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2015.10.19
11|ニャッタン橋
髙楊 裕幸(大日本コンサルタント株式会社|EA協会)
概要:
はじめに
東南アジア最大級の規模を誇る「ニャッタン橋(日越友好橋)」は、ベトナムの首都ハノイ市の“物流の効率化”および“交通渋滞の緩和”を主目的に、ノイバイ国際空港からハノイ市中心部に至る「環状2号線」の新たな玄関口橋梁である。本橋は、2015年1月、ODA資金により開通した。筆者の所属する大日本コンサルタント㈱は、㈱長大およびベトナムコンサルタントTEDIとの共同企業体で、全長約3.8kmの環状2号線のプロジェクトをプロポーザルで受注した。当社は「紅河」を跨ぐ主橋梁:ニャッタン橋(延長1.5km)の基本設計から予備・詳細設計および施工監理を担当し、筆者は、プロジェクト全体の日本国デザイナーとして、主に詳細設計時に3か月間、現地派遣で参画した。
ここでは、ニャッタン橋の橋梁形態デザインに話の的を絞ることで、陽の目を見なかった当初デザイン案に幾ばくかの光を当てるものである。なお、本文は個人の記憶を基にした雑文であり、正式な手続きを踏んだ報告文ではない。質疑は筆者に問い合わせください。
橋梁形式の選定
ニャッタン橋は、2006年6月のプロポーザル提案終盤段階で、河川敷内で蛇行を繰り返す河床変動に配慮し、1,5kmの紅河を“構造的に合理的な等支間”で跨ぐ「6径間連続合成2主I桁斜張橋」(中央径間長300m)を選定した。これは経済性を含む構造理由のみならず、本橋がハノイ遷都1000年の“記念事業の一環”として計画され、空港と市内を結ぶ新道路の首都玄関口に当たる“ゲート的存在”になること、市内はもとより航空機からもよく眺められ“既存の河川橋との差別化”が求められるなど、“ランドマーク的役割”を強調した特別な存在としてのデザインが求められた結論である。また、交通量の増大を見込み、広幅員(総幅員約37m:片側4車線/内1車線はバイク自転車レーン)となる本橋のタワー・斜材形式は、コスト面での優位性と前述ランドマークの要請から、「A型マルチケーブル」が5体連続する配置とした。
1.橋梁形態の提案
以下に、プロポーザル提案時の当初計画を、デザイン概要として紹介する。
外観パース(昼①)
外観パース(夕方②)
■プロポーザル時:外観パース(昼①と夕方②)
・5つ同形態で連なるA型タワーを“ハノイの新たなゲート”に見立て、シンプルかつ地域の上昇指向を、現地製作となるコンクリートで表現した。
・タワーの塔頂に鋼製ケーブルアンカーボックスを設置し、施工や維持管理を容易にすると共に、デザイン上もアクセントに活用し、スマートさを狙った。
・上部工は両外のみに鋼I桁を用いた「プレキャストRC床版との合成桁構造」とし、材料ミニマムの経済設計とした。
・桁側のケーブル定着は両外のI桁ウェブ上に吊金具をセットし、橋上部で引っ張ることで、桁側面をすっきりと連続性の良いデザインとした。
・色彩は詳細設計時に検討する予定であったが、夕日に映える「紅河」(酸化鉄分が多く赤い水が特徴)、「国旗」「国花」の紅色をアクセントで使うイメージであった。
断面パース③
■プロポーザル時:橋面パース③
・タワーが5体連続して見える特徴を意識し、A型頂部のケーブルアンカー部を、上昇性をイメージした直線的なアクセントデザインとした。
・ケーブルや鋼桁色は、開放感やコンクリートタワーとの統一の観点から、白色をイメージした。
2.詳細設計による橋梁形態の変更
短い工期内で、原則数名の派遣メンバーが現地で橋梁計画・設計を行った(詳細設計は国内サポート)ため、幾つかプロポーザル提案時の形態を変更せざるを得ない結果となった。以下に、主な変更点とその原因、現段階における個人的な感想を記す。
断面パース④
■詳細設計時:外観パース④
・タワーの足元をA型のまま広げずに、桁下位置から内側に折り曲げる形態となった。これは、品質・コスト・工期短縮を目的に採用したベトナム初となる「鋼管矢板井筒基礎」の規模を小さくし、コストを下げる判断からである。
・個人的には、プロポ―ザル時のA型のみが本橋の“広幅員の斜張橋”形態を整え得る最善策と今も思っている。タワー形態は、間違いなく斜張橋の最重要デザインポイントである。コストとデザインが相反する場合の判断は永遠の課題だが、今回はデザイン重視が正解と私個人は考えている。
・タワー塔頂の鋼製ケーブルアンカーボックスは、施工性を優先し分離形態とした。これにより、タワーの接合形態を柔らかな印象に変更し、横支材部は経年による汚れに配慮する表面仕上げとした。構造細目の変更は、時に全体印象をも変えざるを得ない。
・桁側のケーブル定着は、設計メンバーの未経験を理由に(工期内に自信を持った成果を出すため)、I桁ウェブ外面にセットする吊金具を用いる結果となった。大規模橋梁において些細なことと思われる人もいようが、斜張橋の桁側面はすっきりと連続性の良いデザインとしたかった。
橋面パース⑤
■詳細設計時:橋面パース⑤
・A型頂部のケーブルアンカー構造の変更に伴って、タワーそのものを直線的なデザインから“柔らかく融合するイメージ”のデザインとした。
