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2019.05.24
27|山中湖村平野 ゆいの広場ひらり
安仁屋 宗太((株)イー・エー・ユー|EA協会)
富士山に一番近い湖、山中湖。
そこは、標高1000mの湖と山々とが織りなす豊かな「自然の風景」に囲まれ、湖畔に息づく四つの集落には、特徴的なコミュニティとともに古くからの「暮らしの風景」が残されている。山中湖村では、こうした「この場所にしかない風景との出会い」を効果的に連鎖させるよう、地区ごとに立てたデザイン戦略に基づいて空間整備を推進している。
ここで紹介する『ゆいの広場ひらり』は、その先行プロジェクトの一つである。多くの来訪者を迎える村の主要な玄関口であり、古くからの集落の中心でもある交差点周辺の再生に向けて、官民の事業主体が地域住民と連携しながら周辺の一体的整備を行った。広場の周りでは、登下校の小学生など住民の日常の姿やイベント・祭事などが見られるようになり、古くからの集落の中心に「暮らしの風景」が戻ってきたと言えるだろう。それが特徴的な平野コミュニティのさらなる結びつきにつながるとともに、来訪者にとってここにしかない風景や人々との新たな出会いを生み出し、さらに地域の魅力が高まっていくことを期待している。
新宿から高速バスに乗り2時間半で平野交差点に着く。スポーツ合宿利用の旅館・民宿が数多く並び、ハイシーズンには大勢の若者で賑わう。写真は南側の広場から交差点方向を撮影。手前は既存樹のイチイを中心とした「富士見テラス」で、南東方向には文字通り富士山を望み、ロータリーに向かってバスを待つことができる。なお、イチイは村の木に指定されており、方言ではヘダノキという。
毎年7月14~16日に開かれる平野天満宮例大祭では、北側の「ケヤキ広場」は御旅所として利用され、ここで御神輿が一夜を明かす。整備前までは、交差点から少し離れた診療所の駐車場を利用していたのだが、今回の整備をきっかけに場所を移した。
古くから集落の中心である交差点に、活気ある「暮らしの風景」が戻ってきた。そして同時に、高速バスを乗り降りする多くの来訪者もこの同じ風景を目にすることとなる。このように風景や人々との新たな出会いが生まれる場所となっている。(撮影:福島秀哉)
山中湖村は人口約6,000人が、山中・長池・平野・旭日丘という4つの地区に暮らしている。各地区の空間特性やコミュニティの特徴を活かすよう、山中湖村デザイン戦略会議(委員長:中井祐教授)では、地区ごとにデザイン戦略とそれを反映したデザインノートを作成して効果的な空間整備を推進している。並行して、村からの受託として福島助教を中心に東京大学景観研究室が集落構造や生業の変遷について調査研究を実施しており、その成果をフィードバックしながら地区の特徴を引き立てる計画・デザインにつなげている。
平野地区のデザインノート。公共による整備計画(ハード)から村民のまちづくり活動(ソフト)、そして地域の宝まであらゆる情報を一枚のマップに落とし込んだ、地区の将来像である。デザインノートは、個々の取り組みの連携を生み出すよう計画検討に役立てるだけでなく、村民や関係者と具体的な将来像を共有することにも活用できる。
整備前の様子。(上写真)しばらく誰も住んでいなかった北側の古民家は、一部の地区住民からは「廃墟」と呼ばれるほどであり、(中写真)ロータリーは奥にベンチと一台の自動販売機があるだけで、来訪者の玄関口にはふさわしくない空間であった。(下写真)南側はいわゆる空き地で、奥に見える白い擁壁でロータリー敷地との間に2m近いレベル差があり、両敷地のつながりはほとんど感じられなかった。
全体計画平面図。4地区の中でも特に結びつきが強いと言われる平野の特徴を活かすよう「地域のコミュニティをつなぐ結の広場」をコンセプトに掲げた。
度々深刻な交通渋滞を引き起こしていた複雑な形状の交差点についても、車線追加および十字交差点化による交差点改良を行った。交差点および広場の整備は村が事業主体であるが、中央のバス待合所とロータリーは民間バス事業者によるものである。
基本設計までを行った筆者の事務所が村から詳細デザイン監理業務を受け、官民含めて全3件に分かれた詳細設計業務に対して、基本設計時の理念に従って総合的な観点からデザイン監理を行った。
北西側は既存の木塀を取り払い、既存樹ケヤキなど植栽の間を抜けて広場にアプローチできるようにした。他の境界部も同様に開放的なつくりとして自由な通り抜け動線を創り出し、それが地区全体の歩行回遊性を高めることにもつながると考えた。
新設のバス待合所兼観光案内所。街並みに馴染むシンプルな切妻の外観としつつ、平面に特徴的な三角グリッドを採用することで、南北の広場をつなぐ斜めの動線や周辺への眺望軸をスムーズに通しつつ、ロータリーや広場に向けて開放的な建物としている。半屋外空間を広く取っているのは、夏場のみ多い観光客に対応しつつ冬場の暖房効率を両立するためである。
富士見テラスは、西側のバス待合所と東側店舗とを行き来する動線をスムーズにつなぎつつ、南側の広場や富士山に向かって張り出すような円弧形状とした。その外縁には、富士山側とロータリー側、どちら向きでもゆったり座ることのできる幅広(750mm)の木製ベンチを配置している。
ロータリーよりも2m程低かった南側敷地は、中段に広場を造成してレベル差を緩和することで、空間および動線を緩やかにつなげる計画とした。
