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2011.09.01

06|小野寺康のパブリックスペース設計ノート

小野寺 康((有)小野寺康都市設計事務所|EA協会)

(第1部 空間を読む、構想する)承前

1-5 空間の連続と分節(アーティキュレーションと「付け」)

本章の序文で『都市と建築のパブリックスペース ― ヘルツベルハーの建築講義録(ヘルマン・ヘルツベルハー ,鹿島出版会)』について少し触れた。デザイン理論が結局は設計者一人の思考に帰着するのだったら、いっそそこに徹底してやろうという潔さがあると述べた。この本、目次を見るとそれなりに項目的に整理されているようだが、実際に読んでみると、膨大な図版を援用しつつ、彼独特の思考がひたすら綿密に語られ続く内容になっている。その論説は決して分かりやすいものではない。というよりも、デザイン論を体系的に整理する意図を最初から放棄しているようにすら思える。
むしろ建築家としての姿勢、問題意識といった思念を重視し、これを繰り返し様々な角度で説いている印象だ。

 

図1 『都市と建築のパブリックスペース ― ヘルツベルハーの建築講義録(ヘルマン・ヘルツベルハー ,鹿島出版会)』 表紙と「アーティキュレーション」のページ

 

中でも印象的なのが、「アーティキュレーションarticulation」という概念だった。それまで自分にはあまり馴染みのある言葉ではなかったが、ヘルツベルハーにとっては、様々なスケールで空間を組み立てる際の重要な概念になっている。
アーティキュレーションとは、端的にいえば、分節によってめりはりをつけることだ。
建築のファサードを意匠的に分割するのもアーティキュレーションなら、空間にニッチのような襞を数多く組み込んで多様性を与えるのにもこの言葉が用いられる。
ヘルツベルハーはこれを、空間をヒューマンスケールに仕立て上げる手法として重視する。そこで指摘されるのはスケールとの連動性だ。
「空間は、『場』をつくるようアーティキュレートされるべきである。『場』は、適正な寸法と適切に囲われた感じとによって、そこを使う人の生活様式を受け入れるものとなる。(前掲書P.192)」
また、「ほとんどの建築家は、法規の制約がなければ、狭いというよりむしろ広すぎるように空間をつくる。そうすると、すべては可能なかぎり開放的で広々とするが、一般的な自然な目的というものから外れてしまう(前掲書P.189)」とし、適正なスケールまでアーティキュレートして分割することを奨める。
実際、ヘルツベルハーの設計は、シンメトリカルでシンプルな骨格構造を組んでから、インターフェイスとなる単位空間に様々な工夫を盛り込み、アーティキュレーションに配慮して細かく場を仕掛けていくのが特徴だ。人が人とかかわる接点を豊かにするには、空間を大味にせずに細かくアーティキュレートすることが有効だと考えているようだ。最初にシンプルな架構構造を設定し、それを割りながら造り込んでいくという手法は、彼独自の建築スタイルなのだ。
筆者自身はというと、設計対象が都市の外部空間やランドスケープなので、そういう理念にはある程度は賛同しつつも、この論説は少々注意深く読ませてもらった。
そもそも包括的な架構構造を設定してから分節して行くという方法論は、地勢や自然景観を相手にするパブリックスペースのデザインには必ずしも適合しない。
パブリックスペースでアーティキュレーションという言葉を使うのであれば、自分は“空間の連続と分節”という概念の延長で使いたい。
都市とは、社会制度という見えないシステムで規定された領域を持ちつつも、実際には切れ目なく続く三次元の複合空間である。様々な場所や施設で空間は区分されつつ、ミクロ的には常に連続体として扱うべき空間性を持ち、マクロ的には総体として把握すべき全体性を有している。
同時に都市は、常に新陳代謝を繰り返しており、流動的に細部を変化させながら全体像を保っている。福岡伸一氏が分子生物学でいう「動的平衡dynamic equilibrium」にアナロジーを思う。
貴君がどこかの場所で広場のデザインを依頼されたとする。いや、広場でなくとも、街路でも水辺空間でも何でも構わないが、もし、与えられた敷地の中だけでデザインをしていたとしたら、このアーティキュレーションという概念を再考するべきだと思う。
自分が設計するその場所は、隣接する他の公共空間はもちろん、遠望されるランドマークも含めた様々な施設・場所との相関関係の中で位置づけられる。さらには全く見えもしない、歴史性や地域性といった、社会的意味や制度などといった意味性との関連からも、その場所性について配慮し、多角的にデザインを構想する必要がある。
どこで、どのようにつなぎ連続させ、関連付けるか。あるいは逆に、どのように分節するか。
パブリックスペースのデザインは、すでに在る都市空間に新たな場を組み入れる行為である場合がほとんどであり、何もない砂漠のような場所に新たに空間を設定するというケースは極めてまれだ。既成の都市空間の中でどう組み込まれるか、関連付けられるかという命題は重要である。
それは都市という三次元空間を、文化性や時間軸も含めた、生きた空間概念として見る視座だ。
ただし、アーティキュレーションという概念には、ユークリッド幾何学的な絶対座標軸をもった三次元空間がまずあり、それを割り込んでいくというニュアンスがぬぐえない。
しかし、日本の空間文化の傾向として、「間」(=イマジナリースペース)に象徴される心象空間から風景を眺めるとき、その概念が必ずしも有効でないということはすでに繰り返し述べてきた。
ゆるやかな包括的秩序の中で継起的連鎖によって紡ぎだされる、奥性を持ったセミラティスな空間構造が日本の空間文化の傾向だとしたら、その設計方法論もまた、それに応じたものでなくてはならない。
それが「付け」である。

