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2013.03.06

EAAトークライブvol.2
「橋梁デザインのゆくえ」

2013年1月25日(金)、東京・本郷のGROUNDSCAPE knotにて、特集「橋梁デザインのゆくえ」の関連企画として記事執筆者と篠原会長によるトークライブが開催されました。記事執筆に引き続き、日本の橋梁デザインのトップランナーである高楊裕幸氏(大日本コンサルタント株式会社)と海外での橋梁設計の経験を持つ渡邉竜一氏(ネイアンドパートナーズジャパン)をゲストに迎え、EA協会の3名(篠原修会長、大野美代子氏、二井昭佳氏)と共に、これからの橋梁デザインに向けた密度の高い議論が展開されました。
当日の模様の一部をお伝えいたします。
(コーディネーター:新堀大祐|設計領域・EA協会)

地域を再編集するものとして橋を捉える

二井昭佳(以下、二井):僕が学生だった15年くらい前には、土木のデザインといえば施設単体のデザインが中心で、その質を上げるために一生懸命議論がなされていました。そのなかでも橋は花形で、いろんな知見が積み上げられて、魅力的な橋が少しずつ生まれていた時代だったと思います。その後、10年くらい前でしょうか。篠原先生がそろそろ専門分野ごとにバラバラにやるのは止めて、みんなで共同して1つの地域やまちを良い方向に変えていこうという考えをお出しになられた。これは今のまちづくりに繋がるものだったと思うのですが、その状況のなかで、水辺や広場といった空間デザインに比べて、橋は乗り遅れたのではないかと感じています。

だとすると、あらためて橋梁デザインについて考えてみたいと思って書いたのが先日の原稿です。そこでは最初にかえる橋を紹介しましたが、これは僕がすごく大事にしている橋のひとつです。それは、この橋が橋を架ける意味や、本当に橋に期待されている役割は何かを考えることの大切さに気づかせてくれたからです。原稿では、それをふたつの離れた地域を繋ぐこと、新たな場を創ることだと書きましたが、それを教えてくれた橋がシュライヒさんのニーゼンバッタハール橋であり、篠原先生の設計指導のもと㈱長大が設計をおこなった新西海橋です。僕は橋の形はもちろん大切だと思っていますが、それに加えてどのような橋を架ければ離れた地域が新たな関係性を持つことができるのか、あるいはあらたな場を生み出すことができるのかということも含めて、橋梁デザインと呼ぶべきではないだろうかと考えています。

では具体的に、それを橋梁設計のどこに位置付ければよいのかについてですが、意味にかかわるデザインは、形や構造のデザインよりも上位でないといけない。つまり橋梁計画の段階です。ただ今までの橋梁計画は、橋を架ける場所の狭い範囲のなかで決まる条件を総合して、形や構造を決めていくことが多かったような印象を持っています。でも意味を考えるためには、ちょっとひいて橋をもっと広い範囲で捉える必要がある。そうして見えてくる場を繋ぐための条件を加味して、橋が地域に対してどういう効果を生み出せるかを計画に織り込むことが大切だと思います。

話が少し抽象的ですので、原稿には書かなかった具体例で説明したいと思います。これは、最近関わった橋で中央区の月島川を渡る西仲橋という橋です。エイト日本技術開発の椛木さんやeauの山田さんたちが中心になって設計したもので、私は縁あって検討委員会の委員長を仰せつかりました。橋自体は40m程度の小さな橋ですが、月島川は結構良い場所なのです。今日は具体的なデザインについては触れませんが、西仲橋のデザインを考える際に、委員会や中央区の担当者も含めて、この橋が地域にどんな変化をもたらすことができるのかについて、割と多くの時間を割いて議論をしました。例えば、この橋はもんじゃ焼きで有名な西仲通り商店街の通り沿いにあって、対岸の勝どき地区は最近開発が進む活気のある地域なのですが、まずこの橋がふたつの地域をしっかり繋ぐ役割を果たしてもらいたい。それに加えて、西仲橋のまわりに人が溜まる空間ができれば、そこから月島川に沿って人が流れていくということも考えられるのではないか。そうすると、将来的にはこの護岸沿いの散歩道をもっと魅力的にすることも考えられるね。この橋だけでは無理かもしれないけれど、最近少し元気のない晴海トリトンともうまく連動するようなことを目指せると、3つの地区がより身近に感じられて人の動きが活発になるのではないか。もっというと、勝鬨橋を渡れば築地や東銀座があって、今は遠い場所というイメージがあるけれど、それも変えられるかもしれないといった感じで、話が非常に盛り上がる。つまり、こういう話は、役所側からみても非常に身近でかつ重要な内容だからです。そして、そういう議論を経ると、たかだか40mの橋なのですが、地域のなかの人の流れとか地域のイメージを変えるために良い橋を架けたいという雰囲気が得られるし、じゃあそのためにはどんなデザインが良いのかということも理解しやすくなってくるわけです。

