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2011.09.03
平泉の何を守るのか
篠原 修(GSデザイン会議|EA協会 会長)
はじめに
平泉の世界遺産登録おめでとうございます。登録の仕事に直接かかわってはいなかったものの、バイパスの計画をはじめとする景観の保全と町づくりに関わってきた一人として喜びにたえません。特に急逝された先々代の町長と合併問題で苦労された先代の町長、見事念願を成就された現町長にお慶びを申し上げます。
1.世界遺産の趣旨
世界遺産は条約によって、人類の宝を後世に伝える為に設けられたものです。もう少し具体的に言うと、自然と文化の遺産を、国家、民族、宗教の違いを超えて、崩壊と破壊から守るために設けられた制度です。では平泉では何が守られるべきものなのでしょうか。
2.平泉で守るべきもの
平泉の構成遺産は中尊寺、毛越寺、無量光院跡、金鶏山などとなっています。これらからなる平泉の守るべき本質とはなんなのか、同じような寺社から成る世界遺産・京都との比較で考えてみるのが良いと思います。世界遺産・京都で守られるべきものは、宇治の平等院であり、南禅寺であり、宇治上神社などです。つまり、現存する神社、仏閣とそれらに付随する日本庭園が守られるべき対象です。この「もの」を守るという事情は殆んどの世界遺産に共通する点です。これに対し、平泉では現存する「もの」は中尊寺のみであり、毛越寺では庭園は残るものの仏閣はすでになく、無量光院にいたっては庭園すらも喪われているのが現状です。また金鶏山と言う山が重視されている点も平泉の特徴でありましょう。
世界遺産の委員会がどう考えたのか、その詳細は知りませんが、平泉の守られるべき本質とはなにか、私は以下のように考えます。中尊寺の天台宗、毛越寺の浄土思想、金鶏山と言う山への信仰が現す仏性への憧れ、信頼こそが平泉の価値なのだと思います。すなわち、「山川草木悉皆成仏」にあらわされる、生きとし生けるものすべてに仏性が宿る、と言う日本で花開いた大乗仏教の教えが具現化した都市、それが平泉なのだと考えるのです。こう考えれば、具体的なもの(建築、庭園)が欠けているという点は何の欠陥にもなりません。
諸宗派の入り乱れる京都の仏閣、神社には平泉のようなある思想の統一性的な具現化はみられません。そこには立派な、しかし個別の寺社があるのみです。「もの」に頼らざるを得ないのです。
3.平泉の可能性
平泉と言う都市遺構に現されている大乗仏教都市の教え、すなわち、全ての生きとし生けるものに等しく仏性が宿ると言う思想は、今日に至っても絶える事のない民族間の争い、宗教間の対立に一筋の光を投げかけるものであると考えます。それは全くべつの科学、生態学が教えてくれる思想とも共通するものです。つまり、この世に生きるすべての生き物は単独では生きられず、互いに他者を求めている存在であると言うことなのです。人間は他の人間を必要とし、それは人間にとどまらず動物にも、さらには植物にも水にも大気にもひろがる「山川草木悉皆成仏」の生活圏に他ならない。
この生態学が示す、人類がこの地球上で生き延びていくための知恵を、人間の精神をも含めて先取りして示してくれているのが仏性の都市・平泉なのだと思うのです。
おわりに
仏性の教えを説き、仏性への祈りを広めること、それが平泉の寺社、町役場、町の人々に求められているのだと思います。平泉が現代に生きる衆生の救いにならんことを願って。
篠原 修Osamu Shinohara
GSデザイン会議|EA協会 会長
資格:
工学博士
略歴:
1968年 東京大学工学部土木工学科卒業
1971年 東京大学工学系研究科修士課程修了
1971年 (株)アーバン・インダストリー勤務
1975年 東京大学農学部林学科助手
1980年 建設省土木研究所研究員
1986年 東京大学農学部林学科助教授
1989年 東京大学工学部土木工学科助教授
1991年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻教授
2006年 政策研究大学院大学教授、東京大学名誉教授
主な受賞歴:
1986年 国立公園協会 田村賞
1990年 土木学会田中賞(森の橋・広場の橋)
1996年 土木学会田中賞(東京湾横断道路橋梁)
2000年 土木学会デザイン賞優秀賞、土木学会田中賞(阿嘉橋)
2000年 土木学会出版文化賞「土木造形家 百年の仕事-近代土木遺産を訪ねて」
2001年 土木学会デザイン賞 最優秀賞、土木学会田中賞(新港サークルウォーク)
2002年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(阿嘉橋、JR中央線東京駅付近高
2004年 土木学会田中賞(朧大橋)
2004年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(陣ヶ下高架橋)
2004年 グッドデザイン賞 金賞(長崎・水辺の森公園)
2005年 土木学会田中賞(謙信公大橋)
2006年 土木学会出版文化賞「土木デザイン論-新たな風景の創出をめざして-」
2007年 土木学会田中賞(新西海橋)
2008年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(苫田ダム空間のトータルデザイン)
2008年 土木学会田中賞(新豊橋)
2008年 ブルネル賞(JR九州 日向市駅)
2008年 日本鉄道賞ランドマークデザイン賞(JR四国 高知駅)
2009年 鉄道建築協会賞停車場建築賞(JR四国 高知駅)
2010年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(新豊橋)
主な著書:
1982年「土木景観計画」、技報堂出版
1985年「街路の景観設計」(編、共著)、技報堂出版
1987年「水環境の保全と再生」(共著)、山海堂
1985年「街路の景観設計」(編、共著)、技報堂出版
1991年「港の景観設計」(編、共著)、技報堂出版
1994年「橋の景観デザインを考える」(編)、技報堂出版
1994年「日本土木史」(共著)、技報堂出版
1999年「土木造形家百年の仕事」、新潮社
2003年「都市の未来」(編、共著)、日本経済新聞社
2003年「土木デザイン論」、東京大学出版会
2005年「都市の水辺をデザインする」(編、共著)
2006年「篠原修が語る日本の都市 その近代と伝統」
2007年「ものをつくり、まちをつくる」(編、共著)
2008年「ピカソを超える者はー景観工学の誕生と鈴木忠義」、技報堂出版
組織:
GSデザイン会議
東京都文京区本郷6-16-3 幸伸ビル2F
TEL:03-5805-5578
FAX:03-5805-5579
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