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2011.05.01

02|模型の鉄則その1~作成範囲とスケールを決めよう

二井 昭佳(国士舘大学|EA協会)
西山 健一((株)イー・エー・ユー|EA協会)
安田 尚央(国士舘大学工学研究科建設工学専攻)

■はじめに

前号では、設計において模型が必須のツールであること、また誰に何を伝えたいのかによって模型の種類が異なり、それを考えることの大切さについて述べた。今月号と次号では、具体的な模型の表現方法に入る前に、模型作成にあたって考えておくべきことについて説明したい。まず取り上げるのは、模型の作成範囲とその縮尺(以下スケールと呼ぶ)・大きさである。また、最後に揃えておきたい道具についても紹介しているので参考にして欲しい。

■模型の作成範囲には設計者の力量が表れる

模型をつくるにあたってまず決めなければならないのは、その作成範囲である。決め方は設計の段階によってだいたい三つに分けられる。初期段階では設計の方向性や大まかなプランを練るために設計範囲よりも広い範囲で作成する。次の段階では、プランをより具体的な形に落とし込むために設計範囲より少し大きな範囲で作成する(もちろんスケールを大きくする)。そしてとくに大事な部分については、さらにスケールを大きくして、そこだけを取り出した部分模型を作成するというのが一般的な流れである。ここでは初期段階における模型範囲の考え方について述べる。というのは、この段階の模型範囲が、最終的に出来上がる空間や構造物の質を大きく左右するからである。

土木が扱う空間や構造物の大きな特徴は、それが必ず周辺と繋がっている点にある。言い換えれば、設計者が周辺の何と関連付けて設計対象を捉えるのかによって、設計の中身も、周辺への波及効果も変わってくるということである。その設計者の姿勢を見て取れるのが初期段階における模型であり、この点で模型の作成範囲は大きな意味を持っている。

具体例をもとに話を進めよう。写真は、私の研究室の学生が中心となって土木設計競技「景観開花。2007」*に応募した案の模型である。この年は新しい道の駅を提案するという課題だったが、彼らがこの課題に対して考えたのはおおむね次のようなことであった。
現在の道の駅の大きな問題点は、町から離れた場所に立地している点にあるのではないだろうか。つまり、道の駅が魅力的になればなるほど町自体を訪れる必要が無くなり、町をぶらぶら歩き、お茶を飲み、お土産を買うという、町を楽しむ行為を失わせてしまう。また町から離れていることで、地元の人が気軽に歩いて行くこともできない。であるとすれば、道の駅を町のなかに造ればよいのではないか。そして、お茶をしたりお土産を買う施設も無くしてしまって、そうしたことは全部、町のお店でやってもらおう。建築機能を最小限にする代わりに、町に溶け込み、土地の魅力を引き出すようなオープンスペースが主体の空間を提案にしよう。こうしたアイディアを具体化する場所として、彼らが選んだのは木曽路の須原という宿場町である。

 

写真1:『宿場町(みちのえき)』「景観開花。2007」国士舘大学二井研究室応募作品。 点線内が設計対象。

 

細かい点は省くとして、彼らの提案の大きな方向性は、町に溶け込むような道の駅を造ること、道の駅のオープンスペースを介して土地を代表する木曽川と町の関係を再構築することであった。こうした考えを審査員に伝えるためには、それを理解してもらえるような模型にする必要がある。そのために、彼らはかつての宿場町と木曽川を含む範囲を作成した。とくに、木曽川からの眺めを見てもらうために木曽川を半分だけ入れたこと、川から山裾までが繋がる空間を目指していることを強調するために高台を走る鉄道も含めた点が効いている(写真2)。

 

写真2:手前の木曽川からかつての宿場町までが一体的になるように、道の駅を配置している。

 

写真3:道の駅とかつての宿場町との関係。左奥に見えるのが道の駅の施設。その横に並ぶのが、この地で200年続く酒造の酒蔵。

 

いずれにしても、設計者の意図が伝わる模型を初期段階で用意できれば、市民や発注者と完成後のイメージを共有できるし、それによって建設的な議論も生まれやすい。
たかが模型範囲。されど模型範囲なのである。そこには、設計対象を通して設計者が描くその場所に対するビジョンが示されることを覚えておいて欲しい。(二井)

 

*:「景観開花。」とは、2004年から毎年実施されている、東北大学工学部建築・社会環境工学科平野勝也研究室の学生が中心となる「景観開花。」実行委員会が主催する土木デザイン設計競技。建築分野と異なり土木分野では、デザインコンペが少なく、貴重な存在である。課題設定に特徴があり、課題テーマは示されるが、具体的な場所は応募者が選定する。すなわち提案したいアイディアと、選定場所のマッチングも問われることになり、今後の公共空間のあり方を考える上で優れた課題設定となっている。歴代の審査員には、篠原修(東京大学名誉教授)、小野寺康(小野寺康都市設計事務所代表)、西村浩(ワークヴィジョンズ代表)など、エンジニア・アーキテクトが名を連ねている。ちなみに、今回示した模型写真は、入賞(佳作)を受賞した。

