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2011.09.01

03-3|「通潤用水下井手水路の改修」その3:工事中の監理と施工結果

西山 穏((株)西日本科学技術研究所|EA協会)

前回までに、水路の特徴と改修デザインの基本方針について述べた。最終回の今回は、工事中のデザイン監理と現時点の状況をお知らせする。改修の影響の評価は魚などの生物と地域の生活についてするべきであり、改修後1~2年の現時点では評価できない部分も多い。その意味では、この報告は未だ中間報告のような位置づけと考えていただきたい。

6.工事中のデザイン監理

前回示した方針を見ていただくとわかるように、この工事は小規模な水路の中に多くの工種を用いており、また個々の工種が近年の土木工事ではあまり使われなくなった伝統工法など特殊なものである。これらを現地の地形に合わせ、できるだけ人工物の規模を小さく、また生物への影響等に繊細な配慮をもって施工することが重要だった。図面だけでは施工を担当する業者に十分に伝わらない意図を伝える必要があったため、我々設計者が「施工指導」「積算補助」という役割で工事の監理に一部参画する体制が採られた。発注者の担当部局が建設課や農政課ではなく教育委員会であったため、監理体制を補強する必要があったことも理由の一つである。
小規模な工事では事前に地質調査など費用のかかる情報収集をすることは割に合わないため、「設計は想定で進め、現場で掘ってみてから修正する」ということが日常的である。この工事でも同様で、開始してから湧水や軟弱地盤対策、地元要望対応等により、設計を見直す必要に何度も直面した。その度に施工業者と現場で協議を重ねては工法を検討し、図面を描き直し、積算し直し、その結果工事費が足りなくなると費用低減のためにさらに別の箇所の構造を検討し直した。
我々設計者はほとんど全ての図面を複数回更新し多くの作業を費やしたが、そのおかげで工事の目的からそれることなく現地条件を十分に踏まえた設計変更をすることができた。
元の地形に馴染む工事を行うためには有用な体制だったと思う。

 

図1 現地での施工業者との協議

 

7.改修工事の結果

[つぎはぎの水路補修]
必要な箇所のみに限定して行った水路補修として、主な3つの工種について写真2~4に示す。一定幅・一定勾配にならず、またこれまで通り柔らかい土の水路岸が多く残されるため、視覚的な印象の変化はほとんど気にならないほどで、生物の生息環境としても大きな改変とはならなかったようである。
○空石積護岸(図2):通路に面した水路岸が侵食され堤防が一部流失していた箇所では、管理用車輌の重量に耐える必要があり、かつ泥あげ作業を妨げないことが重要なので、平滑な空石積擁壁構造とした。
○「詰め石」(図3):水路岸が流水により側方に侵食され、オーバーハングした地形になっている箇所では、規模が小さかったことから大がかりな開削を避け、横から石を詰め込むだけの簡易な補強をした。
○「杭出し」(図4):水路幅に余裕がある水衝部では、速い流れを水路岸から遠ざけることで浸食を防ぐ水制「杭出し」を設けて、水路岸を必要以上に固めないようにした。

 

図2 空石積護岸

 

図3 「詰め石」

 

図4 「杭出し」

 

[堤防補強を兼ねた管理用通路]
造成した堤防補強・管理用通路の盛土は、水路規模に比して体積が大きく、文化財的な対象を扱う例としては改変が大きいといえる。しかし、工事後の植生回復の結果、棚田風景に対する改変の影響は軽微に抑えることができたように思う(図5~6)。
通常、盛土法面には雨水による浸食を防ぐため種子散布などして緑化するが、生物多様性の視点からは種や遺伝子の撹乱が問題となっている。ここでは、現地の畔の表土を保管しておいて敷き均した結果、数ヶ月後には草本に覆われた。

 

図5 堤防補強を兼ねた管理用通路の盛土

 

図6 平成21年度工事の水路全景

 

