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2023.12.27

38|白川河川激甚災害対策特別緊急事業(龍神橋~小磧橋区間)

増山 晃太(株式会社風景工房|EA協会)

白川河川激甚災害対策特別緊急事業(激特事業)は、平成24年7月11日~14日に起こった九州北部での記録的な豪雨による国管理区間の災害復旧事業である。延長約1.6kmの整備区間(龍神橋~小磧橋区間)は、川沿いに住宅が迫っている地区であったため、コンパクトな特殊堤防(RC造)の形式を採用し、河川環境への負荷もできるだけ抑えた整備を目指した。

激特事業は概ね5年という短期間での工事となるため、環境や景観、利活用といった点まで検討が及ばないことが多い。そこで熊本河川国道事務所では、発注者・設計者・施工者・学識者らが一同に会する「白川激特区間景観検討委員会」を立ち上げ、工期やコストが限られるなかでも“防災×景観”を実現する整備検討を進めた。治水だけではない価値として、①回遊性、②アクセス性、③空間多様性、④安全・安心性、を高める整備方針やマスタープランを関係者間で共有しながら設計・施工を進めていくことで、新たにできる堤防が“地域と白川”、“住民と水辺”をつなげるきっかけとなるような整備を目指した。

 

 

 

区間全体に渡る堤防整備を本事業の「骨」とすると、まちと川をつなぐ場所や散歩中に少し休める場所といった「節」となる箇所をいくつか設けている。写真の整備後の渡鹿堰(慶長11~13年(1606~08年)に加藤清正が築造した農業用取水堰)右岸緑地は、「節」の象徴的な場所の一つとなっている。渡鹿堰周辺は河積断面に余裕があり右岸側が死水域となるため、河畔林は可能な範囲で保全し、堤防は緩やかな丘状に覆土することでまちとのアクセス性を向上させている。また、奥に見える山並み(金峰山)は熊本市内の西側にあり、この場所は夕日スポットとして親しまれるようになっている。

 

 

 

渡鹿堰右岸の整備前は周辺宅地からのアクセスが悪く、無堤防状態で放置された状態であった。写真は整備方針やマスタープラン作成のため、熊本大学の学生と現地調査を行っている様子である。熊本大学から歩いて10分程度の立地ではあるが、本事業に関わるまではじっくりと歩く機会は無く、それまでは気に留めなかった堰を超えるダイナミックな水音や鳥の声がする広々とした河川空間、遠方に見通せる山並みなど、対象区間のポテンシャルを感じられた調査であった。

 

 

 

河川環境保全については、設計段階で西山穏氏(当時:(株)西日本科学技術研究所 現在:NNラントシャフト研究所)からも助言を受け、図のように瀬が形成されている箇所では堤防を曲げて河道幅を確保し、水際を直線化しないような平面計画と施工時の配慮を行った。また、水際を単調化させていた既設のコンクリート護岸を撤去し、多孔質な捨石護岸への改変なども行っている。

 

 

 

4つの整備方針を対象区間に落とし込んだマスタープランを示す。堤防の管理用通路を新たにできる川沿いの回遊動線と位置づけ、周辺の既存道路と接続したアクセス動線や渡鹿堰右岸緑地のような多様な空間整備を激特事業に盛り込んでいる。作成は熊本大学景観デザイン研究室(星野研究室)の主導で行った。

 

 

 

両岸で延長約3.2kmに渡り立ち上がる堤防のパラペットについては、整備区間の骨格を成すものであるため、川沿いの回遊を促すような丁寧な検討を行った。模型などを用いていくつかのパラペット形状のパターンを比較し、標準部・端部などのディテールの検討を関係者間で行っている。また、図のように堤防の構造も見直すことで、管理用通路を歩きやすくし、パラペットを親しみやすくすることを目指した。

 

 

 

 

パラペットは模型などでの検討から2案に絞り、ディテールや施工性の確認も含めて現地で1/1の試験施工を行っている。利用者が触れたり寄りかかったりしたくなるような形状や質感を目指し、角をRとするパラペットの案(写真手前)と側面を全体的にRとする案(写真奥)で比較を行い、直線と凹凸の2つのカーブの組み合わせによる計6パターンのモックアップで発注者・設計者・施工者・学識者との協議を行った。現地での確認を受け、角はR=10cmで面取りし、管理用通路側は透水性型枠を用いて表面気泡の少ないコンクリート面とすることで最終決定した。

 

 

 

整備後の管理用通路では、パラペットの構造体でもある川側2m幅の洗出しコンクリート部を人々が歩き、まち側3m幅のアスファルト部を自転車が走行する様子が見られている。全体的なコストが限られるなかで、一般的な舗装材を使用しながら、仕上げの工夫などによって自然と歩行者と自転車の分離が図られ、快適で安全な回遊動線を形成している