 

■模型のスケール・大きさについて

模型の作成範囲がおおよそ決まると、次に問題になるのが模型のスケールである。模型作成範囲とスケールが決まれば、模型の大きさが決まる。では模型のスケールと大きさを決めるには何を考えれば良いか?考慮すべき(しかも連動して総合的に考慮すべき)事項について、思いつくままに以下に列挙する。

○製作目的 ~模型を用いて誰に何を伝えるか?
○設置場所 ~模型をどのような場所に置いて見てもらうか?
○表現の限界と省略 ~どこまで細かく表現するか?
○分割 ~模型材料の使用・模型の運搬等の効率を考えてどのように分割するか?
○製作期間、手間、費用 ~どのくらい手間をかける余裕があるか?

○製作目的 ~模型を用いて誰に何を伝えるか?
先月号でも述べたが、模型のスケール・大きさを決めるにあたっても、「誰に何を伝えるか?」ということは重要である。一度に大勢の人が見る都市模型で、都市の広さを伝えたいのであれば、サイズの大きい模型が効果的であろう。一度に多くの人にその大きさを印象付けることができる。また子供達が見る橋の模型で、構造の美しさを伝えたいのであれば、サイズは大きくなくとも精巧な模型を作り、その精密さで子供達に構造の美しさを与えることができる。またサインの模型で、利用者に見やすさや大きさを感じ取ってもらいたいのであれば、実物大の模型を見てもらうのがより効果的であろう。このようにメッセージを伝える相手と内容によって選択すべき模型のスケール・大きさは変わってくる。

○設置場所 ~模型をどのような場所に置いて見てもらうか?
製作目的とも関連するが、模型をどのような場所に置いて見てもらうかも重要である。和室で行う住民説明会など、車座になって模型を眺める場合は、近くで模型を隅々まで見られることを意識し、大きい模型を作るよりもむしろスケール感が出るように丁寧に作りこむ事が求められる。一方大きな会議室やホールのような場所でプレゼンテーションする場合、模型は遠くから見られるため、ある程度大きな模型が必要になる。小さすぎる模型や細部の作りこみ過ぎは、せっかくの作業が徒労に終わってしまう可能性がある。

 

写真4:D教会駐車場検討模型(EAU作成)  左:和室での住民ワークショップに用いられた模型(1/100) 右:拡大写真  近くで見られることを意識し、スケール感が出るよう細かいパーツまで作りこんでいる。

 

写真5:Tダム下流広場検討模型(EAU作成)  左:会議室の中央に置かれた模型(1/200) 右:拡大写真  大きな会議室でも模型の存在感が出るようサイズの大きな模型を作成。(この模型の場合は近くでも見られることを想定し、細部の作りこみも行っている。)

 

○表現の限界と省略 ~どこまで細かく表現するか?
模型のスケールによって、表現の限界がある。例えば橋の高欄の模型を作る場合を考えよう。高欄の実物大の模型を作るのであれば、細かいパーツまで表現することができるが、1/100の模型ではそこまでは表現することはできない。(前者は高欄の実物の大きさを見てもらう模型であり、高欄単体で作る場合もありうるが、後者では橋の全体模型の付属物となるもので、高欄単体で作ることはまずない。)見てもらいたい部分を良く考え、表現の限界を踏まえた上で、模型のスケールを選択する必要がある。

写真6: 左:広島明治橋高欄検討模型(原寸) 右:S公園跨線橋検討模型(1/100)(共にEAU作成) 左側の原寸模型では、支柱や手すり、横桟に加え、それらを支える小さいパーツまで作成している。一方、右側の1/100模型の高欄は支柱とガラスのみの表現とし、細かいパーツを省略している。

 

○分割 ~模型材料の使用・模型の運搬等の効率を考えてどのように分割するか?
模型をどのように分割するかも、模型のスケール・大きさを考える上で大事な要素である。面状の模型の場合、定型サイズ(A1やB2など)で模型を分割しておくことで、市販されている材料を効率的に使用できる。(ちなみに市販の材料は定型サイズよりも若干大きくカットされている場合が多い。)また模型の分割線が計画敷地等の重要な部分に重ならないよう、良く考えて模型の分割位置を設定しなければならない。
一つの分割パーツの大きさついては、運搬の事も考慮しなければならない。一人で運搬するのであれば、それに合わせたサイズにする必要がある。またタクシーで移動するのであれば、トランクや後部座席に載せられるサイズを考慮しなければならない。郵便や宅配便で送る場合には、送ることのできるサイズが決められている場合が多いので(縦横奥行きの3辺の合計で制限がかかる場合が多い)、そのサイズをあらかじめ調べておく必要がある。

