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2012.08.29

変化に向き合うデザイン
-遅い交通が変えるもの・変えないもの

吉谷 崇((株)設計領域|EA協会)

この数年、規模も地域も様々ではあるが、駅や駅前広場の改変、あるいはそれに接続する街路の空間改変事業に関わる機会が多い。そのほとんどが、あらかじめ与えられた交通条件や境界の定められた広場敷地のなかでデザインを施すものというよりも、周辺地域全体の交通計画の改変とあわせ、その上でキーとなる空間をデザインするという面的なプロジェクトとなっている。縮退の時代を迎え、都市の再編が求められるなか、単に限られた敷地の改変や改善では様々な課題を解決できなくなっており、より抜本的な都市のコンバージョンが求められていることを感じざるを得ない。

車両交通を優先してきた道路や駅前の空間を歩行者に再配分することによって、地域住民がもっと自由に活用できるコモンスペースを創出すること、さらにそれらを歩行や自転車といった「遅い交通」によって連鎖させ、まち全体の生活空間としての魅力向上を図ることが、日本全国の都市において同時多発的に進められている。ただ一方で、生活の舞台である地域に目を向ければ、人々は必ずしもその変化についていけていないようにも思える。

「遅い交通」が変えようとしているもの、価値変動のさなかで地域が向き合っているもの、その中でデザインが果たすべき領域について、現在進行中のプロジェクトを下敷きとしながら考えてみたい。

 

松山市における取り組み

昨年度より、愛媛県松山市中心市街地における歩行者中心のまちづくり、および中心的街路の一つである花園町通りの設計業務に携わっている(復建調査設計株式会社・株式会社設計領域のコンソーシアム形式)。松山市は周知の通り、四国最大の人口を有する中核都市ではあるが、やはり近年市街地内の空き店舗数は年々増加し、中心部の活力の低下や市域の外延化による都市経営コストの増大が懸念されている。また、路面電車やバスなど多様な公共交通網が充実している一方で、実際の公共交通機関の利用分担率は数パーセントという数字にとどまっており、超高齢化を目前にこういった公共交通の活用水準の向上が急がれている。

このようななか松山中心市街地においては、松山市駅やJR松山駅、道後温泉といった拠点の機能と魅力を強化し、それらを公共交通および自転車、歩行によってつなぐことによる歩いて暮らせるまちづくりが進められている。こういった中心市街地再編のさきがけとして位置づけられているのが、今回の花園町通りの再整備である。

 

松山中心市街地における歩行者・自転車ネットワークと花園町通り周辺エリアの位置づけ

 

花園町通り現況

 

花園町通りは、松山最大の交通結節拠点である松山市駅から城山公園を結ぶ幅員約40m、延長約300mの広幅員街路であり、立地・規模ともに松山の顔となるべき目抜き通りである。その一方で、外郭道路である松山環状線の完成などによって市内の通過交通量も大幅に減少したいま、車道としては明らかにオーバースペックとなってしまっている。さらに、城山公園地区内にかつてあった集客施設の移設なども影響して、現在では歩行者で賑わう活気ある通りであるとはいえない。特に東側区間においては建物やアーケードの老朽化や空き店舗の増加が進んでおり、沿道を含めた街路空間の再整備が急がれる場所である。

 

花園町通りの再整備が担うもの

花園町通りが松山の中心市街地の再編において担うべき役割は以下の2点である。ひとつは、城山公園から市駅前、銀天街から道後までをつなぐいわゆる「遅い交通」のネットワーク起点となること。もうひとつは、まちなか居住を促進する中心エリアのひとつとして、子育て支援施設等の沿道プログラムと一体となった「身近なコモンスペース」としての空間機能を担うことである。現状4車線+副道の車道空間を2車線へと再配分することによって、自転車道を埋め込みながら歩道空間を拡幅し、街路全体をまちの広場にすることがプロポーザル時点での基本的なコンセプトであり、将来的には街路全体のトランジットモール化も視野に入れられている。

 

検討当初における花園町通りのデザイン検討

 

ここで示した車線減少やトランジットモール化とは、単に車を追い出すことを目的としているわけではない。都心部のように極度に公共交通利用率の高い都市であれば別だが、松山のような地方都市においては、直ちに街路から単純に車を追い出し、歩行者のみの空間にするだけではアクティビティは生まれないことは自明である。下図の通り「遅い交通」を優先するエリアを設定した上で、広域からアクセスしてくる車両の動線とエリアを囲むフリンジ駐車場、さらにエリア内における適切な足下駐車場あるいは駐輪場などのメゾスケール、ミクロスケールの配置計画があって初めて、花園町通りの賑わいを生み出すための輪郭がようやく見えてくる。

 

花園町通りを含む松山中心市街地における歩行者空間の創出

 