「付け」とは、篠原修『土木デザイン論』(東京大学出版会)において「デザインの連句方式」として示されている設計方法論のことだ。筆者が大学院在籍中に指導教官である中村良夫教授は、それを「付け on-site realism」と命名した。
いうまでもなく連句とは、日本の伝統的な俳諧の一形式である。
まず発句があり、それを受けて他者が「付け句」を詠み、これを繰り返し次々と異なる歌が紡がれて一巻の歌仙としてまとめ上げる形式をいう。
これを都市デザインのアナロジーとして見れば、既にある都市の文脈(コンテクスト)を読み取り、解釈した上でこれを継承し、あるいは読み替えて新たな価値を創出していく方法論となる。文脈と無関係に勝手なデザインを放り込むことは許されない。それは都市デザインの「作法」に反する行為となる。
連句の成果としての歌仙が、複数の詠み人たちの共同作品とみなされるように、ある場所のデザインもまた、都市という総体の資産として目論まれる姿勢もまた重なる。
もう一つのアナロジーは、都市文化という作法的な包括的秩序の中でその場、その瞬間に応じながら継起的にデザインを発想するという点だ。いわゆるマスタープランという、全体性のもとに部分を造り込んでいくという方法論とは異なり、いわば現場的(on-site)な視座が重視される動的な手法というニュアンスを含んでいる。
この方法論は、一歩誤れば、場当たり的なデザインのばらまきで終わる。
したがって重要なのは、先にも述べたように、既往の都市の文脈をきめ細かく読み込み解釈するという行為が前提となることであり、同時に、発句に対する付け句としての空間デザインが新たな社会的価値となるような結果を創出し得るデザイナーの力量が要求されるということだ。
空間の連続と分節。
周辺環境との関係性がどれだけの価値を生むか。
それを理解するための一つの例として、ペイリーパークについて語ろうと思う。
この小公園は、いわゆるポケットパークとして明確な単体敷地を持ちながら、ニューヨークという都市との「つながり」に絶妙なニュアンスをもっている。そのつながりの手法に、アーティキュレーションや付け、といった周辺都市との関係性の概念を見ることができる。

