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2014.06.03

04|河川と小川 −保全・開発・整備−

西山 穏(NNラントシャフト研究室|EA協会)

私が紹介したい本は、1989年のドイツ バイエルン州水利庁刊行物。スイスやドイツで行われていた近自然河川工法を日本国内に紹介する取り組みの一環で1992年、西日本科学技術研究所(=筆者の所属先)で翻訳・発行したものです(勝野武彦・福留脩文共監)。理念とイメージを併せて頭に入れられる川づくりの教科書として(翻訳がつたないことに目をつぶれば)有用な本だと思います。

1980年代初め頃から、バイエルン州では河川に限らず道路・都市、また個別の建築等で環境共生を考えた持続・発展可能な開発を目指す方針が立てられ、建設事業が行われてきました。この本の主な内容は州内で取り組まれた事業の事例集であり、豊富な写真と柔らかいタッチのイメージ図面によって丁寧に表現されています。その取り組み事例は、それまでのコンクリートを多用した河川整備(治水、親水)とは一線を画し、土木工事の事例なのにまるで造園の作品集のような水と緑に覆われた世界が展開されたものとなっています。工夫の例を挙げると、大胆に用地を拡大して河道の自由な蛇行を取り戻すことや瀬・淵のある河道の造成、河床土砂の侵食・運搬を促進する水制工、魚類の移動を考慮した落差の小さい多段落差工、治水工事への生きた植物材料の活用など、です(図版:本書より抜粋)。

 

 

 

ここで、近自然工法の「らしさ」が現れている部分として、この本の序盤部分でまとめられた、川の工事で一般に保全するべき対象について要点を抜き出してみます。生態学の知見から捉えられた川の生物の生息環境について、建設行為を行う際に留意できるよう、物理的な状況がどうなっているか、という切口で説明されています。つまり、「生態学者と土木エンジニアの歩み寄り」の成果であり、これができたことが近自然工法の新しさだったと私は考えています。

 

 

これらは、川の「景観」の魅力あるいは価値を形成している要素ともいいかえることができ、我々景観デザインに関わる者にとって、本質を捉えたデザインに欠かせない視点といえるのではないでしょうか。中でも「ダイナミックさ」は河川において特に顕著な自然要素で、治水という大きな課題を内包する点を含めて重要なポイントといえます。

 

さて、上記の視点による近自然河川工法は、科学技術の革新等によりはじめて可能になった純粋な技術ではなく、既往の河川工学(伝統工法を含む)や生態学の知見を現地状況に合わせて応用しているにすぎません。従って知識の条件でいえば課題意識があればどこで始まってもおかしくないはずですが、この視点が日本で生まれず、ドイツ語圏で先行したのは偶然でしょうか?

 

地球環境問題が世界で認識され始めた1970年代初頭以来、ドイツ語圏の技術者たちは様々な自然科学の専門分野の知見を集め、哲学者を筆頭に技術の新しい方向性について頻繁に議論を重ねてきたといいます。その議論から、分野の垣根を越え、自然環境と共生して人間が活動を続けられるための新しい技術体系の構築へ扉が開かれました。ラントシャフト(landschaft(独)、≒ランドスケープlandscape(英))を自然立地、生態系、人の営みの集合体ととらえ、これらの関係をシステムとして修復する…。この基本的な方法論に従って、前出の河川の環境要素も整理されています。

既存の技術分野の枠内に留まらず、新しい価値観からこれまでにない目的に向けて異分野の知を総合的に再編すること。このような、意志を持って技術が進歩するべき方向を再設定したことこそが近自然工法の視点が生まれたことの本質といえそうです。

そう考えると、この本から単に事例を模倣するだけではもったいなくて、近自然工法を生み出せる仕組み全体を学び取りたいものだ、と思えてきます。

 

有限な地球上で、今後ますます新しい困難への対処が求められる時代にあると思います。状況に応じて社会が持つ「意思」を整理する機能として哲学・思想の分野が成り立っていることや、景観という総合的な存在を取り扱うのに異分野協働の体制をもつ土壌ができていることなど、ドイツ語圏で理性的に整備されてきた技術と社会のあり方が、かれらの財産として存在感を増してきている、といえないでしょうか。

 

我々のEA協会が確立に取り組むエンジニアアーキテクトの職能も、意志を持ち総合性のあるもの・空間をつくる技能であると思うので、課題意識は共通しているようです。

自分の専門という狭い枠をつくってその中に収まることだけをよしとせず、多くの議論を通じて社会の意志を具現化する空間づくりができるよう精進できれば、と改めて思いました。

私の一冊

西山 穏Nishiyama Yasushi

NNラントシャフト研究室|EA協会

資格:

技術士(建設部門:河川、砂防及び海岸・海洋)

登録ランドスケープアーキテクト(RLA)

測量士

1級土木施工管理技士

1級造園施工管理技士

 

略歴:

1972年 名古屋市生まれ

1996年 東京大学工学部土木工学科卒業

1998年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 修士課程修了

1998年 (株)西日本科学技術研究所 勤務

2002年 高野ランドスケーププランニング株式会社 出向

2006年 (株)西日本科学技術研究所 復帰

2017年 同社 退職

2018年 NNラントシャフト研究室 開業

 

組織:

NNラントシャフト研究室

〒780−8061 高知県高知市朝倉甲505−6

fk4y-nsym@asahi-net.or.jp

 

業務内容:

・河川整備に関する調査・設計

・土木工事一般に係る自然共生及び景観デザイン検討

・地域振興・自然再生・景観形成等の計画策定及び各種調査

・文化的景観及び近代化遺産の保全活用に関する調査・計画・設計

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