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2011.12.03

自然の力学的法則の確かさと美しさに魅せられて

福留 脩文((株)西日本科学技術研究所|EA協会)

「長年の経験と深い洞察に裏打ちされた、簡単に文章化できない技術や知識を、どのようにして若い方たちに伝えていけばよいのか・・・」というテーマの執筆依頼を頂いた。まさにその通りである。

1972年、ストックホルムで開かれた国連人間環境会議で、地球規模での生態系の危機が国際的に議論された。このことに強い関心を持っていた私は、1986年、スイスのチューリッヒ州で試行されていた近自然工法という新しい土木の思想と技術に出会った。それは、森、川、湖沼、草原といった異なる生態系の境界領域が有する、生物の多様性に着目した環境復元への取り組みであった。わが国でも、1990年11月、当時の建設省河川局から、「多自然型川づくりの推進について」の通達が出され、河川が本来有している生物の良好な生息・生育環境に配慮し、あわせて美しい自然景観を保全あるいは創出するという川づくりの時代が始まった。その後、さらに、当事業に関連する法律や制度が整備され、また、学際的な研究の取り組みも始まり、関連する技術資料の蓄積も進んできた。

しかし、川づくりの現場では様々な成果が上がる一方、計画・設計や施工現場の段階では、依然として従来と変わらない治水・利用に偏重した川づくりや、標準断面による画一的で安易な川づくり等が行われていることが指摘されている。

その、計画・設計段階での混迷は、自然復元を目的とした土木設計で、護岸や水制といった土木構造物を設計する前に、河川という自然を常に変化し成長していく過程として捉える見方が欠落しているように思われる。私は、治水と環境に調和する川づくりを考えるコツとして、河川が持つ自然の力学的な法則性を認識することを課題としている。河道の蛇行も、その形の中に淵と瀬と砂州が一定の関係を保つことも、そこに自然の力学的な法則性が現れている。それは水の流れが作り出した川の蛇行と、その流水の力によって侵食されあるいは堆積した河岸・河床の地形に現れている。

昔の人たちは、洪水時にこうした水の流れや地形を観察して、水制や根固め工等の伝統工法の構造と配置を考え出したに違いない。私もまた、洪水のときの流れと普段の流れとを、繰り返し巻き返し観察してきた。現代文明にどっぷりと浸った我々は、本当の自然をあまり良く知っていないのではないだろうか。私が現在の仕事をする上で、高知県に住んでいて良かったとつくづく思うことは、自然の川を再認識したいと思ったとき、一時間足らずで色々な自然のあるいは自然に近い現場に行けるからである。

高知県東部の、北部で徳島県と接する馬路村は、面積の96%を占める山林に囲まれた、人口千名足らずの過疎の村であるが、今日では過疎化に歯止めをかける「元気村」として知られ、とくに農協が販売するユズ加工品や、森林組合が販売に力を入れる魚梁瀬杉の木工芸品は全国的な知名度を得ている。この村を縦断して流れる安田川は、「清流めぐり利き鮎全国大会」で2度のグランプリを受賞し、ダムもなく清浄な水が固有の優れた地域資源を育んできた。また、夏には都会からやってくる川遊びや釣りを楽しむ人たちで賑わう。

しかし、集落の中心地でユズ工場が立地する地先の1km弱の河道は、かつての河川改修でほぼ直線化され、河床に堆積する石礫も小型化して早瀬・平瀬が連続する単調な河道になっていた。2007年、その単調化した河道で、昔ながらの淵を創出することになった。

 

図1 淵の復元を試みた位置図

 

写真1 巨礫と淵をなくし生物の多様性を失った現場

写真2 天然の淵と瀬が残された上流の風景

 

