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4942

2011.10.03

もののはずみ

西村 浩((株)ワークヴィジョンズ|EA協会 副会長)

1.全てが変わらなければならない時代

作家の堀江敏幸さんの作品に、「もののはずみ」というエッセイがあります。堀江さんは、「子供の頃から身のまわりに存在する、あらゆる種類の『もの』に関心があった」と書いています。このエッセイは、約3年半のフランス暮らしの中で出会った「もの」についての、堀江さん曰く「たわいのないひとりごと」だそうです。日用品、電化製品、文房具といった、我々の日常生活を普通に支えてきてくれた「もの」について、堀江さんは書いています。「どんなにありふれた量産品でも、・・・(中略)・・・他のだれかのもとではなくこの自分のところにやってくることになったいくつもの偶然の重なりと、そこに絡んでいた人と人のつながりをこそ、「物心」あらんと欲する私たちは愛するわけで、もしかすると、「物」じたいより、背後にあるさまざまな「物」を語ることのほうを、物語のほうを大切にしているのかもしれないのである。」そして、エッセイのあとがきでは、「ひとつひとつの『もの』が、思いがけない言葉と隣りあって、子どもたちの胸ではずむ。もののはずみとは、そんなふうに世界をひろげていくための、たいせつな力でもあるのだ。」と締めくくっています。
僕は「もの」を「つくる」立場の人間です。これまでのものづくりは、人々に語り継がれるような物語をつくりだしてきたのでしょうか?人々の心を豊かにし、胸がはずむような出来事が生まれてきたのでしょうか?堀江さんの言葉に素直に従って、改めてものづくりのあり方を振り返ってみれば、まだまだ考えるべきこと、やるべきこと、変えなければいけないことが見えてくるように思います。
「もの」をつくれば暮らしが豊かになる時代は終わりました。人口減少、超高齢化、経済不況、結果としての地方都市の疲弊、そして3.11東日本大震災と、時代の価値観が大きく変わる今、「もの」が再び信頼を取り戻すには、「ものづくり」が、「こと」を巻き起こし、人々が街を愛し誇りを持つといった「シビックプライド」を醸成していくような仕掛けが求められています。ここでは、設計者にはもののデザイン能力に加えて、プロジェクト全体をプロデュースする能力が、発注者にはこの一連の流れを成立させるための意識改革と新しい仕組みづくりが不可欠です。21世紀を迎えて、何もかもが変わらなければならない時代、「もののはずみ」はその先に見えてくると思うのです。

2.土木のものづくり

20世紀における“景観闘争”は、戦後から高度成長期にかけての「量と速度」を求めたものづくりから、質の高い美しいものづくりへの意識改革と仕組みづくりが目標でした。そのための “戦略”のひとつは、学識経験者や景観デザインに意識の高い設計者が中心になり優れた実例を積み上げて、行政も含め業界全体にその意義を伝えることでした。その成果もあって、少なくとも「景観」という言葉を知らない業界関係者はいなくなりましたし、質の高い実例も増えましたが、業界全体を“息をするのと同じくらい”当たり前に、質の高い景観デザインを実践する“体質”へと変えるまでには、残念ながら、現段階では至っていないように思います。特に近年は、財政難が追い打ちをかけ、「景観にはお金がかかる」という決め台詞で、再び発注者の景観離れの傾向を一層感じています。
私自身、ある意味、未完に留まっている“景観闘争”の“戦犯”の1人として省みれば、この原因の一つには、「景観にお金をかける」必要性を十分に説明できなかったことが挙げられます。しかし、先ほど述べたように、時代の価値観が大きく変わりゆく中、これからのものづくりの目標は、その先のまちづくりへの波及力であり、「シビックプライド」の醸成にあります。特に、疲弊しつづける地方都市では尚更、ここでは、市民の方々に愛され、市民の誇りとなるような質の高い空間整備が不可欠なのです。そして仮にここにある程度の「お金」をかけても、その結果、行政に頼らず自走力を持った市民が生まれ、まちの活性化に繋がるとすれば、最終的には、それが自治体の税収として戻ってくるわけですから、長期的視点に立てば、「景観は儲かる」という論に繋がるとも言えるでしょう。財政難で汲々としがちな状況ですが、時代は、ますます公共空間の「質」を要求しているのです。

