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201301_top

2017.01.04

世を変えられる、とまでは言わないが、世は変わる

篠原 修(GSデザイン会議|EA協会 会長)

歳をとったせいか、来たりし途を時々は振り返ってみたくなる。いや老人趣味だとは言い切れない。将来を考えるには、過去の履歴を噛みしめるしかないからだ。10年後を考えるには10年前を、20年後には20年前を。景観の勉強を始めて丁度50年となった。自身の事と世の動きを、この50年で刻んでみよう。若者にも資する処があるかもしれない。

 

区切のよい30年前の昭和62年から始めよう。

この年はバブル真っ只中で沸き立っていた時だった。建設省の土研から東大林学科に戻っていて、僕が橋のデザインに取り組みだした景観デザインの始動期に当たる。当時は橋から川へ、さらにダムへとダボハゼの如くにやっていた。その後バブルはあっけなく崩壊し、20年前の平成9年には役人が「もう景観の時代は終った」と言い放っていた。バブル期の厚化粧もウンザリだったが、機を見るに敏な役人の変わり身にもウンザリしたものだった。平成8年から旭川駅のプロジェクトが始まって内藤廣と組み始め、それがGSデザイン会議、東大土木教授・内藤となって実っていった。日向、高知、旭川と続いた連立プロジェクトでは職能を超えた建築・土木・都市・工業意匠のデザインチームの独壇場だった。その独壇場に楔が打ち込まれたのが長崎駅のプロポーザルだった。なんとダークホースの弟子どもが勝ったのである。以来若手の台頭は著しく、広島の太田川大橋、長崎の出島、名古屋駅、三宮駅などと快進撃を続ける。もっぱら内藤と組んでいた僕も、今や教え子達とプロジェクトをやるはめになっているのである。それがこの10年の動きである。

 

40年前の昭和52年、土研にいた僕は「景観に対しては行政的なニーズは全くないので好きにやって下さい」と言われていた。その10年後が先に述べたバブルと厚化粧の時代、その10年後が景観が終った時代。続いてGS時代となり、弟子どもの時代となる。では50年前の昭和42年はどうだったか。僕が景観の勉強を始めた年で、景観で「飯を食っていた」のは中村良夫ただ一人だった。今や大学、研究所を含め何人が景観で食っているのだろうか。隔世の感ありと言わざるを得ない。内藤と始めたデザインチームによる実践は常識になりつつある。

 

世を変えようなんて力まずに、信じる処をやっていれば、世は変わり得る。

篠原 修Osamu Shinohara

GSデザイン会議|EA協会 会長

資格:
工学博士

 

略歴:
1968年 東京大学工学部土木工学科卒業

1971年 東京大学工学系研究科修士課程修了

1971年 (株)アーバン・インダストリー勤務

1975年 東京大学農学部林学科助手

1980年 建設省土木研究所研究員

1986年 東京大学農学部林学科助教授

1989年 東京大学工学部土木工学科助教授

1991年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻教授

2006年 政策研究大学院大学教授、東京大学名誉教授

 

主な受賞歴:
1986年 国立公園協会 田村賞

1990年 土木学会田中賞(森の橋・広場の橋)

1996年 土木学会田中賞(東京湾横断道路橋梁)

2000年 土木学会デザイン賞優秀賞、土木学会田中賞(阿嘉橋)

2000年 土木学会出版文化賞「土木造形家 百年の仕事-近代土木遺産を訪ねて

2001年 土木学会デザイン賞 最優秀賞、土木学会田中賞(新港サークルウォーク)

2002年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(阿嘉橋、JR中央線東京駅付近高

2004年 土木学会田中賞(朧大橋)

2004年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(陣ヶ下高架橋)

2004年 グッドデザイン賞 金賞(長崎・水辺の森公園)

2005年 土木学会田中賞(謙信公大橋)

2006年 土木学会出版文化賞「土木デザイン論-新たな風景の創出をめざして-

2007年 土木学会田中賞(新西海橋)

2008年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(苫田ダム空間のトータルデザイン)

2008年 土木学会田中賞(新豊橋)

2008年 ブルネル賞(JR九州 日向市駅)

2008年 日本鉄道賞ランドマークデザイン賞(JR四国 高知駅)

2009年 鉄道建築協会賞停車場建築賞(JR四国 高知駅)

2010年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(新豊橋)

 

主な著書:
1982年「土木景観計画」、技報堂出版

1985年「街路の景観設計」(編、共著)、技報堂出版

1987年「水環境の保全と再生」(共著)、山海堂

1985年「街路の景観設計」(編、共著)、技報堂出版

1991年「港の景観設計」(編、共著)、技報堂出版

1994年「橋の景観デザインを考える」(編)、技報堂出版

1994年「日本土木史」(共著)、技報堂出版

1999年「土木造形家百年の仕事」、新潮社

2003年「都市の未来」(編、共著)、日本経済新聞社

2003年「土木デザイン論」、東京大学出版会

2005年「都市の水辺をデザインする」(編、共著)

2006年「篠原修が語る日本の都市 その近代と伝統」

2007年「ものをつくり、まちをつくる」(編、共著)

2008年「ピカソを超える者はー景観工学の誕生と鈴木忠義」、技報堂出版

 

組織:
GSデザイン会議

東京都文京区本郷6-16-3 幸伸ビル2F

TEL:03-5805-5578

FAX:03-5805-5579

HP:http://www.groundscape.jp/

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