ですから、僕はこの時点で橋梁デザインが始まっていて、この部分がこれからの橋梁デザインにとって非常に大切なのだろうと思っています。

暮らしを創るものとして橋を捉える

大野美代子(以下、大野):私が、橋を設計するときに大切にしているのは、どのようにして場所や時間、そしてそこに人々の暮らしを読み取るか、ということです。今日は、設計した作品をお見せしながら皆さんに感じていただければと思っております。

最初は歩道橋です。歩道橋の面白さは、プランニング、とくに平面計画から関われる点にあると思います。これは、はまみらいウォークといって横浜駅の東口からMM21に行くルート上にある、帷子川を渡る橋です(写真1)。コンペで勝った橋ですが、動く歩道を設置可能なことが条件でした。通常は真ん中に動く歩道を置いて両側を普通の歩道にするのだと思いますが、私どもは西側に動く歩道を寄せることにしました。東側の海に開けた空間づくりに対し、西側は海風と日差しが強いので、それらを和らげるシェルターの下に動く歩道を置くことで、より快適に利用できるようにしたいと考えたからです。

 

写真1:はまみらいウォーク

 

それからこれは川崎駅前にあるミューザデッキです(写真2)。ここは普段から相当数の人たちが通る橋です。そして、桁下もまた歩道になっていまして、その傍にはホテルやバス停もある。つまり、桁下の空間もかなり大切な場所になっている点が特徴です。そういう理由から、もともとは直線の線形だったのですが、地上レベルの人の動線も考えて緩やかなカーブを入れることで、橋が屋根の役割も果たすようにしています。橋の上の空間と下の空間、両方の空間を主体に作る。そうなると本当にディテールが大事でして、歩道橋には線形と構造の面白さがありますけど、ディテールを丁寧に考えることが非常に大事だと考えています。

 

写真2:川崎ミューザデッキ

 

次は道路橋で、広島の鶴見橋です。1990年ですから、22年前にかかわった橋です。この橋は、平和大通りという広島の都市軸の延長上に位置しています。橋の設計だけを頼まれたのですが、余計に手が動いてしまいまして、橋のたもとに広場をつくることも提案しました。そうすると上手く100m幅の道路を受け止めることができるのではないか、それに京橋川にアクセスできる階段を入れることによって川の空間とも繋げることができるのではないか。つまり橋が都市の中でどういう役割を果たせるのかを考えながら設計した橋です。

それから次は、長崎県長崎市の女神大橋です。じつはこの橋のディテールは、横浜ベイブリッジの時に実現できなかったものを使っています。全体の骨格はもっと別の形にしたかったのですが、1番安いという事でベイブリッジスタイルになりました。私は大きな橋であってもディテールまで考えることが必要だと思っていまして、とくにこの橋はたもとに道路があって近場からも見えますのでできるだけ細やかで軽やかなデザインにしました。

長崎県で2つ目の橋は、鷹島肥前大橋(写真3)で、当初デザインを頼まれたのではなくて検討委員会の委員だったのですが、出てきた案がコスト重視のいかつい折れ線の多い形状だったのですね。これだけの橋を造るにはたくさんの人たちが仕事をし、お金もかかる。コストだけ考えてみっともないものを後世に残して良いのだろうかと言いましたら、委員長からじゃあ大野さんやってくださいと言われてデザインすることになりました。ところが私共のデザインの方が、軽量化できてコストが安かったのです。デザインすると高くなるというイメージをお持ちの方が多いのですが、デザインによって逆に安くできることをぜひ覚えておいていただきたいと思います。

 

写真3:鷹島肥前大橋(添付参照)

 

最後にお見せするのが、鮎の瀬大橋(写真4)です。主塔の高さが140m、長さが390mの橋です。地形やシークエンスを考えて、このような組み合わせにしました。遠くからも一瞬見える場所があって、集落の方たちがあぁ自分はここに帰ってきたなと感じられます。それからこれが模型ですが、橋の両側に大小ふたつの広場を設けています。この橋では土木学会デザイン賞の最優秀賞などいくつかの賞をいただいたことも嬉しかったのですが、一番嬉しかったのは地元主催の10周年の記念イベントに呼んで下さったことです。その時には、この大きな広場に畳を敷いてお祭りをしました。去年の11月ごろにも行きましたが、この橋を見るためにお客さんが来ることで、農家レストランや縁側カフェなどができていて、集落の活性化に橋づくりが役立っていることを実感できて大変嬉しく思いました。

 

