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2012.11.09

09|「空間を繋げて、人の行動を変える」

高松 誠治(スペースシンタックス・ジャパン(株)|EA協会)

中心市街地の活性化、街なかの賑わいづくり、歩いて暮らせる都市へ・・・このようなキーワードが繰り返し使われるようになって、もうどれぐらい経つだろうか。しかし、「では、どうすれば実現するのか」という問いへの具体的な答えは、ほとんど見当たらない。あいかわらず、建築プロジェクトや公共施設整備は、それら「単体」で議論されることが多く、周囲との繋がりの検討や、連続する空間として考えようという議論をあまり聞かない。せっかくの投資も、その「場所・空間」をうまく機能させることができなければ期待するような価値を生まないことは明白なのだが。

私は、公共空間や商業施設等の「空間レイアウト=繋がり方」と「人の行動」との関係を専門領域としている。これまで存在しなかった職能だが、科学的な「技術」をベースに空間的な「デザイン」を扱うという意味で、新しい種類の「エンジニア・アーキテクト」であると自負している。この稿では、まず、私がなぜこのような仕事をするに至ったか、これまでどんな仕事に携わってきたか、これからどのような挑戦をしようとしているか、について述べたいと思う。

 

「まち」に魅せられて

はじめに、私自身の「まち」への想いと、個人的な興味の対象について述べたい。

まず、私は「まち」が好きだ。四国・徳島に生まれ育ったが、特に幼少期は東新町(県内随一の繁華街)のアーケードが遊び場であったように、四国の中では「まちの子」だった。新町橋から眉山が見え、近くにデパートがあり、並びには個性豊かな店舗が連なる。そこでは、行き交う大人たちも、どこか楽しげに見えた。その後、年齢が上がるにつれて、神戸へ、東京へという具合に、より大きな都市へと「まち」への憧れが成長する。「大人になったら、こんな道を歩きたい」と夢を膨らませる中学生、高校生であった。

一方で、勉強では「地理(地図)」と「幾何(図形)」が好きだった。小学4年生ごろか、町内の消火栓の位置をマッピングするフィールドワークに楽しく取り組んだのを覚えている(もちろんGISなどは無く、紙の地図であるが)。また中学時代は、図形の難問に挑み、「カタチ」の面白さや「解く楽しみ」を感じた。その後は音楽に没頭し(ロック少年だった。ロンドンへの憧れはここからか)、勉強しなくなってしまったが、これらの教科への興味は、思い返せば現在の仕事に大きく関係している。

 

 

徳島の中心市街地

「水都」と呼ぶにふさわしいポテンシャルを持ちながら、往時と比べると寂しい状況の商店街

 

「まち」の計画?

その後、大学の都市計画、交通工学、景観デザインの3つの研究室で学んだ後に、民間のコンサルタントに入社した。志の高い会社で、良い仕事にも巡り合ったが、どうも自分の思い描いていた「まちを計画する」仕事とは異なるように思い始めた。多くの地方自治体による都市計画マスタープランや景観ガイドラインなどは、単に現況を追認しただけの曖昧なダイアグラムに収束し、それにキャッチコピーや文章をつけただけのように思えた。果たしてそれが「良い場所をつくる」ことに繋がっているのだろうか、という疑問がわいてきたのである。

このころから、都市構造の分析、特に空間の形態に関するもの(urban morphology)や、分析的・戦略的な都市デザイン(strategic urban design)などについて、インターネットで調べるようになり、ある日、運命的に、あるサイトと出会った。それが英国・Space Syntax社であった。長々と言葉で説明しなくても、一目で都市の構造を伝えるビジュアルな分析図、客観的なエビデンスをもとに実際の都市の課題を解決するアプローチを眼前にし、「もっと知りたい」という気持ちが高まった。この会社が大学発のベンチャー企業であることを知り、そこ(ロンドン大学バートレット校)へ留学することを、ほぼその日のうちに決意してしまった。

 

Space Syntax による、ロンドンの街路構造の指標化例

細街路にいたるまで空間特性が指標化されていることに感銘を受けた

 

