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2022.03.10

34|熊本駅周辺都市空間デザイン

星野 裕司(熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター/工学部土木建築学科|EA協会)

九州新幹線の整備に伴う,駅舎・駅前広場の整備,在来線の連続立体交差,都市計画道路,再開発,区画整理など,63.2haの大規模かつ複合的な事業のトータルデザインである。熊本駅周辺整備基本計画の策定は2005年6月,最初のデザインワーキング(WG)が開かれたのは同年9月,新幹線開業が東日本大震災の翌日の2012年3月,そして最後の白川口駅前広場の竣工が2021年3月。2016年の熊本地震を挟んで,16年近くにおよぶ長期のプロジェクトでもある。基本計画で示された「パークステーション」というテーマを実現すべく,継続的に議論を重ねたWGは,田中智之(建築,熊本大学),原田和典(UD,崇城大学)と筆者(土木)を中心に,206回も開催された。

 

 

 

 

写真1 整備前の熊本駅前

多くの城下町と同様,中心街から遠い熊本駅。そのため整備前は,県庁所在地の中心駅としては寂しい駅前であった。

 

 

 

 

 

 

図1 デザイン調整の仕組み

都市デザインは調整のデザインだと思う。そういう点で,このプロジェクトにおいて最も重要なことは調整のための仕組みづくりにチャレンジしたことだ。ここでは,岸井隆幸委員長によるデザイン会議と田中智之リーダーによるデザインWGの二層構造となっている。計14回開かれたデザイン会議は,大きな方針を決定・確認する会議で一般的なものと言えるかもしれないが,岸井委員長は適切なタイミングで,知事や市長,JR九州社長と会談を行い,現場の努力を最大限サポートしてくれた。注目を集めるビッグプロジェクトでは,政治的判断も大きな影響を与えるため,トップの合意形成を図る仕組みはやはり大切である。

 

 

 

 

 

 

写真2 初期のWGの風景(2006年1月)

一方,WGは行政やコンサルタントだけではなく,若手の学識者がともに手を動かし考える仕組みとして設置された。これに関しては,基本計画策定時の熊本県の担当課長の意向が強く反映されている。その意向とは,熊本県にとって貴重な事業をただ進めるだけではなく,行政職員,コンサルタントなど関係者すべての教育の場とすることであった。そのパートナーとして,地元の若手大学教員が選ばれたのである。筆者は当時34歳であった。そのような時期に参加するチャンスを得られたことには,本当に感謝しかない。熊本だからできた仕組みだと言われることも多い。確かに,三つの分野において,実務経験のある若手教員が地元にそろっていたという点は幸運だったかもしれないが,大切なことは行政側にプロジェクトをOJT(On The Job Training)として捉えようという姿勢だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

図2 デザインガイドにおける「出会いの景」のイメージ

WGで最初に取り組んだのが,デザインガイドの作成であった。大規模かつ長期のプロジェクトにおいては,仕組みと同様に,時々変わっていく関係者が継続的かつ一貫して取り組める,明快なコンセプトの設定が重要である。ここでは,様々な管理境界を超えて,人目線で空間のまとまりを捉える「景」がそのコンセプトとなった。また,二つの駅前広場と駅舎を貫く「出会いの景」,緑の中を市電の通る「木立の景」,坪井川沿いの「水辺の景」を代表として,「景」をデザインし,エリア全体に展開していくこととなった。このイメージは田中智之リーダーによる作画だが,「景」の実現およびWGでの合意形成にあたっては,彼の「タナパー()」の貢献が大きい。

 

 

注)田中智之氏による青い線で描かれたパース画のこと。建築や都市の特徴的な表現手法として注目されている。

 

 

 

 

 

 

写真3 新幹線開業時の「出会いの景」(2012年3月)

白川口駅前広場の設計者は熊本アートポリス事業によって西沢立衛氏が選定され,通称「しゃもじ」と呼ばれたコンクリートの大屋根がかけられた。新幹線開業時には,連続立体交差事業が未着手だったため半分の広さの暫定整備である。デザインガイドのイメージとは全く異なるデザインだが,人目線の見通しの確保,緑陰ではなく大屋根による日陰など,「景」のコンセプトは継承されている。なお,このしゃもじは,熊本地震の経験によって,被災時にはオープンエアの大きな広場が必要だとの議論により撤去されることとなった(「しゃもじ」自体は,地震に対して無傷であったのだが…)。

 

