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2012.12.18

場を繋ぎ、場を創る橋を目指して

二井 昭佳(国士舘大学|EA協会)

1.出遅れた橋梁

この10年くらいの間に土木デザインを取り巻く状況は全く変わったといってよい。それまでは空間や構造物単体のデザインが主流だったが、今は空間や構造物がいかにまちづくりや地域づくりに貢献できるかが問われるようになった。そうした状況のなかで橋は、はっきり言って、水辺や街路、広場や公園と比べて後れをとったと思う。これは、景観デザインを志す若者たちが、以前よりも橋に興味を示さなくなっていることに表れている。彼らは若いがゆえに社会の雰囲気を敏感に感じ取る力を持っている。有り体に言えば、今、橋はまちづくりや地域づくりの重要な要素だと考えられてはいないということだ。これからの橋梁デザインを考える前に、まずはこの状況を重く受け止めなければいけないと思う。

ただ、それでも僕は、橋もまちづくりや地域づくりに貢献できるはずだと考えている。そのために必要だと思うことについて述べてみたい。

 

2.かえる橋再考

最初に取り上げたいのは「かえる橋」である。この橋は言わずと知れた「やってはいけない橋梁デザイン」の代名詞的な存在だ。カエルの顔をしたアーチに子カエルまで載せたという直截的でやり過ぎた形のデザイン、構造の合理性からは程遠いように感じられるアーチ部材の配置、そもそもアーチ構造を採用する必要がない場所など、この橋だけでかなりの「やってはいけないこと」を説明できてしまう。

しかしその一方で、なぜこのような橋が望まれたのかについては、建設バブルの一過的な問題とか、橋梁デザインに対する誤解などとされて、これまであまり真剣に考えられてこなかったように思う。この時期にはかえる橋のような橋が多く造られているから、建設バブルによる影響が大きかったのは事実だろう。だとすれば、予算という呪縛から解き放たれた際に、一般の人たちの橋に対する素直な思いが表われたのが、かえる橋だったとも考えることができるのではないか。

 

写真1 かえる橋(和歌山県印南町、1995年竣工、写真は印南町HPより引用させていただいた)

 

一般の人たちの橋に対する素直な思いとはなんだろう。それは、単に渡るためだけの橋ならもう足りている。それに構造の合理性とか形の良し悪しは、はっきり言ってよくわからない。そうではなくて、町がいい方向に変わってくれる、そんな橋が欲しいんだ、ということだったのではないか。結果はともかくとして、かえる橋はそれまでの橋梁デザインに対する、一般の人たちの強烈な拒否反応だったのではないかとも思うのである。

考えてみれば、高度成長期を経て、我が国の道路状況は飛躍的に向上した。それまでわざわざ谷底まで降りなければ隣の村に行けなかったのに、橋が架かることによって簡単に移動できるようにもなった。そうした時代には、橋の存在自体が地域の人たちの喜びだったに違いない。しかし道路整備が進めば進むほど、ただ橋が架かるだけでは満足できないようになっていくのは当然である。これが、かえる橋の生まれた大きな背景なのだろう。

とはいえ、かえる橋ではやはり問題がある。構造的合理性に欠けているから、美しくないからではない。とにかく目立てば良いというアイディアで、地域が良くなるわけはないと思うからである。ただ、「町がいい方向に変わってくれる、そんな橋が欲しいんだ」という願いはきわめて真っ当であり、きちんと応えなければいけない。それが、これからの橋梁デザインに求められる根本的な要件だと思う。

 

3.ニーゼンバッハタール橋と新西海橋

それでは一体、こうした願いに応える橋梁デザインとはどのようなものだろうか。それは、離れた場所を繋ぐという橋本来の機能に、今一度きちんと向き合うことにあるのではないかと、僕は考えている。それに気づかせてくれた橋として、ここではニーゼンバッハタール橋(Nesenbachtal Brücke)と新西海橋を紹介したい。

 

ニーゼンバッハタール橋は、ドイツ・シュツットガルト郊外にある橋である。自動車専用道に歩道を併設した橋で、その前後は市街地を通過するためトンネルになっている。設計は1994年のコンペで勝ったシュライヒ事務所のグループによるものであり、1999年に竣工している。

橋の構造は、シュライヒさんが得意とする細い鋼管を組み合わせた樹木のような橋脚と、これまた細い鋼管によるトラス桁に薄いコンクリート床板を乗せたものであり、構造的にも非常に興味深い。

 

写真2 ニーゼンバッハタール橋。こんなにメカニカルなデザインでなくても良かったように感じるけれど、構造の解き方はさすがだと思う。

 

