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2022.05.12
35|花園町通り
吉谷 崇((株)設計領域|EA協会)
花園町通りは、市内最大の交通結節点である伊予鉄道松山市駅から、松山城堀之内地区を結ぶ、約300mの通りである。花園町の名の由来は、松山藩主の花畑が現在の松山市駅近くにあったことにあるとされる。かつては狭く長く、5mもない道幅の通りであったが、戦時中、市内の延焼防止のために西側のまちはごっそりと取り壊され、現在の40mの幅員に拡幅された(※1)。戦後には、広い幅員を活かして中央に伊予鉄市内線(路面電車)が引かれ、副道を含む6車線とアーケードを持った松山市内最大の目抜き通りとなった。さらに堀之内の城山公園には市営球場や市民プール、松山市民会館などがつくられ、近年までは駅から公園へ向かう多くの人通りで賑わったという。しかしその後、まちなかの施設が相次いで郊外に移転し、城山公園の空洞化とともに花園町通りの人通りも減っていき、アーケードなどの老朽化も進んでいった。
花園町通りのあり方を考えることは、すなわち、これからの松山市中心市街地のあり方を考えることであったといえる。2011年には、地域住民や交通事業者、国、県、市、学識経験者からなる「花園町通り空間改変懇談会」が組織され、議論は中心市街地における交通再編、既存施設の再編、駅前拠点のあり方、沿道施設のリノベーションにまで及んだ。通りを軸としてまさに「まちを編みなおす」ことがその目的であり、花園町通りには、これからのまちを支えるための新たな道路空間のあり方が求められていた。
2011年から7年間におよぶ議論、検討、社会実験、地域合意形成プロセスを経て、花園町通りは6車線あった車道を2車線まで減らし、自転車道を通すとともに、歩道空間を最大10mまで拡幅する空間改変を実現。「花園町」の名にふさわしい豊かな植栽と、芝生広場やウッドデッキなども備え、歩行者と居住者、自転車や生活車両が共存する都市のあらたな自由空間(※2)として再生した。
※1「わすれかけの街・松山戦前戦後」池田洋三著、愛媛新聞社
※2「都市の自由空間 街路から広がるまちづくり」鳴海邦碩著、学芸出版社
2011年の検討開始から2017年の完成まで、花園町通りの計画・デザインは、議論と共に何度もそのかたちを変えた。上記に花園町通りの検討プロセスを示す。
松山市駅よりみた整備前全景。松山城に至る広幅員街路であるが、大部分が広い車道で占められていた。また、歩道には多くの駐輪が見られた。
整備後の花園町通り。既存の銀杏を完全に残す形で車道と自転車道を納めている。さらに歩道は錆御影石の自然石舗装、自転車道は猿投石を用いた洗出し仕上げとするなど、松山城に至る目抜き通りにふさわしい景観を形成。
整備前の東側通り。老朽化した暗いアーケードと看板、放置自転車であふれていた。副道は車寄せや荷捌きスペースとして用いられており、来訪者を遠ざける雰囲気であった。
老朽化したアーケードのかわりに、沿道建物のファサードリニューアルとあわせて張出し幅2mのオーニングを設置。松山アーバンデザインセンターの主導により沿道のまちなみ形成ガイドラインを作成することで、建物と街路で一体的な色彩・素材を実現した。さらに荷捌きスペースは歩道とフルフラットかつ同舗装材で整備、マルシェやイベントを街路全体で行うことが可能なデザインを実現している。
広がった歩道の中には、芝生広場と地元愛媛ヒノキを用いたベンチを設置。地域住民や通りを訪れた人が自由に使える空間となった。植栽枡は耐候性鋼板を用いて存在感を抑え、歩道には芝目地を用いて街路全体に出来る限り緑を感じられるようにしている。
整備前の西側通り。東側と同じく放置自転車が多いが、マンションや塾、専門学校など東側に比べて大規模な施設が多い。塾通いの子供や専門学校生などの姿が見られ、こうした沿道利用者のためのオープンスペースが求められた。
整備後の西側通り。副道があった場所をベンチと同じ愛媛ヒノキのウッドデッキのスペースとした。日常的には沿道の塾や専門学校が使える休憩場所として、イベント時にはテント下の飲食スペースなど様々な催しに使われている。
この地で生まれた正岡子規の生誕碑の周辺を、子規が詠んだ草花に囲まれた「子規の庭」としてしつらえ、歴史と空間をつなぐ通りの焦点とした。植栽だけでなく俳句ポストや句碑など、松山らしい文化に触れられる仕掛けをちりばめている。
道路空間の再配分イメージ。路面電車も含めた40mの幅員を、歩行者の通行・滞留空間と自転車道に再配分する。あわせて電線類地中化工事も行われた。
道路空間の再配分検討にあたり、松山市駅も含む周辺エリア全体での交通シミュレーションを行い、既存バス路線や駅前広場への影響なども検証を行った。
