち上がったのです。これらの課題を解決したのが、吊床版を用いて橋を構築する技術でした(写真-3)。この構造の最大の特徴は、図-3に示すように、施工中は吊床版の引張力を地盤のアンカーで負担させておいて、橋が完成した時にこの引張力を桁に盛りかえ、最終的に構造を単純桁にすることです。ちょうどタイドアーチの逆の構造です。
写真-3 青雲橋の架設状況
図-3 橋梁端部におけるケーブル力の盛りかえ
この形式は、吊床版部と桁の間を鉛直な部材ではなく斜めの鋼材でつないだことで、トラスの挙動を示します。その結果、最終的に単純梁として成り立つのです。青雲橋の場合、トラスですから本来なら斜材の格点は閉じるのですが、鋼材の数量を減らし全体的にコスト低減を図るために、桁側ではトラスが閉じていない不完全なトラス構造となっています。当然この閉じていない領域では桁に曲げモーメントが発生しますが、桁の剛性を大きくすることでこの応力に対応しています。
構造的なもう一つの特徴は、トラスの下弦材にあたる吊床版部をコンクリート部材としていることです。青雲橋は道路橋であるために、ケーブルだけの構造だと活荷重によるケーブルの応力変動が大きくなり、疲労の問題が生じてきます。これをコンクリートで覆うことで、その応力変動は劇的に改善されます。したがってケーブルも普通の材料を使うことができるのです。当然のこと、橋全体としての剛性も向上するために、振動などの問題もなくなります。
一方、施工時は大きな課題がありました。施工手順を図-4に示しますが、施工時は吊構造であるために、荷重による変形が大きく、施工をしながら部材を固定していくと変形による応力が蓄積し、部材がもたなくなります。したがって、ほとんどの死荷重が載荷されるまでトラスを形成できないことになります。ということは、トップヘビーな橋を下から造っていくという、文字通り綱渡りの様な施工法をとることになります。ちなみに、最初にケーブルを張り渡して最終的な荷重が載るまで、橋の中央における変形量は1.7mです。また、施工中の桁の橋軸直角方向の変形を制御するために、写真-4の様なケーブルを水平に張り、構造の安定性を高めました。では、なぜ見るからに不安定そうな逆三角形の断面を採用したのか、という疑問がわきますが、これも吊床版部のコンクリートをできるだけ減らして構造を軽くし、少しでもコスト縮減を図るためです。
図-4 架設手順
施工中に台風が三回通過しましたが、特に大きな問題もなく工事を無事終えることができました。この橋は地元の中学生の通学路となっており、それまで遠回りをして通学しなければならなかったのが、随分近くなったと聞いています。青雲橋は、写真-5のように深い山間に架かる橋です。様々な制約条件の中で橋を建設する場合、その制約が多ければ多いほどエンジニアの力量が試されます。そして、施工方法と構造が融合して解決策を見出すときほど橋梁エンジニアが醍醐味を感じるときはないと思います。しかし、青雲橋の経験は私たちに次の課題を突き付けました。どうやれば水平にケーブルを張らずに施工中の安定性を確保できるかという難題です。それを解決するチャンスは意外と早くやってきました。次に紹介する青春橋です。
なお、この青雲橋は構造と施工の独創性と、環境に与える影響が小さいということを評価され、国際コンクリート連合(fib)の最優秀賞を2006年にヨーロッパ以外で初めて受賞しました。
写真-4 安定用水平ケーブル
写真-5 青雲橋(遠景)
青春橋
2005年、高原キャベツで有名な群馬県嬬恋村が、歩道橋のデザインビルドを公告しました。デザインビルドは当時ではまだ珍しい発注方式でした。中学校と運動グラウンドの間に深い沢があり、そこをショートカットする60m支間の橋梁を建設するというものです。縦断勾配は5%以下、施工中は沢の中に一切の構造物を構築してはならない、グランドアンカーを永久に残すことは不可、という厳しい条件がついていました。
まず、縦断勾配の制約から吊床版の選択肢は消えます。そして、我々は青雲橋の経験を活かしつつ、残った課題を解決する施工法と構造に至急取り組むことになったのです。施工中の不安定さを解決するにはどうしたらいいか。たどり着いた解決方法は、単純ですがトップヘビーの構造を下から造るのではなく、上から造るというものでした(写真-6、図-5)。
写真-6 青春橋
桁の横に配置された1次ケーブルに桁の全重量を一度あずけ、下側に配置された別の2次ケーブルで桁全体を所定の高さまで持ち上げます。最終的な構造は、青雲橋と同じように、これらのケーブルを桁に定着することで単純桁になります。また、嬬恋村の発注であるためにできる限りのコストダウンも必要です。青雲橋と違って歩道橋であるために、ケーブルの疲労は問題にならないことから、ケーブルをコンクリートで覆うことはしませんでした。これにより橋全体の重量が減りコストも安くできます。また、ウェブが高欄を兼ねるように桁の断面をU形にすることで、高欄の費用もセーブします。1次ケーブルの偏向部は写真-7に示すように、個数が多いため鋳鋼を使用しました。そして、2次ケーブルは写真-8のようにコンクリート製としました。これは個数が少なくコストを下げるためです。
図-5 一般図
写真-7 1次ケーブル偏向部 写真-8 2次ケーブル偏向部