 

 

 

 

渡鹿堰左岸側には、まちからのアクセス性の向上のため、堤防から大井手と呼ばれる用水路沿いの既設道路に向けたスロープを設置している(写真左)。井手沿いには元々地域住民によって植えられた桜並木があり、管理用通路脇の緑地(緊急時には防災盛土として使用)にも桜などの樹木を植えることで、まちと川との連続性をつくっている。

 

 

 

整備方針④の安全・安心性については、堤防の管理用通路沿いの残地部を防災ステーションに位置づけ、防災盛土(写真奥)や根固めブロック(写真手前)を配置している。これらの設備をあえて見せるように設置することで、大きな洪水によって堤防整備が行われた経緯を忘れることなく、日常的な防災意識の向上を目指している。

 

 

 

 

工期が短い激特事業においては、発注者・設計者・施工者・学識者らが一同に会する「白川激特区間景観検討委員会」は重要な協議の場である。設計と施工が五月雨式に進むことは工事のやりくりとしては大変であるが、全体協議の場があることにより現場で出た課題をすぐに関係者間で共有し、適宜設計に反映できるメリットもある。写真は図面だけでは分かりにくい石積みの巻天端の配置や施工性について確認を行っている様子で、この場で決定されたことが全体に展開されていった。

 

 

 

地域住民に対しては、模型などを用いて設計の説明や意見交換などを行っている。写真は河川区域に隣接する熊本市の街区公園整備のワークショップの様子。当初は堤防が公園の壁となるような計画であったが、覆土することで緑地法面をつくり堤防と公園が一体的な空間となるような設計変更がされた。

 

 

 

堤防を覆土した法面にはコンクリ―ト人研ぎ仕上げのすべり台を設置し、川と管理用通路、街区公園が連続する空間とした。これは、「白川激特区間景観検討委員会」に市の関係者が参加することで実現できた事例である。河川区域内に入っている盛土や公園設備については、国と市で管理協定を結ぶことで可能となった。

 

 

 

最後に、激特事業による副次的な効果について述べたい。写真は左岸の神社境内にある、加藤清正が渡鹿堰築造を監督した跡とされる「腰掛石」である。整備前はより川に近い場所ではあったが、境内の奥にひっそりと存在し、あまり人目につくものではなかった。堤防整備によって川との距離は生まれたものの、管理用通路から見えるようになり、白川や地域にとって大切な遺構が身近に感じられるようになった。願わくは、先の街区公園のように今後境内と堤防のアクセスが実現し、事業期間を超えてふたたび“地域と白川”がつながっていってもらいたいと思っている。

 

 

 

 

 

所在地:熊本県熊本市

竣工年:2020年1月

諸元:

事業区間:白川水系白川15k600付近~17k300付近 左右岸合計約3.2km間

事業地区:龍神橋~小磧橋左右岸

主な治水対策

・堤防整備:L=3.2km(左右岸合計)

・用水樋管整備:1箇所

・排水樋管整備:5箇所

・橋梁架け替え:1橋

事業者:国土交通省 九州地方整備局 熊本河川国道事務所

主な関係者(肩書は2023年12月現在):

星野裕司(熊本大学教授)

小林一郎(熊本大学名誉教授)

増山晃太(株式会社風景工房)

宮崎浩三(九州建設コンサルタント株式会社)

西山穏(NNラントシャフト研究室)

 

 

 

 

 

 

EAプロジェクト100

増山 晃太Kota Masuyama

株式会社風景工房|EA協会

資格:

博士(工)

 

略歴:

1982年 広島市生まれ

2004年 熊本大学工学部環境システム工学科 卒業

2006年 熊本大学大学院自然科学研究科 修士課程修了

2011年 熊本大学大学院自然科学研究科 博士課程修了

2008年 熊本大学大学院自然科学研究科 学術研究員

2018年 風景工房 設立

2021年 株式会社風景工房 設立

 

主な受賞歴:

2015年 グッドデザイン賞(白川・緑の区間)

2019年 第5回まちなか広場賞奨励賞(三角東港広場「羽未の広場」)

2020年 グッドデザイン賞(白川河川激甚災害対策特別緊急事業)

2020年 土木学会デザイン賞最優秀賞(山国川床上浸水対策特別緊急事業)

 

組織:

株式会社風景工房

代表取締役 増山 晃太

 

860-0862

熊本市中央区黒髪一丁目9-27-102

 

TEL:090-1014-8541

 

メール:masuyama@fukeikobo.co.jp

 

業務内容:

・都市デザイン・景観設計

・まちづくりに関わるコンサルタント業務

・景観に関する研究・著作

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