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2011.05.01

01|日本石材研究所代表小林喜勝氏の話「その1:裏込めの役割」

前田 格((株)東京建設コンサルタント|EA協会)

今回から、土木の景観に欠くことのできない、職人技をシリーズで掲載します。まず、石積から始めることとしました。数年前、国土技術政策総合研究所により、石積み構造物の調査が実施され、 国内の石工職人のヒアリング調査を行いました。貴重な話を数多く聞くことができました。そのまま報告書の参考資料としてとどめておくのはもったいないと思い、国土技術政策総合研究所のご了解を得て公開させていただくこととしました。第1回は、日本を代表する石工職人、小林さんが語る石積の技です。

1.職人が育つ土壌

自分は元々石の職人ですが、人数が増えて小林石材工業の経営者になってしまいました。しかし、小林石材なんて小さな所帯のことでなく、全国レベルで職人たちの参考になるようにと、社長を辞めて「日本石材研究所」をつくりました。小林石材の職人はそれぞれしっかりした技術を持っているので、自分が業界の役に立ちたいと思って設立したものです。
ここ(港区麻布十番)はお寺が多い所であり、お墓や建築の仕事をやっていました。その中で、墓だけは機械化せずに、手作業の仕事が残りました。今は石を叩ける人が少なくなってしまいましたが、機械とは異なる叩くことの味や良さを知っていることから、今の十数人の自分の弟子だけは、機械化はやむを得ないとしても、叩くことの面白さを覚えさせようと思い、石を叩くことから入らせ、それなりのことができるようになっています。
ここでは、仕事の場がない時には、機械を使わずに手で墓石をやらせていたので、職人の維持ができました。間知石をやっていた人達も消えてきています。ここにいる玄翁で石を扱える職人は、全国的に見ても数少ない若い職人です。10~20人のグループを組めるのは、全国でもここだけだと思います。
お正月にビンゴゲームをやった時に、若い子達が上位を取りました。高価な電化製品があったにも関わらず、安価なノミやトンカチから消えていきました。若い子達は、とにかく石を叩きたかったようで、ここには職人が育つ土壌があると確信しました。こういった連中を潰さずに励ましてくれるようでなければなりません。今の時代は、若い子達が伸びないような社会であると感じています。

2.裏込めの役割

近年積み石が小さくなった原因は、練積みの普及にあります。コンクリートで補うようになって、控えの長さが極端に短くなりました。以前の控は、たとえ短くても積み石本体で保つような控長があり、最短は石面の1.5倍でした。それを切るような控の短さになってきたのは、コンクリートが使われるようになってからです。通常、空積みでは、石面の1.5~2倍の控長の石が使われていました。裏込め石の厚さは、積み石の勾配により異なりますが、円弧すべりの関係から決まります。元々は、石の控長の2~3倍の裏込め厚がありました。
中国と朝鮮の境界辺りの山城の石垣を見ますと、裏込めだけで石垣が保ってしまうような、裏込めの外に化粧の石垣があるような積み方をしています。面石は化粧的であり、二重構造的な意味の石垣がありました。今の石垣は正面が崩れると裏込めも崩れてしまいますが、古くは裏が崩れないような石垣がありました。昔の空積みは、それだけ裏込めを考えて造られていました。
裏込めを使う大きな目的の一つは、体積当たりの目方が変わらないということです。泥は水を含むと重くなりますが、石は変化が少ない。石垣に負担を負わせないために、裏込めの量が必要であったと思います。裏込めのさらに後には、泥を転圧した部分があります。丁寧な裏込めとは、それと同じように裏込めを層毎に転圧しながら上げていきました。土の転圧、たこ突きについては、10~15cmの厚さの泥を入れてもせいぜい7~8cmしか締まりません。30cm泥を入れて叩いても、上の7~8cmしか固まらず、下には効かない。昔は3寸くらいずつ泥を入れながら版築していました。だから版築と言います。それと同様に、栗(ぐり)を並べるのにも、ぐちゃぐちゃには入れません。壁に90°の角度で、縦に使って並べます。一層毎に栗が絡み、上から見ると網目状になる。例え部分的に崩れたとしても、大きくは崩れない。

 

図-1 裏込め石の状態(小林画)

 

