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2018.02.07

24|豊田市都心地区空間デザイン基本計画
   (前編:観察調査と空間分析)

高松 誠治(スペースシンタックス・ジャパン(株)|EA協会)

概要:

豊田市(愛知県)というと「自動車のまち」というイメージを、日本国内のみならず世界中で持たれるだろう。世界的企業の本社や生産拠点があるためだが、ほかにも市内に高規格の道路が充実していたり、駅前の立体駐車場が3時間無料だったりと、確かに自動車の存在感が強いまちのように見える。一方で駅前の都市空間は「世界的に有名なまち」に相応しい環境といえるだろうか。そんなことを考えさせる駅前=都心地区が大きく変わろうとしている。ここでの主役は「人」であり、人々が思い思いに楽しめる「場所」である。

 

昨年秋、平成29(2017)年10月2日に、冊子「都心の未来デザインブック(豊田市都心地区空間デザイン基本計画)」が公開された。これまでに多くの市民や事業者、市役所職員、外部の様々な専門家が検討、議論してきた成果である。豊田市のウェブサイトから閲覧できる。

 

豊田市都心地区空間デザイン基本計画

 

この計画の検討プロセスには多くの先進的な点が見られる。詳しくはデザインブックを見ていただくこととし、ここでは主に私の関わった部分を中心に紹介したい。

 

まず、現在の(従前の)状況を簡単に紹介する。

都心部は名鉄三河線・豊田市駅を中心に形成されている。駅の東西側にペデストリアンデッキ/ブリッジがあり、それぞれ矢作川方面(豊田スタジアムなど)と毘森公園方面(豊田市美術館など)への動線となる。

写真:豊田市駅前を俯瞰する

 

豊田市駅と愛知環状鉄道・新豊田駅とを結ぶ西口のデッキの下はバス乗降場となっている。デッキの両側には商業施設が接続しているが、このデッキ上空間の位置づけは「道路」であり、数年前まではもっぱら「通過する」ための無表情な場所となっていた。

写真:デッキ上の歩行者動線

 

地上動線もデッキの昇降施設などの位置関係から不自然に折れ曲がり、狭い場所に多くの歩行者が集中する状況が見られる。

写真:不自然な駅前の地上動線と滞留空間(赤線は加筆)

 

写真:狭い場所に集中する乗り換え客

 

また、実はエリア内には多くのパブリックスペースがあるが、周辺とのつながりが悪く、あまり使われていない場所も多い。

写真:駅との視覚的なつながりが弱い広場

 

はじめに動き出したのは、これら低未利用のパブリックスペースの積極的な活用を目指す「あそべるとよた」プロジェクトであった。豊田市商業観光課が事務局となり、広場ニストの山下裕子さん、ハートビートプランの泉英明さん、園田聡さんらが、市民・事業者を後押しするかたちで進められた。前述のデッキ上にはカフェが設置されコーヒーやビールを飲みながら過ごせる場所となった。これらの活動は、今後の駅周辺の再編において地域主導で「良く使われる」公共空間を実現するための助走期間とも言える。

写真:デッキ上の飲食販売と憩いの空間づくり(あそべるとよた)

 

 

一方で、今後の大きな変化を控えて現況理解が重要であること、つまり駅周辺の状況をつぶさに見つめ計画やデザインに活かすべきであるということから、私たち(スペースシンタックス・ジャパン)が依頼を受けて各種の調査を行った。これは言わば、まちの健康診断のようなものである。まず2015年の12月から翌年1月にかけて実地での調査を行った。その手法はヤン・ゲールらが1960年ごろから提唱している「観察」調査(私も翻訳者のひとりである「パブリックライフ学入門」(鹿島出版会、2016)にも紹介されている)をベースにしたもので、私自身もロンドン勤務時以来、15年以上の経験がある。

 

この際に行った三種類の調査のうち、一つ目はゲートカウントと呼ぶ調査で、歩行者の量を測るものである。ただ一般的な通行量調査とは異なり、全量を正確に把握するものではなく概ねのボリューム感を得るためのサンプリング(例えば60分のうち5分間計測)を行う。これによって飛躍的に多くの地点数でのデータ取得が可能になる。今回の調査の結果、限られた一部の狭い空間に歩行者の移動動線が集中していること、また地上とデッキレベルの動線の関係が弱いことなどを明らかにした。

