SPECIAL ISSUE/ all

top

2013.07.20

「場所性」と「日常」

崎谷 浩一郎((株)イー・エー・ユー|EA協会)

思考の原点

自分にとって土木デザインの原点とも言えるプロジェクトに高知県宿毛市の松田川河川公園がある。江戸時代の土佐藩家老で数々の利水治水事業によって藩の礎を築いた野中兼山によって築造された河戸堰(こうどぜき)、その下流右岸の高水敷に河川公園は計画された。河戸堰は水田耕作や生活用水を得るための取水堰(堰長145m、幅25m)で、堰築造当初の河戸堰の構造は四つ枠工法と呼ばれる松材の木枠に石や砂利を詰め込み、堰の上流部をムシロで止水していた。その後、堰は表面をコンクリートやブロックで被覆されたが、その全体形状は川の流れに対して糸を流して決めたともいわれるほど優美な曲線を持つ美しい固定堰であったらしい。らしい、というのは僕が関わり始めた2002年頃には既に可動堰へと改修されており、僕はありし日の旧河戸堰を直接見ていないからである。兼山は河戸堰以外にも高知県内に幾つか同様の形状の堰を築いている。聞いた話では改修前の河戸堰は宿毛に住む子供たちにとっての格好の遊び場であったという。しかし、洪水の流れを阻害する固定堰は現代の治水的観点から改修を余儀なくされる。地元の改修反対意見の中、事業主体である高知県は地元住民とある約束をした。それは、改修に伴い失われる地域の歴史的遺構であり子供たちの遊び場でもあった河戸堰の代わりに、下流の高水敷に河川公園を整備するということだった。堰は右岸約40mが高水敷に部分保存され、可動堰へと改修された。僕は、河戸堰の改修デザインに関わった東京大学(設計当時はアプル総合計画事務所在籍)の中井祐先生とともにその河川公園デザインに関わった。旧河戸堰は特に文化財としての指定を受けた施設ではない。しかし、それは宿毛の人々にとって掛け替えのない暮らしの一部であった。地域の誇りであった。人々の”日常の中で愛された場所”であった。プロジェクトに関わりながら、その事実が頭から離れることは無く、僕の記憶に深く刻み込まれている。

 

旧河戸堰航空写真(出典:『河戸堰』)

 

河戸堰で遊ぶ子供たち(年代不詳、出典:宿毛市立歴史資料館)

 

 

河川公園のプラン(高知県宿毛市)

 

場所の履歴と向き合うデザインの思考

これまで橋梁や街路、広場や公園など、様々な公共空間のデザインに関わらせて頂いたが、宿毛のようなプロジェクトに出会うことは少ない。逆に言えば、公共的な空間にはそれだけ魅力的な場所が少ない、ということだろうか。我々はある場所の計画や設計を進めるにあたり、その場所の過去と未来の一部である、ごく限られた現在という時間断面の中で思考を巡らせなければならない。さらに、百年単位で考えるべき土木のデザインでは過去、現在、未来の人々との文化的な対話が必要であり、場所の履歴と向き合うことは避けられない宿命でもある。

さて、今回のテーマ、場所の履歴と向き合う空間デザインを考えるにあたり、ふたつの言葉の定義をしたい。僕は土木のデザインを考えるにあたり、その時間断面における『場所性』と『日常』というものを意識するようにしている。『場所性』とは、設計対象である敷地の地形やまちの成り立ち、歴史的事実や普遍的価値といった比較的フィジカルな側面のことである。よって、場所の履歴はこの『場所性』に含まれる。一方、『日常』とは、その土地におけるライフスタイルや価値観、産業や生業、コミュニティ、伝統や誇りを内包する地域の人々による日々の暮らしぶりである。例えば、広場を計画する敷地に一本の木が生えている。これは『場所性』に帰属する。木陰をもとめてその木のたもとで人が佇む行為は『日常』に帰属する。

 

前述の文化的な対話とは、単なる場所の機能論や形態論だけではなく、その場所に込める人々の思いや思想、価値を含んだ対話である。過去の人との対話は古地図や古写真、文献史料などを通じて想像する。未来の人々とは様々な社会情勢を念頭に、目の前で無邪気に駆け回る子供たちを眺めながら想像をする。だが、肝心の現在の人々との文化的対話がなかなかできていない状況がある。これは、決して行政や設計者、その地域の人々がどうこうという話ではなく、目の前の空間そのものに問題があると僕は思う。『日常』は『場所性』の傍らにある。しかし、現代社会は『日常』と『場所性』との重なりが浅い空間や風景に溢れている。そのような空間や風景の中では、人々は『日常』の中で『場所性』を意識しづらいのではないかと思うのである。かろうじて、文化財や史跡という価値を帯びて『場所性』が意識されたとしても、『日常』からあまりにも離れていてはその土地に今を生きる人々にとっては意味が無いものになってしまう。