ニューヨーク近代美術館と並んだ53番街にペイリーパークはある。
その1ブロック西に、E.サーリネン設計のCBSビルがあり、1965年にその会長であったウィリアム・S.ペイリーは、彼の父親の記念碑として小公園を建設することを決めた。
設計は、ランドスケープアーキテクトのロバート・ザイオンが主宰する、ザイオン&ブリーン・アソシエイツに委託された。彼らはその2年前に「ニューヨークの新しい公園」と題した計画案を発表していたのだが、その提案内容は、まさにペイリー・パークの骨子そのものだ。
当時3エーカー(約12,000㎡)以下の公園は公園ではないとされていた、そんな社会通念の中、「ニューヨークの新しい公園」という彼らの提案は、わずか50×100フィートで、大人の休息用の小公園を造ろうというものだった。実際のペイリー・パークは42×100フィート(約390㎡)でほぼ同等である。
都心の公園は「床、壁、天井のある部屋」のような空間が相応しいとする。この場合の天井とは木立のキャノピーをいい、壁はツタの絡まる裏窓の壁面である。その他のアイテムは、「石の壁を流れ落ちる滝」、「ベンチではなくパリの小公園のような軽くて移動しやすい個別の椅子」、「売店(提案では敷地中央に自動販売機を置くものだったが最終的には入口部のカフェブースとなる)」といったものだ。
ザイオンらは、初期コンセプトから要素を省略しつつ洗練させ、ペイリーパークに具体化した。まさにこの洗練こそが成功の原因だと思われる。

 

図2 ペイリーパーク断面図・平面図
(『Process Architecture 94:ロバート・ザイオン』株式会社プロスセアーキテクチュア)

 

ペイリー・パークは、1967年に完成した。
入口はツインの煉瓦ブースに挟まれている。同時に表通りからわずかに4段ステップアップしている。
この「絞り込み」によって、ゆるやかな領域性を内部空間に与えている。ニューヨーク53番街との関係性が絶妙だ。絞り込みつつ内部の木立が歩道にあふれ出るように配置されているところが心憎い。通りを歩く人々を自然に招き入れる構えになっているのだ。
目の前の街路に並木はない。したがって、遠く離れた場所からもこの木立がペイリーパークの目印となって人々を招いている。実際、沿道先のMOMA(ニューヨーク近代美術館)からもそれは視認できた。
入口のブースのそれぞれは、せいぜい大きめの電話ボックス程度の大きさしかない。片方は、コーヒーやパワーバーなどを売るカフェブースであり、もう一方は掃除用具入れになっている。カフェの店員は管理人を兼ねており、定刻になると清掃をして、ゲートを閉めてから帰宅する。

 

図3 ペイリーパークのエントランス。木立が歩道へにじみ出る

 

図4 エントランスはツインのブースとステップでわずかに絞られている。

 

内部に足を踏み入れると、正面は垂直に流れ落ちるカスケードを持った壁であり、この水音が耳障りな都会の交通喧騒をかき消している。
両側の壁はアースカラーの煉瓦積みだ。足元は黒御影の小舗石がざっくり敷き詰められ、規則的に配置された木立が、頭上に木漏れ日を持った天蓋を形成するように梢を広げている。その先には隣接するビルの裏側がもろに見えているのだが、木々が天井となってあまり気にならない。その下にハリー・ベルトイアのワイヤメッシュの椅子とエーロ・サーリネン設計の白いテーブルが置かれ、パーソナルな空間を確保しながらも同時に他者と適度な距離で空間を共有することができる。

 

図5 ペイリーパーク内部
街路と関係を保ちつつ、内部空間はとても静か。入口左側がショップになっていて普段は開いている

 

図6 奥のカスケードが静寂を彩る。床は小舗石。木立の下に自由に配置できるテーブルとイス

 

