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2011.12.01

06-1|文化的景観保全とまちづくり  その1:文化的景観保全における地域マネジメント技術の重要性

田中 尚人(熊本大学政策創造研究教育センター|EA協会)

1.はじめに 

現場は,たくさんのことを私たちに教えてくれる。しかし,ただ学んでいるだけでは,風景を守ることはできない。お世話になった方々への恩返し,「しごと」として文化的景観保全の現場に向き合う私たち(私と地域風土計画研究室の学生達),そして各地域の行政,地域住民の方々の取り組みについて3回に分けて報告したい。第一回目は,文化的景観の保全において重要な視座となる,2種類の「協働」の場づくりについて整理する。

 

2.文化的景観の保全

既に皆様ご存じの通りであるが,日本では文化的景観制度は,平成17年4月1日施行の文化財保護法の改正により,第6番目の文化財類型(図-1参照)として位置づけられた。文化的景観は「地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの」と定義される。文化的景観は,地域固有の歴史,自然環境,生活・生業の保存を要件としているが,これらの要素は既存の文化財5類型では保護することが難しかった「移ろいゆくもの」である。これらの変化を許容しながらも,地域固有の風景生成メカニズムを継承していくことが,文化的景観保全の真意である。このうち,景観法に基づいた景観地区,保全計画,条例など保護措置などの条件を備えた文化的景観の中から,特に重要なものを,地元自治体の申出に対して国が「重要文化的景観(以下,重文景と略す)」に選定することができる。

 

 

図-1文化財保護の体系  図-2 文化的景観保護制度の流れ

(ともに,文化庁パンフレット『魅力ある風景を未来へ 文化的景観の保護制度』に加筆)

 

文化的景観保全に関して,エンジニア・アーキテクトが関与する事業としては,図-2に示したように,①文化的景観保存調査,②文化的景観保存計画策定,③文化的景観に関連した公共事業の3種類が考えられる。私の場合,①に関しては,景観,土木史を専門とする研究者としての関わりが強いが,①~③全ての事業に対して,都市地域計画技術者もしくは地域マネジメントの専門家,として取り組んでいる。

 

3.文化的景観保全における風景の価値

私たちは,文化的景観制度は,景観法に謳われた「歴史と文化を活かした景観づくり」に,地域住民と行政が協働し最も上手く取り組んでいる制度の一つだと感じている。

① 文化的景観保存調査においては,各地域の風土を形成してきた,歴史,自然環境,生活・生業から構成される文化的景観の本質的価値を,市町村の文化的景観担当者(行政)が,地理,歴史,生態系,民俗,建築など様々な分野の専門家や地域住民との協働の下に,風景の中に「発見」していくことが重要となる。

② 文化的景観保存計画の策定においては,地域に暮らす様々な人々(ステークホルダー)の間で本質的価値を「共有」し,現在の人々の暮らしと折り合いを付けながら,地域固有の風景生成メカニズムを継承していく方法(手法とルール,そして枠組み)を,みなで腑に落ちるまで議論することが重要である。景観づくりは決して目的ではなく,風土に則して暮らしてきた結果として,はじめてその土地らしい風景が成立するという理解である。

③ 文化的景観に関連した公共事業においては,選定地域や隣接地域において,本質的価値を損なわないように,風景を「創造」し「継承」していくことが重要である。これは,文化的景観選定地域のみならず,人々の暮らしを支える社会基盤施設や社会システム,その舞台となる公共空間を整備する,という公共事業本来の姿を示している。

つまり文化的景観保全は,地域に暮らす人々が,先達から継承してきた歴史的環境に畏敬の念を持ちつつ,持続可能な生活・生業を模索し,様々な協働のカタチを生み出し改善していく,終わることのないまちづくり活動そのものである。

 

4.協働の場づくり

この文化的景観保全にとって重要となるのは,各主体の「参加」を促す地域マネジメント技術,その結果として生まれる2種類の協働の場である。

1)「自治」の場

まちづくりは,地域住民,行政,第3局(アソシエーションや企業,専門家,など)の協働により推進される,終わりのない地域環境改善活動である。まちづくりの現場では,トップダウン型の都市計画,現実感の伴わない公共空間デザイン,少子高齢化で弱体化した地域コミュニティ,など様々な問題が存在し,文化的景観保全に取り組んでいる地域においても例外ではない。しかし,本稿で紹介する文化的景観保全に取り組む地域では,3つのステークホルダーの協働の下に,「地域のことは地域で解決する」という自治の場ができつつある(写真-1参照)ことが重要な視座となる。

 

写真-1 子供たちを中心とした多様な主体の協働

(2011年5月15日実施『今富のまちの○と×』WSにて)

2)「総合行政」の場

これまで,文化的景観を含む歴史的環境の保全は,大別すると都市計画行政,景観行政,文化財行政の下に成立してきた。しかし縦割り行政の弊害からか,小さな自治体であっても,これらの部局間に協働の場が設けられることは少なかった。しかし,景観法によって,文化財保護法や都市計画法,農振法などが関連づけられた文化的景観の保全の現場においては,各部局の庁内連携が求められる。つまり,景観を契機とした「総合行政」が求められており,熊本県天草市(写真-2),同上益城郡山都町(写真-3)の現場においては,既にその実践が始まっている。

 

写真-2 『天草市﨑津の漁村景観』

 

写真-3 『通潤用水と白糸台地の棚田景観』

 

次回は,熊本県天草市の﨑津・今富地区を中心に,具体的に2種類の協働の場が,どのようにしてつくられてきたのかを紹介する。

エンジニア・アーキテクトのしごと

田中 尚人Naoto Tanaka

熊本大学政策創造研究教育センター|EA協会

資格:
博士(工学)

 

略歴:
1971年 京都生まれ

1995年 京都大学工学部土木工学科卒業

1997年 京都大学大学院工学研究科環境地球工学専攻 修士課程修了

1998年 京都大学大学院工学研究科環境地球工学専攻 博士後期課程中退

1998年 京都大学大学院工学研究科 助手

2003年 岐阜大学工学部社会基盤工学科 講師

2006年 熊本大学大学院自然科学研究科 助教授

2007年 熊本大学大学院自然科学研究科 准教授

2009年 フランス国立工芸学院(CNAM)客員研究員

2010年 熊本大学政策創造研究教育センター 准教授

 

主な著書:
環境と都市のデザイン 表層を超える試み・参加と景観の交点から、学芸出版社、2004.11.(分担執筆)

土木と景観 風景のためのデザインとマネジメント、学芸出版社、2007.4.(編著)

風景のとらえ方・つくり方 九州実践編、共立出版、2008.11.(分担執筆)

 

組織:
熊本大学政策創造研究教育センター

〒860-8555 熊本市中央区黒髪2-39-1

TEL:096-342-2040

FAX:096-342-2040

HP:http://www.cps.kumamoto-u.ac.jp/

 

業務内容:
・土木一般、造園、文化財保全、都市開発、都市計画、まちづくりに関わる景観デザイン・プランニング・マネジメントに関する調査、研究、コンサルティング

・その他上記に付帯する業務

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