SPECIAL ISSUE/ all

IMG_5527

2012.01.03

年頭のご挨拶、平成24年

篠原 修(GSデザイン会議|EA協会 会長)

新年明けましておめでとうございます。と言うのが憚られるような年初めであった。昨年は我が国にとって第二次世界大戦敗戦以来の悲惨な年であった。平成24年の今年は平成大津波からの復興元年の年としなければならない、と言われる。筆者は、この復興元年の年を、地方都市の自立元年の年にするべきであると考える。自立、自助が今年のキーワードである。

遠く、幕末も近づく頃、来朝外国人が「お隣の清国では阿片戦争により都市が次々と外国に取られていますよ、日本もボヤボヤしていると・・・」と付き合いのある商人にいったところ、その商人は「それは、お上の仕事で、私共には係わりのないことで」と答えたと言う。自分達の言動、行動が国の行方を左右するという意識が持てなかったのである。これがほぼ一割の武士が政治を専断していた封建の世であった。

その封建の殻を打ち破ったのが長州の高杉晋作だった。農民や力士などの諸士を募集して、奇兵隊、力士隊などを編成し幕府側の武士軍団を破ったのであった。司馬遼太郎はこれを指して、維新前すでに長州藩は国民国家を形成していたのだと言う。さて維新なって爆発的に売れた本「西国立志編」と訳された本にあるスマイルズの言う"self help"は時代を風靡する言葉となった。「天は自ら助くる者を助く」である。幕臣となって巴里の万国博覧会をみた経験のある渋沢栄一は、一時期役所に勤めたものの、やがてそれを辞し日本を近代化するには民間の企業こそがその鍵を握ると考え、その設立に奔走する。そのやり方は、もっぱら権力を持つ大名と結んで商売をしていた江戸時代の政商とは一線を画し、自助、自立の精神を重んじるものだった。日本の資本主義の父と呼ばれる所以である。

教育界においてもこの自立の精神を体現する人物がいた。それは福沢諭吉である。幕末の咸臨丸での渡米以来、西欧をも見ていた福沢は教育こそが近代日本を支える基礎であると考え、慶應義塾を起こしたのであった。官立の藩校や幕府の学問所ではなく、民の自立した学校であった。彰義隊が立て籠もった上野戦争の時にも、慶應義塾では授業が続けられていたのは有名な話である。この塾はやがて東京大学ができ、それに続いて各地に帝国大学が出来ても、大隈重信が設立した早稲田大学とともに私学の雄として今日に至るのである。

この明治の自助、自立の精神は国家の中央集権の強化とともに次第に薄らいでゆき、国に頼ると言う事が当たり前になっていく。我々の仕事の分野である公共事業を例にとると、当初は地方の工事であった河川改修も道路建設も、地方からの陳情により国の直轄工事となっていくのである。その結果、河川や道路は住民と切れた存在となり、本来地域住民のものであった川やみちは、それがあたかも官のものであるかのような存在になってしまっている。このような風潮は事故があると、ともかく役所の管理責任を追求する戦後の今に続くのである。

さて、今回の平成大津波である。復興のプラン作りが進む過程を横目でみていると、事業が防潮堤は河川、道路は道路、住宅と市街地は都市と縦割りになっている為もあって、地元の自治体の懐が痛まない県や国の事業はやって貰わねば損だと言う意見が大勢をしめているように聞く。それでは幕末の「防潮堤、それはお上の仕事で・・」と同じではないか。このような投資は復興される町の姿がバランスのとれない妙なものになると同時に、折角盛り上がりつつある地方分権の流れを逆行させることになりかねない。貰えるものなら何でも貰おうと言う根性は、自助、自立精神の対極にあると言わねばならない。久しく忘れていた、自分のことは自分で、自分達の町は自分達で、とする自立の精神を、この震災を機に取り戻し、厳しい局面ではあるが、被災地の町には我が国のこれからのまちづくりをリードする先陣となってほしいと思うのである。

2012年 新年のご挨拶

篠原 修Osamu Shinohara

GSデザイン会議|EA協会 会長

資格:
工学博士

 

略歴:
1968年 東京大学工学部土木工学科卒業

1971年 東京大学工学系研究科修士課程修了

1971年 (株)アーバン・インダストリー勤務

1975年 東京大学農学部林学科助手

1980年 建設省土木研究所研究員

1986年 東京大学農学部林学科助教授

1989年 東京大学工学部土木工学科助教授

1991年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻教授

2006年 政策研究大学院大学教授、東京大学名誉教授

 