写真4:鮎の瀬大橋竣工10周年のお祭りの様子

橋梁デザインにおけるコンサルタントの役割

高楊裕幸(以下、高楊):今日は、お招きいただきありがとうございます。おそらく私の役割は、コンサルタントの立場からデザインをしていくことについて話すことだと思いますので、私の経歴をふくめて作品を見ていただきながら、あとで議論できるような話題を提供できればと思います。

まずコンサルタントの状況について言いますと、例えば私の会社では、年に1000件ほどの案件が動きます。そのなかで私たちデザイン室に入ってくる案件は、平均して30件くらい、だいたい全体の3%程度です。ただ、当然世に出ていくときには全ての案件が大日本コンサルタントの作品になりますし、コンサルタントの責任としてできるだけ全体の仕事の質を上げなければいけないと思っていますので、私はふたつの役割を担っていると考えています。ひとつはデザイン室で担当する橋を良いものに仕上げること、もうひとつはそれ以外の橋も少しでも良くなるように社内への情報提供をおこなうことです。後者について言えば、例えば今日配布させていただいた「風景と生活になじむ橋」といった橋をデザインする上でのポイントをまとめた資料などを作成するといった活動を地道に社内でも社外でもやっています。

それから前者について言えば、大学の先生たちが関与される仕事とは違って、コンサルタントが請ける仕事は基本的にデザインを要求されていないものがほとんどなわけです。ですから、これは特に大事な橋だと思うものを選んで、なんとか発注者を説得しながら、いい橋を造る努力をしないとそもそもデザインすることができない。でもそういう社会状況であっても、きちんと形を考えて責任をもってやるべきだということをコンサルタントが言い続けなければ、二井さんが初めにおっしゃったような出遅れ感がいつまでも払拭できないような気がしています。

ちょっと時代を振り返りながらお話ししますと、私が土木デザインを始めた頃には、ほとんどの発注者はデザインに関心がない状況でした。ですから、デザインの効果や必要性を一生懸命説いてまわり、やっと10万20万程度のパース代をもらって、ほとんど手弁当でデザインをするところから始めたわけです。

その後、篠原修先生を始めとして様々な有識者がデザインに関与されるようになって、私たちも少しずつ仕事としてデザインができるようになっていきました。これは新豊橋で、日本道路公団でずっとデザインをやってこられて、うちに来ていただいた田村幸久さんと密につめてやった仕事です。篠原先生が委員長をされて、先生に仕事の流れをしっかり作っていただいて、田村と私でデザインに打ち込めた仕事です。おかげさまでこれまで賞もたくさんいただいて、こういうことで周りの見方が変わっていくというのも経験しました。

それから、新四万十川橋は今年の土木学会デザイン賞をいただいた作品です。見ていただければわかると思いますが、普通に見えるように作った橋。四万十川の中で普通に見えるにはどうしたらいいかを一生懸命考えて、トンネルと橋梁のつながりまで一体的にデザインしています。風景のなかでおとなしく、でも綺麗に見える橋。そういう橋がデザイン賞で認められる、あるいはデザイン作品といって世に出せる、遅まきながら世の中は成熟してきていると、僕は思っています。

 

写真5:2012年度土木学会デザイン賞を受賞した新四万十川橋

 

ただ、まだまだ課題はたくさんあります。これは、日本初の国際橋梁コンペで最優秀賞をいただいて、詳細設計もすべて終えたのですが、ある事情で日の目を見なくなった橋です。それはともかく、こうしたコンペで勝った仕事ですら、設計協議では全て三案比較を求められる。総工費の上限が設定されているのに、材料も一番安くないと通らない。後世に残せるような良い橋にするためにコンペ方式にして、提案を評価してもらって関わっている仕事なのに、結局は請負仕事で、任され仕事にならない。ここが、とってもさびしい。

 

図1:平和大橋歩道橋デザイン設計競技で最優秀案に選定された案のパース

 

先ほど結構、賞をいただいたという話をしました。でも逆に言えば、25年間やってきて、10数作品程度しか世の中に認めてもらえているのがない。仕事をするなかで、デザインするためにはまず段取りや調整が重要で、それは今後もそうだと思うのだけど、もう少しデザインそのものに時間を割けるようになる必要があると考えています。ですから、みんなが少しでも良いものを作っていけるシステムを作らなきゃいけないし、そのためにはデザインに対する教育も整えないといけないというのが、橋梁デザインのゆくえに対する私の提案というか課題であります。

共有される設計プロセスの大切さ

渡邉竜一(以下、渡邉):つい最近まで、僕はヨーロッパで4年間橋梁の設計の仕事をしておりました。そのなかで実際に関わったプロジェクトやその設計プロセスなどを踏まえながら、これから日本で取り組んでみたい、また今後大切になってくるのではないかと考えていることについてお話ししたいと思います。