[集中的な環境創出]
(1)三面張水路の破損部補修と拡幅(図7)
三面張水路が直角に折れ曲がっている箇所で、上部の土塊の滑りによりコンクリート水路壁が破損している箇所があった。破損部分を撤去して空石積み護岸にて補修する際に、カーブの内側を大きく拡幅して局所的な緩流域が形成されるようにした。
工事後3ヶ月の時点で、アブラボテの幼魚多数が遊泳しているのが確認された。

 

図7 三面張水路の破損部補修と拡幅

 

(2)合流点の改良と堤防セットバック(図8~9)
上井手水路からの余り水(余水路)が合流する地点で土砂が集中して堆積し、豪雨のときには頻繁に氾濫の危険に瀕していた。当初、余水路部分に小さなダムを設けて土砂を遮断することが検討されたが、生物の環境にとってはある程度の土砂供給が必要であること、管理用通路の対岸にダムを設けた場合ダムに溜まった土砂の浚渫が困難なことから別の方法が必要となった。
ここでは次の3つの方策を組合せて、安全性を向上しつつ土砂移動の遮断を回避した。
○堆積区域を分散させるため、小規模な導流堤により流れを整える
○土砂を貯留するため、沈砂枡を水路底に設ける
○堆積しても用水が溢れないよう、堤防をセットバックして水路断面を広くする
上記のセットバック箇所に生まれる高水敷は頻繁に冠水する湿地状の環境とし、遊泳力の小さい水中生物や稚魚の避難場所となることを目指した。沈砂枡は水路内で水深が大きい空間となり、水位が低い冬季に魚類が集中して利用しているのが確認された。

 

図8 合流点の土砂堆積対策(石積導流堤と石積沈砂枡)

 

図9 断面拡大と湿地の創出

 

図10 湛水田と魚道ゲート

 

おわりに

今年8月22日に現地を見たが、工事でつくった構造物や盛土は草に覆われ、ほとんどの形が消えている。人工物が目立たなければ目立たないほどよいので、狙い通りではあるが、同時に、人工物の形を消すのに活躍する草の勢いを改めて見せられたともいえる。工事で管理用通路が設けられ楽になったとはいえ、草刈りはやっぱり大変に違いない。
元の姿をあまり変えない水路改修には、伝統工法など技術的な工夫があったのも事実だが、何よりも地元の水路管理者である土地改良区の合意が得られたことが幸運だったといえる。毎年何回も行われる草刈りや泥あげ作業を受け持つ当事者が、地域で結束して景観を守ると決断したから、農地の分野ではこれまでになかった景観と環境を保全する整備ができた。決断の背景に、費用を負担し合って通潤橋を含む用水事業を成し遂げた地域の自治組織の歴史があることが想像される。
地域の個性を表す景観が軸になり、そこに住む人たちが主体的に活力を高めていくというモデルは、重要文化的景観という仕組みが目指すところであると思うが、その点でこの地域は有望だ。地域では棚田景観やその他の歴史遺構を活用して生業の存続に結びつけるための様々な試みが始まりつつあり、今後も注目していきたい。

エンジニア・アーキテクトのしごと

西山 穏Nishiyama Yasushi

(株)西日本科学技術研究所|EA協会

資格:

技術士(建設部門:河川、砂防及び海岸・海洋)

登録ランドスケープアーキテクト(RLA)

測量士

1級土木施工管理技士

1級造園施工管理技士

 

略歴:

1972年 名古屋市生まれ

1996年 東京大学工学部土木工学科卒業

1998年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 修士課程修了

1998年 (株)西日本科学技術研究所 勤務

2002年 高野ランドスケーププランニング株式会社 出向

2006年 (株)西日本科学技術研究所 復帰

2017年 同社 退職

 

組織:

 

 

 

業務内容:

・河川整備に関する調査・設計

・土木工事一般に係る景観デザイン検討

・地域振興・自然再生・景観形成等の計画策定及び各種社会調査

・各種自然環境・生活環境調査

・その他上記に付帯する業務

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