その世界の真ん中で・・・

2001年に渡英し、大学院マスターコースで学んだ。その1年は、とにかくキツかった。スペースシンタックスの創始者でもあるBill Hillier教授の講義は、難解な哲学のお話が休憩なしで3時間以上続く。非常に興味深い話であったが、付いていくのに必死だった。一方で、ディスカッション主体のクラスでは、私の乏しい語学力のせいもあり、うまく主張できず苦労した。しかし、徐々にペースをつかみ、研究コンペで受賞したこときっかけに、憧れのSpace Syntax社への入社が決まる。

ここで、スペースシンタックス理論についての説明を一から始めると長くなるのでやめておくが、手短に言えば、「空間のカタチ、繋がり方」を分析することを通じて「人の行動」を理解しようとするアプローチである。一般に、デザインを担う人たちは、敷地や対象物のみに着目しがちである(もっとも、素材やディテールなど、取り扱う要素が多いため、それは仕方がない部分もある)。かたや、経済や交通の専門家は、様々な仮定を置いて将来予測をするが、実空間の特性については頓着しない(ことが多い)。スペースシンタックスは、それらの中間に立つ。徹底的に「空間そのもの」に着目し、周囲との関係性を含めて、その特性を様々な客観的指標によって可視化し、状況や課題を浮き彫りにする。場所の行きやすさや、見つけやすさと関係している指標もあるため、歩行者行動の分析に使うこともできる。

Hillier教授の存在のおかげもあり、スペースシンタックスは、英国ではすでに広く認知されており、多くの主要なプロジェクトで活用されている。トラファルガー広場の再生デザイン(ノーマン・フォスター卿の事務所と協働)などの公共空間整備のほか、オリンピック会場となったストラットフォードの再開発マスタープランなど、著名建築家が関わるプロジェクトにおいて、専門コンサルタントとして関わっている。

フォスターのほか、レンゾ・ピアノ、ジャン・ヌーベル、ラファエル・ヴィニオリなどの事務所、またアラップ社などのエンジニアリング会社ともやり取りしながらプランの決定に影響を与えていく仕事は、今思い返せば、とても貴重かつ晴れがましい経験だった。もっとも、それ以上に私にとって意義深かったのは、Space Syntax社の代表、Tim Stonor氏(現在は、ロンドン大学客員教授兼務)など、尊敬すべき同僚たちに恵まれ、有意義な毎日を楽しめたことだ。加えて、「まち」に暮らす喜びについても、ロンドンは、これまでの人生で最も大きな満足と感動を与えてくれた。

しかし、ロンドン暮らしも5年が過ぎようとしたころ、ふと思った。せっかく学んだことを、日本で活かさなくてよいのか?日本の都市をより良くすることを志したのではないのか、と。

 

トラファルガー広場の再生デザインプロジェクト

市民に不評だった広場を、多様な人が行き交う「使われる」広場に再構成。

様々な課題があったデザインの議論に、客観的な論拠を与えた。

ショッピングの空間・公共の空間・・・綿密な分析によるデザイン

以上のような考えから、意を決して、2006年に帰国した。実は、それ以前の2004年ごろから、日本の大手ディベロッパーM社の商業施設の仕事を受け持っており、度々帰国出張していた。日本で会社(スペースシンタックス・ジャパン株式会社)を設立後も現在に至るまで、商業施設の分析検討の仕事は、弊社業務の柱のひとつとなっている。