淵の位置決めや、その水深を維持する水制2基は、河道線形や上下流の自然な河岸・河床を観察して私が設計したが、実はこの工事、馬路村農協の組合長が発案している。「ふるさとの山河に豊かな自然を取り戻したい。馬路には、都会から多くの人たちがやってくる。そのシンボルはやはり渓流であり、魚が豊富にいて初めて自然豊かな環境と言える。地域名産のユズもそうした自然の中で育てたい」、と組合長は考えた。工事の許可は、管理者である高知県の土木事務所と村が協議して決定し、施工機械や材料の石材は、地元の建設会社と農協が準備した。地域連携によるこの年の安田川再生工事は、わずか2日間で終ったが、成果は予想以上となって現れた。翌年夏季にアユ、アマゴの生息数が大きく増加し、冬季には貴重な越冬場所を創出したことが調査により確認されている。

 

写真3  工事後7ヶ月経った水制と置き石群。2基の水制の前面には淵が創出されている

 

写真4  2008年7月、水制間に集まるアメゴ

図2  魚類調査の結果、工事後(2008、2009年)において水制設置区の魚類生息密度が大きく増大していることがわかった。復元した淵でのアユ(当地域での最重要水産資源)の生息密度は周辺の4倍に達した

 

近自然工法の先進事例が点在する高知県には、年間10数組が視察に訪れるが、安田川の再生現場にも、全国の行政担当者、コンサルタント、施工業者が訪れるようになった。愛知県の大手建設会社は、2008年より、馬路村で3泊4日の石積み研修を毎年実施している。近自然工法の考え方に共感された社長の希望で企画されているが、同社は業務で直接この石積み技術を使うわけではない。豊かな自然が残る高知県の川で、その構造の美しさに感性をゆすぶられ、これに少しでも近づける土木の技術を学ぶ。その動機はモノづくりへの欲求が原点だろう。

 

写真5  研修参加者と完成した石積み

 

写真6 研修により伝統的な石積技術で完成した水制工

 

一方、安田川流域には石積みの棚田に代表される日本の山里の原風景が守り継がれている。また、馬路村および安田町に点在する石造りの隧道を含む「旧魚梁瀬森林鉄道施設」は、2009年7月、国の重要文化財に指定された。河道復元に用いられる近自然工法はこのような地域の文化的景観の維持・復元にも応用される技術(石積等)であるため、このような技術を施工にあたる地元建設業が習得し、継承していくことは、河川の再生にとどまらず意義のあることである。当然そこには石積みの伝統技術の伝承があるが、紙片が尽きたので別の機会に譲る。

 

図3  瀬と淵再生工事に関わった団体と、工事の波及効果

 

土木における技術の継承を考える

福留 脩文Shubun Fukudome

(株)西日本科学技術研究所|EA協会

資格:

博士(工学)

技術士(建設部門)

1級土木施工管理技士

1級造園施工管理技士

 

略歴:

1943年 高知県生まれ

1967年 東海大学工学部土木工学科卒業

1974年 (株)西日本科学技術研究所設立、代表取締役就任

 

主な受賞歴:

国務大臣環境庁長官より感謝状受賞(H.11.5.26)

国土交通省九州地方整備局優秀技術者局長表彰受賞(H.17.7.20)

(社)土木学会「2010年度河川技術に関するシンポジウム」優秀発表者賞(H22.6.4)

 

主な著書:

「近自然河川工法」(1990年 ㈱信山社発行 チューリッヒ建設局クリスチャン・ゲルディ氏共著)

「近自然の歩み-共生型社会の思想と技術-」(2004年 (株)信山社サイテック)

「自然公園シリーズ1 登山道の保全と管理」(2008年 古今書院 福留分担執筆)

 

組織: 

(株)西日本科学技術研究所

代表取締役 福留 脩文

〒780-0812 高知市若松町9-30

TEL:088-884-5151

FAX:088-884-5160

HP:http://www.ule.co.jp/

 

業務内容:

・河川整備に関する設計・施工指導

・登山道整備に関する設計・施工指導

・土木工事一般に係る景観デザイン検討

・近自然工法の施工指導および普及活動

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