図:カウント調査による歩行者量の分布状況把握

 

 

二つ目の調査は、トレーシングあるいはフォローイングと呼ばれるもので、人の移動軌跡や移動途中の行動を記録するものである。もちろん特定の個人の行動を記録することが目的ではなく、定点観測的、俯瞰的に、その場で起きている現象を観察して記録するというものである。この結果、主動線として継承すべき経路や、課題のある経路などについて整理することができた。

図:トレーシングによる移動中の行動パターンの把握

 

三つ目の調査は、マッピング(スナップショット)と呼ぶもので、ある瞬間における公共空間の利用状況を上空から写真を撮ったかのようにデータ化するものである。座って何か食べている、立って話をしている、歩いている、というような具合に詳細な場所と対応させて記録する。

単純な調査であるが、これによって見えてくる課題も多い。滞留行動は都市の魅力度と深く関係しており、魅力的な都市空間では積極的に滞留する行動(※ヤンゲールによると「任意行動」)やその重なりの結果として現れる人と人とのちょっとした交流(「社会行動」)というものが見られる。逆に、窮屈な場所でバスを待つことなど否応なく行う行動(「必要行動」)だけの都市空間は魅力に乏しいと言える。

写真:マッピング調査による滞留行動の分布状況の把握

 

 

この調査では駅前のいくつかの場所で「変な」状況が明らかになった。例えば、東口バス乗り場のバス待ち行列が点字ブロックに沿ってエレベータ前まで伸びる状況が度々起きていることがわかった。これでは点字ブロックが機能しない。通り抜ける動線も阻害している。このように駅前の再編を待たず「短期的な改善」が必要な点についても整理した。

写真:バス待ちの行列が延び、点字ブロックが機能していない

※この問題については、検討後にベンチの再配置などが実施されている。

 

 

現況調査とその集計・考察が終わろうとしていた2016年春、駅周辺の空間デザイン検討を行う専門家チームがプロポーザル方式によって選定された。私も公開プレゼンテーションを傍聴したが、選ばれたチーム(日建設計シビル、スタジオ ゲンクマガイ、渡邉篤志建築設計事務所、エイバンバ)の提案は、具体のデザイン案(ハードのカタチ、意匠)よりも検討プロセスや市民と行政と専門家の協働に重きを置いた提案だった。彼らが標榜した「カスタマイズとよた」は、多様性、可変性、個性といった、パブリックスペースが備えるべき特性、魅力要素を一言で表現したものと考えられる。

図:つくる・つかう・はかる

 

これによって、図のように異なる領域の専門家によってプロジェクトを支える体制ができた。なお、前述のプロポーザルで審査員を務めた学識経験者(小林正美明治大学教授、星卓志工学院大学教授、星野裕司熊本大学准教授)が、引き続きアドバイザーとしてデザイン調整に関する助言を行うこととなった。市民・事業者・行政によって続けられる多くの議論に対して専門的な立場からサポートする体制である。

 

この段階での私たちの役割は、空間モデルによるデザイン案の評価および助言である。改変による空間特性の変化を各種の指標によって客観的に定量化・可視化することにより、デザインの議論を建設的に進めやすくすることを目指した。

図:各種の空間特性指標(現況の評価)

 

 

豊田市駅の東側は、自動車の空間から人の空間へと大きく転換する。歩行空間の視覚的なひろがりや、動線の効率性、公共空間と周囲の建物出入口との関係など、幅広い観点から変化を可視化することを試みた。デッキ上の空間配置やエスカレーターのつけ方など、一見すると細かな部分にみえても人の動線や行動に大きな影響を与えるものもあり、綿密な検討ができたのではないかと思う。

図:歩行空間の視覚的なひろがりの評価(現況と将来)

 

 

