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2011.05.01

01|妄想的風景鑑賞法

真田 純子(徳島大学|EA協会)

徳島県三好市東祖谷は、県内でもひときわ山深いところだ。そこに、名頃地区という案山子で有名な集落がある。「案山子で地域活性化」。これだけ聞くと、手っ取り早く有名になりたいというような、安っぽいまちづくりに思えるかもしれない。けれど、この地区にはじめて足を踏み入れたとき私が感じたのは、案山子の風景が良いとか悪いとか、そんなこととはちがうものだった。
畑で働き、縁側でくつろぐ案山子は、本当に人がいるかのようで、過疎化の進む山間部の集落ではあまり見ることのない賑わいをつくりだしていた。
畑に働く人がいる。賑わいのある集落は、ほとんど目にすることはないけれど、なぜかしっくりときた。しかしそれが案山子であるということに気付いたとき、畑に働く人がいる、という当たり前のことが当たり前で無くなっている現実に寂しさを感じた。
かつての賑わいを懐かしみ、取り戻したいと願って案山子を置いたのだろうか。過疎化が進行し、だんだんと静かになっていく集落を、地元の人たちはどのように見ているのだろうか。

 

 

 

その土地に住み続けてきた人たちの見ている風景は、私の見ている風景とは、違う。

 

風景論的に言うと当たり前のことだけれど、なかなか実感する機会はない。

子どもたちを集めて田舎で遊ばせるというイベントを行ったときに、場所を借りた集落のおじいさんが「こんなに子どもが遊んでるのは何年ぶりかな…」と、ぽつりと言ったこと。川に関するワークショップをしたときに、参加者のおばちゃんが、川で遊ぶ子ども、釣りをする大人、渡しを操る渡し守で、川が賑わっていた様子を細かく話してくれたこと。

案山子の一件だけでなく、徳島の各地で地元に人にいろいろな話を聞くにつれ、私の見ている風景がほんの一面でしかないことを強く感じるようになってきた。

地域づくりとして風景を扱う場合、この「ずれ」は慎重に扱うべき問題だと思う。単に歴史を調査する、ということで解決する訳ではない。立場の違いというか、如何ともしがたい違いがあるのだ。

 

とは言え、実のところ私はこれをそんなに深刻な問題とは捉えていない。「違い」があるのは、楽しいのだ。私の見かたを変えてみると、また違う風景が見えてくる。各地で聞きかじった思い出話や、ちょっと調べてみた歴史をもとに、ここにはこんな人たちがいたのかな、車道は無かったからこんな集落だったのかな、とか、妄想しながら風景を見るのだ。これを「妄想的風景鑑賞法」と名付けてみた。風景を妄想的に楽しむためには、地元の人たちの話や歴史も大切な要素だ。

 

今一番のお気に入りは、徳島県の南部を流れる那賀川だ。この川の上流は木頭地方といって、昔から林業が盛んなところである。1955年に長安口ダムが造られるまでは、川を使って木材を運んでいた。河道の細い上流部では丸太のままであったが、今の長安口ダム下の谷口というところでいったん集め、そこで筏に組んで流していた。筏は幅2.4m×長さ4.2mを1枚とし、それを6枚つなげたものを1杯として、前後に1人ずつ筏師が乗って下ろした。谷口から河口まで約60kmの距離は、水量の多いときで2日、少ないときで10日ほどかかった。筏を乗り下す筏師は、流筏が終えられる直前で300人ほどいたそうだ。途中で筏を留め置くところが限られていることや、下流から上流に戻る時間をも必要だから、、、と考えてみると、水量の多い時期には、朝50杯ほどの筏が一斉に川を下り始める光景があったのかな、と思う。

那賀川の中流部にある那賀町に、月に一度、地域づくりの話合いに通っている。そのとき使うのは国道195号線ではなく、那賀川の左岸に沿う県道19号線だ。対向も十分にできない細い道ではあるが、川沿いの道をあえて選ぶ。道沿いの木々がたまに途切れて川が姿を見せる。折り重なる山々を縫うように蛇行する、その河身の曲線はたまらなく優雅だ。全体的に浅瀬が多く、きらきらと水面が輝く。その風景に、たくさんの筏が浮かんでいる光景を妄想し、川が賑わっていた時代に思いを馳せる。毎月通るたびに川を見て、そのたびに妄想する。これがなかなか楽しい。

筏を50杯流すのはさすがに無理だろうけれど、いつか2日かけて川下りをしてみたい。最近はそんな野望まで出てきてしまった。

 

 

風景エッセイ

真田 純子Junko Sanada

徳島大学|EA協会

資格:

博士(工学)

 

略歴:

1974年 広島生まれ

1996年 ヴルカヌスプログラム(日欧産業協力センター)にてイタリア留学(1年)

1998年 東京工業大学工学部社会工学科卒業

2000年 東京工業大学大学院社会理工学研究科社会工学専攻 修士課程修了

2005年 東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム選考 博士課程修了、博士(工学)取得

2007年 徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部 助教着任

 

著作:

都市の緑はどうあるべきか 技報堂出版 2007年

 

組織:

徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部

〒 770-8506    徳島県徳島市南常三島町2-1

 

TEL:088-656-7578

FAX:088-656-7579

 

業務内容:

・土木一般、造園、都市計画、まちづくりに関わる景観デザイン・プランニング・マネジメントに関する調査、研究、コンサルティング

・一次産業の作る風景保全のための地場産業の活性化に関する調査、研究、コンサルティング

・その他上記に付帯する業務

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