 

 

 

 

 

写真3 完成形の「出会いの景」(2021年4月)

連続立体交差事業によって,倍の広さとなった駅前広場。完成形の駅前広場も西沢立衛氏のデザインだが,WGとの協働作業といってよいと思う。写真ではうまく表現できないが,スカッと抜けた開放的な広場,遠景に居心地の良さそうな陰を落とす緑,バスや市電などの様々な機能が一眼でわかる見通しなど,「出会いの景」がまた形を変えて実現された。

 

 

 

 

 

写真4 駅ビルから白川口駅前広場の全景

暫定形から完成形に向けて,シェルターがコンクリート製からスチール製に変更されている。三次元にうねりながら,バス停やタクシー乗降場,電停などを一筆書きで結ぶ。暫定形のしゃもじに対して,このシェルターは羽衣と呼ばれた。

 

 

 

 

 

 

写真5 夜の様子

緑陰をつくる広場には,WGメンバーで圃場に行って選んだ樹々,円弧状のコンクリートベンチ(雨がかりのないシェルター下は木のベンチ),熊本の湧水を象徴する水盤や噴水が設置された。照明も丁寧に検討され,居心地の良い,まさに「公園のような駅前広場」を創出することができたと思う。人々が思い思いに過ごす風景は,決して整備前には出会えなかったものである。

 

 

 

 

 

写真6 ラップする駅前広場のシェルターと駅ビルのピロティ

「景」のコンセプトが象徴的に現れている場所の一つ。電停と一般車乗降場を結ぶシェルターが駅ビルのピロティにラップし,一体的に雨に濡れない動線をつくる。また,シェルターに挟まれた植栽は駅ビルの整備で,奥のケヤキは駅前広場の整備だが,その違いは利用者にはわからない。全く境界を感じさせない空間である。これは,まずWGにおいて,理想的な形を追求し,その形に即した管理形態を関係者が構築してくれたおかげである。なお,通常このようなデザインされた広場では点字ブロックに黄色以外を用いることが多いが,幾度かのユニバーサルデザインワークショップでの議論を通じて,ここでは一般的な黄色を採用している。しかし,その線形に関しては,最小限かつ機能的なものとなるよう入念に検討している。

 

 

 

 

 

 

写真7 「木立の景」と市電

白川口駅前広場以外の主要な施設は,2011年の新幹線開業時には整備されていた。鉄道と並行して市電が通る城山線は,森の都くまもとを象徴するように「木立の景」と位置づけられた。一般的に市電は道路中央を通るが,ここでは,沿道土地利用との調整によって,駅前広場から終点まで歩道沿いを通るサイドリザベーションが採用された。街路樹や軌道緑化が連携し,市電や人,車などが木立のなかをともに進むシンボル的な街路を創出することができた。

 

 

 

 

 

 

写真8 「木立の景」の模型

「木立の景」では,街路樹の配置検討が最も重要であった。単一の樹種を整列させるという植え方が街路樹では一般的だが,ここでは,街路の骨格をつくる主景木(ケヤキ,クスノキ,イチョウ)を,のちのち維持管理に負担をかけないよう20m以上離して三角形をつくるように配置し,その間に街路に彩りを与える添景木(サルスベリ,ヤマボウシ,ヒメシャラ,ギンモケイなど)を配置した。日本庭園における配植を踏まえたものだが,多彩で奥行き感のある街路になったと思う。ただこのような配植の場合は,一つをずらすと全体のバランスが変わるため,模型やVRによる入念な検討,圃場での樹木選び(多くの樹木は植木屋さんからの寄付。施工費のみの負担),現場での詳細な位置確認など,非常に手間のかかるものとなった。ちなみに,この模型検討では樹種の表現が重要であったため,いろいろ工夫した結果,OHPにイラストを印刷し十字に組み合わせて作成した。2007年ごろの検討であるため,このような樹木表現においては古いチャレンジだったのではないかと思っている。

 

 

 

 

 

写真9 沿道施設との連携

様々な樹々を組み合わせて街路を構成するもう一つのメリットは,沿道施設との連携を取りやすいということであった。例えば,沿道のマンション建設にあたって,外構に関してWGに相談してくれた。そこで,近接する添景木(ここでは,ギンモクセイとヤマボウシ)と低木(フィリフィラオーレア)を植えてもらい,街路と一体的な植栽としてもらった(なお,主景木のケヤキを一本だけ,マンション側にも植えている)。