 

現代の『場所性』と『日常』イメージ

 

空間デザインから日常へのアプローチ

このような考えに至ったあるプロジェクトがある。それは佐渡の世界遺産登録へ向けた空間整備である。世界遺産は場所性に内包される文化や自然に対して人類の普遍的価値を与え、世界共有の文化的、自然的遺産として継承していく取り組みである。現在、佐渡市は『金を中心とした佐渡鉱山の遺跡群』で、その世界遺産へ向けた取り組みを進めている。縁あって、自分もその資産周辺の空間整備のプロジェクトに、EA協会のメンバーでもある矢野さんや南雲さんとともに関わる機会を得た。佐渡の鉱山の普遍的価値を感じることができる近代化遺産群の中に、新たに広場整備を行うものである。詳しくは「月間杉」の連載(http://bit.ly/11xV9oc)に譲るが、このプロジェクトで僕は歴史性や普遍的価値を帯びた場所性と日常との融合を強く意識した。

遺産群は、現在のまちで生きる人々にとっては、どこか他所事で自分たちの日常の一部として捉えられているとはとても言えなかった。この整備を日常から離れた単なる遺跡整備にしてしまえば、人々の意識はますます遠のく。住民の方々にはいかに日常において意味のある場所にできるか、ということを訴え、デザインはその場所の歴史的価値を尊重しつつ、つまり、場所性を保ちながらそこに日常が重なってくるような空間構成を目指した。具体的には、昔の工場の間の通路でありながら日常的に散歩で使えるような回遊性をもった空間構成であったり、工場跡地を示す平面形状でありながら、舗装やベンチ、イベント電源の配置によって地域イベント時にはステージとしても使える設えを計画した。さらに、施設を示すサインには地元の陶芸家の手による陶板サインを取り入れることで、手仕事の温かみが感じられ、親しみをもった場所になるようにと計画した。このような文化的価値を帯びた空間では、柵やベンチなど新たに立ちあがる施設が空間イメージに与える印象が大きいが、これは南雲さんのデザイン力によって高い質を獲得している。かくして、完成した広場のオープニング当日、沢山の人々が広場で思い思いに文化財の中に佇む風景は、僕のデザイン思想に確信を与えたのである。

 

工場跡地の配置を活かした回遊路を持つプラン(新潟県佐渡市相川)

 

遺跡に囲まれた広場

 

地元の陶芸家による陶板サイン

 

場所性と日常が重なり合う空間(2010年4月)

 

広場で行われた野外コンサート(2010年10月)

 

この佐渡のプロジェクトをきっかけに、敷地が持っている場所性と日常の融合をデザインによって意識的に生み出す取り組みを試みている。そのひとつが、以前本誌でもご紹介した長崎五島のプロジェクト(http://bit.ly/11npTM7)である。ここでは、住民の方々に空間を構成する要素に対する直接的な関与を促し、また、それらを空間全体の中で違和感なく溶け込ませるデザインに注力した。既出の機関誌では触れていないが、住民の方々のとの初回のワークショップは一切プランを提示せず、敷地周辺の何でもない(が、美しい)風景写真や古写真などを大判プリンタで出力してパネル化したものを会場に並べて、参加者の方々のお話を伺った。過去、現在を大きな写真で並べただけだが、自然と参加者の間で過去との対話、現在との対話、そして未来との対話が生まれていった。

 

駐車場の敷地はもともと海であった(長崎県五島市)

 

駐車場と水辺デッキ(長崎県五島市)

 

住民の方々と一緒につくった地場材タイルを用いたベンチ(長崎県五島市)

 

今年7月中旬に完成予定の徳島県三好市阿波池田の広場では、商店街の真ん中に大きな芝生広場や花壇を設け、市民の方々に芝張りや花植えに参加して頂いた。阿波池田は葉煙草で一大産業をなした背景を持つ。インフラも比較的早期に整備されたが、広場となる計画地は大正時代初期に鉄道が入る以前にまちは無く、田んぼまたは湿地であったところである。近代化によって駅を中心に道路が整備され、商店街やまちができて中心部となった計画地にはもともとは衣料品店があった。また、これはデザイン上の与件でもあったが、広場舗装には隣接する商店街に敷設されていたインターロッキングブロックの再利用も行っている。これらは文化財でも何でもないが、地域の記憶を継承した広場整備を契機にまちは魅力の再生を目指している。ここでも、あえて手間のかかる要素をデザインし、日常的に場所へ関与することを期待している。

