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2011.12.03

文化財における伝統技能の継承

矢野 和之((株)文化財保存計画協会|EA協会)

日本の伝統技術は、世界の中で評価が高いものの一つである。その危機が叫ばれて久しいが、文化財の世界でも同様で、文化財の修理は伝統技術・技能の継承がなければなりたたない。文化財修理の技術継承についてのべてみたい。

1.伊勢神宮にみる技術伝承

伊勢神宮は、20年毎に正殿だけでなくすべての建物が、更新されること(式年造替)は、よく知られている。なぜ20年に一回なのかということがよく話題にのぼる。掘立柱の耐用年で規定されるという説、世代が変わる毎に建て替えして再生する古代宮殿のあり方がベースとなっているという説などがある。
しかし、この20年という数字は、実は技術・技能の継承という意味では、まことに意味のあるシステムである。つまり、老・壮・青という3世代の協働による技術継承が可能なのである。式年遷宮が終われば、次の20年が始まる。指導者、中堅技術者、若手技術者が20年毎に入れ替わり、きれいに技術の継承が行われていくのである。かつて20歳になれば、子をつくり次世代の職人を育てるということは、それなりに合理性がある。
世界広しといえども、このような制度で技術継承が行われているところはなく、世界遺産に課せられた4項目のオーセンティシティ(デザイン・材料・ワークマンシップ・セッティング)の内、伊勢神宮は材料以外のオーセンティシティはまことに高いものがある。特にワークマンシップについてのオーセンティシティはまさに別格で、世界最高レベルといえるであろう。

 

伊勢神宮内工作所

 

他の神社なども式年造替の制度はもっていたが、ほとんどが中世で行われなくなり、仁科神明宮のように寛永13年を最後であった。その時点の建築が、国宝となっている正殿などである。一方、大きな寺院などは直属の大工集団を持ち、修理や新築を重ねてきて技術継承が行われていた。
近世初頭の城郭築造ブーム時にはこれらの技術者集団が大活躍した時代で、その後将軍家や大名家直属のテクノクラートとしての組織が形成される。作事(建築)を担当する大工集団の他、石垣を担当する穴太衆などにより技術の伝承が行われてきた。幕府の京都大工頭中井家などがこれに当たる。

2.土木分野の技術継承

土木分野では、特筆すべきは石垣であろう。戦国末から急速に石垣の技術は発展していった。その嚆矢となるのが、信長の安土城である。近世城郭の要素である天守、高い石垣、城下町はここから始まる。この後、織田、豊臣、徳川と天下人が変わる中で、日本独自に進化し、天正・文禄・慶長・元和・寛永のわずか50年で完成した。
初期の石垣は、自然石を使った勾配が直線的で緩やかなものであったが、次第に割石を使った反りをもつ急勾配のものとなっていった。寛永期には切石を用い、精美なものとなっていった。角には、算木積という長手方向を交互に組み合わせていく技法が開発され、隅角の安定をもたらした。平(ひら)の部分も横目地が揃うようになっていく。

 

名護屋城跡石垣(野面積)

 

松山城天守台(切石積)

 

築城後400年を過ぎ、当時の石垣がそのまま残っているところも多いが、江戸時代の文献には地震や大雨で崩れたところも多く、修復された部分も多い。また、経年により孕み、緩みが大きくなり、積み替えたところもあっただろう。城の修理は、すべて幕府の許可を得ないと謀反の嫌疑がかけられるため、多くの史料が残っている。
今回の東日本大震災では、仙台城、白河小峰城などが大きな被災を受け、今後大がかりな修復工事が始まろうとしている。石垣の構造的解明は、一部の地盤工学などの専門家が研究しているが、土木史の世界では研究者がいない。土木史が近代土木に偏っていることも一因であろうか。

 

小峰城跡石垣崩壊

 

石垣は、表面の石積みだけでは安定するものではない。基礎地盤、裏込めなど総合的に絡み合って安定しているものであるので土木の多方面からの研究を期待したい。

3.石垣修復の設計監理のできる土木技術者の養成と石工技術の継承

石工技術の継承に関しては、「文化財石垣保存技術協議会」という文化庁認定の選定保存技術団体が設立されている。国の補助をもとに中堅・若手の石工を中心に研修を行っている。少しずつ体制が整い始めているが、持続的に仕事が用意されなければ、技術の継承は難しいのが現状である。現状では、江戸時代以来の伝統技術が継承されてはいるが、今後の見通しは楽観できるものではない。
一方、石垣の修復に関する調査・設計・監理を専門とする技術者は、さらに少ないのが現状である。国指定文化財建造物の修理に関しては、設計監理の技術者が存在し、文化庁による育成のプログラムがあり、地方指定文化財ないしは登録文化財に関しても兵庫県のようにヘリテージマネージャー制度をつくり、設計監理者の育成を行っているところがあるが、土木部門の文化財専門技術者は極めて少ないのが現状である。