 

 

 

 

 

 

写真10 再開発との一体的な親水広場(水辺の景)

「水辺の景」を構成する坪井川に面した親水広場も新幹線開業時には整備されていた。デザインのポイントの一点目は,再開発との一体的な空間。ここでも,再開発の外構を担当するデザイナーとWGにおいて何度も協議し,理想的なデザインを求めた上で,管理境界を変更している。二点目は,旧石塘堰の遺構の保存。再開発においては,それ以前の土地の履歴が全て消し去られてしまうことが多い。場所が記憶喪失にならないよう,一部残っていた堰の遺構を必要な耐震改修を施した上で,モニュメンタルな彫刻のようにデザインの中に取り込んだ。

 

 

 

 

 

写真11 親水広場のスロープ

ポイントの三つ目は,スロープのデザインである。都市河川では狭小敷地の中で大きな高低差を処理しないといけないことが多く,スロープや階段のデザインが肝要である。この広場の検討中,印象的な出来事があった。ユニバーサルデザインのワークショップ中,車椅子利用者が,「だいたいスロープって端っこにつけられてて,使いづらいんだよね。もちろん,あるだけマシだから文句は言えないんだけど,誰もが使えるものが本来メインであるべきなんじゃないかな」とつぶやいたのである。そこでこの広場では,高低差を埋める土手と一体的になるように,スロープの幅や勾配を変化させ,保存した堰の遺構をスロープのゲートとすることによって,誰もが自然に使えるようなものとしてデザインした。

 

 

 

 

 

写真12 親水広場で過ごす人々

秘密基地のような旧堰,様々な人々が行き交うスロープ,思い思いに過ごす土手。小さなスペースの中に,多様な場所を創出することができた。

 

 

 

 

 

写真13 その他のデザイン

16年間,3つの景のみ議論していたわけではない。最後にその他のデザインのいくつかについて,簡単に紹介したい。都市において,地のデザインは重要である。ここでは,ベースとなる舗装材や手すりなどの形状や色彩(手すりや照明柱はN3のダークグレーで統一)も入念に検討した(左上)。また特に新幹線開業後の活動は,継続的な都市デザインにおいて重要であると思う。例えば,出店する店舗とのデザイン調整(左下),違法駐輪対策のデザイン(右下),隣接する白川の堤防道路へのデザイン展開(右上。既存パラペットを川を眺めるカウンターになるようにリノベーション)など。都市の質は,このような些細な部分で支えられていると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

所在地:熊本県熊本市

 

対象エリア:63.2ha

 

熊本駅周辺都市空間デザイン会議(肩書は2021年3月現在)

岸井隆幸(日本大学特任教授)

両角光男(熊本大学名誉教授)

小林一郎(熊本大学特任教授)

川内美彦(アクセシビリティ研究所)

田中智之(熊本大学教授)

星野裕司(熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター/工学部土木建築学科

原田和典(崇城大学教授)

 

デザインワーキング

田中智之,星野裕司,原田和典,熊本県,熊本市,コンサルタント他

 

 

 

 

 

 

 

EAプロジェクト100

星野 裕司Yuji Hoshino

熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター/工学部土木建築学科|EA協会

資格:

博士(工学)、1級建築士

 

略歴:

1971年 東京生まれ

1994年 東京大学工学部土木工学科卒業

1996年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 修士課程修了

1996年 (株)アプル総合計画事務所 勤務

1999年 熊本大学工学部 助手

2005年 博士(工学)取得(東京大学)

2006年 熊本大学大学院自然科学研究科 准教授

 

主な受賞歴:

2012年 グッドデザイン賞サステナブルデザイン賞 受賞

2011年 第25回公共の色彩賞 入選 (熊本駅周辺地域都市空間デザイン)

2009年 深谷通信所跡地利用アイデアコンペ 専門部門 優秀賞

2009年 平和大橋歩道橋デザイン提案競技 入選

2003年度 土木学会論文奨励賞 受賞

 

主な著書:

「風景のとらえ方・つくり方」(共著、共立出版、2008)

「川の百科事典」(共著、丸善、2008)

 

組織:

熊本大学

〒860-0555 熊本県熊本市中央区黒髪2-39-1

TEL:096-342-3602

FAX:096-342-3507

HP:http://www.civil.kumamoto-u.ac.jp/keikan/

 

業務内容:

・景観デザイン・まちづくりに関する研究および事業支援

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