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2012.01.01

06-2|文化的景観保全とまちづくり その2:熊本県天草市における文化的景観保全の取り組み

田中 尚人(熊本大学政策創造研究教育センター|EA協会)

1.振り返り

前号で示したように,国選定の重要文化的景観(以下,重文景と略)選定を目指す文化的景観保全の流れは,大別すると三段階に分けられる。

①文化的景観保存調査では,様々な専門家や各主体による本質的価値の「発見」が,

②文化的景観保存計画策定では,各主体間での本質的価値の「共有」が,必要とされ,

上記の要件が整えば,市町村からの申請を受け国が重文景に選定する。選定後は,

③文化的景観に関連した公共事業(ここに,一般的なまちづくりも含まれる)において,地域外への本質的価値の「発信」,地域内における「創造」,「継承」が必要とされる。

そして,この文化的景観保全という,持続可能な終わりのないまちづくりの現場では,1)地域住民,行政,第3局(アソシエーションや企業,専門家,など)の協働による「自治」の場,2)景観を契機とした地域のための「総合行政」の場,2種類の協働の場づくりが必要とされている(図-1参照)。

 

 

図-1 2種類の「協働」の場づくり

 

2.天草市における3地域の取り組み

熊本県天草市では,私たちは平成20年4月より,重文景に選定された﨑津地区(現在,今富地区までの追加申請を検討中)では前述の①~③まで,大江,棚底地区では①,②の文化的景観保全に関わる仕事をさせて頂いている。3地区では,天草市教育委員会文化課世界遺産登録推進室の方々が中心となって,﨑津,大江の両地区は,長崎の教会群が世界遺産に選定されることを目的に活動していたが,棚底地区は,当初より重要文化的景観選定のみを目指して活動してきた。

①文化的景観保存調査については,景観,土木史を専門とする研究者として参画し,特性景や景観軸,景域,アクティビティの把握,その変遷など,通常の歴史的環境に配慮した景観調査をおこなったに過ぎない。その成果として,﨑津地区ではカケ(海に面した家屋から張り出されたテラスのような桟橋の一種),トウヤ(庇で覆われた家と家の間の細い路地)などに代表される漁村集落景観,大江地区(写真-1)では地勢と段畑が卓越した農村集落において神父道や信者道など流通・往来を支えた道路ネットワーク,棚底地区(写真-2)では石が多く含まれる扇状地の特徴を最大限に活かしたコグリ(石積みの地下横穴式農業用水路)による水田耕作と防風石垣による農村集落景観,の重要性を指摘し,地域の方々に「(再)発見」して頂いた。

 

 

写真-1 大江地区の大江天主堂       写真-2 棚底地区のコグリ

 

②文化的景観保存計画策定においては,専門家と行政の間だけでの共有になり易い文化的景観の本質的価値を,地域に暮らす人々と「共有」し,日々の暮らしと折り合いを付けながら継承していく仕組みについて考えた。そこで,私たちが天草市教育委員会の皆さんと当初より実践してきたのは,①と②の両方の活動にとって重要な現場となる,地元の小学生と地域の方々と一緒にまち歩きを行う文化的景観の調査・学習プログラムであった。このワークショップ(以下,WSと略)を私たちは「わたしのまちの○(まる)と×(ばつ)」WSと名付け,平成20年8月に「﨑津のまちの○と×」として実施して以来,平成21年にはお隣の星野研究室(熊本大学工学部)の協力を得て大江地区にて,平成22年には棚底地区にて,そして平成23年5月には今富地区,さらに8月には﨑津地区にて二度目の実施と,4年間で5回WSを実施してきた。

 

3.世代を超えた参加の意義

「わたしのまちの○と×」WSは,同名のフォトコンテストをヒントに,私たちが文化的景観の調査・学習プログラムとして提案したものであるが,地元の方々の協力により,回を重ねるごとに,文化的景観保全における世代を超えた参加の意義を示しつつある。

