SERIAL/ all

2013.08.21

03|見えがくれする都市

福井 恒明(法政大学デザイン工学部都市環境デザイン工学科|EA協会)

景観に興味を持つようになった大学2,3年の頃に読んだ本で読後感が印象深いのは、田村明「都市ヨコハマをつくる」、中村良夫「風景学入門」、そして槇文彦他「見えがくれする都市」である。おそらく東大駒場のオムニバス講義「東京のインフラストラクチャー」で、当時の篠原修助教授が紹介してくださったものだと思う。自分で言うのも何だが真面目な学生だったので、面白いと思った講義で紹介された本は、借りてきたり買ったりしていろいろと読んでいた。

「風景学入門」のように、読みこなすのに相応の関連知識を必要とする本は初学者には手強くて、わかるところだけつまみ食いするしかなかった。一方「見えがくれする都市」は既存の知見についても文脈を捉えるのに必要十分に紹介してあり、図表も多くて読みやすく、ぐいぐい引き込まれて知識が広がっていった感覚を覚えている。そうか、都市ってこんな風に考えるんだ、こんなことを考えた人がいるのか、と面白かった。

また、当時はバブル経済の時代で、日本中で地価が上昇し、山の中にまで高層リゾートホテルやマンションができるような有様で、都市や建築を含めてナンデモアリの浮かれた雰囲気が世の中に充満していた。バブル以前に書かれた本だから当たり前なのだが「将来の都市について何を提案するにしても、我々はあまりにも都市について知らなすぎるのではないか」と序文に書かれたこの本の著者の観察者としての冷静さが、当時のメディアから流れていた俗な情報と好対照だったことも印象に残った要因に違いない。

さて、「見えがくれする都市」は槇文彦氏と槇総合計画事務所の中で都市問題に興味を持つ若月幸敏、大野秀敏、高谷時彦の当時30歳前後の若手が研究グループを作り、東京を対象として都市の住環境に着目し、その構造や成立要因を分析したものである。最も有名なのは「都市空間における奥」の部分だが、他にも都市の街路パターン、微地形と町割など、先行研究も引用しながら多くの興味深い内容が記載されている。

中でも大野秀敏さんの「まちの表層」には興味を引かれた。住居の道路側外壁を一次面、住居の道路境界が作る面を二次面として、一次面と二次面の距離、二次面の透過性で住宅地の表層を分類し、表層の構造をお屋敷型・郊外住宅型・町家型・裏長屋型と整理して、その成立要因等について論じている。初学者でもわかる直感的な雰囲気を切れ味よく説明していて、大野秀敏という人は頭がいいんだなと感じた(のちに実際にお会いしてそれを実感する)。

私が進学先として土木工学科を選んだのは、大学に入って車の免許を取り、暇に任せて友人達と山・海・都市と走り回ることで土木スケールの風景の魅力に興味を持ち、道路や橋梁のデザインをやりたいと思ったからである。ところがこの本に出会い、さらに研究室配属後に2級先輩の平野勝也さんに「住宅地の街路の格」の研究に誘われて、研究対象地区の住宅の表層を延々と調査したこともあり、興味の中心が都市景観に移っていった。卒論も修論も都市景観がテーマだったし、特に修論は商業地の表層を店舗からの情報発信の種類によって読み解くという内容で、振り返ってみれば結局「見えがくれ」の影響を受け続けていた。その後は住まい手、使い手がどのように都市を把握・理解し、どう振る舞うか、といった方面に研究の興味がシフトしていったが、結局は都市の表層、公私の境界領域に注目している。つまりこの本は、私が都市景観を専門としたいと考えた原点であると同時に、いつか越えていきたい山なのである。

私の一冊

福井 恒明Tsuneaki Fukui

法政大学デザイン工学部都市環境デザイン工学科|EA協会

資格:

博士(工学)

1級土木施工管理技士

1級造園施工管理技士

 

略歴:

1970年 東京生まれ

1993年 東京大学工学部土木工学科卒業

1995年 東京大学大学院工学系研究科土木工学専攻 修士課程修了

1995年 清水建設株式会社 勤務

2000年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 助手

2005年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 講師

2005年 国土交通省国土技術政策総合研究所 研究官

2007年 国土交通省国土技術政策総合研究所 主任研究官

2008年 東京大学大学院工学系研究科 特任准教授

2012年 法政大学デザイン工学部都市環境デザイン工学科 准教授

 

著作:

景観用語事典増補改訂版(分担執筆)彰国社 2007年

景観デザイン規範事例集 国土交通省国土技術政策総合研究所 2008年

 

組織:

法政大学デザイン工学部都市環境デザイン工学科

〒 162-0843    東京都新宿区市谷田町2-33

 

TEL: 03-5228-1446

FAX: 03-5228-1408

 

業務内容:

土木景観・公共事業のデザイン・都市景観

景観まちづくり・景観行政(景観計画ならびに公共事業における景観形成)

SERIAL

私の一冊

2013.08.21

03|見えがくれする都市