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2017.05.30

21|富山大橋の架け替え

松井 幹雄(大日本コンサルタント(株)|EA協会)

はじめに

昭和 11 年(1936年)に架けられ、以来七十数年にわたり市民に親しまれてきた富山大橋の架け替え事業(平成24年(2012年)開通)について報告する。架け替え理由は、構造の老朽化と慢性的な渋滞への対処(車道拡幅)に加え、歩道拡幅、軌道の複線化を実施するもので、機能向上の結果として総幅員は16.5mから31.3mに倍増させるものであった。

 

 

 

架け替え理由は、構造の老朽化と慢性的な渋滞への対処(車道拡幅)に加え、歩道拡幅、軌道の複線化を実施するもので、機能向上の結果として総幅員は16.5mから31.3mに倍増させるものであった。

 

私が本事業に関わったのは平成10年(1998年)からで、それまでに検討してきた計画条件を元に、橋梁予備設計の一環として橋梁デザインを検討するところからである。予備設計作業と並行して富山大橋計画検討委員会を開催し、市民や学識経験者の思いと意見を伺いながら作業を進める、いわゆる委員会方式で業務は開始された。

 

前工程のデザイン(設計方針)

まずは、富山のシンボル景観としても親しまれていた旧橋の魅力を皆で再確認するところから議論が始められた。
議論の題材として、種々の橋梁形式の可能性を示し、その景観予測を確認もした上で、旧橋の魅力は、第一に、「①富山市街地越しの立山連峰への眺望の良さ」であり、第二に「② 丁寧に設計された構造物としての魅力」であると抽出された。加えて、親しまれてきた旧橋の思い出を残す渡り納め式のアイデアや、橋を眺める場所としての③橋詰広場の整備の重要性が第三のテーマとして提示された。

結果として、下記の3つの設計方針が橋梁設計の初期段階で定義された。

①  立山連峰への眺望を活かす

②  旧富山大橋の構造物としての魅力を継承する絵になる橋を目指す

③  橋詰広場の整備等にも留意する

そして、上記の3つの方針の下、①に対しては、橋梁形式としては桁橋を選択し、左右に開けた河川空間にあって、「市街地越しに立山連峰へのパノラマが開けている」架橋位置の特性を最大限に活かすことが決まった。②に対しては、旧橋の魅力を「桁が橋脚を軽やかに 跳ねるようなリズム感」及び「垂直補剛材の心地よい表情」と解釈して、それを現代的な橋のデザインに活かす方向が、③に対しては、設計の進捗に合わせて対応していく方向が決まっていった。

当時は意識していなかったが、これらは設計行為に対する市民目線からの要求性能の定義であり、エンジニアリング(示方書等に則る狭義の設計)に先行して議論される「前工程のデザイン」が実施されたものであった。デザインをする上で最も大切なビジョンが設計初期に関係者合意の上に成立していたことこそが、富山大橋のデザインの胆であった、と思っており、これについては後程、さらに言及したい。

旧富山大橋の魅力は、第一に富山市街地越しの立山連峰への眺望の良さであった。

旧富山大橋の構造物としての魅力を「桁が橋脚を軽やかに 跳ねるようなリズム感」及び「垂直補剛材の心地よい表情」と解釈した。

具体のデザイン

具体のデザインについて、下記でもう少し説明する。

①に対応しては、橋面施設の具体的デザインとして、歩道照明を高欄内蔵型、照明柱と路面電車架線柱を集約したセンターポール型として、橋上空間をすっきりさせた。シンプルな中にも親しみが感じられるよう、ポールの形状は緩くY字形に先を開け、高欄は強い横風を和らげる構造とし、材料には地場産業に関わるアルミとガラスを採用した。最終的には、地域との関係性をより密接にすべく、地元小学生が作製したガラス玉を設置した。

②に対しては、新橋の桁高変化曲線を種々検討して軽快な印象となる3次放物線を採用し、高欄支柱の一部をフェイシアライン面に突出させて、桁側面に豊かな表情とリズム感を表出した。また、旧橋の支承(ピン構造)部に見られた緊張感と、桁が脚から浮いているような軽快感を継承すべく、上部構造を2支承(3主桁)とし、その橋脚天端にR状の切り込みを設けて桁と橋脚の間に大きな隙間を挿入した。このような造形上の工夫により、永く市民に愛される、絵になる橋の姿を目指した。 色彩は、雪を戴く立山連峰をよりいっそう引き立てる色とし て「青鈍色(あおにびいろ)」を選定した。

