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2011.07.01

大学でのデザイン教育の重要性と課題

重山 陽一郎(高知工科大学|EA協会)

土木分野のデザイン教育の担い手は誰か?

筆者らが2000年に「土木における景観・デザイン教育に関するワークショッ(土木学会景観・デザイン委員会)」を開催した時には、大学でのデザイン教育が重要であることは当然だと思っていたが、一方で学生の就職先企業からは「大学教育には何も期待していない」という声も聞こえていた。当時も今も建築学科には卒業設計があるが、土木工学科では珍しい。つまり、多くの土木工学科ではデザインを教えておらず、それを学ぶのは就職後で十分だと考えられている。
本稿の趣旨は、大学でもデザイン教育(ここでは「美しくかつ合理的な建造物をデザインする技術」の教育)を行うべきだというものである。現在ではその技術は希少なものになってしまい、それを後進に伝承する教育システムが破綻している。デザイン教育システムは再構築される必要があり、それは、以下に述べるように、大学から始めるのが現実的だと思われる。

 

「デザイン教育」は存在し得るのか?

デザイン教育は、美を扱う技術を教えるのだが、そもそも、そんな教育はあり得るのだろうか。デザインとは用・強・美の全てを満たすべきものだが、用・強については教育が可能だろうし実績もある。しかし、美についての力量は、持って生まれた才能や運によって恵まれるものかもしれず、学校や職場の教育システムによって向上できるものかどうか、少々怪しい。
筆者が2004年に「建築デザイン教育に学ぶ景観デザイン教育のあり方」と題した博士論文を仕上げた際、「優れたデザイン教育が存在する」という命題の真偽を明らかにするために、「優れた建築家」の学歴・職歴を調べた。「優れた建築家」の定義も難しいが、論文では建築意匠関係の13の賞の受賞者を「優れた建築家」と定義し、該当する346人を調べた(ちなみに1級建築士は現在約34万人、2級建築士は約73万人いる)。その結果、彼(彼女)らの学歴・職歴が非常に偏ったものであることが判明した。まず学歴だが、図1に示すように、非常に偏っている。職歴についても図2に示すように、あるパターンに該当する職歴をもつ者が大部分を占める。このように、受賞建築家≒優れた建築家になるためには、一定の学歴・職歴を通ることが、ほぼ必要条件(十分条件ではない)となっていた。それ以外の学歴・職歴で受賞する確率は、ひどく低い。
このような偏りは、「優れた建築家を育てる教育システムが確かに存在する」とともに、「優れた建築の価値観が小さな集団で排他的に受け継がれている可能性がある」ことを意味すると思われた。論文では、この後で「優れた建築家を育てる教育システム」の教育内容の調査と、「優れた建築の価値観とは何か」を調べたのだが、本稿では教育システムについて紹介する。

 

図1:建築賞の受賞歴を持つ346人の建築家の出身大学(学部)

 

図2:建築賞の受賞歴を持つ346人の建築家の職歴

 

設計演習を繰り返すことでデザインを学ぶ

建築学科の設計演習の時間数・単位数は、土木工学科のそれとは桁違いに大きい。いくつかの大学建築学科の設計演習の時間数を図3に示す。また、日本建築学会の「設計教育のあり方についての提言」でも設計演習の時間数を学部+修士合計で1080時間が望ましいとしている。しかし、建築学科に比べて学ぶ範囲がはるかに広い土木工学科では、これだけの時間を設計演習に当てるのは、かなり難しい。
ちなみに、高知工科大学では、建築と土木を区別せずに両方まとめて教育しており、就職する時にどちらかを選択する。設計演習の時間数は、一般的な建築学科と土木工学科の中間で、学部+修士で約300時間である。デザイン教育関連科目を図4に示す。

 

図3:設計演習の時間数の比較(学部4年間)

 

図4:高知工科大学のデザイン教育関連科目

 

プロフェッサーアーキテクトが後進を育てる

「優れた建築家を育てる教育システム」の根幹を成すのが、プロフェッサーアーキテクトの存在である。建築家が教育に携わることで、価値観や技術が受け継がれ、優れた建築家が再生産されていることは、建築家に対するインタビューでも明らかだったが、数量的にも図5に示すように明確だった。
それでは、プロフェッサーアーキテクトは何を教えているのだろうか。建築家に対するインタビューでプロフェッサーアーキテクトや職場の師匠から学んだ重要な事として、必ず最初に出てくるのが「建築家の雰囲気」である。具体的な技術よりも先に雰囲気が登場するのだ。この「雰囲気」なるものの実態は、建築家の服装だったり、部屋の内装、趣味、話し方、建築に対する情熱、などであり、これが学生を「その気」にさせて能力を引き出す。
もちろん他にも具体の技術などが伝承されているが、その第1は「設計すること」そのものである。つまり分析後の統合の作業だ。例えば、高知工科大学では、プロフェッサーアーキテクトが教員11名中、3名。残りの8名のうち6名も企業出身だから、かなり実務的な教育が可能である。現在、大学院で土嚢建築を実際に建設すべく、測量、構造、意匠、施工管理を専門とする学生&教員が合同でプロジェクトを進めている(図6〜8)。模型をつくって終わりではなく、構造解析して終わりでもなく、積算して工程表を描いて終わりでもない。これらを統合するという作業は、研究の専門家だけではいささか難しい。
また、大学での教育とは別に、プロフェッサーアーキテクトは学生のキャリアパスを提供している。つまり腕の立つ学生を設計事務所のアルバイトに雇ったり、「優れた建築家の事務所」への就職をサポートしたりしており、実はこちらの方が大学教育よりも重要なふしがある。というのは、優れた建築家へのインタビューでは「大学で学んだ事より、アルバイトや就職後の実務で師匠から学んだ事がはるかに重要」という声が(本稿にはいささか都合の悪い事に)大きいのだ。前述の優れた建築家の学歴・職歴では、学歴よりも職歴のほうが重要なのである。実際、受賞建築家レベルのデザイン教育は、徒弟制度で成り立っている。それは、建築家の略歴の書き方を見るとよく分かる。多くの著名な建築家は、どこで修行したか、師匠は誰か、ということを明記している。また、建築家同士のうわさ話でも「誰々の弟子の○○さん」という枕詞がよく用いられる。

