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2021.08.10
32|記紀の道 ~古代と現代をつなぐ道~
小笠原 浩幸(合同会社みちくさ|EA協会)
西都原古墳群や日向国府跡をはじめ、数々の古代史跡が残る宮崎県西都市。市内には、日向神話の舞台とされる伝承地も数多く点在している。その一節、天孫ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメにまつわる神話の伝承地をつなぐのが、「記紀の道」である。
一ツ瀬川が形成する河岸段丘の中段域には、古代史跡たる古墳や神話の伝承地と、現代の人々の暮らしが併存する、独特の風景が広がっている。記紀の道は、そのおおらかなランドスケープの中をいく園路のような散策路である。
なお、記紀の道の整備事業は2005年に始まったが、筆者がEAUのスタッフとしてこのプロジェクトに参加したのは第1期整備が終わった2013年からである。計画~第1期整備の詳述は別稿にゆずるとし、本稿では、第2期整備と地域づくりについて述べる。
東に一ツ瀬川が流れ、西の西都原台地には三百基余りの古墳が密集する。中段域には、日向国府や日向総社の都萬神社がおかれ、古代日向の中心の地だった。そして、記紀(=古事記・日本書紀)に記されている日向神話の伝承地が点在している。
記紀の伝承地は、江戸時代の国学者児玉実満によって文政六年(1823年)に完成した『神代の絵図』に見られる。これらの伝承地を現代のみちでつなぐのが記紀の道である。
『日向国神代の絵図』(部分)
児玉実満,1823年
西都市史資料編,2015年 より転載・筆者注記追加
整備前(2006.11)の様子。水路は宅地や田畑や藪の中をすすみ、裏手のような印象。伝承地はこの水路沿いに点在していた。
第一期区間の整備後(2012.7)。当時の関係者の方々の努力、そして沿道の方の理解と協力のもと、水路沿いの散策路が実現した。
視線の先に伝承地が見え、歩く楽しみがつづくような線形計画である。写真中央に写る木立は、ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメが出逢ったとされる「逢初川(あいそめがわ)源流」。水源は、西都原台地に由来する豊かな湧水である。水質が良く、セリやクレソンが繁茂する。ちなみに西都市民が愛飲する「逢初」という銘柄の焼酎があるが、すっきりと飲みやすい。
右手に写るのはクスノキの巨木が構える伝承地「無戸室(うつむろ)」。コノハナサクヤヒメが三皇子を産んだ場所とされる。記紀の道は、このように次々と伝承地の印象的な風景に出逢えるよう、つくられている。左に写るベンチは、無戸室のクスノキを正面にし、西に河岸段丘の緑、東の遠くに対岸の段丘崖、そして北方の山々という、西都らしい風景に包まれるよう計画した。
手前の田んぼでは、地域の方が「古代米」を栽培し、毎年秋に行われる古墳まつりで振舞われる。季節ごとに巡る風景も心地よい。
稚児ヶ池のほとりの様子。古墳が2基写っているのだが、お分かりになるだろうか。
記紀の道はこの先、右に折れ曲がり、センダンの巨木の足元をすすむ。既存の水系、巨木、古墳。こうした資源を最大限に活かしつつも、ごく自然な線形でつないでいる。
池では、古代ハスの「大賀ハス」が地域の有志の方たちの管理によって毎年花を咲かせ、市内外から人が訪れる。古代と現代を紡ぐおおらかな風景が広がる。
【サクラの残し方】
既存を活かす計画である以上、設計時の想定外が起こりうる。当プロジェクトは工事監理業務を毎年西都市と契約し、即座に修正案を提案できる体制を構築している。
写真は、記紀の道のハイライト、西都原台地へ上がる169段の石段「石貫階段」である。この石段の下部アプローチ部はもともと1/10勾配程度の未舗装坂路であったが、石貫階段と同じ地場産石材(清武石)を段鼻に使ったゆるやかな石段とする計画とした。当初の計画では、足元のサクラの木を伐採し、近傍に新植する予定だった。しかし地元との協議の結果残すことになり、デザインの修正を提案した。
サクラの根をできるだけ伐らないよう、石段の施工を一部取りやめ、現地発生の丸石で側面を固めてもらった。何十年か後にサクラが枯れたとき、続きをつくってもらえばよい。素材は石貫階段と同じ地場材(清武石)なので、雰囲気も合わせられる。階段のふちに腰かけて景色を眺められそうな、おまけの空間ができた。
写真正面の杜は「児湯の池」。児湯という地名は平安の古代官道の駅名まで遡ることができ、現在も児湯郡という郡名等に残っている。
奥に写るのは対岸(東)の段丘崖。直線状の稜線と池の杜。千年以上変わらない、この地の風景である。古事記によると、ここから昇る日の出が「日向」という地名の興りと伝えられている。