③に関連して、委員会からの要望に応えて、比較的長い橋の休憩場所としてバルコニー空間を設けたが、その形状は、側面景において桁高変化による軽快なリズム感を阻害しないように三角形状としている。なお、結果として橋詰広場は我々とは別会社の設計によるものである。

橋面施設の具体的デザインとして、歩道照明を高欄内蔵型、照明柱と路面電車架線柱を集約したセンターポール型として、橋上空間をすっきりさせた。

設計プロセスについて

1998年に開始したデザイン作業は、翌年には、現在の姿とほぼ変わらないプロトタイプを提示するに至り、その実現のための設計を引き続いて実施して2009年に設計を完了し、2012年に開通に至っている。その間、エンジニアリングの面から種々検討し、例えば、桁断面と橋脚形状の面からだけでも数回の変更を経ている。最終的にプロトタイプに近い形状に落ち着いたが、これは、「前工程のデザイン」での合意が効いたからだと思う。事業によっては、当初イメージの実現がままならないことも経験してきたが、本事業においてうまくいったのは、この「前工程のデザイン」が機能したからだと振り返っている。加えて、「前工程のデザイン」段階において、事業者(発注者)と設計者(受注者)の間に立つ第三者の立場から議論をまとめていただいた学識経験者に、その後のフォローとして、設計初期段階に提示したビジョンに照らして、最終成果がそれを満たしているかどうかという観点からアドバイスもしていただいているが、これも相当効いたように思う。

設計当初から数回の変更を経て最終形状が定まった桁断面と脚形状

今後への提言

結局、富山大橋を題材に、デザイン提案が機能したポイントを抽出すると、設計の初期段階に、市民目線の要求性能を議論して設計方針を定める「前工程のデザイン」を関係者と合意し、その設計方針から実際の設計成果が逸脱していないかどうかを、逐次チェックする機能を動かす、ことが肝要であった。しかしこれは、何も特別な事ではなく、デザインを職業としている人間であれば普通に理解していることであろう。

加えて、このことは、平成19年に策定、平成21年に改定された「国土交通省所管公共事業における景観検討の基本方針(案)」 に記述されている事とほぼ同じでもある。しかしながら、私の知る最近の事例においては、景観検討の基本方針(案)に対応する実際の行動は形骸化されていることが多く、肝心の市民目線の要求性能を議論して設計方針を定める「前工程のデザイン」のプロセスが軽視されているように思う。なぜ、そうなったのかをここで議論するつもりはないが、やはり、「前工程のデザイン」が疎かにされれば、その後のデザイン行為をいくら積み重ねても、市民の方々に喜んでもらえるデザイン成果にはなっていかない。エンジニアリングが十分成熟している現代では、その成熟したエンジニアリングの使い方を議論・工夫する段階、すなわち「前工程のデザイン」を企画実行する力(熱意)が無ければ駄目なのだと言うことを、蛇足ながら、ここに記しておきたい。

あとがき

事業に関わり始めた平成10年、現場に立って直ぐに、旧橋が丁寧に設計された味わい深い橋であることを感じ、そのエッセンスを新橋にも活かさねばと、強く思ったことを覚えている。しかし、その時は、設計者が誰であったのかは、調べきれなかった。結局、設計者が元東京市の設計技師として復興橋梁を手がけ、戦前の土木名著百書に選ばれた「小池橋梁工学(全三巻)」を著した小池啓吉氏であったことを知るのは、デザイン作業が終わった後であった。

自分なりに旧橋設計者へのリスペクトを胸に設計にあたってきたけれど、今、小池氏に「エンジニアリングの使い方を工夫する「前工程のデザイン」などという考え方で設計に対応した」と言えば、どんな反応をされるだろうか? 小池氏の時代は、もっと純粋に橋の設計に対峙しておられたと思う。旧橋はエンジニアリングに素直に解いた橋であり、新橋は市民目線で親しまれる橋のイメージを現代のエンジニアリングを使って解いた橋である、と思う。

