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2012.12.01

10|境界の冒険

星野 裕司(熊本大学大学院自然科学研究科/工学部社会環境工学科|EA協会)

ONE PIECE。この大ヒット漫画をご存知でしょうか?このwebマガジンを読んでいる皆様は,知ってはいるけど読んだことがないという人が多いのではないでしょうか。かくいう私も,作者が熊本出身らしいから読まなきゃいけないかなあ,でも絵が苦手だしなあって感じで,読まず嫌いの一人でした。が,読んでみると,これが面白い!話自体は,ルフィという元気な主人公とキャラ立ちした愉快な仲間たちの麦わら海賊団が,“ONE PIECE=ひとつなぎの大秘宝”を求めて大冒険をするという単純なものです。単行本で68巻,まだまだ続く大長編ですが,基本的には,ある島に着く→友達ができる→島や友達が大変なことになっている→友達を助けて敵と戦う→何とか勝つ→みんなで大宴会→次の島に向かう,の繰り返しです。物語の大半は島での戦いの様子なのですが,これらの島々は,旅の到着点であると同時に次の世界への出発点でもあるという一つの境界になっていて,この境界を乗り越える度に彼らは成長して行きます。また,この物語の重要な要素である“悪魔の実”,この実を食べると特殊な能力を得ます。例えば,主人公のルフィは“ゴムゴムの実”を食べた,体が伸びるゴム人間。“グラグラの実”という,地震を起こせるようになる実まであって,全く荒唐無稽です。しかし,この実を食べるとカナヅチになってしまって,海賊としては致命的なリスクも背負います。つまり“悪魔の実”を食べるということは,人間と自然,有機と無機,物質と非物質などの境界を我が身を持って乗り越えるという冒険なのです。この大人気マンガは,様々な“境界の冒険”を繰り返し(テンション高く)描いているのです。

 

長々と関係なさそうなことを書いてしまいましたが,このマンガのモデルは,15世紀から17世紀にかけて展開した大航海時代。西欧中が冒険に湧いていた時代です。ヴァスコ・ダ・ガマによって開発されたインド航路の要所,南アフリカの喜望峰はその一つの象徴と言えるでしょう。私は,9月頭にケープタウンで開かれたIFLAの世界大会に参加しました。初めて訪れたケープタウンは,背後にそびえるテーブルマウンテンが威容を誇るのみで,街並みは欧米とあまり変わらず,ちょっと拍子抜けしましたが,時が経つにつれ,移動の合間に垣間見えるバラック街,日が暮れると突然漂い出す不穏な空気に,アパルトヘイトの傷を感じ始めました。そんな中,テクニカルツアーで訪れた喜望峰やケープポイント,滞在最終日に満を待して登った雲に隠れるテーブルマウンテン,その自然による造形は驚異的でした。それらを両端に含むケープ岬の地形は,太古に隆起した海底が風雨に削られて形成されたものらしいですが,西欧人を世界に開く扉=境界のデザインとして,まさにコレだ!という迫力です。この特異で魅力的な風景を初めて,かつ,乗り越えるべき世界の境界として眺めた大航海時代の人々は,どんな思いを持ったのだろうか。熊本からケープタウンに行くには,福岡,ソウル,ドバイを経由して丸1日かかるので,現代としては遠い旅路ですが,大航海時代の彼らに比べればコンビニに行くようなもの。こんな手軽に,この風景に触れて良いのだろうかと不安になってしまいました(同行者の理解は全く得られませんでしたが)。いずれにせよこの旅は,世界の広さ,厚さ,不思議さを子供のように実感するものとなりました。

 

ケープポイントより眺める喜望峰。相当な難所のため,最初は嵐の岬と呼ばれたらしい。ここをグルリと廻って東に向かった舟乗りたちには,どんな感動があったんだろうか。

 

テーブルマウンテンを覆っていた雲が少しずつ晴れ,街を見下ろせるようになってきた。お祈りをしている人もいたが,まさに神秘的な時間だった。

 

そんな大航海時代が終わり近代に入っていくと,国境という新しい境界が生まれていきます。国境とは,そこで接する国々の力が拮抗する力学的な場です。鎖国を開いた我が国でも,砲台を配置した近代的な要塞が陸軍によって築かれていきます。函館,東京湾,舞鶴,由良,芸予,広島湾,下関,佐世保,長崎,対馬。明治に築かれた沿岸要塞たちは,日本という新しい国土を縁取った一つのカタチです。そのような砲台の跡地を訪れると,現在ではほとんどが展望台として活用されています。名勝でもなんでもないこのような場所が展望台となるのは,ただ眺望がひらけているから,それだけが理由ではないだろうと思います。ここでは,見るということはすなわち撃つということです。言い換えれば,風景を眺めることを通して,海上で起こるであろう出来事(=国境上の戦争=境界の冒険)に参加しているのです。つまり,ここでの風景は,環境との熱いコミュニケーションを可能としているのです。

 

槙野砲台跡(舞鶴要塞)からの風景。舞鶴を訪れた時,街にロシア語が多いことに驚いたが,要塞が築かれるこの街は,ロシアとの国境の街なのである。

 

さて現代。私たちの日常は,空間的にも時間的にも,様々な境界に溢れています。水害から街を守る堤防やプライバシーを保つ個室の壁,または日常を遮断し非常時を告げるサイレン。私たちの暮らしがこれらの境界によって守られていることは事実です。しかし自然はそんなことにお構いなく,それをやすやすと乗り越えてきますし,境界の中に安穏としているだけでは,見えないことも多いでしょう。しかし,喜望峰や国境に立たなくても,それらの境界に触れる時,乗り越える時に風景は立ち上がってくるはずです。まずは私たちも,ルフィたちのように,時には仲間と,時には我が身を呈して,“境界の冒険”へと出かけてみる。そうすればきっと,普通の日々の中でも豊かな風景に出会えるチャンスがあるはずです。

風景エッセイ

星野 裕司Yuji Hoshino

熊本大学大学院自然科学研究科/工学部社会環境工学科|EA協会

資格:

博士(工学)、1級建築士

 

略歴:

1971年 東京生まれ

1994年 東京大学工学部土木工学科卒業

1996年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 修士課程修了

1996年 (株)アプル総合計画事務所 勤務

1999年 熊本大学工学部 助手

2005年 博士(工学)取得(東京大学)

2006年 熊本大学大学院自然科学研究科 准教授

 

主な受賞歴:

2012年 グッドデザイン賞サステナブルデザイン賞 受賞

2011年 第25回公共の色彩賞 入選 (熊本駅周辺地域都市空間デザイン)

2009年 深谷通信所跡地利用アイデアコンペ 専門部門 優秀賞

2009年 平和大橋歩道橋デザイン提案競技 入選

2003年度 土木学会論文奨励賞 受賞

 

主な著書:

「風景のとらえ方・つくり方」(共著、共立出版、2008)

「川の百科事典」(共著、丸善、2008)

 

組織:

熊本大学

〒860-0555 熊本県熊本市中央区黒髪2-39-1

TEL:096-342-3602

FAX:096-342-3507

HP:http://www.civil.kumamoto-u.ac.jp/keikan/

 

業務内容:

・景観デザイン・まちづくりに関する研究および事業支援

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