記紀の道の整備の大きな特徴として、「使いながらつくる」「ローカルでつくる」という点が挙げられる。第1期工事完成と時をほぼ同じくして発足した「妻北地域づくり協議会」が、清掃や花植え、記紀の道を歩こう会など、記紀の道を使った様々な取組を始める。第2期工事が進むなか、整備とまちづくりとの連携を図り、より地域の実情に即したみちづくりを実現するため、委員会の下部組織として「委員ワーキング(学識)」「コアメンバー会議(市民)」を立ち上げた。
【サインの文字】
その中で実現したことの一つが、地元児童の手書き字体による記名サインである。
4~6年生の夏休みの自由課題で「記紀の道」という書道コンクールを実施し、コアメンバーで協議して5点を選出。ステンレスの切り文字でなるべく細部まで表現した。
色は、古代紫(本体)とヤマザクラ(文字)に由来している。南国宮崎の煌めく日差しに映え、四季を彩る草花との共演も美しく感じる。
宮崎日日新聞2019年4月3日
【除幕式】
設置されたサインのお披露目のため、書いてくれた児童と家族の方を招待し、委員である市民や有識者らとともにサイン一つ一つを除幕して歩いた。
このように記紀の道では、整備の中で市民がみちとの関わり合いをもてる機会をつくり、自分の関心事として捉えてもらえるように工夫している。
【地域を横つなぎにする「みちづくり」】
使いながらつくることで、地域の関心と愛着を呼ぶ。
地域づくりと行政の連携体制が構築されていることが、それをスムーズにしている。
特に、西都市都市デザイン係の伊東主任技師(右下写真の左)は2015年から現在まで記紀の道の整備を担当し、庁内や地元の信頼も厚い。そうした熱意ある行政職員が立場や職能を遺憾なく発揮できること、こちらも設計者として熱意と誠意をもって携わることが何より大切なポイントである。
本稿ではハード整備に直結した取り組みを中心に紹介したが、ここでは紹介し切れなかった取組みも数多く行われている。記紀の道は点在する地域の宝をつなぎながら、そうした市民活動も横つなぎにする役割も担っている。
この風景を次の千年につなげるために、とても大切なことだと感じている。
【そして「映画づくり」】
現在、「みちのみちのり」と題して記紀の道をテーマにした映画を制作している。
記紀の道に関わる「ひと」を通して、古代と現代が併存する西都独特の暮らしや風景を描くドキュメンタリー作品である。一過性のPR動画ではなく映画という作品に残したいと思ったのは、神話という千年以上語られてきた物語に対し、例えば江戸時代の国学者がそれを絵図にまとめて地域の宝として後世に伝えようとしたのと同じように、現代を生きる者として、今我々が捉えている記紀の道のそのままの価値を後世に伝えるための手段として、映画は優れていると感じたからである。百年後のテクノロジーではどういう捉え方をするのか、見てみたい気もする。これもまた、時を超えたバトンの一つと捉えている。完成ご期待ください。
2021年秋公開予定。
詳細はこちら https://www.michinori-movie.com/
所在地:
宮崎県西都市
竣工年:
2022年3月(予定)
諸元:
延長 約1.2km
標準幅員 2.5m
受賞:
2019年度グッドデザイン賞
第3回美しい宮崎づくり 未来につなぐ景観賞
令和元年度手づくり郷土賞
関係者(第二期整備):
事業主体|西都市
基本設計+デザイン監理|(株)イー・エー・ユー(崎谷、西山、小笠原(当時所属))
詳細設計|(株)三興測量設計事務所
設計協力|-
監修|西都市歴史を活かしたまちづくり推進委員会
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小笠原 浩幸Hiroyuki Ogawsawara
合同会社みちくさ|EA協会
資格:
技術士(建設部門:鉄道)
一級建築士
略歴:
1983年 埼玉生まれ
2006年 千葉大学工学部都市環境システム学科 卒業
2008年 千葉大学大学院都市環境システム専攻 修士課程修了
2008-13年 日本交通技術株式会社
2012年 NPO法人 Drops 理事
2013-21年 株式会社EAU
2021年- 合同会社みちくさ設立
主な受賞歴:
2008年 千葉大学課外活動賞(Drops)
2013年 東京メトロ銀座線・駅デザインコンペ(下町エリア)入賞(個人)
2015年 まちなか広場賞特別賞(Drops・学園通り)
2019年 グッドデザイン賞(EAU・記紀の道)
2019年 土木学会デザイン賞優秀賞(EAU・桜小橋)
組織:
合同会社みちくさ
代表社員 小笠原 浩幸
〒263-0023
千葉県千葉市稲毛区緑町一丁目28番2号伊坂店舗B
TEL:090-9130-1853
メール:ogasawara@michixa.jp
業務内容:
・土木施設一般の計画・設計および監理
・建設コンサルタント業務
・都市デザイン・景観設計
・まちづくりに関わるコンサルタント業務
・景観に関する研究・著作
・その他(建築設計、イベント企画、まちの拠点運営、映画づくりなど)
SERIAL
- EAプロジェクト100
2021.08.10
32|記紀の道 ~古代と現代をつなぐ道~