・タワー頂部の擦り付け形態は、模型を用いてバランスに配慮し決定した。その表面および上下面には細かい縦スリットおよびミズミチを配し、経年変化による汚れを目立たせない工夫を施した。
・鋼部材の色彩は、パースの赤と黄色を検討し提案した。また、ケーブルも同色等に塗装することで、独自性を提案した。結果的に鋼部材には赤色が、ケーブルには青色が採用されている(色彩の最終決定は発注責任者:副首相と聞いている)。
3.完成写真
完成写真⑥【写真提供:三井住友建設(株)】
■完成写真⑥【写真提供:三井住友建設(株)】
・同じ形が連続(再起)する大規模構造物は、地域のランドマークとなる。
・道路利用者にとって他にない5つのゲートは、ハノイの市街地に入るゲートの役割を果たしている。
・鋼部材に塗装された赤色も、発展著しい活気や紅河(赤い水の川)の地域イメージに合致している。
桁下写真⑦
■桁下写真⑦
・両外のみに走る主桁(少し内側の帯は桁検査路のレール)と密な配置の横桁からなる桁下面は、規則正しい構造物配列が嫌みのない見え方となっている
・両外のI桁ウェブ外側に取りつくケーブル定着部を隠すべく、地覆外面(フェイシアライン)を高くしているが、凹凸は目立つ。
ライトアップ写真⑧【写真提供:三井住友建設(株)】
詳細設計時パース図⑨
■ライトアップ写真⑧【写真提供:三井住友建設(株)】、詳細設計時パース図⑨
・LED灯光器の初期段階の計画。新しい環状道路整備のアピールになっている。
・詳細設計パースでは、仄かな光の変化をイメージしたが(パース上は分かり易く彩色したため)、実際はメリハリのある演出となっている。結果的にはベトナムらしくて良かったと言う意見も聞く。
・灯光器の配置(昼間に目立たぬ配慮)や向き、調整方法などは詳細に提案した。
4.おわりに
紙面の関係上、橋梁形態の変化を中心に概説した。思い通りにならなかった部分は、筆者の力不足の点も多いが、その経緯を知って頂くことも有意義と感じ、報告させて頂いた。また、ODA業務におけるデザイン決定プロセスについては、我が国の建設業界にとって参考になる部分が多々あると思われるため、機会があればお話しをしたい。本橋のデザインに関してご意見ご質問があれば、直接筆者に連絡を頂ければ幸いである。
最後に、設計・施工に係わるJV関係の皆様、発注機関であるベトナム国交通運輸省PMU85の皆様には大変お世話になりました。大きなプロジェクトに係われたことに感謝して報告を終えます。
所在地:
ハノイ(ベトナム)
竣工年:
2015年
諸元:
全長|1,500 m
幅員|35.6 m
主塔の高さ|110m
主橋梁形式|6径間連続斜張橋
基礎工形式|鋼管矢板井筒基礎
関係者:
事業主体|ベトナム国交通運輸省
設計・施工管理|大日本コンサルタント株式会社
(㈱長大、ベトナムTEDIとの共同企業体として)
施工|IHIインフラシステム・三井住友建設 JV
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髙楊 裕幸Hiroyuki Takayanagi
大日本コンサルタント株式会社|EA協会
資格:
技術士(総合技術監理部門、建設部門)
一級土木施工管理技士
略歴:
1961年 東京生まれ
1984年 芝浦工業大学工学部土木工学科卒業
1984年 川田工業株式会社入社
1988年 大日本コンサルタント株式会社入社
主な受賞歴:
2001年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(志賀ルート)
2003年 土木学会デザイン賞 優秀賞 (南本牧大橋)
2007年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(苫田ダム空間のトータルデザイン)
2009年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(新豊橋)
2002年 土木学会田中賞 作品賞 (五色桜大橋)
2007年 土木学会田中賞 作品賞 (新豊橋)
2014年 土木学会田中賞 作品賞 (伊良部大橋)
2014年 土木学会田中賞 作品賞 (ニャッタン橋)
2004年 日本産業デザイン振興会 グッドデザイン賞(苫田大橋)
2007年 日本産業デザイン振興会 グッドデザイン賞(新豊橋)
主な著書:
1993年 美しい橋のデザインマニュアル(第2集)/土木学会【共著】
1994年 橋の景観デザインを考える/技報堂出版【共著】
1998年 ブリュッケン-F・レオンハルトの橋梁美学-/メイセイ出版【共訳】
2005年 道路のデザイン-道路デザイン指針(案)とその解説-/大成出版社【執筆事務局】
2007年 ダム空間をトータルにデザインする/山海堂【共著】
2008年 交通工学ハンドブック2008 DVD-ROM版/交通工学研究会【共著】
組織:
大日本コンサルタント株式会社
〒170-0003 東京都豊島区駒込3-23-1
TEL:03-5394-7687
FAX:03-5394-7609
業務内容:
・総合建設コンサルタント
・測量、地質調査、一級建築士、特定労働者派遣、他
SERIAL
- EAプロジェクト100
2015.10.19
11|ニャッタン橋