3.ものづくりを楽しもう!ーデザイン監理のすすめ・その1

皆さん、ものづくりを楽しんでいますか?喜びを感じていますか?建築であろうと、土木であろうと、私が一番ものづくりの楽しさを感じる場面は、「もの」を共につくりあげてきた市民の方々の生き生きとした姿や喜びの表情に出会えた瞬間です。私のアトリエでは、夜も遅いし、休みも少ない、そして決して儲かりもしない(笑)ものづくりに、何故か惹かれてしまうのは、この瞬間の感動を忘れられないからなのです。北海道の岩見沢複合駅舎では、設計から竣工までの間、多くの市民の方々と共に、市民協働プロジェクトを実施してきました。その結果、竣工から約2年が経過した今でも、市民の方々が「駅からはじまる!」を合い言葉に、楽しく積極的にまちの活性化に取り組んでいます。私の故郷佐賀でも、街なかの空き地を原っぱにする社会実験「わいわい!!コンテナプロジェクト」をきっかけに、これからのまちづくりに向かって市民の方々が様々なアイデアを出し合い、みずからまちづくりを実践する状況が生まれつつあります。質の高いものづくりに共に奮闘し、その先にあるまちづくりへのはじまりが見えたときにこそ、ものづくりの醍醐味があるのです。
しかし、残念ながら土木の世界には、設計者が現場でのものづくりに関われない状況があります。ものづくりの大切な最終段階である「デザイン監理」発注の仕組みが、未だに実現されていません。「図面通りにつくればいいのだから問題ない」というのが大体の発注者の言い分ですが、その先の市民の笑顔を想像することさえなく、ひたすら図面通りにつくる作業は楽しいですか? ものづくりを最後まで見届けられない設計者は、ものづくりにやりがいを感じているのでしょうか?これまでは公共空間の「質」を楯にデザイン監理の実現を要求してきた我々ですが、時代はその先のまちづくりを求めています。最近のものづくりには必ず「市民協働」「合意形成」が要求される昨今ですが、そうであるならば、そろそろ、ものに想いを込めた設計者を頼りにしてみてはいかがでしょう?設計者も、成果品を仕上げて「はい終わり!」ではなく、ものが支えるまちのことをじっくりと考えて行動してみませんか?
ものづくりにかけられるエネルギーは相当なものです。お金も労力もそして資源も。その莫大なエネルギーを全て「もの」に費やしてしまうのではなく、その先のまちづくりへと繋げることができれば、これ以上の効率の良いエネルギーの使い方はありません。だからこそ、ものづくりを一貫して見つめ、まちへと波及させる設計者の目とプロデュースが必要なのです。

4.現場こそが最高の学びの場!—デザイン監理のすすめ・その2

最近、我々の“景観闘争”の成果もあってか、国・県・基礎自治体で「景観講習会」といった研修に講師として呼ばれることが増えました。ただ、いつも感じていることなのですが、たった1回2時間程度の研修で、優れた景観やデザインを実践できるようになるわけがありません。もちろん、参加者にとっては景観に対する理解が深まることは間違いありませんが、講師料を頂いている身としては「もっといい方法はないものか?」と罪悪感さえ抱いてしまいます。
長崎の「都市計画道路浦上川線・物揚場整備」では、長崎県から私のアトリエに対して、デザイン監理業務の発注をしていただきました。決して十分な金額ではありませんでしたが、保守的な土木の世界においては,小さい進歩ですが画期的な出来事でした。監理の過程では、県の担当者(Mさん)と共に現場でデザインについての議論を交わしましたが、Mさんは次第にデザインの勘所を理解し始め、現場で何か「怪しいこと」が起こる毎に、どんなに些細なことでも私に連絡をくれるようになりました。
当初から、九州弁で「おいにはわからんもんね(僕にはわからないから)」と断言していたMさんでしたが、発注者としての自身の役割として“現場で生じるデザイン上の問題”に対するセンサーのようなものを先鋭化させ、デザインの専門家である監理者に情報を伝達し、速やかにデザインの指示や修正を現場に伝えることに素直に徹するようになりました。この整備では、発注者・設計者・施工者間で、設計計画から施工、そして完成を迎えるまで、徹底した速やかな意志の疎通が図られ、全体からディテールに至るまで質の高い整備が実現できたように思います。何より、Mさんも施工者も、現場を通じて景観デザインに対する、感度のいい“センサー”を持ち得たことが、今後に繋がる何よりの財産になったと感じています。
景観やデザインの一番の学びの場は、やっぱり現場なのです。現場で実際のものづくりの過程を見つめながら、設計者が「もの」に込めた想いを語り、そして発注者が共に議論を交わしてそれを実践する「デザイン監理」こそが、日本における景観行政を強化する一番の近道だと思います。

発注者の皆さん!そろそろ、どうでしょう?デザイン監理は、勉強にもなるし、なにより儲かりますよ!「もののはずみ」で(笑)!