最初に歴史的な話を簡単にしますと、近代以後を見ると、技術に導かれたエンジニア思考の形が支配的なケースと、アーキテクトによって描かれた形が支配的なケースの2つが、時代ごとにあるように感じています。これらはどちらも「かたち」が先にあって、そのなかでものを思考していくようなありかたです。しかし、例えば日本でも通潤橋のように、かつてはその場所ならではのヴァナキュラーな技術や材料、目的があって、その結果として「かたち」が生まれてくるような橋のありかたがあったのではないだろうかと考えています。

僕はベルギーのネイ&パートナーズという事務所で働いていたのですが、この事務所ではある意味では通潤橋に近い、つまり「かたち」が先に存在していなくて、あくまで思考した結果として「かたち」が現れるような設計プロセスを非常に大事にしている点が特徴です。ですから、設計の中心に、いかにエポックな人たちと議論して、共有される形を生み出すかということが置かれている。そのために、まず多くの人たちと専門性を超えてコミュニケーションできるような場所を設けることがおこなわれます。これは二井さんの話とオーバーラップするところもあるのですが、そこでは橋の方向性を共有するためにまず言葉だけで議論する。そのなかで、いろんな制約条件として歴史性や機能性、経済性やメンテナンス、施工性など目的を満たすための条件を吟味して、それらに重みづけをおこなっていきます。そして、それにしたがって力学をベースに「かたち」を解いていく。そうすることによってある合理性を保ちながら、様々な人たちと共有できる新しい橋のありかたと形が生まれる。こういう設計のありかたが大切なのではないかと考えています。

いくつかのプロジェクトをお見せすると、新しい技術とか街のシンボルとして橋が求められたケースではKnokke Footbridgeのような橋になりますし、これとは対照的にベルギーのブルージュでは景観の中で非常に繊細な透明感のある橋になります(Smedenpoort Footbridge)。これは今進んでいるオランダのプロジェクトで、Promenade bridgeという河川敷にある道路橋なのですが、シェルのような形をしています(図2)。これは僕らが提案したというより、住民の方たちといろいろ議論するなかで決まったものです。最初は、プランターを置いて花を植えたいという話もあったのですが、そのうち河川敷で凧揚げのイベントがおこなわれるから、そういうイベントを眺められる場所を用意してほしい、という話がでてきて、結果的に桟敷席のような広場のある形に結実していきました。それで今、実際に施工に入る段階なのですが、出来上がった後に橋上をどのように使うかということについて、学生さんたちや若い建築家がここにブースを作って仮設的なイベントを行う予定になっています。最初にかたちの議論をしないことで、さまざまなもののありかたが生まれていて、それがそのプロジェクトにかかわる人と、住む人たちとを繋ぐ役割を果たしている。こういうプロセスを踏むことがこれからの橋梁デザインにおいて有効なのではないかと思っています。

 

図2:Promenade bridge, Nijmegen (NL) ©bmd

 

 

ありがとうございました。4人の方にプレゼンテーションしていただいて、いろんなテーマがでてきました。今日は、あらかじめ執筆者のみなさんにそれぞれ質問を用意していただいていますので、それを議論のスタートにしたいと思います。それでは、まず二井さんから大野さんへの質問をお願いします。

ひとの感覚を大切にする

二井:大野さんの原稿で印象的だったのは、デザイナー生活の結論として挙げておられたのが、美しさではなくて、居心地のいい空間を創ることだった点です。それで大野さんはおそらく控えめに結論だとおっしゃっていますが、作品を拝見すると、じつはかなり早い段階からそう考えておられたのではないかと感じています。実際には、いつ頃からそういう意識で取り組まれていたのでしょうか。

 

大野:いかに毎日を気持ち良く暮らせるようにするか。それがデザイナーの仕事だと思っていますので、そういう意味では橋にかかわる以前からそういうスタンスだったと思います。

 

二井:なるほど。僕が学生の頃の印象ですと、橋に対して居心地という単語が使われることはほとんどなかったように思うのですが、仕事をされていくなかで、なぜそういう感覚がないのかと感じられることも多かったのでしょうか。

 

大野:そうですね。利用者には高齢者から赤ちゃんまで色んな生活のステージがあるわけです。高齢者はやはり長距離歩くのは大変です、特に歩道橋を登ったら、すこし座って休みたいなと感じるだろうと思うわけです。そういうことを想像して、空間を創るのがデザインだと思うのですが、橋にそれを持ち込んだときには結構びっくりされました。なんで橋の上にベンチを置くのかって。

じつは、私はあまり形を作るという意識を持っていなくて、むしろこういう空間が必要だというのがあって、それに対して形を決めるというスタンスで今までやってきたつもりです。とくに空間を感じるのは触覚かなと思っていますので、視覚だけでなくて触覚を大事にしています。そういう意味では、もっと人間の感覚を大事にしてもいいのかなと感じています。

