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2013.12.04

04|文明の生態史観

新堀 大祐((株)設計領域|EA協会)

学生時代、特に大学院に進んでからは授業や研究室にあまり顔を出さず、設計演習室でほとんどの時間を過ごしていた。将来設計をやっていくことは何となく決めていたので、建築・土木限らず設計演習やコンペに取り組む毎日だったが、周りから見ればやりたいことしかやらないダメな学生だったと思う。とはいえ、論文を書く時期になり、さすがに卒業はしないとなあということで、当時の指導教官である篠原教授にテーマについて相談にいくことになった。論文について日頃全然頭を使っておらず、まともな相談にもならないところで、苦し紛れに「日本のことをもっと知りたい」というようなことを言ったら、先生がこの本を貸してくれた。

著者は数年前に亡くなった知の巨人、梅棹忠夫氏。初版は1967年(昭和42年)なので、50年近くのロングセラーである。生態学者であった梅棹氏が1955年(昭和30年)に行ったアフガニスタン、インド、パキスタンへの調査旅行の際に感じたことをベースに書かれた11の論考からなっている。自分が生まれる前に出た古い本だし、小難しそうなタイトルで最初は正直全然気乗りしなかったが、驚くほど読みやすく、引き込まれた。

本書では、東洋−西洋という分け方で世界を区分することを否定し、アジア、ヨーロッパ、北アフリカを含む旧世界において、西ヨーロッパと日本は「第一地域」に属し、それらに挟まれた全大陸を「第二地域」として説明している。ここで詳しく述べることはしないが、第一地域、第二地域にはそれぞれの中で共通点があり、歴史のなかに多くの並行現象を認めることができるという内容で、これを模式図に表すと以下のようになる。この理論では、地理的にはアジアに属する日本も、その発展の過程をみるとむしろ西ヨーロッパに近いという。

 

全旧世界を横長の長円で表している。左右の端に近いところで垂直線を引いて、その外側を第一地域、内側を第二地域(Ⅰ中国世界、Ⅱインド世界、Ⅲロシア世界、Ⅳ地中海・イスラム世界)としている。

 

これは理論のたたき台なので、多少の突っ込みどころはあるものの、斬新な理論を簡単な図で説明する鮮やかさと「もし鎖国ということがなかったら、日本は独自の産業革命を、すでに明治以前になしとげていたかもしれないと思う」といった内容がさらっと述べられていることにドキドキしたことを覚えている。

 

梅棹氏が本書で示しているのは、世界史や文明を考えるための「モデル」である。それも自らの体験による初期衝動から発生したスケッチのようなもので、語り口はほとんどエッセイに近い。旧来の東洋と西洋による区分ではなく、生態学的方法論で文明に対する新しい見方を提示した「独自性」、ソ連崩壊に代表されるマルクス主義の行き詰まりや9.11につながる「先見性」などについては僕が述べるまでもないが、今回再読して特に印象に残ったのは、著者が述べている通り、本論が「なによりも単なる知的好奇心の産物」であるということだ。何々すべきとか、何かの価値尺度とするためのものではない。もっと言えば何かの役に立とうとしていない。実践的な立場に立たなかったからこそ生まれた理論であると。学者だからと言ってしまえばそれまでだが、これは何の役にも立ちませんとはなかなか言えない世の中だからか、自分の感じたことに素直に論を展開させる本書は押し付けがましさがなく、改めて新鮮に感じた。

 

篠原先生の言葉を借りれば、僕らの仕事は「文明を大地の上に造形化し、定着する」ことである。文明の役に立つかたちをつくる仕事と言ってもよいだろう。関係者間の意見の相違、コストの問題、法律のハードルなど、多くの現実的な問題にぶち当たるが、様々な矛盾と妥協を飲み込んで、何とか一つの形にまとめ上げるのが常だ。条件が厳しければ厳しいほど、その取り組みはより実践的になるが、状況に振り回され、何のために、誰のためにやっているのかわからなくなるプロジェクトも多い。自分の力不足を棚にあげれば、寄って立つ文明の価値や方向性がやはり弱くなってきているのだろう。被災地における復興の進捗を見るとその思いを強くせざるを得ない。

 

自分の興味や感覚のおもむくままに世界を捉え、対象化すること。「役に立つ」ことから離れ、文明をニュートラルにとらえること。半世紀も輝きを失わない理論を生み出した梅棹氏のようにはなかなかいかないが、資本主義の信頼も怪しくなってきて、いよいよ文明の行き先が見えにくくなっている今、実践的な立場にいる僕らにも時にはそんな姿勢が必要なのではないか。何の役にも立たず、自分の気の向くままに過ごしていた学生時代を思い出しながら、そんなことを思った。

私の一冊

新堀 大祐Daisuke Shimbori

(株)設計領域|EA協会

資格:
一級建築士

 

略歴:
1976年 神奈川県横浜市生まれ

2000年 東京大学工学部土木工学科卒業

2002年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻修士課程 修了

2002年 (株)ワークヴィジョンズ 勤務

2009年 (株)設計領域 設立

2010年 青梅市まちづくり・デザイン専門家

 

組織:
(株)設計領域

代表取締役 新堀 大祐

代表取締役 吉谷 崇

〒107-0062 東京都港区南青山3丁目4-7 第7SYビル6階

TEL:03-5413-3740

FAX:03-5413-3741

HP:http://s-sr.jp/

 

業務内容:
・土木、建築、造園に関わる設計及び監理

・地域、都市計画に関する調査、研究及び計画立案

・都市デザイン、景観設計に関する調査、研究及び計画立案

・インテリア、家具の企画、設計及び販売

・公園遊具、路上施設等の企画、設計及び販売

・広告、宣伝に関わる企画、編集及び制作

・イベント等の企画及び運営

・前各号に付帯する一切の事業

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