主な受賞歴:
1986年 国立公園協会 田村賞

1990年 土木学会田中賞(森の橋・広場の橋)

1996年 土木学会田中賞(東京湾横断道路橋梁)

2000年 土木学会デザイン賞優秀賞、土木学会田中賞(阿嘉橋)

2000年 土木学会出版文化賞「土木造形家 百年の仕事-近代土木遺産を訪ねて

2001年 土木学会デザイン賞 最優秀賞、土木学会田中賞(新港サークルウォーク)

2002年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(阿嘉橋、JR中央線東京駅付近高

2004年 土木学会田中賞(朧大橋)

2004年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(陣ヶ下高架橋)

2004年 グッドデザイン賞 金賞(長崎・水辺の森公園)

2005年 土木学会田中賞(謙信公大橋)

2006年 土木学会出版文化賞「土木デザイン論-新たな風景の創出をめざして-

2007年 土木学会田中賞(新西海橋)

2008年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(苫田ダム空間のトータルデザイン)

2008年 土木学会田中賞(新豊橋)

2008年 ブルネル賞(JR九州 日向市駅)

2008年 日本鉄道賞ランドマークデザイン賞(JR四国 高知駅)

2009年 鉄道建築協会賞停車場建築賞(JR四国 高知駅)

2010年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(新豊橋)

 

主な著書:
1982年「土木景観計画」、技報堂出版

1985年「街路の景観設計」(編、共著)、技報堂出版

1987年「水環境の保全と再生」(共著)、山海堂

1985年「街路の景観設計」(編、共著)、技報堂出版

1991年「港の景観設計」(編、共著)、技報堂出版

1994年「橋の景観デザインを考える」(編)、技報堂出版

1994年「日本土木史」(共著)、技報堂出版

1999年「土木造形家百年の仕事」、新潮社

2003年「都市の未来」(編、共著)、日本経済新聞社

2003年「土木デザイン論」、東京大学出版会

2005年「都市の水辺をデザインする」(編、共著)

2006年「篠原修が語る日本の都市 その近代と伝統」

2007年「ものをつくり、まちをつくる」(編、共著)

2008年「ピカソを超える者はー景観工学の誕生と鈴木忠義」、技報堂出版

 

組織:
GSデザイン会議

東京都文京区本郷6-16-3 幸伸ビル2F

TEL:03-5805-5578

FAX:03-5805-5579

HP:http://www.groundscape.jp/

SPECIAL ISSUE

2021年 新年のご挨拶

2021.01.23

コミュニケーション
2020年 新年のご挨拶

2020.01.31

本来の景観に立ち帰って
2019年 新年のご挨拶

2019.01.22

古希を過ぎての脱皮なるか
2017年 新年のご挨拶

2017.01.04

世を変えられる、とまでは言わないが、世は変わる
2016年 新年のご挨拶

2016.01.31

自然の偉大さ
2015年 新年のご挨拶

2015.01.13

エンジニア・アーキテクトで土木を立て直そう
2014年 新年のご挨拶

2014.01.16

「防災」には「景観」が不可欠の相方である
2013年 新年のご挨拶

2013.01.17

新年のご挨拶
re-edit 遅い交通がまちを変える

2012.08.29

都市交通の再びの多様化、分離と混合の政策
モノづくりから始める地域づくり-南雲勝志の方法

2012.05.10

南雲さんとの出会いの頃
震災特別号

2012.04.30

郷土の誇りとなる公共のデザインを
―復旧、復興担当者に望む―
復興元年を迎えて

2012.04.10

これから本格化する復興デザインに向けて
その3:まち作りのヴィジョン
復興元年を迎えて

2012.04.10

これから本格化する復興デザインに向けて
その2:防災の自治意識について
復興元年を迎えて

2012.04.10

これから本格化する復興デザインに向けて
その1:復興に使用する材料
2012年 新年のご挨拶

2012.01.03

年頭のご挨拶、平成24年
復興に向けて大切なこと

2011.11.03

人間生活圏再生に関する生態学的考察
祝!平泉、世界遺産登録決定!

2011.09.03

平泉の何を守るのか
公共事業のプロポーザル方式を問う

2011.05.01

プロポーザルの評価を考える
公共事業のプロポーザル方式を問う

2011.05.01

プロポーザルで選ぶ設計者とアフターケア
エンジニア・アーキテクト協会、始動。

2011.04.01

エンジニア・アーキテクト協会創立にあたって

SERIAL

私の一冊

2012.08.10

01|車輪の下

NEWS

WORKS

shinohara