 

高楊:僕も同感です。美しい形を一生懸命議論していくと最後は人によって意見が違うよねという話になりがちですが、居心地の良い空間ということだとかなりの割合で共有することが可能だと思います。ですから、じつは9割近くの橋は、空間からきちんと話をしたほうが良い橋が出来る確率が高いのではないかと思います。

 

 

次は大野さんから渡邉さんの話を聞いて何かご意見ご質問をいただければと思います。

ヨーロッパと日本の違い

大野:いろんな意味で正論をお書きになっていると感じたのですが、お聞きしたいのはベルギーの事務所にいらしたときに、どういう仕事の取り方をしているのかなということです。やはりコンペが多いのでしょうか。

 

渡邉:ネイ&パートナーズの仕事の取り方はいろいろあるのですが、橋梁のプロジェクトではコンペが多いですね。ヨーロッパと日本を比べたときに、発注の制度の差は歴然としていると思います。向こうでは橋梁に限らず基本的に公共のものはコンペになります。とくにベルギーにはユニークな制度があって、北部のフランダース地方では20年くらい前からコンペの発注制度のなかに建築家やアーティストを入れてコンペの制度を成熟させてきています。それと最近ではワークショップをやりながら進めるケースもでてきています。こちらは、直接行政からコンタクトをもらって仕事になる感じです。

 

篠原:セーヌ川のソルフェリーノ橋を設計したマルク・ミムラムさんも、基本的にはフランスも全部コンペだと言っていました。それに、韓国や中国でも大きな橋はコンペがおこなわれている。そう考えると、日本は世界的に見ても非常に特殊な状態にあるのではないかと思います。

 

渡邉:それはおっしゃるとおりだと思います。設計をやるうえでまったくコンテクストが違うというか、仕事が成立するテーブルがそもそも違うというのは非常に感じます。

 

篠原:それは日本の建設コンサルタントはお手伝いから出発しているから、デザインを頼んでいるっていう意識が発注者にはないんだよね。それを変えないといけないのだけれど、なかなか難しい。

 

大野:今の話に関連してですが、発注者と設計者の立場の関係はどのような感じなのでしょうか。発注者側にもエンジニアはいますか。

 

渡邉:基本的に行政内部にエンジニアはいないです。ですから、プロジェクトを判断できる人間を外部から入れています。日本でいう委員会に近い形ですが、もう少しチームとして機能していて、建築家や歴史家、プロジェクトマネジメントのプロなど様々な専門家で構成されます。そしてこのチームが最初にイニシャルのプランを考えます。それをもとにコンペを発注して、彼らが審査するところまでを担当しています。

 

篠原:マルク・ミムラムさんも審査員には市民の代表や文化人が含まれていると言っていた。僕も太田川放水路のコンペの時にはいろんな人に審査員として入ってもらうようにしました。ただ問題なのはさっき高楊さんが話したたように、コンペで勝ったにもかかわらず、そのあとは発注者とコンサルタントの契約になるので、いつも通りの関係になってしまう。

 

二井:この話の流れだと、ヨーロッパはすごく良くて、それに比べて日本はという感じですが、僕がスイスで聞いた話だと、基本的にはコストをかなり厳しく問われているようです。

それから、コンペも多くおこなわれていますが、そこでもコストの話が出るようです。私が所属していた研究室の先生は、コンペの委員会ではいつも工費増額のことで戦わなければいけないんだ、そうやって若い人たちに場を与えていくのも大学人の大事な仕事なのだとおっしゃっていました。

 

高楊:でも任されてはいるのでは?日本だと設計条件からはじまって全てのことを役所に確認していかないといけないわけですが、そのあたりも同じなのですか?

 

二井:僕が知っている範囲でいうと、全部任されるということはないと思います。とくにコストは。だから、コストを減らすための工夫を色々していると思います。ただ、先ほども言いましたが、発注者と設計者の関係はかなり対等に近い印象を受けました。

 

 

今の議論の続きはまたあとで出てくると思いますので、渡邉さんから高楊さんに何かご質問があればお願いします。

デザインが求められていない圧倒的多数の橋をどう考えるか

渡邉:コンサルタントとしてデザインの主体性について具体的にお考えになられていることがあれば教えていただきたいのと、それを職能として確立するためにお考えになっていることがあれば教えてください。

 

