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2017.02.27

18|近自然コンセプトによる
   『サンデンフォレスト・赤城事業所』1) の敷地造成

西山 穏(NNラントシャフト研究室|EA協会)

 カーエアコン・飲料自販機等の世界的メーカーであるサンデン2) は1997年、「環境と産業の矛盾なき共存」という理念を掲げ、環境共存型の工場約64haを構想、造成工事に「近自然工法」を導入するため西日本科学3) に参画を求めた(設計:鹿島建設、施工:鹿島/佐田建設JV)。同工法は1986年以降スイス・ドイツから福留脩文らが国内に紹介していたが、国内実績は河川分野を除き少なかった。

赤城山麓のサンデンフォレスト敷地全景 (写真:サンデンホールディングス株式会社に加筆)

 

 事業実施前の敷地は、管理が行き届かない人工林と畑地・牧草地、養鶏場の跡地等だった。サンデンはこの敷地の半分を森林、残る半分を工場用地として計画した。

 西日本科学の参画により、地域の生態系が自らの回復力で復元できるよう、人間がその基盤(=地形や水循環等の無機的環境)を整えることを、計画の上位方針におくこととなる。サンデンは、方針を立案した西日本科学に設計・施工における監理を任せ、その実現のため鹿島に最大限の努力を要請した。

 

 ここで西日本科学は、施主の意思を実現するため特化した技術をもって方向を示す「コンセプトディレクター」というような役割を担ったといえる。

サンデンフォレスト敷地造成事業の組織体制イメージ図

 

 西日本科学の修正提案には大規模なコンクリート壁削除(宅盤レイアウトの大幅変更を伴う)をはじめ、空石積を多用する水路・擁壁構造等が含まれ、サンデンでは工場の仕様見直し、鹿島ではレイアウト案の描き変えに加え新たな開発許可申請作業等、多大な努力が払われた。2002年4月の工場稼働というデッドライン(一日遅れる毎に億単位の損失が出る)がある中、コンクリートを使わない土木構造への不信感が当時非常に強かった群馬県を相手に開発許可を得る苦労は壮絶だったという。

 苦労の末に、後述するような骨格を持った緑地保全を実現するとともに、工場要件を満たしつつ造成宅盤が集約されて動線も簡潔になり、さらに10億円規模の工事費削減にもつながった。つまり計画に知恵が詰め込まれデザインの質が向上したのであり、これはコンセプトディレクターの起用による刺激で各構成員から能力が引き出された結果だと言ってよいと思う。

 

 修正提案の内容をかいつまんで紹介する。

 生態系保全の重点区域に定めた2本の沢筋「緑の骨格」沿いでは、前述のコンクリート壁回避のほか、洪水調整池の平常時水域や堰堤下流の水路に丁寧な造成・石組みを施し生物の生息空間創出を促し生物生息環境の軸を形成した。さらにこの軸同士をつなぐ法面緑地では、林縁群落の育成、元地形に応じてうねる形状の法面や空石積の歩道等に取り組み、造成で失われる緑地のネットワーク復元を目指した。

 造成で大量に掘り出された石材を活用した空石積擁壁の施工においては、西日本科学が直接ディテール図を描き、高知県から職人を招いて施工した。

 

生物生息環境の軸「緑の骨格」の設定(写真:サンデンホールディングス株式会社に加筆)

 

洪水調整池を活用した湿地ビオトープ

(左図 : Biotopgestaltung an Straßen und Gewässern ~Neue Lebensräumefür Pflanzen und Tiere~ , ドイツ バイエルン州内務省建設局 より)

 

堰堤下流水路(排水路)における渓流環境復元

(左図 : Biotopgestaltung an Straßen und Gewässern ~Neue Lebensräumefür Pflanzen und Tiere~ , ドイツ バイエルン州内務省建設局 より)

 

保全した谷地形と連続してうねる形状の法面(写真右:サンデンホールディングス株式会社)