ただ、ここで注目したいのは歩道を設置した位置である。橋の前後がトンネルだから、車道の高さは両側の市街地よりかなり低い位置になる。もし車道と同じ高さに歩道を設ければ、利用者は両側の市街地を行き来するために相当の高低差を上り下りしなければならない。これでは利用する人はほとんどいないだろう。それに対する解決策が、遮音壁をうまく利用して、その上に歩道を設けることだった。歩道の位置が彼らのアイディアなのか、コンペの要件だったのか、彼の作品集を見る限りでは判然としないが、いずれにしても利用者にとって使い勝手の良い歩道が生まれている。実際に歩いてみると、まるで谷を浮遊しながら渡っているかのような気持ち良さを体験できる。これが為であろう、ひっきりなしに人が渡り、時折橋の上に佇む人も見受けられた。ここでは、まさに離れた場所を繋ぐということが実現されている。

 

写真3 ニーゼンバッハタール橋。写真で伝わるか不安だけども、本当に気持ちのよい歩道なのだ。

 

そして、新西海橋は、長崎県佐世保市と西海市の間にある針尾瀬戸に架かる自動車専用道の橋である。篠原修先生(東京大学名誉教授)の設計指導のもと㈱長大さんが設計を担当し、2006年に竣工、同年の田中賞を受賞している。戦後日本を代表する橋、西海橋のすぐ脇に架かることから、西海橋と同じブレースドリブアーチが採用されている。

 

写真4 新西海橋(手前)と西海橋(奥)

 

ここでもやはり注目したいのは、車道の下に吊り下げられた歩道である。これは篠原先生のアイディアで、最終的には近接する公園の予算により実現したものであるらしい。竣工して間もなくの頃、篠原先生に誘っていただいて見に行ったのだが、正直に言うと訪れる前はこんな鳥かごのような歩道を歩く人がいるのだろうかと思っていた。しかしその予想は見事に裏切られる。休日ということもあってか、駐車場に入る車で渋滞が発生するほどの賑わいぶりであった。15年ほど前に西海橋を訪れた時には、広い駐車場にアイス売りのおばちゃんがポツンと佇んでいたことを思い出し、その違いに愕然とした。

この賑わいは、橋に設けられた歩道によるところが大きい。このおかげで西海橋を正面から眺められるようになったし、のんびりと瀬戸の渦巻きも眺めることができるようになった。さらにこの歩道によって西海橋から新西海橋をぐるりと巡る20分程度の散歩道ができているのである。その途中にはお茶や食事を楽しめる場所もあって、近隣に住む人たちが気軽に週末を楽しむ場になっている。

新西海橋は自動車専用道だから、本来は車で速く移動したい人だけが恩恵を被る施設である。しかし、そこに歩道が挿入されることによって、西海橋や針尾瀬戸といった名所と結びつき、新たな場を形成している。最近は花見の時期を除くと以前ほどの賑わいがないようだが、橋には繋ぐだけではなく、面的な場を創りだす力もあることを教えてくれた点で非常に印象に残っている。

 

図1 新西海橋に歩道が設けられることで赤い点線で示したような回遊空間ができた結果、西海橋と新西海橋の間に適度なスケールの場が生まれている。

 

写真5 新西海橋の歩道から眺めた西海橋。訪れた日もたくさんの人が写真を撮っていた。

 

4.コンセプトと橋の形を繋ぐもの

紹介したふたつの橋はいずれも自動車専用道に歩道を併設するという特殊な事例であり、参考に値しないという意見があるかもしれない。しかし特殊だからこそ、大切なことが明確になっていると思う。そのひとつは、離れた場所を繋ぐことを非常にシンプルに解いている点である。すなわち、利用者にとって使いやすく、かつそこでの楽しい経験を提供する。これは一般の人たちの感覚に非常に近い。斎藤潮先生(東京工業大学教授)の言葉を借りれば、まさに「架空方式に結びつく物語」を提供している。だから、多くの人たちに利用され、結果として場が繋がっている。

橋はもともと離れた地点の連絡が目的だから見過ごされがちだけれど、繋ぐためには当然ながら人の動きが変わらないといけない。もっと言えば、人々がイメージする、離れたふたつの場所の関係も変化しないといけない。これらの橋は、そうした発想の大切さを教えてくれている。

そしてもうひとつが、これらの発想は橋梁の形に入る前に考えられていなければならないということである。つまり、コンセプトを具体的な形に落とし込んでいく段階に相当する、橋梁計画が非常に重要であることも教えてくれている。しかし、これまで橋梁計画についてはあまり知見も積み重ねられていないし、架橋地点の微視的な条件と経済性や構造性などの条件をパズル的に解くことでおこなわれることが多かったのではないだろうか。