高楊:回答になっていないかもしれませんが、私は設計者にはふたつのタイプがあると思っています。ひとつは基本的に構造計算だけを担当するタイプ、もうひとつは橋梁計画から担当するタイプ。後者のタイプは、やろうと思えば形にもこだわることができるわけですが、現実的にはそれにこだわっている方は非常に少ない状況だと思います。その背景には、ほとんどの仕事では我々が思っているようなデザインが求められてはいないというのがある。ところがたまにコンペとか重要な案件でデザインが求められる場合があって、その時にはじめて職能が意識される。今の状態だと、大野さんや篠原先生のお弟子さんとか、設計事務所やデザイン事務所の人たちと組んで一緒にやるということが多くなっていると思います。それはそれで良いと思うのですが、それだけだと全体の9割くらいの橋は何も考えずに設計されてしまうという問題がありますので、私はやはりコンサルタントのなかに形に対して責任を持って考えて、常に社内で文句をいい続ける人が欲しいとずっと思って頑張っているという感じです。

ですから実は、社内にデザイン室を設けた時には、大日本のなかのM&M(大野さんの事務所)になりたいと上司には説明していました。1番わかりやすい。大日本の中でM&Mを作るというその役割と、社員みんなが底上げしていくという、その2つの役割が少なくともあると思ってやっているというのが私の考えです。

それで、私が二井さんにお伺いしたいのは、人々が集まる場所の橋やまちのなかで重要な要素になるべき橋については、我々も日頃活躍していますし、それはある程度デザインされているわけです。ところがその一方で、意味をどのように見出せばいいかわからないような橋たちが相当数あると思うんですね。そういう橋に対して二井さんはどうしていったらいいのかとお考えでしょうか。

 

二井:僕が橋梁計画に橋の意味を考える条件を加えたいといった理由は、むしろ相当数の橋を意識してなんです。僕の印象では、歩道橋を除くと、橋の規模が大きくなるほどきちんとデザインをやるべきという認識があるように思うんですね。その一方で、規模が小さくなるほど、技術的な面白味も少ないし、まぁプレテン桁でも架けとけばいいんじゃないみたいな雰囲気が、発注者にも設計者にもあるような気がしています。でも、小さくても、その地域にとっては非常に重要な橋だってあると思うわけです。むしろ、まちづくりの観点から言うと、町はずれで大きな川を渡る橋より、まちのなかにある小さな橋のほうがよっぽど住民にとって身近で重要な可能性が高い。ただ、発注者がその重要性に気が付いていない場合も多いと思います。ですから、もし橋梁計画で橋を架けることの意味をしっかり議論することができれば、そういう橋で救えるものが出てくると思っています。その一方で、一生懸命考えたけど、どうしてもその意味が見いだせないという橋があるとすれば、その時はコストや耐久性を重視してシンプルに設計すれば良いのではないかと考えています。そこで浮かせたお金をもっと大事な場所にかけて欲しい。そんなに簡単に割り切っていいのかといわれるかもしれませんが。

 

高楊:国によっては、あまり場所性を持たない橋でも格好良かったりしますよね。そう考えると、標準設計の良いデザインも必要なのではないかと思うのですが、そのあたりはいかがでしょうか。

 

二井:良いデザインの標準設計の必要性については、僕も同感です。どんな橋であっても、今日お配りになられた資料に書かれているような最低限やるべきことはやったほうがいいですよね。ただ、どの橋を標準設計でやるのかは、規模で決めてはいけないと思います。そこは、先ほど言った橋の意味を考えて、その地域にとって重要かどうかで決めるべきです。そういう意味でも、橋梁計画の条件に、橋を架ける意味を加えるべきだろうと考えています。

 

篠原:そういう橋の重要度を考慮して計画するということについては、じつは先例があります。関東大震災の時の復興橋梁はまさにそれですね。一応今も、国交省は景観アセスメントをやって、重点事業を決めてはいますけど、それがコストとしても徹底されているかというと、そこまではいっていないですね。つまり、価値についての議論をずっとやってきてないわけです。これは橋だけに限らないけど、価値というと費用便益効果になってしまう。これを打破しなきゃいけないわけですが、なかなか難しい。それでも以前に比べれば検討委員会も増えたから、少しは良くなってきたとは思うけど。

もう1つはね、戦前は直轄、つまり役所の内部で設計をしていたので、エンジニアが計画をたてて設計をやって工事の監理までやっていました。でも、今は役所もコンサルタントも、それぞれの段階ごとに担当部署や会社も変わってしまうわけです。つまり、戦前みたいに同じ人がずっと見ていないからフィードバックが効かない。このルート計画では良い橋はできないでしょうって言っても計画を担当している人たちは橋の完成像までは考えていない。これが非常な欠点ですね。

変わらない「仕組み」を乗り越えるには

この特集を組んだきっかけは、先ほど二井さんがおっしゃっていたように、僕らが学生の頃には、橋のシンポジウムやワークショップが結構あったのに、最近はあまりないなぁということからでした。当時はだいたい3つくらいのことが議論されていて、ひとつは、良い橋のデザインとは何かについて、ふたつめは海外の事例の紹介。そしてもうひとつが橋のデザインを取り巻く「仕組み」の話だったと思います。仕組みについては、発注者の権限が大きいことや設計の一貫性が未担保であること、そしてデザインの責任の所在の不明瞭さなどが指摘されていました。15年くらい前から、だいたい問題点は見えていたと思うのですが、今もその状況はあまり変わっていません。それはなぜなのでしょうか?