4.文化庁の選定保存技術制度と土木技術

文化財の修理には、伝統技術の継承が不可欠である。このため文化庁では「選定保存技術」として個人または団体を認定している。玉鋼製造など工芸技術では8団体、民俗文化財2団体、美術工芸品2団体、芸能5団体の他、建造物分野では、建造物修理、左官、建造物彩色、建造物装飾が認定され、造園分野では文化財庭園保存技術、土木分野では文化財石垣保存技術協議会が認定を受けている。
大工技術でいえば、文化財建造物修理だけではなく、木造新築の寺社があるため、宮大工という名が生き続けている。それだけ木工技能者の層はまだ厚いものがある。しかし、石工の分野では、コンクリートの出現、練積が一般化することによって、空積石垣の工事需要は、消えてしまった。辛うじて残るのが文化財修理だけになっているのが現実で、技術・技能はまだ踏襲されているものの、極めて危機的状況にあると言わざるをえない。

5.文化財石垣保存技術協議会の活動

文化財に指定されている伝統的な石垣を将来的に伝承するため、専門的な技能を有する者が持てる技能を生かして文化財石垣の保存に当たるとともに、その技能を更に向上するための研鑽と、会員相互の情報を交換することを目的とし、及び会員の有する技能を次世代に継承し、後継者の育成するための諸事業をおこなうことを目的として設立され、2009年に選定保存技術団体に選定されている。
この会には石工が技能会員に、地方公共団体で文化財石垣修理担当者・設計監理技術者・施工管理担当者などが技術・研究会員、その他が一般会員、法人の賛助会員で、全体で約300人が所属している。

 

  

(左)講義 (中)実習 (右)道具の手入れ

 

研修活動は、全会員を対象とした研修会、若い石工を対象とし、工事現場に後継者育成事業(インターンシップ)、ベテランや中堅石工を対象とした技能者育成事業(上級・中堅)が行われ、将来技能者としての認定を行うことも視野に入れている。
また、石垣修理現場を記録保存し、技能を映像で記録する事業などを行っている。

6.文化財石垣修理における課題

石工の仕事といってもその内容はさまざまで、多様な技術の集積されたものである。石材を石丁場で切り出す石切りの石工、切り出された石材を加工する石工、そしてそれを積む石工と職能が違う。石積も自然石をそのまま積む野面積に精通した石工、割石を積む打込矧(はぎ)を得意とする石工、精緻に加工した石を積む切込矧を得意とする石工などに別れる。また、全体を指揮し、丁張などを設定する棟梁が必要である。辛うじて残るこれらの技術を将来に残すことは至難のわざといえるだろう。
また、江戸時代には、波止(防波堤)などの港湾施設を建設する技術集団もいた。これらの技術はすでに失われてしまったかもしれない。現在文化財修理の工事でしか仕事ができないことが技術の継承に立ちはだかる最も大きな課題である。

鞆の浦 波止

土木における技術の継承を考える

矢野 和之Kazuyuki Yano

(株)文化財保存計画協会|EA協会

資格:

文化財建造物修理主任技術者 上級

 

略歴:

1946年 熊本生まれ

1969年 武蔵工業大学(現東京都市大学)工学部建築学科卒業

1971年 武蔵工業大学大学院工学研究科(建築学) 修士課程修了

1974年 株式会社破風工房・造形研究室 代表取締役

1977年 武蔵工業大学大学院工学研究科(建築学) 博士課程満期退学

1988年 株式会社文化財保存計画協会 代表取締役

 

主な受賞歴:

平成23年度 第18回 いしかわ景観賞「山代温泉総湯・古総湯・湯の曲輪」

平成23年度 北海道赤レンガ建築賞「箱館奉行所」

土木学会デザイン賞2010 最優秀賞「油津 堀川運河」

グッドデザイン賞2010「広場/旧佐渡鉱山 北沢地区工作工場群跡地広場および大間地区大間港広場」

第22回長野市景観賞2009「長野市立博物館付属施設門前商家ちょっ蔵おいらい館」

第10回仙台市都市景観特別賞2008「仙台城跡からの眺望と石垣修復事業」

第5回銅を用いた優れた建築のコンクール1997 第一位 「西都原古代生活体験館(宮崎県)」

 

主な著書:

空間流離

甦る古墳文化

歴史のまちのみちづくり(共著)

都市の水辺をデザインする(共著)

パッシブ設計手法事典(共著)

歴史を未来につなぐまちづくり・みちづくり(共著)

歴史的土木構造物の保全(共著)

 

組織:

(株)文化財保存計画協会

代表取締役 矢野 和之

〒101-0052 東京都千代田区神田小川町3-26-8 神田小川町三丁目ビル4階

TEL:03-5276-8200

FAX:03-6281-3331

HP:http://www.b-hozon.co.jp/

 

業務内容:

・文化財建造物等保存修理に伴う調査、設計監理

・文化財建造物の保存活用計画、史跡等および文化的景観の保存管理計画策定

・史跡等の保存修理・保存整備に伴う調査、設計監理

・登録文化財(建造物)保存修理に伴う技術指導、設計監理

・文化財建造物の耐震診断に伴う技術指導

・文化財保存及び見学施設、博物館等の設計監理

・町並み調査および保存管理計画策定

・文化財の技法調査および保存技術、保存計画手法の研究

・海外の文化遺産保存の技術協力

SPECIAL ISSUE

土木における技術の継承を考える

2011.12.03

文化財における伝統技能の継承

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