 

林縁群落を再生した調整池の法面

(左図 : Biotopgestaltung an Straßen und Gewässern ~Neue Lebensräumefür Pflanzen und Tiere~ , ドイツ バイエルン州内務省建設局 より)

 

 個別要素としては、堰堤の下流面の修景がコンセプトを端的に形にしたといえる。コンクリートの躯体を人為的に覆い隠すことよりも、堰堤前面に生命力旺盛な森林植生を回復させることで相対的に存在感を小さくすることを選択した箇所である。厚い土壌が形成される植生基盤を再生することに注力し、石積で棚状の地形を造成することでこれを実現した。

堰堤下流面への森林基盤再生

 

 工場が稼働したあと、サンデンでは専門組織「ECOS(Environmental Coordination Operations Staff)」を立ち上げ間伐をはじめとする自然環境の管理と環境教育などへの活用に取り組んだ。

 敷地内に周遊散策路を設け、社員や市民の環境活動にフィールドを提供するなどもした結果、工場に勤務する職員の中には、週末に家族を連れて緑に囲まれた職場でピクニックを楽しんだり、チェーンソーを使っての山林の間伐管理を希望したりする人が現れ、また自然体験には年間1万人近い来訪者があり、近年では赤城山周辺地域の自然体験・環境教育活動の連携を担う中核的な施設へと成長してきた。

自然体験活動の様子(写真:サンデンホールディングス株式会社)

 

 敷地内の生物種数は造成前の901種(1998年時点)から1470種(2014年時点)へと63%増加(施設・道路等が敷地の半分占めるにも関わらず)。石積で整備した沢筋にはゲンジボタルが群舞し、間伐した林内にはキンランやエビネが花をつけるなど、里山の生物が人々を楽しませている。

 

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1) :サンデンフォレスト・赤城事業所=サンデンホールディングス株式会社の主力工場及びその敷地(群馬県赤城山南麓 約64ha、2002年稼働)。http://www.sandenforest.com/

2) :サンデンホールディングス株式会社(当時:サンデン株式会社)、本社:群馬県伊勢崎市、当時代表取締役社長:牛久保雅美氏。http://www.sanden.co.jp/

3) :株式会社 西日本科学技術研究所、当時代表取締役:福留脩文(故人、当協会会員)。http://www.ule.co.jp/

 

 

所在地:群馬県前橋市粕川町

 

竣工年:2002年02月

 

諸元:

規模│ 面積約640,000m²

 

関係者:

事業主体 |サンデンホールディングス株式会社(当時:サンデン株式会社)

コンセプト協力│一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団

コンセプト立案・監理、設計施工協力│株式会社 西日本科学技術研究所

設計   │鹿島建設株式会社

施工   │鹿島建設株式会社/佐田建設株式会社 JV

EAプロジェクト100

西山 穏Nishiyama Yasushi

NNラントシャフト研究室|EA協会

資格:

技術士(建設部門:河川、砂防及び海岸・海洋)

登録ランドスケープアーキテクト(RLA)

測量士

1級土木施工管理技士

1級造園施工管理技士

 

略歴:

1972年 名古屋市生まれ

1996年 東京大学工学部土木工学科卒業

1998年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 修士課程修了

1998年 (株)西日本科学技術研究所 勤務

2002年 高野ランドスケーププランニング株式会社 出向

2006年 (株)西日本科学技術研究所 復帰

2017年 同社 退職

2018年 NNラントシャフト研究室 開業

 

組織:

NNラントシャフト研究室

〒780−8061 高知県高知市朝倉甲505−6

fk4y-nsym@asahi-net.or.jp

 

業務内容:

・河川整備に関する調査・設計

・土木工事一般に係る自然共生及び景観デザイン検討

・地域振興・自然再生・景観形成等の計画策定及び各種調査

・文化的景観及び近代化遺産の保全活用に関する調査・計画・設計

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