 

広場の芝張りと花壇の花植えを住民の方々と一緒に行う(徳島県三好市)

 

そして、現在、佐渡で再び南雲さんと一緒に、国の重要文化的景観に選定された西三川笹川集落の方々と未来の集落の在り方を含め、案内サインやマップづくり、景観の維持、空間整備の議論を行っている(この様子も現在、「月間杉」(http://www.m-sugi.com/ )で連載中である)。重要文化的景観のデザインで特筆すべきことは、初めから場所性と日常が完全に重なっている点である。これまでの一般的な文化財整備では、その場所性のみに重きを置いたものが多いように見受けられる。重要文化的景観という文化的価値では、場所性に日常性が重なっているため、デザインの役割は未来へ向けて「場所性を保つこと」と「新たな日常を考えること」である。昨年度、一部完成した笹川の案内案山子サインはその盤面の取り付けを地域住民の方々と一緒に行った。

 

 

住民の方々と案内案山子サインの盤面の取り付けを行う(新潟県佐渡市笹川集落)

 

場所性と日常の融合を目指して

つまり、僕は場所の履歴に対し、過去、現在、未来において、その場所性と日常との重なりがより多くなるような空間を目指し、設計時や施工時、完成時などプロジェクトに応じてあらゆるフェーズで利用者の関与を意図したデザインを行っている。もちろん、そのためには調査や計画、仕組みづくりなどデザインと並行して様々なアプローチが必要である。

 

未来へ向けた『場所性』と『日常』のイメージ

 

場所の履歴と向き合うことは設計者にとって避けられない事実である。日常によりそう場所性足り得るかどうか。これが、僕が空間の履歴を扱う際の判断基準である。もし、その場所に歴史的資産や意味づけされた価値を見出せなくても、そこに人が生きている以上、必ず日常はある。場所の履歴と向き合うデザインにとって、この日常を見落とさないことこそが重要だと考えている。過去の失われつつある場所性、かつての日常の中から未来へつながるフィジカルな要素、日々の暮らしを現在の中に見出し、空間としてまとめあげていく作業がデザインの役割である。

僕は、デザインによって人間の素直な感情に基づく空間づくりを意識することで、未来へ向かってその場所性と日常が時間を超えて融合するような空間をつくりたい。そこで暮らす人々の日常が場所性と一体となり、過去、現在、未来との対話をしたくなるような空間を生み出したい。そう、宿毛の旧河戸堰のような空間を。

場所の履歴と向き合う空間デザイン

崎谷 浩一郎Koichiro Sakitani

(株)イー・エー・ユー|EA協会

略歴:

1976年 佐賀生まれ

1999年 北海道大学工学部土木工学科卒業

2001年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 修士課程修了

2001年 日本工営(株) 勤務

2002年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 博士課程入学

2003年 (有)イー・エー・ユー 設立

2005年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 博士課程中退

2008年- 国士舘大学非常勤講師

2011年- 文京区景観アドバイザー

2011年- 東北大学非常勤講師

2012年- 土木学会デザイン賞幹事

 

主な受賞歴:

2010年 グッドデザイン賞(旧佐渡鉱山北沢地区広場および大間港広場)

2010年 グッドデザイン賞(長崎中央橋)

2011年 グッドデザイン賞(大分竹田白水ダム鴫田駐車場・トイレ)

 

組織:

(株)イー・エー・ユー

取締役代表 西山 健一

取締役代表 崎谷 浩一郎

〒113-0033 東京都文京区本郷6-16-3幸伸ビル2F

TEL:03-5684-3544

FAX:03-5684-3607

HP:http://www.eau-a.co.jp/

 

業務内容:

・土木一般、建築、造園等に関わる景観デザイン、設計、コンサルタント業務

・都市開発、都市計画、まちづくりに関わるコンサルタント業務

・その他上記に付帯する業務

SPECIAL ISSUE

場所の履歴と向き合う空間デザイン

2013.07.20

「場所性」と「日常」
変化するデザインのものさし

2012.07.02

土木のデザイン、その変化と可能性
次世代を担うエンジニア・アーキテクト

2011.08.01

「今、走りながら考えていること」

SERIAL

EAプロジェクト100

2017.03.13

19|牛久駅東口広場(後半)
ドボクノ手習い-土木系大学のデザイン演習

2014.02.04

04|伝えたいこと
—東北大学建築・社会環境工学科景観・デザイン演習—

WORKS

sakitani