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2012.07.02
08|欧州の保存活用に見る時間へのまなざし
八馬 智(千葉工業大学創造工学部デザイン科学科|EA協会)
ヨーロッパの都市を訪問すると、彼らの「時間」に対するまなざしが自分たちのものとは少し違うのではないかと感じます。彼らの生活におけるゆったりした時間の流れ方、時間の捉え方の尺度やスケール感の大きさ、歴史に参加する姿勢、アイデンティティーへの強い執着などにその違いが見て取れます。ここではいくつかの事例を挙げながらその違いを探ってみようと思います。
写真1:ゆがんだ街並み(オランダ:アムステルダム)
アムステルダムの運河沿いを歩くと、なんとなくめまいがしたような気になります。えっ?と思って二度見すると、街の至る所で建物のファサードが揺らいでいることがわかります。これは17世紀頃から建設されてきた古い建物では、極めて細長い間取りゆえ窓から荷物を出し入れするよう前面をわずかに前傾させており、その角度が隣接する建物によって異なっていることが一因です。さらに、干拓を繰り返して造成した軟弱な地盤の沈下により、しかたなく生じた左右の傾きが加わります。そして、ゆがんだ躯体を直したりはせず、中身だけリノベーションして使い続けています。その結果、あえて平行四辺形のドアや窓といった建具を当て込むこととなり、さらにゆがみが大きく見えるのです。モンドリアンの抽象画やリートフェルトの建築物に見られる水平垂直への執着がオランダらしさだと思い込んでいたのですが、そこに至るまでの歴史が街の中にしっかり保存されているのです。
写真2:製鉄所跡を活用した公園(ドイツ:デュイスブルグ)
ルール工業地帯に位置するデュイスブルグの郊外には、ランドシャフトパークというとても面白い公園があります。時代の趨勢で閉鎖を余儀なくされた製鉄所の跡地、いわゆるブラウンフィールドを有効活用している事例として有名です。高炉は展望台に、原料ヤードのコンクリート壁はクライミングウォールに、ガスホルダーはダイビングプールにといった具合に、1985年まで使われていた諸施設の姿を大きく変えずに用途だけを大胆に変えることで、新たな価値を獲得しています。そこには家族連れ、老年カップル、若年カップル、犬連れ、サイクリスト、クライマー、ダイバー、コスプレーヤー、写真愛好家など様々な属性の人々が集まり、ごく自然に思い思いの時間を過ごしています。おそらく解体して新たな施設をつくるよりも費用対効果があると考えたのでしょう、こうした活用方法は地域産業の足跡を後世に伝えながら付加価値を与え、優良な社会ストックの形成に成功しているようです。
写真3:廃トンネルを利用したギャラリー(イタリア:トレント)
線形改良によって2007年に廃止されたトンネルを郷土歴史博物館としてコンバージョンした物件です。延長約290mの道路トンネルの上下線が、それぞれ黒と白に塗られており、黒から入り反対側に抜けて白を通って戻ってくるという順路が設定されています。展示方法や路面マーキングなどのデザインは道路トンネルの雰囲気を色濃く残しながら、車ではあまりリアルに感じない地中に潜行するという特異な体験を通じて、特に戦争に関する地域の過去を振り返る感情をより印象深いものにしようとしています。日本人にとってはやや重たく感じる過去の記憶をアーカイブして伝える場所が、ヨーロッパでは当たり前のようにたくさん用意されており、実際に多くの人々がそれらを熱心に受け止めているように感じました。
写真4:解体前の高炉(日本:千葉)
これは蘇我駅の近くにあった高炉ですが、最近ついに解体されました。跡地はスポーツセンターとなるようです。この高炉は立地による視点場の多さ、スケールの大きさ、プロポーションの良さなどのため、地域のランドマークとして機能していたと思うのですが、結局保存活用されることはありませんでした。個人的には地元の良質の資産が消え去ってしまったように感じ、とても残念に思います。
もちろん日本における構築物の保存への関心の低さに関しては、災害、気候、地形、土地利用などの様々な要因が絡んでいます。しかし、日本もすでに成長しない社会にもなっているにもかかわらず、スクラップアンドビルドがデフォルトのように思われているのは問題があるでしょう。
その背景には穢れを嫌い、潔さを求め、水に流すことを受け入れる日本の文化があるのかもしれません。このことが昔から日本人に染みついている考え方なのか、明治の頃に文明開化の名の下に物事を根本から刷新するクセがついたのか、戦後の焼け野原からの経済成長とともに身についた習慣なのかは判然としませんが、多くの人が論じているように、そろそろ考え方を見直さなければならない状況にあるように思います。
その際には、ヨーロッパの事例に見られるように「使い続ける責任」を社会で受け持つ姿勢が求められていると思います。多少の悔しさはありますが、時の刻み方については欧州を参考にする点がまだまだ多くあると感じます
そして保存に関しては、「もったいないから」という動機でもいいのですが、「新たな価値を見いだす」という観点を持つと、より楽しいものになっていくのではないでしょうか。
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八馬 智Satoshi Hachima
千葉工業大学創造工学部デザイン科学科|EA協会
資格:
博士(工学)
略歴:
1969年 千葉県生まれ
1993年 千葉大学工学部工業意匠学科卒業
1995年 千葉大学大学院工学研究科工業意匠学専攻 修士課程修了
1995年 株式会社ドーコン(旧・北海道開発コンサルタント) 勤務
2004年 千葉大学大学院工学研究科デザイン科学専攻 助教
2008年 千葉大学大学院自然科学研究科人間環境デザイン科学専攻 博士課程修了
2010年 アイントホーフェン工科大学(オランダ) 客員研究員
2012年 千葉工業大学工学部デザイン科学科 准教授
2017年 千葉工業大学創造工学部デザイン科学科 教授
主な受賞歴:
2003年 土木学会デザイン賞 優秀賞(小樽市 堺町本通)
2012年 土木学会デザイン賞 奨励賞(札幌みんなのサイクル ポロクル)
主な著書:
「ヨーロッパのドボクを見に行こう」(自由国民社、2015)
組織:
学校法人 千葉工業大学 創造工学部 デザイン科学科
〒275-0016 千葉県習志野市津田沼2-17-1
TEL/FAX:047-478-0553
業務内容:
・景観デザインに関する研究、地域づくりに関する研究、産業観光(インフラツーリズム)に関する研究 など
SERIAL
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