「栗を縦使いしながら、版築と同じように叩いて一層毎に上がっていけ」との方法は、自分が親方から教わった方法です。前に荷重が掛からずに、裏栗だけでも保つ。ガラガラに入れた物や、平使いした物は、水位変動によって裏の泥が吸い出された時に崩れてしまいます。どこかのコンサルが言っていた方法で、サンドイッチ工法などと言って、栗と泥を交互に積み重ねるようなことをやると、土が抜けると空隙ができてしまう。栗を縦使いすると、万が一下の栗が下がっても、上の栗が上から刺さるような形になります。丁寧な石垣には、そのような事をやっていた形跡があります。
青葉城ではテストを行い、これが最も効果的であるとわかりましたが、K社は結果を外には出しませんでした。秘伝、口伝の世界の話として終わらせてしまった。昔のように労働力の安かった時代ならそのような事もできたということでしょう。今では大変です。裏栗にも、ごろた石と言って、5~6寸から1尺の玉を使っていました。ごろたと言っても、低い石垣なら空積みで積めてしまうような物です。5~6寸だからごろたと言う。ごろたよりも大きい石を玉石と言います。

 

写真-1 青葉城の石垣

 

横須賀城の石垣は、玉石を縦使いで積んでいます。玉石積みですが、一部に鬼積みと崩れの手法を使っており、三種類の手法が用いられています。鬼積みとは、基本的には谷落としで積む方法です。谷落としや矢羽積みは方向が一定ですが、鬼積みは大小が絡み、方向が決まりません。
崩れ積みは、前に積まれた石の後、裏込めの部分に、1/2~2/3くらい石が刺さる。石を縦使いしており、1/3くらいしか顔を出しません。非常に強い積み方です。
横須賀城では、残っていた部分と同様な積み方としてこれを採用しました。

 

写真-2 横須賀城の石垣

 

裏込めの最も大事な役割は、目方が変わらず、水を通すことです。水を通すことについては、良く先生方が裏からの水のことを言いますが、緩い勾配に対しては、表からの水も裏に入り表へ戻ります。相当量が石垣の中に入って抜けることがあります。
上の石が被って顎を出すような鎧積みの場合、雨水は表を伝わり、通常は入ってしまい、引っぱってしまう。そのような事もあることから、「裏込め=裏込め石垣」くらいの気持ちで、丁寧に裏込めを行わなければなりません。
石垣の表面は、人間で言うと皮膚と皮下脂肪のようであり、筋肉や骨の部分は裏込めにあたります。正面の石垣だけを見ていろいろと言う先生がいますが、裏込めが悪かったら、人間の体と同じで保ちません。筋肉や内臓が悪かったら、皮膚だけ治しても意味がありません。
コンクリートの場合、パイプを入れてから栗を入れます。止水板を入れるのは比較的新しい話で、かなり土の中に吸わせながらパイプで出すような事をやっていました。練積みをやるようになってから、石垣全体が一体となってしまいました。以前は石が動きながら保っていたわけです。コンクリートを打つということで、石は化粧程度の物で良いといった意味になってしまっています。
良く言われることで、城石垣の櫓台の場合、特に狭い場合は、両方から石垣が積まれ、芯の部分を版築します。これがあったか、なかったかが問題となります。上の土が落ちてきて固まったのか、版築して芯を造ったのかがわかりません。版築せずに全部ガラの場合もあります。解体時の土の残り方からは、元の姿の判断はなかなか難しい。

 

図-2 櫓台の芯の部分(小林画)

 

職人礼讃

前田 格Itaru Maeda

(株)東京建設コンサルタント|EA協会

資格:

一級建築士

 

略歴:

1967年 千葉県生まれ

1993年 多摩美術大学美術学部建築科卒業

1993年 (株)地域開発研究所 入社

2011年 (株)東京建設コンサルタント 入社

 

主な受賞歴:

2001年 土木学会デザイン賞 優秀賞(鹿児島港本港の歴史的防波堤)

2008年 土木学会デザイン賞 優秀賞(嘉瀬川・石井樋地区歴史的水辺整備事業)

 

組織:

(株)東京建設コンサルタント

〒170-0004 東京都豊島区北大塚1-15-6

TEL:03-5980-2648

FAX:03-5980-2613

HP:http://www.tokencon.co.jp/

 

業務内容:

・土木、造園、建築の計画及び設計業務

・都市計画、まちづくりに関わるコンサルタント業務

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