○製作期間、手間、費用 ~どのくらい手間をかける余裕があるか?
当たり前の話であるが、サイズの大きな模型を細かく作るには、時間と手間と費用がかかる。製作にかけられる時間、人数、費用の事を良く考えて、模型のスケール・大きさを選ぶ必要がある。

ここまで考えてくると、模型のスケール・大きさを決めるだけでも、様々なことを考えなければならないことが分かる。もちろん比較にはならないが、実際の建設プロジェクトの縮小版のようにも思える。様々な要件を考えながら模型をつくるということは、実際の建設プロジェクトを考えるという点においても、良いトレーニングになるのではないだろうか?
今月号では、模型の作成範囲、スケール、大きさについて述べたが、次号では模型表現とイメージについて述べたい。(西山)

 

■そろえておきたい模型道具

写真7:そろえておきたい7つ道具

ドボクノモケイ

二井 昭佳Akiyoshi Nii

国士舘大学|EA協会

資格:

博士(工学)

 

略歴:

1975年 山梨県生まれ

1998年 東京工業大学工学部社会工学科 卒業

2000年 東京工業大学大学院社会理工学研究科社会工学専攻修士課程 修了

2000年 アジア航測㈱ 入社(道路・橋梁部所属)

2004年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻博士課程 入学

2007年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻博士課程 修了

博士(工学)

2007年 国士舘大学理工学部都市ランドスケープ学系専任講師

2012年 スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH Zurich)guest professor

2013年 国士舘大学理工学部都市ランドスケープ学系准教授

2014年 国士舘大学理工学部まちづくり学系准教授

 

主な受賞歴:

2006年 第8回「まちの活性化・都市デザイン競技」奨励賞

2007年 景観開花。「道の駅」佳作

2009年 広島南道路太田川放水路橋りょうデザイン提案競技(国際コンペティ

ション)最優秀賞

篠原修・内藤廣・二井昭佳編「GS軍団連帯編 まちづくりへのブレイクスルー 水辺を市民の手に」、彰国社、2010

 

組織:

国士舘大学 理工学部

〒154-8515 東京都世田谷区世田谷4-28-1

TEL:03-5481-3252(理工学部事務室)

HP:http://www.kokushikan.ac.jp/faculty/SE/laboratory/detail.html?id=107007

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震災特別号

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本格復旧まで社会基盤施設はすべからく仮設構造物での対応を!
‐現地で奮闘する土木技術者への感謝と各行政機関へのお願い‐
エンジニア・アーキテクト協会、始動。

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エンジニア・アーキテクト協会WEB機関紙「engineer architect」創刊にあたって

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NEWS

WORKS

西山 健一Kenichi Nishiyama

(株)イー・エー・ユー|EA協会

資格:

技術士(建設部門:都市および地方計画)

 

略歴:

1975年 東京都生まれ

1998年 東京大学工学部土木工学科卒業(景観デザイン)

2000年 東京大学大学院社会基盤工学専攻修士課程修了(景観デザイン)

2000年〜2002年 (株)日本設計勤務

2002年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 博士課程入学

2003年 (有)イー・エー・ユー設立

2005年 東京大学大学院社会基盤工学専攻博士課程中退(景観デザイン)

2005年〜2007年 国土交通省東北地方整備局 景観デザイン研修講師

 

主な受賞歴:

2008年 土木学会デザイン賞 奨励賞(片山津温泉砂走公園)

2009年 広島南道路太田川放水路橋りょうデザイン提案競技(国際コンペティ

ション)最優秀賞

2013年 土木学会田中賞(各務原大橋)

2014年 土木学会田中賞(太田川大橋)

2015年 土木学会デザイン賞 優秀賞(各務原大橋)

2016年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(太田川大橋)

 

 

組織:

(株)イー・エー・ユー

代表取締役 崎谷 浩一郎

〒113-0033 東京都文京区本郷2-35-10本郷瀬川ビル1F

TEL:03-5684-3544

FAX:03-5684-3607

HP:http://www.eau-a.co.jp/

 

業務内容:

・土木一般、建築、造園等に関わる景観デザイン、設計、コンサルタント業務

・都市開発、都市計画、まちづくりに関わるコンサルタント業務

・その他上記に付帯する業務

 

 

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安田 尚央Takahiro Yasuda

国士舘大学工学研究科建設工学専攻

1988年生まれ。岐阜県出身。

国士舘大学理工学部都市ランドスケープ学系を卒業後、大学院に在籍。二井研究室所属。学部3年生の時からイー・エー・ユーにて模型アルバイトに取り組む。

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