ニューヨークの摩天楼の下、水音を聞きながら、静かに読書をしたり、友人と語らいながらコーヒーを愉しむことができるのはとても豊かな時間だ。
そこが重要だと思う。
空間が完全に閉じていない、そのニュアンスがこの公園の質を決定づけている。
ペイリーパークの豊かさの根源は、まさに都市との関連性にある。周辺街路の喧騒を完全に締め出すのではなく、適度に引きを取りながらもつながっているところがミソなのだ。ニューヨークという、アメリカの都市の中でも屈指の競争社会として、スピード感と緊張感のある摩天楼の中に今自分が生きていることを、この公園の静かさが強調する。
「大ニューヨークの中でこんなプライベートな快適な時間を過ごしている」
という実感が、このパークのクォリティなのである。
ヴェスト・ポケット・パーク。
つまり、チョッキのポケットのように小さな公園、というコンセプトはこのペイリーパークが契機だといっていい。
1970年代から80年代にかけて、このムーヴメントがニューヨークのいたるところで実践され、都市環境に多大な貢献をなし得た。この概念は都市のあらゆる空間をデザインの対象にできるということを証明してしまった。デッドスペースは駆逐され、都市はすみずみまで人々に喜びを与える空間としてその可能性が図られ始めた。
もう10年以上前になるが、ニューヨークのポケットパークをしらみつぶしに歩きつくしたことがある。だが、やはりザイオンのペイリーパークほどの完成度に到達しているものは一つとしてなかった。
パブリックスペースのデザインには、常に都市という総体という視座から俯瞰する鳥の目と、ヒューマンスケールや触覚的ディテールを追求する虫の目の双方が必要だ。アーティキュレーションという言葉から、我々は周辺環境との接続と分節とについて思考する契機を得たいと思う。新たに創出される空間が、これまでの都市に正しく「付け」られ、連動するか、そこに新たな価値を与えられるかを問い続けたい。

ようやく「第1部 空間を読む、構想する」が終わった。
一応は基礎知識編の前半、現場に入って構想する段階についての項目が終わったことになる。ヘルマン・ヘルツベルハーの著書が体系的でないと批評したものの、じつは自分自身も体系立てることにあまり重きを置いていないのがもうバレていると思う。パブリックスペースのデザインとは、いわば生きた都市を相手にするナマモノであり、体系的に語れば語るほど重要なものが欠け落ちる――とこれは言い訳かもしれないが、デザインの現場に対峙した時の思考の臨場感のようなものを伝えられたら、という想いであることに最近気づいた。
だがその結果、テーマがあるとはいえ、あちこち時空を飛び回る変則的な論説になったことをお詫びする。
次回からは「第2部 空間をつくる」として、実際にデザインをする上で自分自身が普段考えているデザインの「勘所」を整理してみようと思う。それもまた、あまり体系的でないまま、になりそうではあるが。

 

 

土木デザインノート

小野寺 康Yasushi Onodera

(有)小野寺康都市設計事務所|EA協会

資格:
技術士(建設部門)

一級建築士

 

略歴:
1962年 札幌市生まれ

1985年 東京工業大学工学部社会工学科卒業

1987年 東京工業大学大学院社会工学専攻 修士課程修了

1987年 (株)アプル総合計画事務所 勤務

1993年 (株)アプル総合計画事務所 退社

1993年 (有)小野寺康都市設計事務所 設立

 

主な受賞歴:
2001年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(門司港レトロ地区環境整備)

2001年 土木学会デザイン賞 優秀賞(与野本町駅西口都市広場)

2002年 土木学会デザイン賞 優秀賞(浦安 境川)

2004年 土木学会デザイン賞 優秀賞(桑名 住吉入江)

2008年 グッドデザイン特別賞 日本商工会議所会頭賞(油津 堀川運河)

2009年 建築業協会賞:BCS賞(日向市駅 駅前広場)

2009年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(津和野 本町・祇園丁通り)

2010年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(油津 堀川運河)

 

主な著書:
グラウンドスケープ宣言(丸善、2004、共著)

GS軍団奮闘記 都市の水辺をデザインする(彰国社、2005、共著)

GS軍団奮闘記 ものをつくり、まちをつくる(技報堂出版、2007、共著)

GS軍団総力戦 新・日向市駅(彰国社、2009、共著)

 

組織:
(有)小野寺康都市設計事務所

取締役代表 小野寺 康

〒102-0072 東京都千代田区飯田橋1-8-10

キャッスルウェルビル9F

TEL:03-5216-3603

FAX:03-5216-3602

HP:http://www.onodera.co.jp/

 

業務内容:
・都市デザインならびに景観設計に関する調査・研究・計画立案・設計・監理

・地域ならびに都市計画に関する調査・研究・計画立案

・土木施設一般の計画・設計および監理

・建築一般の計画・設計および監理

・公園遊具・路上施設などの企画デザイン

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