大きな既存樹は原位置で残しつつ、その他のイチイなどの高木は屋敷林として敷地南縁に移植した。手前は敷地南西の芝生広場で、飛び石園路は既存のコンクリート側溝蓋を再利用したものである。
対象地内にあった全3棟の古民家は、ほとんどの部材が健全であったため再利用することとし、富士北麓の建築的特徴を活かしつつ、現代の利用にも対応できる施設へと改修した。新設した待合所や屋外の広場を含めて、地域住民から来訪者まで徐々に多様な活動が増えてきている。
南側の広場が竣工した翌年の2019年1月14日、南の広場にて御神木祭が催された。
その長さが日本一とも言われる30m近い御神木を引き上げるお祭りである。もともとは交差点にある道祖神を祀る祭事だったのだが、約25年前より交差点から離れたコミュニティセンターの駐車場へと場所を移していた。詳細設計の途中、「御神木祭を交差点に戻したい」という地元要望が寄せられたため、広場の設計を変更して御神木の軸をプランに追加した。
「あ~らヨーイサー! あ~らヨーイサー!」
御神木からのびる二本の綱を地域の人から観光客までが取り合い、掛け声に合わせてジリジリと御神木を引き上げる。あまり大きな声では言えないのだが、別の場所で行われていた前年までは、綱とは別に取り付けたワイヤーにて大型重機の力で引き上げていたのだった。それが今回、集落の中心部に場所を移したおかげか引き手が大勢集まったことで、なんと人力のみで引き上げることに成功したのである。
はじめはビクともしなかった御神木も30分ほどかけて少しずつ上を向き、最後はスルスルっと勢いをつけてドーンと鋼製の支柱に収まった。湧き上がる歓声とともに、広場全体が何とも言えない高揚感につつまれた。
引き上げの翌日、太陽を浴び強風にお飾りをたなびかせながら力強く立つその姿はとても神々しかった。こうして約25年ぶりに、平野の中心にかつてあたりまえだった「暮らしの風景」が戻ってきた。
このプロジェクトはきっかけの一つであり、地域住民の活動とも連携を一層深めながら、平野そして山中湖村全体がより魅力ある地域となるよう取り組みは続いている。
所在地:
竣工年:
2017年7月(北工区)
2017年3月(ロータリー工区)
2018年8月(南工区)
2019年1月(交差点改良)
諸元:
全体面積:約6,400m2(ロータリー・交差点含む)
主屋: 延べ床面積 約148m2
長屋門:延べ床面積 約127m2
バス待合所・観光案内所:延べ床面積 約106m2
あずま屋:延べ床面積 約95m2
受賞:
平成29年度山梨県建築文化奨励賞(北工区)
JCDデザインアワード2018 best100(バス待合所・観光案内所)
iF Design Award 2019(バス待合所・観光案内所)
都市景観大賞2019 特別賞
関係者:
事業主体|山中湖村、株式会社富士急行
全体監修|山中湖村デザイン戦略会議(中井委員長、尾崎委員、福島委員)
基本構想|イー・エー・ユー(崎谷、安仁屋、田中)
基本設計|イー・エー・ユー(同上)、文化財保存計画協会(木本、高山)、アルメックVPI(五十嵐・元所属)、SUGAWARADAISUKE(菅原)
デザイン監理|イー・エー・ユー(同上)、文化財保存計画協会(同上)
実施設計<北工区、ロータリー工区、南工区>|馬場設計(高相、三森)
実施設計<バス待合所・観光案内所>|SUGAWARADAISUKE(菅原)
(2019.05.28 一部更新)
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- 安仁屋 宗太((株)イー・エー・ユー|EA協会)
安仁屋 宗太Sota Aniya
(株)イー・エー・ユー|EA協会
略歴:
1980年 沖縄生まれ
2003年 東京大学工学部土木工学科卒業
2005年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 修士課程修了
2005年 有限会社イー・エー・ユー 勤務 (2015年より株式会社イー・エー・ユー)
主な受賞歴:
2010年 グッドデザイン賞 (長崎中央橋)
2013年 土木学会デザイン賞 奨励賞(旧佐渡鉱山 北沢地区工作工場群跡地広場および大間地区大間港広場)
2013年 土木学会田中賞(各務原大橋)
2014年 土木学会田中賞(太田川大橋)
2015年 土木学会デザイン賞 優秀賞(各務原大橋)
2016年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(太田川大橋)
2019年 都市景観大賞特別賞(山中湖村平野 ゆいの広場ひらり)
組織:
(株)イー・エー・ユー
代表取締役 崎谷 浩一郎
〒113-0033 東京都文京区本郷2-35-10本郷瀬川ビル1F
TEL:03-5684-3544
FAX:03-5684-3607
SERIAL
- EAプロジェクト100
2019.05.24
27|山中湖村平野 ゆいの広場ひらり
- EAプロジェクト100
2018.05.02
25|桜小橋
- EAプロジェクト100
2015.01.27
01|太田川大橋
- ものづくりの声
2013.11.05
02-2|アクリア 田村柚香里氏(後編)
- ものづくりの声
2013.09.02
02-1|アクリア 田村柚香里氏(前編)
NEWS
2019.07.01
『まちを再生する公共デザイン — インフラ・景観・地域戦略をつなぐ思考と実践』