デザイン監理のすゝめ

西村 浩Hiroshi Nishimura

(株)ワークヴィジョンズ|EA協会 副会長

資格:

一級建築士

 

略歴:

1967年 佐賀県佐賀市生まれ

1991年 東京大学工学部土木工学科卒業

1993年 東京大学大学院工学系研究科土木工学専攻 修士課程修了

1993年 (株)GIA設計 勤務

1999年 ワークヴィジョンズ 設立

現在

(株)ワークヴィジョンズ代表取締役

北海道教育大学芸術課程特任教授

東京藝術大学美術学部デザイン科非常勤講師

日本大学理工学部社会交通工学科非常勤講師

お茶の水女子大学生活科学部 人間・環境科学科非常勤講師

 

主な受賞歴:

2003年 グッドデザイン賞(環境デザイン部門/長崎県万橋)

2004年 グッドデザイン賞・金賞 (環境デザイン部門/長崎水辺の森公園:橋梁群担当

2005年 第15回トータルハウジング大賞パートナーシップ賞(伊勢原市NR邸)

2005年 グッドデザイン賞(環境デザイン部門/鳥羽海辺のプロムナード)

2007年 土木学会デザイン賞 優秀賞(長崎水辺の森公園:橋梁群担当)

2008年 土木学会デザイン賞 優秀賞(鳥羽海辺のプロムナード「カモメの散歩道」)

2008年 照明学会照明普及賞 優秀施設賞(岩見沢複合駅舎)

2009年 第4回まち交大賞プロセス賞受賞(岩見沢複合駅舎及び周辺地区)

2009年 第34回北海道建築賞(岩見沢複合駅舎/日本建築学会北海道支部)

2009年 鉄道建築協会賞 最優秀協会賞(岩見沢複合駅舎/鉄道建築協会)

2009年 グッドデザイン賞・大賞(岩見沢複合駅舎/日本産業デザイン振興会)

2009年 北海道赤レンガ建築賞(岩見沢複合駅舎/北海道)

2010年 日本建築学会賞(作品)(岩見沢複合駅舎/日本建築学会)

2010年 第51回BCS賞(岩見沢複合駅舎/建築業協会)

2011年 作品選奨(岩見沢複合駅舎/日本建築学会)

2011年 ブルネル賞(岩見沢複合駅舎/鉄道関連国際デザイン賞)

2011年 アルカシア建築賞(岩見沢複合駅舎/ARCASIA)

 

主な著書:

グラウンドスケープ宣言 土木・建築・都市−デザインの戦場へ(丸善、2004年5月、共著)

まち再生への挑戦−岩見沢駅舎建築デザインコンペ作品集− (北海道旅客鉄道(株)、2006年4月、共著)

ものをつくり、まちをつくる GS軍団メーカー職人共闘編(技報堂出版、2007年1月、共著)

『駅・復権!』-JR岩見沢複合駅舎誕生とまち再生への軌跡-(岩見沢複合駅舎完成記念誌制作委員会、2010年5月、共著) 他

 

組織: 

(株)ワークヴィジョンズ

代表取締役 西村 浩

取締役 田村 柚香里

〒140-0002 東京都品川区東品川1-5-10 丸長倉庫B

TEL:03-5715-7761

FAX:03-5715-7762

HP:http://www.workvisions.co.jp/

MAIL:info@workvisions.co.jp

 

業務内容:

・建築の企画・設計及び監理

・地域並びに都市計画に関する調査、研究及び計画立案

・都市デザイン並びに景観設計に関する調査、研究及び計画立案

・インテリア及び家具の設計、製作及び販売

・広告、パンフレットの企画、編集、製作

・その他上記に付帯する一切の業務

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