花園町通りの空間改変は、こういった交通流や駐車場配置に関する数値解析をベースとした交通計画と、街路の空間デザインを両輪としながら進められている。従来のように、数理的な交通解析によって決められた空間配置の上でスタティックな形態デザインを検討するのではなく、求める空間の質を見定めながら、デザインと解析をある程度同時進行的に進めることによって、より必然的で最適な街路空間のコンバージョンデザインを目指すものである。ここでは、復建調査設計が交通マイクロシミュレーションと、プローブパーソン調査を下敷きとした「遅い交通」の解析を用いながら数理的な検討を進め、並行して我々がプランニング、およびデザインを検討していくという体制となっている。

 

花園町通り、松山市駅を含むミクロ交通流シミュレーション。駅前や周辺街路への影響を数値的に示しながらプランニング、デザインが進められる。

 

「遠投力」と「ドブ板土木」

さて、こういった花園町のプランニングやデザインの検討は、4月から始められた月1回のワークショップにおいて地域住民と意見を交わしながら進められている。ワークショップはこの8月で延べ10回を数えるが、基本的には我々が作成したデザインについて参加者に意見を求め、討議する形だ。参加者は地権者や居住者、地元で商売をしている店子などを対象としている。

上述の通り、花園町通りの通過自動車交通量はすでに少ない。10年前から比べても実に半数近くであり、車線数の減少や歩道の拡幅は、交通量だけ見ればきわめて「やりやすい」地域であるといえる。

それでも、ワークショップで聞かれる地元の不安の声は予想以上に大きいものであった。その中身は様々だ。車で来ている足下客が離れることへの不安、交通渋滞や安全性への不安、歩道が広くなることによる治安悪化への心配など。それらの問題には個別に応える必要があるし、正直なところ、ひとつひとつに応えることは必ずしも難しいことではないだろう。

しかし、そういった個別の懸念事項の裏には、日々の生活が変わることへの地域住民の根本的な不安がある。特に花園町通りは戦後大規模な再開発を経験することがなく、変わらず住み続けている人々も多くいる、職住一体の通りであり、60年間の生活の習慣が、正誤おり混ざりながら通りの使い方という形で澱のように積み重なっている。

 

花園町通りの歩道空間(現況)。歩道、副道が生活空間の延長として使われている。

 

先日、整備に不安を抱いているという住民の方と整備についての話をしていた際、最後にこのようなことを言われた。

「私も本当は、20年後を考えたらこんな姿になればいいと思っている。このままではいけないことも頭ではわかっている。でも、自分は明日が心配だ。いきなり目の前の道路の使い方が変わってしまったら、明日から20年後の間をどのようにして過ごせばいいのか。」

 

この言葉を、地元の保守性の表れとしてとらえることはたやすい。しかしこの言葉は、急激な縮退を目の前にした都市が新たな方向へ舵を切るにあたっての普遍的な課題を端的に表しているようにも思える。行政は20年後、50年後、あるいは100年後の将来を語る責務がある。しかし、地域に根を張り、商いをして暮らしてきた人にとっては、明日や1年後が問題なのである。20年後の都市の姿と明日の姿、これをつなぐことは、デザインに求められている現代的な責務であろう。これから都市をコンバージョンしていくにあたっては、そのまちの将来像を見定めたぶれない軸を示すことと、それに向かっていく変化の道筋を同時に示すことが求められている。そのためには、変化の時間を内包したデザインの方法を考える必要があるだろう。

 

遅い交通を中心とした都市空間のコンバージョンは、結局のところ、そこに暮らす人々のライフスタイルそのものを変えようとする試みである。モータリゼーション以前の、かつては歩行を中心とした遅い交通が主体であった日本の都市空間が現在のような形に急速に姿を変えた背景としては、高度成長というある種の時代感がそのエンジンとなった。人々は戸惑いつつも明るい未来をそこに感じ、都市空間の変化が先導して人々の生活を変えていったと思われる。

翻って現在は急激な縮退の時代に直面し、高度成長期とはある種逆のベクトルでの変革が求められている。しかしあの頃のような時代を牽引する、変化の原動力となるべき内発的なイデオロギーは存在しない。だからこそ、我々にはあるべき未来を見定めて遠くへボールを投げる遠投力と、地域に寄り添いながら身近な空間を徐々に作っていくドブ板土木的なやり方の双方が求められているような気がしてならない。花園町通りのデザインプロセスはまさしくその実践である。

 

 

変化を許容すること

変化の時間を内包するデザインの方法とは、変化を前提とし、受け入れていくようなデザインのあり方であろう。花園町通りのデザインにおいて、ヒントはいくつか見えつつあると感じているが、そのひとつは可変性をもったコンパチブルな空間のしつらえである。ベーシックな基盤部分を整えつつ、状況によって使い分けが可能な空間の設えを用意することによって、漸次的にアクティビティを変化させ、少しずつ空間の使い方を変化させていくことを考えている。

