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2013.07.20

現代社会における歴史的環境との向き合い方

北河 大次郎(文化庁文化財調査官)

ステレオタイプ化された技術者像とその脱却

ヨーロッパで、技術者と建築家の職能を分けて考えるようになるのは18世紀以降のことである。そして、19世紀後半になると、両者はそれぞれステレオタイプ化されるようになる。パリ・オペラ座を設計した建築家シャルル・ガルニエの言葉を借りるならば、技術者は「過去の伝統を次々と放棄」し、科学を駆使して進歩のデザインを推し進めるのに対して、建築家は土地、政治、文化の背景を有機的に結びつけてデザインを行うというのである。彼は両者を理性vs感性という単純化した対立の構図で捉え、進歩のデザインは「人類の精神の強烈な表明」であって、普遍性、画一性に向かう傾向があるとも指摘している。

ガルニエには、技術者が新たなタイプの構造物を次々と生み出す一方で、芸術としての建築の伝統が消滅してしまうのではないかという強い危機感があった。時代は、エッフェルや高架メトロの構想が社会を賑わせていた1880・1890年代である。

様々な議論の末、結局パリには科学技術の論理に土地の伝統が加味された近代構造物が実現することが多かった。しかし、そのことによって普遍性、画一性へと向かう進歩のデザインの系譜が途切れたわけではない。むしろ、その後のモダニズムの潮流、建設技術の発展、アメリカ的な効率性追求の思想といった諸要素を取り込みながら、20世紀になって世界各地で、また建築分野も含めて展開したことは周知の通りである。

戦後日本の国土づくり、都市づくりはその典型的な実例といえよう。高度成長期以降、我々は多くを創り出すと同時に、「過去の伝統を次々と放棄」することで、多くのものを失った。高度な経済社会秩序が形作られる一方で、地域に伝統的に育まれてきた国土と都市の文化的調和は大きく損なわれた。そして今、過去と現状を直視して、その調和を再び取り戻そうとする気運が高まっている。

こうした歴史の流れを踏まえれば、現代の日本技術者が目指すべき方向が一つ見えてくるのではないだろうか。19世紀・20世紀型の技術者像から脱却し、技術と土地、政治、文化との有機的な結びつきを再構築すること。西洋型の近代化を盲目的に推し進めるのではなく、近代文明には本来複数の形がありうることを自覚し、地域と時代にあったそのあり様を探究すること。ここではこうした問題意識の基に、新たな国土・都市探究の具体的な糸口として、文化財分野における近年の取り組みを紹介したい。

 

文化財の保存活用と価値の探究

近年、文化財の概念が拡大し、保護の対象が多様化するに従って、従来のモニュメントとは異なり、社会と共に歩み続ける建造物や景観も多く指定、登録、選定されるようになった。それらは博物館で保管・展示するように、経済社会から隔絶して保護することはできず、むしろ現代社会を支える要素であることが多い。そのため文化財担当者も、現実の社会環境の中で如何にして文化財固有の価値を保持・継承し、それを社会一般における新たな価値創出の拠り所とし得るか考える必要が生まれている。土地の歴史や文化を踏まえて豊かな空間を創り出すという現在の技術者に課された使命と関連づけて言うならば、文化財担当者の現代的問題は、文化財がもつ本来の価値を護りつつ、良好な環境を育む新たな創造を如何に導き出すということになる。

そこで、文化財分野で近年積極的に進められているのが保存活用計画(正しくは重要文化財(建造物)保存活用計画)の作成である。この計画は、専門家や文化庁等の助言を得ながら文化財所有者が作成するもので、地域活性化施策の一環として国庫補助事業を活用した作成が可能となった平成23年以降、その数は急増している。内容としては、従来文化財で重視されてきた保存管理の面だけでなく、環境保全、防災、活用などの複数の観点から現状と課題を把握し、それらに基づく総合的かつ具体的な保存活用方法が検討・記述される(図)。

複合的要素からなるこの計画のすべての基本となるのは、文化財の価値の把握である。一つの文化財にも様々な顔があるが、まず保存管理について検討するには、主として建造物としての価値を把握する必要がある。そのためには、文献や痕跡等の調査に基づき文化財の履歴を分析し、いつ誰がどういった設計思想、手法のもとに建設又は改修を行ったのか、材料や空間構成の特性又は変遷、歴史的に用いられた管理・補修手法などを把握する。そしてその上で、文化財のどの時代の状態に高い価値が見出されるか考察し、その結果と管理状況・構造特性を総合的に考慮して、文化財を構成する各部分、部位の保存管理の方針を定めるという流れになる。具体的には、材料そのものを保存する部位、材質・形状を保存する部位、意匠・色彩を保存する部位、意匠的配慮のもと改変が許容される部位などの設定が個別に行われる。