 

図5:1950〜1980年代の大学別プロフェッサーアーキテクトの量と、同時期に学んだ受賞建築家の人数の相関

 

図6:土嚢建築の図面と構造計算書

 

図7:土嚢の力学試験の様子

 

図8:土嚢建築の工程表

 

それでも大学でのデザイン教育が重要だ

建築がそうでも、土木では大学でのデザイン教育が重要だと考える理由は、次の3点である。
(1)公共性
土木構造物は基本的に公共のものであり、建築の多くは私的なものである。土木では一人の師匠の尖ったデザイン教育を受けるよりも、多くの師匠の様々な教育を受ける事が望ましい。
(2)業界での意匠設計者の位置
建築では意匠設計者を中心に物事が進んでいく一方、土木では意匠設計者の発言力は低く、その発言内容が理解されにくいことが多い。この点は大学教育の影響、つまり、建築学科では意匠設計者のリーダーシップに基づいて進めるものだという暗黙の了解が醸成され、かたや土木工学科では、意匠設計のイロハも知らずに卒業するので就職後に出会う意匠設計者は異邦人であり、コミュニケーションが難しい。
土木工学科の学生全員が、美を操作する最低限の知識と技術を身につけるとともに、計画・意匠・構造・材料・施工などの専門知識をよせ集めて議論する方法を学ぶことで、この問題を解決できるし、それは大学でなければ難しい。学生たちが構造や材料などの分野に進むとしても、意匠設計者と議論できるだけの素養を持つことが必要である。
(3)人材不足
土木分野でデザイン教育を学びたい人は、学生にも社会人にも多いが、教える側の人材はかなり不足している。限られた人的資源で、後進の教育と実際のものづくりの両方を進める必要がある。また建設コンサルタント等では、社員教育にリソースを割く事が難しい、あるいは社内にデザインの専門家がいないという事情もある。この問題は難しくて、未だに解決の方策がみえないが、少なくとも現状では、デザイン教育について真面目に考える余裕のあるのは、職場ではなく大学であろう。

 

大学におけるデザイン教育の課題

デザイン教育を実現するための課題は多いが、次の4点が特に重要である。
(1)学生の確保
優れた建築家となる可能性の高い学生は、芸術的センスと理数系力量を併せ持つ学生であることが分かっている。しかし土木工学科は人気が低い。
(2)教員のポスト
プロフェッサーアーキテクトを常勤で雇うのが望ましいが、そのポストを用意することは簡単ではない。
(3)教育環境・設備
設計演習や模型制作を行うスペースを用意する必要がある。筆者の経験では、学科の全員が履修するような初歩的な設計演習であれば、A3サイズ程度の模型で対応できるので、専用の部屋は必要ない。より高度なレベルの設計演習では、大きな模型を常置できるような部屋を用意しなければ、教育が難しい。また、模型制作道具や、パソコン&CADソフト、プリンタなどの設備も必要になる。
(4)教員の理解
デザイン教育の経験の無い土木教員にとっては、プロフェッサーアーキテクトの言動はしばしば不可解なもののようである。プロフェッサーアーキテクトは、しばしば、学生の教育よりも先に教員の理解を得る能力が要求され、これに尽力する必要がある。

※グラフのデータは全て、2004年当時のものです。

重山 陽一郎Yoichiro Shigeyama

高知工科大学|EA協会

資格:

土木学会上級技術者(流域・都市)

 

略歴:

1963年 宮崎生まれ

1987 東京大学工学部土木工学科卒業

1988 アプル総合計画事務所

1996 フリーのデザイナー

1997 高知工科大学助教授

2008 同大学教授

 

主な受賞歴:

天神川水門(島根県松江市:土木学会デザイン賞最優秀賞、しまね景観賞大賞)

皇居周辺道路景観整備(東京都千代田区:土木学会デザイン賞優秀賞)

門司港周辺の一連の環境整備(福岡県北九州市:土木学会デザイン賞最優秀賞)

 

組織:

高知工科大学

〒  782-8502 高知県香美市土佐山田町宮の口185

 

TEL: 0887-57-2402

FAX: 0887-57-2420

 

業務内容:

景観デザイン、景観デザイン教育

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