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2012.07.02

日本のデザイン評価に関して考えること

小出 和郎((株)都市環境研究所|EA協会)

ここ何年間かイギリスのCABEについて勉強してきた。*1 CABEの活動については色々評価すべき点があるが、今、その名称に大きな意味があると思っている。

 

1.BEの意味

CABEは英語でCommission for Architecture and the Built Environmentであり、このBuilt Environmentはウェブ辞書*2によると、構築環境、設定環境と訳されている。私はthe Built Environment(以下、BEと略す) は1つの建築(Architecture)と建築が作りだす環境(BE)、1つの建築と一体的な環境と理解するのが正しいと思う。

CABEは建築プラン、デザインについて、専門家がそのレビューを行う。レビューの形式は、施主、デザイナーなどとの話し合いであり、拘束力を持たない協議*3である。デザインレビューの結果である CABEが発行する“letter”を見るとBEに関するものが大変多いことに気づく。都市デザインという観点から、建築そのものより圧倒的に周辺の環境との関係が重要であるとCABEは考えている。

しかし、わが国の建築法制度ではこのBEには市民権がない。また、建築基準法にもBEという概念はない。制度的に設計者は敷地内の設計をすればいいのであり、敷地の周辺については基準法の“集団規定”によればいいということである。この集団規定の発想は一定の条件の地区に同質の建築が集合した場合を想定し、個々の建築物に求められる最低限の事項を規定したものといわれている。要は、周囲への配慮、関係については、現状では建築の広範な影響をケースバイケースで処理するよりない。

私は、日本の建築制度に、このthe Built Environmentを明確に位置付けることが大きな課題であると主張したい。

 

 

上の写真はリバプールワン(英国Liverpool)。ショッピングセンター中心の巨大複合施設の最上階(Leisure and Theatre Level)が緑地広場となっている。CABEがインパクトを感じた10のプロジェクトの第1番にあげられている。写真撮影は筆者.

 

2.景観法の仕組みとデザインの評価基準

景観法では、建築その他の行為に対して周辺の景観との調和などを求める(景観計画に規定)。もちろんこれによる効果は大きいが、数は少ないものの景観的に適合しないという場合でもその行為を止めることはできない。また、都市計画による地区計画と同様の規制力を持つ「景観地区」の場合は、許可と同様の意味を持つ「認定」を行わないことが可能である。このような例は、すでに兵庫県芦屋市に実例があり、道路幅員の狭い地区における5階建ての共同住宅の計画に対して、これを景観法に基づいて不認定としたものである(2009年/その後、この計画はより低い高さに変更された)。

 

○芦屋市の景観計画の一部。形態意匠の制限内容が示されている。この他、地区特性による立地基準があり、これが不認定の根拠である。

 

この事例は、我が国でも、現行制度の下でもBEに対するチェックを実現はできるということを示している。ただ、芦屋市の例は全市域を景観地区とし、地区ごとに基準を設け、専門家による支援体制を用意し、建築行為などについて法に基づく認定の判断を行っている特別な例といえる。多くの地方公共団体が持つ悩みは共通といえる。

我が国では、制度は誰が運用しても同じ答えが出ることが望ましいと一般に考えられている(とくに行政が)。そのため、基準は数値とすることが求められる傾向にある。これに最も合うのが色彩の基準である(一般に基準はマンセル値で示される)。しかし、一方誰に聞いても景観やデザインの評価は数値基準により決定されるとは思わないという答えが返ってくる。同じデザインのものを違った場所に置いた場合、評価は同じ結果になるとは思わないということでもある。その場所の特性、周辺の建築物など、様々な要素から、その場に加わる建築物、工作物の評価と影響(BEといってもよい)が定まると考えるのが適切である。

デザインの評価に数値的基準が有効という面を否定する必要はないが、個々の場所性に関連するものさしは個々に判断する必要があり、定式化できないと思う。建築やまちづくりに関するデザイン評価は、CABEの考え方もあるように、単体の評価、敷地内に閉じた評価ではほとんど実効性がない。土木デザインの評価についても同様で、むしろ建築物などよりはるかに高いレベルでの調和性、適応性が求められる。とくにPublic Spaceのデザインはそのような観点、BEに関する配慮が重要である。標準設計のような方法が有効な場所とそうではない場所を正しくとらえることもBEに関するポイントであり、そこにふさわしいデザインを実行する高い専門性が求められている。

景観法においては、景観重要公共施設の指定という制度がある。この景観重要公共施設は、public space あるいはpublic designと言う意味で大変意味が大きい。例えば、道路景観という意味では、道路施設そのものとともに周辺のまちなみがつり上げる景観を対象とした施策が重要である。公園なども同様であるが、やはり周辺のまちとの関係、別の意味で言えば、建築と同様the Built Environmentを考えることになるのだと思う。景観重要公共施設こそ、周辺のまちと一体のまちづくり、またはそれをふまえたデザイン評価の場が必要だと強く感じる。

公共施設については、法的制約も多く、管理者の権限などの条件もあり、これらがデザインに与える影響もあるが、景観整備事業がthe Built Environmentへの対応を内包した姿が実現できないのだろうか。

 

甲州街道の銀杏並木は景観重要公共施設である。国道工事事務所の道路景観検討に参加したが、管理者側の発想と地域側の取り組みを連動させるという課題は大きい。

 