活用の方針を検討するには、さらに幅広い観点からその価値を探ることになる。文化財が社会の中で果たしてきた役割、歴史的な利用形態や関係する人物、周辺環境との関わり、地域の人々の記憶など、文化財の履歴を多面的に捉え、それらの価値のうち何を顕在化、深化していきたいのか明らかにした上で、保存管理との兼ね合いに留意しながら、それを実現するための整備計画が検討される。ただし、価値認識というものは不変的ではなく、新たな情報を得たり、新たな時代状況が生まれたりすることで変化しうるものである。そのため、計画策定時の考察のプロセスを含めその多面的な価値を正確に記録しながらも、それを絶対的なものと考えずに、将来的な認識の変化も視野に入れる歴史感覚が求められる。

なお世界的に見ると、この手法はValue-based approachの一つと捉えることができる。従来の(主に西洋の)保護手法では、ヴェニス憲章に代表されるように、文化財全体をモノとして厳密に保護することに力点が置かれていたが、Value-based approachでは、護るべき価値を明示し、それを基本として管理や活用の手法が検討される。

 

場への拡張

さて、この保存活用計画策定手法の基本的考え方を、個別の文化財から都市空間や農村空間へ拡張するとどうなるだろうか。直接的に対応しているわけではないが、文化財分野における参考事例として近いものを挙げるとすれば「歴史文化基本構想」を挙げることができよう。これは、文化審議会企画調査会の提言を受けて平成20年から市町村によって策定が進められているもので、現在その数は23に上る。特徴は、従来分野ごとに細分化され、それぞれ十分な連携のないままに保存活用が図られていた多種多様な文化財を、動産/不動産、有形/無形に関わらず地域単位で総合的かつ網羅的に把握しようとしていることである。また、計画区域についても必ずしも一地方公共団体で収まっているわけではなく、同様の歴史的・文化的背景をもつ市町村が連携して一つのプランを策定している事例もある。ちなみにこの構想には、整備だけでなく人材育成、団体間の連携、原材料の確保などの視点も含まれている。

文部科学省、農林水産省、国土交通省の共管による「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律」(いわゆる歴史まちづくり法)も、「歴史文化基本構想」と同様に歴史と文化を幅広くとらえることが基本となっている。制度としては、「歴史的風致維持向上計画」に基づき、整備又は活動が展開する流れとなっている。文化遺産を社会の機能から切り離すのではなく、イタリアやフランスなどで普通に行われているように、土地のもつ多様な文化的価値を現実の経済社会においてさりげなく活かし、育みながら、豊かな空間や活気を生み出す契機となることが期待される。

また世界の中には、Value-based approachを推し進めてリヴィング・ヘリテイジという概念を掲げる動きもある。場の持つ価値が、建造物などの実体そのものよりも、そこで展開する儀式や人々の日常的な行為などに依存する文化財のことである。代表例としてしばしば取り挙げられるのが、オセアニア先住民や南アジアの伝統的な宗教空間である。もちろん利用の拠り所として、地形、植生、構造物などが実体として存在するわけだが、伝統的にはそれらを単にモノとして保存するよりも、有形無形の複合的な要素が創り出す場の雰囲気や精神を保持することに重点がおかれている。この場合、場の持つ価値をダイナミックに把握することによって、場の固有性が浮き彫りにされている。そして、専門家の論理ではなく、現場に暮らす人々の日常感覚に近い考え方で場の管理を行うことができるという側面もある。ただし、西洋や日本など、モノそのものの価値を重視してきた伝統を持つ地域において、この概念を安易に適用することは、文化財の価値の損失に繋がることになりかねず、慎重な扱いが求められるといえよう。

 

文化財の分野における近年の取り組みについて紹介した。現代社会において文化財担当者がどのように過去と向き合っているのか、その考え方や手法について提示したつもりである。ただこの論考には、次のステップとしてどのような創造行為が可能かという問題については何も触れていない。この点については、今後実践的知識を蓄積した上で、改めて考えてみたい。

 

場所の履歴と向き合う空間デザイン

北河 大次郎daijirou kitagawa

文化庁文化財調査官

1969年静岡県生まれ。東京大学工学部土木工学科卒業後、フランス国立エコール•デ•ポンゼショッセで修士号および博士号取得。

パリ大学客員講師、国際機関イクロム(文化財保存修復研究国際センター)プロジェクト•マネージャーなどを歴任。「近代都市パリの誕生ー鉄道•メトロ時代の熱狂」で、2010年度サントリー学芸賞を受賞。

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