改めて、新旧2橋を見比べて、橋梁設計におけるデザインの意味を自問している。橋梁設計者としての矜持は引き継げたであろうか? 読者諸氏のご意見やご批判を頂ければ幸いです。

 

所在地:富山県富山市(神通川)

竣工年:2012年3月

 

諸元:

橋梁形式:(上部工)8径間連続鋼箱桁橋

(下部工)橋台2基(杭基礎)、橋脚7基(ケーソン基礎)

橋長:466m

支間割:51m+2×60.5m+2×61m+2×60.5m+51m
幅員:総幅員:30.5m
事業費:約77億円

関係者:

事業主体|富山県

設計|大日本コンサルタント株式会社

監修|篠原修(富山大橋計画検討委員会委員長)

EAプロジェクト100

松井 幹雄mikio matsui

大日本コンサルタント(株)|EA協会

資格:

技術士 総合技術監理部門(建設部門)

 

略歴:

1960年 大阪府豊中市生まれ

1985年 大阪大学大学院工学研究科土木工学専攻修了

1985年 川田工業株式会社入社

1987年 大日本コンサルタント株式会社転籍

_     景観デザイン室を立上げ、2007年まで率いる

_     以降、技術企画、経営企画、部門運営等の業務を

_     大阪、横浜、本社等で遂行し、現在に至る

現在   大日本ダイヤコンサルタント株式会社 CSR本部  理事

_     (2023年7月、合併により社名変更)

 

1995年〜2006年 東京学芸大学 非常勤講師

2012年〜2017年 大阪大学 非常勤講師

2007年〜2022年 東京工業大学 非常勤講師

他、徳島大、早稲田大、政策研究大等にてスポット講義

 

主な受賞歴:

2002年 土木学会デザイン賞 優秀賞(ふれあい橋)

2010年 土木学会デザイン賞 優秀賞(川崎ミューザデッキ)

2010年 北米照明学会賞(はまみらいウォーク)

2011年 土木学会デザイン賞 優秀賞(はまみらいウォーク)

2012年 グッドデザイン賞 (はまみらいウォーク)

2012年 土木学会デザイン賞 優秀賞(新四万十川橋)

2014年 土木学会田中賞 作品賞 (各務原大橋)

2014年 土木学会デザイン賞 奨励賞 (富山大橋)

2015年 土木学会デザイン賞 優秀賞 (各務原大橋)

2019年 土木学会田中賞 作品賞 (築地大橋)

2019年 土木学会田中賞 作品賞 (天城橋)

2020年 土木学会田中賞 作品賞 (史跡鳥取城跡擬宝珠橋)

2021年 土木学会デザイン賞 優秀賞(藤沢駅北口デッキ・リニューアル)

2022年 日建連表彰土木賞「特別賞」(史跡鳥取城擬宝珠橋)

2022年 土木学会デザイン賞 優秀賞(利賀大橋)

2023年 土木学会デザイン賞 奨励賞(竹芝デッキ)

 

主な設計競技:

堺市主催・大小路橋歩道橋デザインコンペ優勝/1996年(1998年竣工)

横浜市主催・横浜駅東口デッキ指名コンペ優勝/2004年(2008年竣工)

大阪市主催・(仮称)道頓堀川人道橋デザインコンペ入賞/2005年

各務原市主催・各務原大橋公開プロポーザル優勝/2006年(2014年竣工)

台湾政府主催・淡江大橋・国際コンペ入賞(2位)/2015年

藤沢市主催・藤沢駅北口デッキリニューアルコンペ優勝/2015年(2019年竣工)

 

主な著書:

これからの歩道橋 付・人にやさしい歩道橋計画設計指針(技報堂出版、1998、共著)

ペデ 〜まちをつむぐ歩道橋デザイン〜(鹿島出版会、2006、共著)

土木設計競技ガイドライン・同解説+資料集(土木学会、2018、共著)

橋をデザインする(技報堂出版、2023、共著)

 

組織:

大日本ダイヤコンサルタント株式会社 CSR本部

〒101-0022 東京都豊島千代田区神田練塀町300 住友不動産秋葉原駅前ビル4F

TEL 03-5298-2058

FAX 03-5395-2130

 

業務内容:

建設コンサルタント業 (構造、保全、景観、道路、交通、都市、地域、環境、河川、砂防、地盤、空中物理探査、等)

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