 

篠原:僕はその問題をずっと言い続けてきたけど、向こうもなかなかしぶといからね。なかなか権限を手放さない。だから結局は、市民の支持を得ることだと思う。

 

そうすると二井さんや渡邉さんの話と繋がってくると思うのですが、市民がわかるようなデザインプロセスのありかたについて議論をしていかないといけないということになるのでしょうか。
ただ、橋は住民参加でおこなわれることがほとんどないですよね。橋は専門家がやりますという感じで、一般の人からみると取りつく島がないのではという印象があります。そう考えると、設計者側の姿勢にも課題があるのかなと。

 

篠原:でも先ほど二井さんが言っていたように、この橋はなんのために架けるのかというところから始めれば、住民参加でやることは十分可能だと思うよ。特殊かもしれないけど、日南市の油津の木橋はそれに近い方法だったね。高速道路の橋とかだとなかなか難しいだろうけど、まちのなかの橋だったらできるでしょう。

 

二井:篠原先生がおっしゃるようになかなか仕組みは変わらないわけですよね。だから、仕組みの話になるとどんどん暗くなってしまう。だから僕は、逆に設計者側が普通に発注された橋なのだけれども、橋の意味などを考えていくこの橋は大事だという理由をつけていくしかないのかなと思っています。高楊さんはまさにそれをおやりになっている。だから調整に時間がかかるし、相当な精神力も体力も必要ですよね。本当にすごいなと思います。

 

篠原:そういう意味でいうとちょっと言葉は悪いけど、土木にはなんとかして自分でデザインをやれる状況にもっていくための努力が欠けているよね。建築の連中はそれすごいよ。

 

二井:例えば、発注者や一般の人にとって、この形とこの形の橋どっちがいいですかということはかなりの難問なわけです。だから、いきなり橋の形の話をしてもなかなか理解が得られない。そもそもデザインすることも求められていないわけですし。でも、この橋が架かると地域の人の動きがどう変わるかとか、それによって地域に良い効果が生まれそうだとか、それから大野さんがおっしゃっていたように気持ち良さそうだとかということは、理解してもらいやすい。とくに、まちづくりの時代になったことで、地域を良くするにはどうしたら良いかを考えている役所の人たちは増えていると思います。ですから、まずはそこからうまく切り開いて、合意を得ることが大事だと思います。そうやって、役所の担当者が、彼の上司やさらには首長にも説明できる道筋をきちんとつくる。それも大事なデザインのひとつだと思います。高楊さんのおっしゃっている調整とはそういうことですよね。

 

高楊:例えば100のうちの3から5つくらいはしっかりデザインのプロが手を動かしてやる橋で、それは結構デザインされるようになってきているのだと思います。そして、それ以外のうち10から20くらいは、今おっしゃったように橋を架ける意味や居心地から考える橋がある。今は、それらもほとんど何も考えられずに設計されているという問題があると思います。それを変えるためには、例えば一般図にまちにおける橋の位置づけを書かせる仕組みとかが必要だと思います。そういうのがないと、結局何も考えない設計者が多いから。そう考えると、やっぱり仕組みも欲しいなという気がします。でも仕組みとしてできないのであれば、設計者側が何か行動に移していかないと、20年前と変わっていないことは、これからも変わらないのだろうと思います。

 

篠原:仕組みが変わらない理由のひとつには、役人の担当期間が短いことも関係している。昔はだいたい片が付くまで6・7年はそのポストにいたわけです。だから、これは自分がやっている橋だという意識が持てた。でも今の期間では、そういう意識を持ちにくい。それともうひとつは、彼らは良い橋を造っても役所内部で褒められない。だけど失敗すると非常にたたかれるでしょう。これでは、やる気がでないよね。これは変えないといけないと思います。

 

渡邉: 僕も長期的にみると仕組みを少しずつでも変えていく活動は必要だと思っています。ただ、その一方で設計者としてどのようなことができるのかを考えるのも大切だと思います。僕らの事務所は、エンジニアの事務所ですが、技術をベースに意匠も踏まえた提案ができることが強みだと思っています。とくに、日本では技術と意匠が分かれているので、そこに僕らが入っていける可能性があるように思います。実際、日本に会社を立ち上げてから1年経っていないのですが、いくつかプロジェクトも動いていますし。そういう意味では、設計者側がどうやってチャンスを見つけるかというのが大切だろうと思います。

 

 

時間があまり残されておりませんが、おいでいただいた会場のみなさまから、ご意見やご質問がありましたらお願いします。

 