 

それは、これまで明確に歩車分離の原則で作られてきた道路空間とは完全に逆のベクトルを持っているといえるだろう。固定よりも可変、分離ではなく共存がキーワードとなるからである。むしろこれは欧米において徐々に事例の増えつつあるシェアドススペースの考え方に近い。少なくとも、新陳代謝を前提とした都市部における街路は、このような空間のシェアや可変性を前提としたデザインであるべきと考える。

 

ロンドンのExhibition Roadは本格的なシェアドスペースの実現した例として注目を集めている。歩行者や車の共存する空間構成は自由な可変性を有している。

 

ワークショップにおいて示された花園町通りコンセプト模型。車道、自転車道、副道、歩道を同一の空間に共存させながら、将来的な改変可能性を残す作り方を検討している。

 

アクティビティをインストールする

こういった可変性の高い空間のしつらえという考え方は、そもそも日本における広場というものを考えるにあたって避けては通れないものである。かつて伊藤ていじらがその多面的なリサーチによって明らかにしたように、日本の広場は「広場化」することによって存続してきた。用途のはっきりした、囲われた空間よりも、「曖昧な中間領域」にこそ人々は集まる。そこに人々が集まり、アクティビティが発生することによって、曖昧な領域は「広場」となる。

 

道後温泉駅において秋に行われる喧嘩祭り。祭りは最も典型的な空間の広場化の例である。

 

花園町通りに求められる姿は、通過道路としての空間ではなく、むしろ職住一体となって地域住民と来訪者がともにつどう「広場」としてのそれである。広場を、空間とアクティビティの両方があって初めて成り立つ概念であるとすれば、花園町通りのデザインにあたっても、空間とアクティビティの両輪をしつらえることが求められている。残念ながら、花園町通りにおいてはもともとこのような積極的なアクティビティが発生する契機が存在しない。しかし、今回の空間改変のプロジェクトを前にして、徐々に花園町を「使って」いこうという機運は高まりつつある。これらの人々を中心に、より広い主体を巻込みながらアクティビティを誘起していくことが出来るかどうかが、変化を内包するデザインを実現するためのもう一つの柱となるだろう。

 

今年度秋に予定されている花園町通り空間改変社会実験は、こういった沿道アクティビティをインストールするためのひとつのきっかけである。期間限定の仮設ではあるが、減車線、駐輪場の再配分、自転車道の設置、交差点の縮小と歩道拡幅など、基盤となる交通条件を整えるのと並行して、デザインされたウッドデッキや四阿の設置、芝生広場や植栽の配置など、アクティビティを誘発する場としつらえづくりが計画されている。そのうえで、沿道飲食店や店舗、専門学校、沿道住民などによる地元発信のプログラムが展開されていく。たった数週間の実験ではあるが、大切なことは、新しいコモンスペースとしての沿道空間の可能性を感じさせること、そしてそれを使い育てる地域の新しい主体を生み出すきっかけとすることである。

 

 

様々な個別の事情が堆く積み重ねられた都市空間のなかで、一気にすべてを変えることは難しい。人々の暮らしは理屈や論理ですぐに変えられるものではない。変化に向き合う時代だからこそ、基盤となる空間はできるだけ多義的なふくらみを持った、おおらかなものでありたいとの思いがある。結局のところ、そういった大きな論理と小さな論理のなかで変わらぬもの、変わらなければならないものを見定め、それらを丁寧につむぎ合わせていくことが求められているのだろうと思う。

re-edit 遅い交通がまちを変える

吉谷 崇Takashi Yoshitani

(株)設計領域|EA協会

資格:

技術士(建設部門)

 

略歴:

1978年 兵庫県西宮市生まれ

2000年 東京大学工学部土木工学科卒業

2002年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻修士課程 修了

2002年 (有)小野寺康都市設計事務所 勤務

2009年 (株)設計領域 設立

 

組織:

(株)設計領域

代表取締役 新堀 大祐

代表取締役 吉谷 崇

〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町29-35渋谷Dマンション2階

TEL:03-5459-1618

FAX:03-5459-1619

HP:http://s-sr.jp/

 

業務内容:

・土木、建築、造園に関わる設計及び監理

・地域、都市計画に関する調査、研究及び計画立案

・都市デザイン、景観設計に関する調査、研究及び計画立案

・インテリア、家具の企画、設計及び販売

・公園遊具、路上施設等の企画、設計及び販売

・広告、宣伝に関わる企画、編集及び制作

・イベント等の企画及び運営

・前各号に付帯する一切の事業

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