いくつかの案がありましたが、最終的に我々の提案が嬬恋村に受け入れられ、いよいよ施工と構造の融合をバージョンアップした橋の工事をおこなうことになりました。
施工要領を図-6に示します。桁のセグメントを二つ一組にして1次ケーブル上を滑らせて架設していきます(写真-9)。そして、2次ケーブルを緊張して橋を所定の高さに持ち上げます。あとはセグメントをつなげて、青雲橋と同じように地盤に打ったアンカーの力を桁に盛り変えて構造の完成です。この方法により、見事青雲橋の課題が解決されました。筆者はこの構造を「二重張弦梁」と呼んでいます。
図-6 施工要領
写真-9 1次ケーブル上のセグメントのスライド架設
工事が無事済んで嬬恋村の方から聞いた話ですが、縦断勾配の制約は、中学校の生徒さんに車いすの子がいたためだということでした。今までは高低差がある道を1.5kmほどみんなで押してあげて運動場に行っていたそうです。この橋ができたおかげで、その苦労はなくなったわけですが、話を聞いて涙腺が緩むのをこらえるのに苦労したことを覚えています。青雲橋も中学校にかかわる橋でした。嬬恋村の青春橋はまさしく青春真っただ中の中学生が毎日運動をするために使う橋です。いい青春の思い出の一助になればと願ってやみません。もともとこの沢は木々で覆われていました。年数が経つにつれ木々が元に戻り、青春橋はその中に埋もれていくことでしょう。木々の中の空中回廊、そしてそこでつづられる青春の1ページ。筆者の想像は尽きることはありません。
おわりに
あえて「Elegance」にふさわしい日本語色々と考えてみました。筆者がたどり着いた結論は「雅(みやび)」です。意味は、「ものの趣を解し、気高く、動作も優美なこと」とあります。粋で品格を持つということです。そうなると、日本の建造物で「雅」の最たるものは社寺建築だと思います。元来中国から入ってきた社寺建築を究極までに洗練させた軒の反りと軒の深さは、前者が日本人の美的感覚から反りを小さくした結果で、後者が雨の多い気候に適するように深くしたものです。また、柱・梁の接合は貫という釘を使わない構造で、地震力を適度に逃がすいわゆる免震構造です。さらには、土壁には適度な湿気を保つ機能と強度があり、練り直して再利用もできる優れた素材であるといえます。寺社建築は、木造ながら千年の耐久性を持ち、まさに、機能美・構造美・造形美が組み合わさった傑作といえるのではないでしょうか。
写真-10 古川高架橋 写真-11 山切1号高架橋
写真-10、11は橋の下からの眺めです。あるときとある美術大の先生から、このようにリブやストラットで補剛した張出し床版を「寺社の軒下のようだ」といわれたことがあります。筆者はリブやストラットが好きで、下から見ると何とも言えない心地よさを感じていましたが、この先生の発言で、これが日本人に刷り込まれたDNAのせいかも知れないと強く思うようになったのです。リブやストラットが織りなす規則正しいリズム感が、橋の下からの眺めを引き締めてくれて、軒下にいるような安心感を醸しだしてくれます。リブ、ストラットによる床版の補剛は、橋の全体重量の低減にもつながる構造的解決方法です。さらには、リブ、ストラットと箱桁の部分だけを先に施工して、張出し床版を後から施工すれば、施工の合理化、省力化につながります。これも施工と構造の融合といえるのはないでしょうか。
日本は高度経済成長以来、橋の建設を急ぎすぎた感があります。日本人か古くから持っている美的感覚を呼び起こし、じっくり取り組んでいけば、われわれは日本の風土にあった美しい橋をもっと造ることができるはずです。日本独自の「Structural Elegance」を求めて、筆者の試行錯誤はこれからも続きます。
【参考文献】
1) 春日、橋にとってのStructural Eleganceとは何か、コンクリート工学、pp39~42、2007年1月
2) Fritz Leonhardt, Brüken, Deutsche Verlags-Anstalt, 1982
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春日 昭夫Akio Kasuga
三井住友建設㈱|EA協会
略歴:
1957年 福岡生まれ
1980年 九州大学工学部土木工学科卒業
1980年 住友建設㈱(現在の三井住友建設㈱)入社
1989年 テキサス大学オースチン校 客員研究員
1997年 博士(工学)
現在 三井住友建設㈱ 常務執行役員 土木本部副本部長 兼 国際本部副本部長
主な受賞歴:
・2006 fib Outstanding Structures(青雲橋)
・平成24年度 土木学会田中賞・論文部門(高強度繊維補強コンクリートを用いた新しいウェブ構造を有する箱桁橋に関する研究)
・土木学会田中賞・作品部門(小田原ブルーウェイブリッジ、揖斐川橋、古川高架橋、日見橋、桂島高架橋、青雲橋、青春橋、山切1号高架橋)
主な著書:
『ブリュッケン-F. レオンハルトの橋梁美学-』(共訳、メイセイ出版)
組織:
三井住友建設㈱
〒104-0051 東京都中央区佃 2-1-6
TEL:03-4582-3063
FAX:03-4582-3218
業務内容:
・プレストレストコンクリート構造および複合構造にかかわる設計、施工、技術開発
SERIAL
