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2013.02.20

02|南欧の広場

金光 弘志((有)カネミツヒロシセッケイシツ|EA協会)

私がデザインをやりたいと思ったのは大学3年も終わりの頃、その年の後期設計演習のカリキュラムに加わった「都市デザイン」を受講するうちに徐々に興味をもちはじめたからである。今では母校の日大にもデザイン研究室はあるが、当時は三浦裕二先生の舗装工学研究室(以下「三浦研」)で興味のある学生を引き受けてくれている状況でしかなかった。日大では3年後期から学生は研究室に配属される。当初は交通計画研究室に所属していたが、4年からは先生方に御願いして三浦研に所属を変えてもらった。三浦研に出入りするようになり、さぁ勉強するぞと思ってはみたものの三浦研の書棚にはデザインに関する文献は数冊程度しかなく、当時すでに設計事務所でアルバイトを始めていた私にとって満足できるわけがない。とは思いつつも数少ない本を手にとり中身をパラパラと見ていたところ、書棚最下段の端にあったのが『南欧の広場』(加藤晃規)という1冊である。今は廃刊になっているが当時建築・都市・ランドスケープの分野を扱うデザイン雑誌「プロセスアーキテクチュア」からA4版単行本として出版されている。

 

『南欧の広場』加藤晃規著,プロセスアーキテクチュア

 

『南欧の広場』は、2つの論文、イタリアの29広場とフランスの9広場の解説で構成されていて写真と図版の多さも特徴である。なかでも当時夢中になったのがイタリアの広場の航空写真である。レンガの赤褐色やその土地で産出される自然石独特の色でうめつくされる高密な都市の中に、ぽっかりと空いた広場の特異な形態にすっかり魅了された私は当然ながらイタリアの広場に行きたいと強く思うようになっていた。

アルバイト先の設計事務所で、その思いを所員の方々に話したのかどうかは記憶にないが、普段の会話のなかで、多くの所員が卒業旅行に行って建築や都市をみてまわっていたことを知った。恥ずかしながら、こうした卒業旅行というイベントをそれまで知らなかった。

卒業論文を書き終えた頃は、アメリカを中心とした連合軍がクウェートに侵攻したイラクへの攻撃を開始した湾岸戦争の真っ最中。海外旅行を自粛する人も多く、私も両親から強く反対されたが、1991年2月20日成田空港からヨーロッパへ向けてひとりで飛び立った。最初の10日間くらいはパリのグランプロジェ、オリンピック前の開発ラッシュで賑わうバルセロナのアーバンデザインをみてまわり、夜行でイタリアのジェノバに入った。それから北上してミラノ、西へと向かいヴェローナ、ヴィチェンツァ、ヴェネツィア、そして南下して、フィレンツェ、ピサ、シエナ、ローマという行程のなかで、ひたすら中世・ルネッサンス・バロック期の広場を巡った。

その興奮は、1ヶ月の卒業旅行だけでは何故か治まりがつかなかった。私はどちらかというと物事に熱中するタイプではなく、どこか冷めたところがあると自己分析しているのだが、イタリアの広場に関しては行き尽くしたいという思いを止めることができなかった。設計事務所で働き始めて4年目、担当するプロジェクトを自身でコントロールできるようになったのをいいことに、夏の終わりと年末年始の2回、それぞれ10日〜2週間程度イタリアへの広場巡りをはじめることにした。最初は事務所の人たちに白い目で見られていたと思う。けれども自身の恒例行事と化してしまい、お金が無いときは借金してでも航空券を購入していたのが功を奏したのか、周りの所員も我が儘な私の行事を理解してくれていた。と勝手に思い込んでいた。

それから独立を意識する30歳頃までは恒例行事はやめなかった。観光客が行かないような町で至極の広場を発見、レンタカーでシチリアを横断、時には怖い目にもあいながらも、あちこちの都市に赴き広場を見て回った。もちろん広場だけではなく、建築や庭園も見て回ったし美術や彫刻にも触れることができた。しかし何よりも、美味しい食事とワインそしてオペラの魅力など人生を楽しむ術をイタリアを通じて学ぶことができた。1冊の本が20代の私にとんでもない行動力と好奇心を与えてくれ、今40代半ばではあるが私の人生をここまで豊かなものにしてくれている。

 

左:サンマルコ広場(ヴェネツィア)  右:カンポ広場(シエナ)

(いずれも筆者撮影:デジカメが世の中に無い頃で画質が悪いのは御容赦を)

 

私の一冊

金光 弘志Hiroshi KANEMITSU

(有)カネミツヒロシセッケイシツ|EA協会

ランドスケープアーキテクト

 

略歴:

1968年 広島市出身

1991年 日本大学理工学部交通土木工学科卒業

1991年 アプル総合計画事務所(〜2000年)

2000年 オンサイト計画設計事務所(〜2004年)

2004年 有限会社カネミツヒロシセッケイシツ 設立

 

主な受賞歴:

2020年 グッドデザイン賞(長門湯本温泉観光まちづくりプロジェクト)

2021年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(長門湯本温泉観光まちづくりプロジェクト)

 

組織:

(有)カネミツヒロシセッケイシツ

mail:kanemitsukhdo@gmail.com

HP:http://www.khdo2004.com/

 

業務内容:

・公園、庭園、建築外構など屋外空間の計画立案、設計、監理

・ 道路、橋、河岸など土木施設のデザインに関する計画立案、設計、監理

・ 地域ならびに都市計画に関する調査、研究、計画立案

・その他上記に付帯する業務

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