もちろん、これらは橋にとって重要な条件ではある。ただ、繋ぐということを考えると、より広い範囲から橋の意味を捉える条件を加えることが必要だと思う。ここには、人の動きやイメージされている距離感覚、また緑地や賑わい空間といった既存の空間資源、あるいは歴史や景観といった場所の特性などが含まれるだろう。これらがその橋を架けることによって繋がる可能性があるのか、可能性があるとすればどんな形に落とし込んでいけばよいのか。こうした議論を、従来の橋梁計画条件も含めておこなうことが大切だと考えている。そして、その議論で出てきたものを具現化するのが構造設計や形態デザインであり、これらはあくまでも手段であることを忘れてはいけないと思う。

 

図2 目指したい橋梁デザインのイメージ

 

5.場を繋ぎ、場を創る橋梁を目指して

実は、エイト日本技術開発の椛木洋子さんをリーダーに、同社の渡辺康人さん(故人、注1)やイー・エー・ユーの西山健一さん、安仁屋宗太さん、空間工学研究所の岡村仁さんたちとチームを組んだ太田川放水路橋りょうコンペ案は、紹介したふたつの橋から大きな影響を受けている。選定されたことはもちろん嬉しかったが、僕らがこの橋で目指した場を繋ぎ、場を創るアイディアを高く評価していただいたことも本当に嬉しかった。

そして今、椛木さんやイー・エー・ユーの仲間たちとふたつの橋に取り組んでいる。ひとつは短い橋の架け替えだけれど、イメージ的に離れた場所を繋ぐこと、もともと場所がもっている魅力を引き出すような場を創ることを目指している。これは、イー・エー・ユーの山田裕貴さんが頑張って形をまとめてくれて、すでに施工が始まっている。もうひとつは、佐々木葉先生(早稲田大学教授)からアドバイスをいただいたことが大きいけれど、歴史的な水辺を引き立たせるような橋を目指している。まだ、こちらはみんなで議論している最中である。

いずれも目指しているとおりの結果になるかはわからない。ただ僕は、橋にはきっとそういう力があると信じている。あとは設計者がその力を引き出せるかどうかにかかっている。橋が出来てからこのまちが良くなったような気がする。そんな声が聞こえてくるような橋を目指していきたいと思う。

 

写真6 太田川放水路橋りょうコンペ案のパース。歩道は、橋梁本体から途中で分離し、両側の堤防を結び、かつ瀬戸内の眺めを楽しめるような線形にしている。

 

注1)

本稿でお名前を記した渡辺康人さんは、太田川放水路橋の完成をみることなく本年9月に急逝された。やる気と実力を兼ね揃えた、これからもずっと一緒に仕事をしたいと思う構造エンジニアだった。彼の無念さを思うと本当にやりきれない。心からご冥福をお祈りしたい。

 

参考文献

1) Alan Hlgate: The Art of Structural Engineering – The Work of Jörg Schlaich and his Team, Edition Axel menges, p190, 1997.

2) 篠原修: 新西海橋-名句に付けるのは難しい-, 建設業界CE 2006年12月号, 日本土木工業協会, 2006.http://www.nikkenren.com/archives/doboku/ce/ce0612/essay.html

3) 斎藤潮:橋梁設計における合理性と物語の調停, 土木学会第13回鋼構造と橋に関するシンポジウム論文報告集, pp.12-22, 2010. ただし本稿では、2011年8月4日に開催されたワークショップ「景観研究を悩む」(主催:土木学会景観・デザイン委員会)での、本論文を再編集した配布資料による。

4) 二井昭佳ほか:広島南道路太田川放水路橋りょうデザイン提案競技の概要と選定案の特徴, 土木学会第6回景観・デザイン研究講演集, pp379-388, 2010.

橋梁デザインのゆくえ

二井 昭佳Akiyoshi Nii

国士舘大学|EA協会

資格:

博士(工学)

 

略歴:

1975年 山梨県生まれ

1998年 東京工業大学工学部社会工学科 卒業

2000年 東京工業大学大学院社会理工学研究科社会工学専攻修士課程 修了

2000年 アジア航測㈱ 入社(道路・橋梁部所属)

2004年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻博士課程 入学

2007年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻博士課程 修了

博士(工学)

2007年 国士舘大学理工学部都市ランドスケープ学系専任講師

2012年 スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH Zurich)guest professor

2013年 国士舘大学理工学部都市ランドスケープ学系准教授

2014年 国士舘大学理工学部まちづくり学系准教授

 

主な受賞歴:

2006年 第8回「まちの活性化・都市デザイン競技」奨励賞

2007年 景観開花。「道の駅」佳作

2009年 広島南道路太田川放水路橋りょうデザイン提案競技(国際コンペティ

ション)最優秀賞

篠原修・内藤廣・二井昭佳編「GS軍団連帯編 まちづくりへのブレイクスルー 水辺を市民の手に」、彰国社、2010

 

組織:

国士舘大学 理工学部

〒154-8515 東京都世田谷区世田谷4-28-1

TEL:03-5481-3252(理工学部事務室)

HP:http://www.kokushikan.ac.jp/faculty/SE/laboratory/detail.html?id=107007

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