 

会場:土木の設計や空間デザインをしているものです。貴重なお話をありがとうございました。渡邉さんにお聞きしたいのですが、ベルギーのコンペ事情について、20年ほど前から成熟してきたという話をされていたと思いますが、そうなった経緯についてお伺いできればと思います。

 

渡邉:さきほど話したベルギーの制度はフランダース政府建築家制度というものなのですが、この制度ができた背景には、20年ほど前に、ベルギーの有名な建築家、コルビジェのところにいた方ですが、彼がシンポジウムなどで、ブリュッセルが世界で1番醜い街だと言ったんです。それがきっかけとなって、ちょうどそのころ盛り上がっていた学生運動とも結びつきながら、そうした状況を改善するために市民の力で国を動かしていったという経緯があります。その時にベルギーは大学にエンジニア・アーキテクトという職能を育てる学科をつくったんです。そこでは建築家と技術者の中間的な教育をやっている。実は僕の事務所の大半はエンジニアですが、なかにはエンジニア・アーキテクトという肩書の人がいます。つまり、大学のカリキュラムとしても、職能や肩書としてもエンジニア・アーキテクトというのが実際にあるんですね。フランダース政府建築家制度のコンペ以外のもう一つの特徴は、建築や土木など幅広く扱うわけですが、とくに一般の人に伝える方法に丁寧に取り組んでいます。外部機関としてフランダース建築家協会があり、一般に向けた展覧会やイベント、ワークショップを行なっていたりするわけです。そうした人たちが、市民と行政を上手く繋ぎながら、20年かけて議論を深めていった結果、制度として成熟してきたという形になっています。

 

会場:ベルギーでは、その母体となってきた組織のネットワークが継続しているのですか?

 

渡邉:そうですね。例えばブリュージュやルーヴァンには、住民たちと建築や都市を考える組織があって、建築家やデザイナーを呼んでレクチャーをやったりしています。もちろんそこには普通のおばさんも来ますし、そのあとみんなで軽く飲みながら話をしたりしています。向こうにいると、建築やインフラのデザインが文化のひとつになっているところはすごく感じました。

 

会場:今日はありがとうございました。私は大学で構造を教えている者ですが、高楊さんのお話にあった教育とシステムのうち、教育についてはこれから学生に対してどういうことを教えていくと理想的な方向へ向かうのかについてお考えを伺いたいと思います。

 

高楊:じつは私は20年間ほど大学などで非常勤をやらせていただいているのですが、そのなかでは大きく2つを伝えたいと思ってやっています。ひとつは形を考えることは重要なんだよ、ということです。橋だけではなく何でもそうですが、構造ありきで入るにしても、きちんと形を考えなきゃいけないということをまず教えています。土木以外の分野にはデザイナーという職能があって、きちんと形に対する責任をもって世の中にモノを送り出している。土木だけがある意味でそれを怠っているんだという話をしています。それともうひとつは、構造や水理、土質という学問と同じレベルにデザインとか景観があるわけだから、それぞれ得意なものを磨くと同時に、ちゃんとチームを組んで初めてモノができる。だから、景観やデザインは決して特別なことではないということを伝えるように心がけています。

 

会場:建設コンサルタントで橋梁設計をしているものです。私は発注者の問題もあるかもしれないけれど、基本は建設コンサルタントの問題が大きいように感じています。たとえば、コンサルタントのなかには、橋梁の初回打ち合わせで、発注者にこの橋は景観を考えますかと聞く人たちがいるわけです。それで、考えなくて結構ですと言われたら嬉々として普通の橋を設計する。もちろん今のコンサルタントは忙しくて暇がないというひどい環境にあるのも理由なのでしょうけれど、ゆとりがあったとしてもきちんと設計しようと考える人のほうが圧倒的に少ないと思います。そういう意味では、コンサルタントが変わらないといけない部分も大きいのではと感じました。

 

高楊:お互い社内でがんばりましょう。

 

篠原:最後に一言だけ。静岡県の仕事を手伝っている関係で年に3,4回は県内を見て歩くのですが、新東名の高架橋のデザインレベルは結構高いと思う。だから暗い話も多いけれど、少なくとも高速道路の橋については昔に比べて相当レベルがあがっていますよ。それから、2年ほど前に政策大を辞める時に話をしてくれと言われて、職員の人たちも参加するということだったので、自分がやった橋の話をしました。そしたら、橋はね、結構ファンが多いんですよ。だから、橋には潜在的な支持母体があるわけです。そういう人たちにうまくメッセージが伝わるか。今は、まだ市民とうまく繋がってないということだと思います。そこを変えていくのが大切なのだろうと思います。

 

(2013年1月25日(金)18:00~20:00/GROUNDSCAPE knot にて 文責:EA協会機関誌編集部)