このような、対象エリア内の空間特性の指標化・可視化のほかに、私たちの役割としてもう一つ大切な点がある。それは駅前の再編を「周辺とのつながり」、「まちとの関係」から考えることである。駅周辺の複合商業施設や再開発ビルだけでは、魅力ある界隈をつくることはできない。周辺の店舗等とうまくつながることで、歩いて回遊する魅力が生まれる。周辺との関係をよく理解するため、まず周辺エリアにおける飲食/物販店舗の出入口の位置をマッピングし、その情報を沿道区間ごとに集計した

図:沿道店舗分布の分析(現況)

 

駅(図中央)の周辺には、飲食・小売り店舗が連なる通りが局所的にみられ、線的な連続性や面的な集積が弱いことがわかる。連続して回遊を楽しめるようなルートが少なく、単目的・短時間の来街が多くなりがちな状況とも言える。今後の駅周辺の整備においては、駅周辺の大型施設の低層部を広場や沿道に向いて開く店舗とすることや、主要な経路沿いの建物のリノベーションなどが期待される。アクティブな沿道を連続させ、戦略的に回遊のポテンシャルを向上することが、都心地区空間デザインの成否にもかかわるものと考えられる。

 

 

図:将来イメージ(デザインブックより)

 

豊田市は2019年のラグビーワールドカップの開催都市にもなっており、海外からも含めて多くの来街者が都心地区を訪れることになる。公共空間は段階的に整備される予定であるが、将来、自動車だけでなく歩行者空間の質でも世界に誇れるものが実現することを期待したい。豊田市には、新たな手法や前例のない活動にも前向きに取り組む気概があるように思う。市役所には、一般的な日本の行政マンのイメージからかけ離れた(例えば、コペンハーゲンのヤン・ゲール事務所を私的に訪ねるような)職員の方など、主体的に行動する職員のみなさんがいる。都心地区の未来は、市民、事業者、企業と、自治体職員による、継続的な活動によって決まることは間違いないが、外部の専門家も適時、適所で支えられると良いと思う。多様な専門性を持つエンジニアアーキテクトを、今後もうまく使っていただければと願うばかりである。

 

 

ここではデザイン検討の体制の一部である「調査・分析」の立場からプロジェクトを紹介した。他の役割の方からは、全く違う視点もあろうかと思う。具体のデザインの考え方などについては、ぜひ、関与する協会メンバーに別稿(後編)をお願いしたい。

 

※本稿におけるすべての図面等の出典は、豊田市都心地区空間デザイン基本計画および関連資料である。

 

 

EAプロジェクト100

高松 誠治Seiji Takamatsu

スペースシンタックス・ジャパン(株)|EA協会

資格:

技術士(建設部門:都市および地方計画)

 

略歴:

1972年 徳島市生まれ

1995年 徳島大学建設工学科卒業(都市地域計画)

1997年 東京大学大学院社会基盤工学専攻修士課程修了(交通工学)

1998年 東京大学大学院社会基盤工学専攻博士課程中退(景観デザイン)

1998年~2000年 (株)プランニングネットワーク勤務

2002年 ロンドン大学UCLバートレット校修士課程修了(先進建築学)

2002年~2006年 Space Syntax 社(ロンドン)勤務

2006年~現在 スペースシンタックス・ジャパン(株)設立、代表取締役

2008年~2014年 首都大学東京 都市環境学科 非常勤講師

2015年~ 東京大学まちづくり大学院 非常勤講師

 

組織:

スペースシンタックス・ジャパン(株)

代表取締役 高松 誠治

〒151-0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷3-52-5

原宿N.S.H. アネックス206

TEL:03-3403-3299

HP:http://www.spacesyntax-japan.com/

 

業務内容:

・中心市街地、商店街等における歩行者動線・行動の調査分析

・公共空間整備、再開発事業等における計画設計案の評価分析

・既存の公共施設、商業施設の再活性化を目指した空間ポテンシャル分析

・人の認知や活動、地域社会の観点からの都市空間のポテンシャル分析

・防災、防犯、交通安全等の観点からの都市空間のリスク分析

・GISを用いた、都市デザインのための各種空間特性の解析、活用

・その他、空間構成の計画、レイアウトデザインに関するコンサルティング

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