ショッピングモールやアウトレットモールは、日本全国の商業空間としてすっかり定着した。たびたび「既成商店街の敵」のように言われることもあるが、やはり、そのテナントミックスや利便性、快適性の良さから、多くの日本人にとって欠かせない「場所」になっている。そして特筆すべきは、その空間づくりの周到さである。顧客が迷わず、快適に時間を過ごし、楽しく買い物をする。そして、全てのテナントが、それぞれの業種業態に応じた適切な場所で、できるだけ多くの利益をあげる。そのための、モールの形状や幅、滞留空間の位置と大きさ、エスカレーターの位置、出入口の配置等を、綿密に計画している。これらを誤れば、賃料収入に影響するだけでなく、施設全体のイメージや集客力をも左右しかねないからである。私の役割は、これらの空間要素について、分析的な手法を用いて助言を行うことである。助言の内容は、レイアウト構成の全体から、吹抜けなどの微妙な平面線形まで、多岐に渡る。図面をもとに空間特性を指標化・可視化して、より良いプランに改善する作業である。意欲あるディベロッパーの担当者の方々からは、こちらも学ぶことが多く、非常に良い議論をさせていただいている。私の助言によって、実際にモールの形状を大きく変えていただいた施設では、顧客の迷いやテナントからの苦情もほとんどなく、検討の成果が現れたと伺っている。

公共空間についても、多くのプロジェクトに携わっている。例えば、熊本大学の溝上章志教授やEA協会会員でもある星野裕司さんらとの協働によって、熊本市の中心市街地の人通りの分布を調べ、それに影響している要素を多くの空間指標によって分析、議論した。これによって、「熊本城」と「上通り・下通(商店街)」とに二極化している人通りの"分断要因"が、銀座通り歩道橋とその周辺にあることを明らかにし、まち全体の回遊性向上に向けた提案を行った。すぐに変化が現れないかもしれないが、これまで「見過ごされていた」課題を、地元の皆さんにあらためて意識していただくことができたと思う。

また、姫路では、明治大の小林正美教授のチームの一員として、EA協会の小野寺康さん、南雲勝志さんらとともに、駅前周辺のリニューアルの検討に関わっている。自動車中心だった駅前周辺を、歩行者が主役の公共空間へと再編し、歩行体験や景観、空間の質を向上させる計画である。ただ、公共空間が変わっても、そこに面している施設がうまく呼応していかなければ経済的な賦活効果は得られない。地元の方々に、将来の姿をイメージして「動き出して」いただきたいという思いで、空間分析と経験的な知見を交えてお話したところ、これまでになかった視点だと好評をいただいた。整備後のエリアマネジメントにおいても、歩行者動線の分析や商業空間への助言などにおいて貢献するよう期待をいただいている。意欲のある市民組織と行政職員、専門家らの協働による、経済的にも持続可能で「美しいまち」へ向けた挑戦である。

全国の多くの地方都市には駅前に既存の再開発ビルがあるが、商業区画に空きが生じ、当初期待したような周辺への波及効果が得られていない施設が度々見られる。このような場所では、低層部のレイアウトに問題がある場合が多い。現在のままでは、折角の立地を活かせないだけではなく、地区の動線を分断するバリアにもなりかねない。人々の回遊動線には、公共施設と民間施設の区別はなく、全部「繋がっている」ということを意識して、エリア全体の歩行者空間について議論していく必要があるだろう。

 

熊本の中心市街地におけるプロジェクト

数十におよぶ空間指標による可視化を通して、回遊行動の分断要因を明らかにした。

 

空間を繋げて、人を繋ぐ、時間を繋ぐ

帰国後、はや6年が過ぎたが、まだまだ始まったばかりという感じだ。挑戦したいことは山ほどあるが、最後に3つだけ述べたい。

 

①中心市街地(特に商店街)の本質的・空間的なポテンシャルを高めること:

前述したような大型商業施設だけでなく、もちろん「まち好き」の私としては、既成商店街を魅力ある場所にしたいという思いが強い。以前、このウェブ機関紙にも書いたが(風景エッセイ・バックナンバー)、Liverpool One のように、歴史的な中心市街地の商店街を、新たな手法でリニューアルするような動きもあり、我々のような専門技術者や不動産の専門家などのノウハウを活かしつつ地域の人々が主体的に関わり、潜在する魅力を発揮していくことはできないものか。このようなことを考えながら、貢献できるような力をつけるべく、日々、仕事に取り組んでいる。

 

②新たな時代に向けた都市構造の議論に、客観的な論拠を与えること:

今さら述べるまでもなく、流通・小売業の変革は、「まち」の姿や機能に影響を与え続けている。また、現在の「まち」の形態をつくったともいえる「自動車」についても、今、そのサイズやスペック、使われ方などにおいて変化が起こりつつある。これも確実に「まち」の未来に影響を与えることだろう。さらに、災害によって深刻な現実が照らし出されている高齢化や人口減少は、「まち」のスケールや機能、役割についての問いを投げかける。

このような時代において、かの「現況追認」の都市マスタープランでは、大きな変革の構想はできない。細かく現状を調べ上げ分析することを通して、課題を見つけて解いていくような、積み上げ型、課題解決型のものが求められているのではないかと思う。戦略には分析が必要なことは自明である。このような議論にも、デザインとエンジニアリングの間に立つ、私たちのような存在が求められているはずだ。

 

③「まち」にも質があり、デザインが要るということの推進者・擁護者であり続けること:

エンジニア・アーキテクトの仕事は、まちや地域における人々の活動・暮らしについてしっかり考えながら、各々の「専門技術・技能」を発揮して、実際の場所のデザインに貢献することだろうと思う。しかし、まだまだ公共空間の「質」の価値について、十分に認識されていない状況下においては、普及・啓発という役割も担わなければならない。このようなことから、私は、EA協会会員の小出和郎さんらと英国の都市デザイン政策(CABEなど)についての勉強会を長らく続けている。また、四国の小学校の先生方にも都市デザイン教育についての議論に付き合っていただいている。子供たちに、まちの魅力やその質の良し悪しを語れる人になってほしいと思う。「まち」は、様々な世代の人々が同じ空間で繋がる場所である。空間を繋ぐことによって、人の記憶や思い出、将来への希望などの、「時間も繋ぐ」ことができれば、と思う。

 

「まち」は複雑で、多層的・重層的なものである。単一の専門性のみで考えることは危険である。エンジニア・アーキテクトは、領域横断的な知識を持つ専門家が多く、個々人が得意とする対象も多様である。今後、エンジニア・アーキテクトに求められる役割が、より大きくなるのではないかと考えている。

 

英・リヴァプールの市街地再開発(Liverpool One)

既成の街路構造を継承したまま、市街地中心部が一体的に再開発され、マネジメントされている。

多様な世代、様々な背景・目的で訪れる人々が、ゆったりした時間を過ごしている。

 

 

 

エンジニア・アーキテクトのしごと

高松 誠治Seiji Takamatsu

スペースシンタックス・ジャパン(株)|EA協会

資格:

技術士(建設部門:都市および地方計画)

 

略歴:

1972年 徳島市生まれ

1995年 徳島大学建設工学科卒業(都市地域計画)

1997年 東京大学大学院社会基盤工学専攻修士課程修了(交通工学)

1998年 東京大学大学院社会基盤工学専攻博士課程中退(景観デザイン)

1998年~2000年 (株)プランニングネットワーク勤務

2002年 ロンドン大学UCLバートレット校修士課程修了(先進建築学)

2002年~2006年 Space Syntax 社(英ロンドン)勤務

2006年~現在 スペースシンタックス・ジャパン(株)設立、代表取締役

 

2008年~2014年 首都大学東京 都市環境学科 非常勤講師

2015年~現在 東京大学まちづくり大学院  非常勤講師

2018年~現在 東京工業大学大学院 都市・環境学コース 非常勤講師

 

組織:

スペースシンタックス・ジャパン(株)

代表取締役 高松 誠治

〒151-0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷3-52-5

原宿N.S.H. アネックス206

TEL:03-3403-3299

HP:http://www.spacesyntax-japan.com/

 

業務内容:

・中心市街地、商店街等における歩行者動線・行動の調査分析

・公共空間整備、再開発事業等における計画設計案の評価分析

・既存の公共施設、商業施設の再活性化を目指した空間ポテンシャル分析

・人の認知や活動、地域社会の観点からの都市空間のポテンシャル分析

・防災、防犯、交通安全等の観点からの都市空間のリスク分析

・GISを用いた、都市デザインのための各種空間特性の解析、活用

・その他、空間構成の計画、レイアウトデザインに関するコンサルティング

SERIAL

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