3.“デザイン評価”の仕組みとその展開

 

2008年~2010年にかけて景観、都市デザインに関する協議の仕組みを調査した。その結果、地方公共団体の様々な取り組み、工夫が行われていることが確認できている。詳しくここで述べるのは難しいので、その一部を示す。

・横浜市の都市デザイン行政、京都市の新景観政策による「京(みやこ)適合建築物制度」など、行政機関が専門家のサポートを受けて、景観協議を実行している例は多い。

・東京都のデザイン協議制度はCABEを参考としたもので、専門家が参画した景観協議を実施している。対象区域は皇居周辺であり、対象とする案件も総合設計などが適用されるものに限られてはいるが、実績をあげている。

・芦屋市の取り組みでは、関係する専門家の言葉を借りれば、“数値などで判断できることより、数値で判断できない要素の方がより重要”ということである。

・東京の目黒区自由が丘駅周辺では、専門家が関与し、民間の街なみ形成委員会が個々の建築物に対して、任意の景観デザイン協議を行っている。

・また、大分県の湯布院町では、住民の委員会が地区の景観計画を作成、これを法定計画として位置づけ、その実質的運営を担っていることも知られている。

 

これらの事例は、様々な動機からではあるが周辺の環境特性や景観に対応したBEについての協議をそれぞれに具体化しつつあるということである。行政、専門家、そして住民が取り組む場面が少しずつとはいえ増えていると感じる。各地区とも景観デザインに関するガイドラインを用意しているが、その運用に専門家などが直接係わっている。

国では、土木デザインに関連して国土交通省が各地域整備局にデザイン委員会を設け、アドバイスを行っているが、これまで以上に多様な場面に専門家が関与する必要があると思う。一方では、デザインの評価者として民間の様々な人達が登場しつつあると思う。

 

上は模型を囲んだアンケート風景。下はその結果の抜粋。両者とも「住まい・まちづくり担い手支援機構」のHPより転載.

 

4.公共空間(Public Space)の改善

 

今回のテーマである“ものさし”について考えていくと、少し違った面を書いた方がいいのではと思った。エンジニア・アーキテクト(EA)が扱う公共空間について、BEという面を重視する必要があることが第一である。場所性と無関係な、歴史や文化を無視した(というよりは、発想の中に存在していない)不適切なデザインが過去、現在を通じて、数多く存在しているのだ。その構造物が構築する環境、景観に対する配慮、あるいはその場所の特性を読む方法と力が必要といわれ、これが土木学会デザイン賞のテーマであったとも思う。土木デザインの特性としていわれる、例えば標準設計、単品のデザインは簡単に言えば、都市デザイン、景観デザインの大きなハザードだと思う。

私は、米国のNPOである” Project for Pubic Space(PPS)”の活動、彼らがいうPlace Makingに興味を持っている。EA協会にとどまらず、世界的な展開の一環ともなりうるのではと考える。ここではとどめるとして、これからのテーマは、公共空間の改善-Project for Pubic Space/ただし日本型のもの-だと考えている。

 

もちろん、東日本大震災の復興計画においてもこの考え方は重要である。現状では、景観とか、というより歴史・文化に対する配慮が本当に行われているのかという危惧を持って、復興まちづくりを見ている。

新たにまちをつくり、都市デザインを進める機会は少なくなりつつある。これからは、現にある公共空間について、その周辺環境、BEを適切なものに変えていくということがこれから重要なのだと思う。そのためにも、現にある不都合なデザインの公共空間の改善を通じて、都市環境・都市デザインの展開していくことに、今興味を持っているし、その可能性があると思う。

 

*1 CABEは2010年に英国政府からの資金を絶たれた。このことについては、政権交代による面があり、英国でも様々議論があるようで、CABEの果たしてきた役割を評価し、デザインレビューを存続させるための努力が行われている。

*2 スペースアルクによる

*3 英国の制度は許可制であり、それも計画官の恣意性を認めた許可制である。デザインレビューは拘束性はないが、許可の前段階で、時には行政機関なども参加して行われることから、その意味は我が国とは異なる。

変化するデザインのものさし

小出 和郎Kazuo Koide

(株)都市環境研究所|EA協会

資格:

技術士(建設部門)

 

略歴:

1946年 東京生まれ

1971年 東京大学工学部都市工学科卒業

1975年 東京大学大学院工学系研究科都市計画専攻 修士課程修了

1972年 (株)都市環境研究所 勤務

1983年 (株)都市環境研究所 代表取締役就任 現在に至る

 

主な著書:

『日本の風景計画』  共著 学芸出版社

『建築とまちなみ景観』 共著 ぎょうせい

『今井の町並み』 共著 鹿島出版会

『アーバンデザインの現代的展望』 共著 鹿島出版会 その他

 

組織:

(株)都市環境研究所

代表取締役 小出 和郎

代表取締役 高山 恵

〒113-0033 東京都文京区本郷2-35-10

TEL:03-3814-1001

FAX:03-3818-2993

HP:http://www.urdi.co.jp/

 

業務内容:

・都市計画、都市景観関わるコンサルタント業務

・歴史的環境、景観に関するデザイン、設計、コンサルタント業務

・再開発事業をはじめ、都市開発、まちづくりに関わるコンサルタント業務

・その他上記に付帯する業務

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