2012年秋、交通社会実験と空間利活用社会実験を同時に開催。車線を実際に減らしてアスカーブを用いた自転車道を設け、交通や自転車通行の検証を行うと同時に、副道には芝生広場・デッキ広場を仮設し、沿道店舗の協力により様々な利活用プログラムを展開した。道路幅員や自転車道の幅員など、実験で得られた知見は多い。一方で、道路上の賑わいが沿道に与える影響など、さまざまな課題も明らかになった。
アーケードが撤去された東側通りは、新たに歩道照明が設置された。花を広げたようなやわらかな照明のデザインは、南雲勝志氏による。実寸模型を用いた照明実験には沿道の人々が集まり、生まれ変わる通りへの期待を高める大きな効果があった。
冒頭の検討年表のとおり、デザインについては7年間の検討の中で数多くのスタディを行った。写真は2014年頃の検討模型であるが、フラットな副道空間、既存の銀杏を活かした自転車道、溜まり空間となる芝生広場などのデザインはこのころには固まっている。
正岡子規の歌に詠まれた植栽計画。子規は華やかな花や木々よりも、等身大の自然を愛した。
「花は我が世界にして草花は我が命なり。幼き時より今に至るまで野辺の草花に伴ひたる一種の快感は時としてわれを神ならしめんとする事あり。殊に怪しきは我が故郷の昔の庭園を思ひ出だす時、先づ我が眼に浮ぶ者は、爛漫たる桜にもあらず、妖冶(ようや)たる芍薬にもあらず、溜壺に近き一うねの豌豆(えんどう)と、蚕豆(そらまめ)の花咲く景色なり。」(正岡子規「わが幼時の美感」)
基本設計、実施設計それぞれの時点で、地域住民、沿道店舗の方々とのワークショップを行った。沿道に住まわれている方とテナントの方では通りに対する期待も通りとの関わりも異なり、計画当初は考え方のギャップも大きかったが、社会実験、デザイン検討を続ける中で、移動空間と滞留空間が混ざり合う自由度の高い特徴的な街路デザインへと収束していった。
花園町通りの再整備が完成した2017年9月より、東西一体となった「お城下マルシェ花園」が開催されている。さらに、2020年からは地域商店街からなる花園まちづくりプロジェクト協議会主催による「まつやま花園日曜市」も開催されはじめた。コロナ禍において、まちなかにおける屋外空間の価値が見直されるなか、花園町通りは身近な「街の庭」として、地域の日常を支える通りとなっている。
2019年、花園町通り沿道に松山アーバンデザインセンター(UDCM)が移転。このリノベーション設計も弊社で担当している。非常に間口の狭い敷地であったが、土間空間を内部に貫入させることで、通りの一部のように人々が訪れやすい空間を目指した。UDCMはまちの拠り所として、周辺まちづくりや花園町通りにおける様々な活動を支える存在となっている。
所在地:
愛媛県松山市
竣工年:
2017年9月
諸元:
幅員 約40m
延長 約250m
受賞:
土木学会デザイン賞 最優秀賞
全国街路事業コンクール 国土交通大臣賞(最優秀賞)
グッドデザイン賞
アジア都市景観賞 ほか
事業費:
約12.5億円(電線類地中化工事含む)
関係者:
事業主体|松山市
基本設計|復建調査設計・設計領域共同企業体
詳細設計|復建調査設計・新和技術コンサルタント・設計領域共同企業体
設計協力|ナグモデザイン事務所
監修|羽藤英二(東京大学)、花園町通り空間改変懇談会
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吉谷 崇Takashi Yoshitani
(株)設計領域|EA協会
資格:
技術士(建設部門)
略歴:
1978年 兵庫県西宮市生まれ
2000年 東京大学工学部土木工学科卒業
2002年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻修士課程 修了
2002年 (有)小野寺康都市設計事務所 勤務
2009年 (株)設計領域 設立
組織:
代表取締役 新堀 大祐
代表取締役 吉谷 崇
〒107-0062 東京都港区南青山3丁目4-7 第7SYビル6階
TEL:03-5413-3740
FAX:03-5413-3741
業務内容:
・土木、建築、造園に関わる設計及び監理
・地域、都市計画に関する調査、研究及び計画立案
・都市デザイン、景観設計に関する調査、研究及び計画立案
・インテリア、家具の企画、設計及び販売
・公園遊具、路上施設等の企画、設計及び販売
・広告、宣伝に関わる企画、編集及び制作
・イベント等の企画及び運営
・前各号に付帯する一切の事業
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