WSは,文化的景観調査・学習の一環として,地元の小学生と一緒に地域の方々とまち歩きを行い,今後も守っていきたい,その地域らしい「○の風景」と,好ましくない,あるいは直して欲しい「×の風景」の両方を撮影してもらい,グループワークをして地図や壁新聞などのポスターとして整理した後に発表を行うというものである。子供だけ,親御さんと,あるいは帰省中の従兄弟と一緒になど様々な形での参加して頂いており,地域の方々の手差しでかき氷やお菓子の差し入れがあるなど楽しいWSで,子供達からも「おじさんたち,今度いつ遊びに来るの?」と好評のようである(写真-3,4参照)。

 

 

写真-3 今富の○と×では水田の畦道を歩いた   写真-4 﨑津の○と×では船に乗った

 

当初このWSの目的として,子供達に対して地域学習の一環として「地域固有の風景の保全」について考えてもらうという狙いがあったが,実は地域の方々に対しても,子供達と一緒にまち歩きすることで,①普段とは違う視点を体験してもらう,②しがらみのない素直な感想を共有してもらう,③自分たちの過去を振り返ってもらう,という狙いがあった。もっと言えば,こうしたまちづくり活動になかなか参加して頂けない,小学生の親世代,30代から40代の地域住民の方々に,文化的景観保全の重要性を知ってもらいたい,という思いもあった。

どの地区で開催した○と×WSも好評であったが,今年の﨑津・今富地区におけるWSでは,「子供たちに耕作放棄地のゴミを×と指摘されて,本気で何とかしなければと思った」,「自分の故郷なのに,こんなにゆっくりと風景を見ながら校区を歩いたのは初めてかもしれない。もっと地域の現実を見なければと思った」,「この子らが出て行くまで,○と言ってくれた風景が守れるのか正直不安だ」など,私たちも考えさせられるような振り返りの意見が出るようになってきた。

こうした振り返りを,さらなるまちづくりの糧として改善していけるよう努力すること,まちづくりに係る教育,人材育成,組織形成,行動計画のデザインが私たちのこれからの仕事となるだろう。

 

4.文化的景観に関連した公共事業

﨑津・今富地区において,全国の文化的景観保全行政をリードしていると言える取り組みが「天草市文化的景観整備管理委員会(写真-5)」である。本委員会は,天草市文化財保護審議会条例第5条に基づき,重文景区域内および予定区域において公共事業などが計画され,景観保全と事業の調整・工法検討のため2010年10月に設置された。本委員会は,全ての案件を検討する固定委員4名(篠原修:土木景観,蓑茂寿太郎:造園景観,星野裕司:土木デザイン,田中尚人:景観まちづくり)と,案件ごとに関係する臨時委員を含めて審議する委員会構成となっている。現在まで「今富地区町の川内川通常砂防事業」と「﨑津漁港漁業集落環境整備事業」の2つの案件が審議されており,この一年間で委員会は4回,それぞれの部会が5,6回と活発に議論が行われている。

 

 

写真-5 様々な協働の場となる委員会     写真-6 図書室で開催されたWS

 

この委員会においても,2つの協働の場づくりが実践されている。

まず「総合行政」の協働に関しては,委員会の主幹である教育委員会の他に,臨時委員会として,それぞれ国土交通省九州地方整備局河川部地域河川課・熊本県地域振興局土木部工務課,水産庁漁港漁場整備部整備課・天草市経済部水産課の事業官庁,担当部局が出席している。さらに,オブザーバーとして,文化庁,県文化企画課,土木部砂防課,農林水産部漁港漁場整備課,土木部上下水道課,教育長文化課,市都市計画課,河浦支所産業建設課,など,国・県・市の様々なレベルで公共事業に関わるありとあらゆる部局がこの委員会に出席している。この協働の場では,専門家から整備に関するアドバイスもなされるが,それよりも目を惹くのは「ことさらに重文景の区域だからという訳ではなく,景観に配慮した整備がスタンダードになるように」,「(景観への配慮をきっかけに)よく考え抜いた工法は割安になる」,「何をどのように議論したのか,誰でもアクセスできるように記録を残すことが大切」など,誰からともなく公共事業の基本とも言える約束事が整理されていくことである。

次に「自治」の協働の場において,重要な役割を果たすのは臨時委員として出席しておられる地域住民の方々である。かつてキリスト教徒の方々が聖水を汲んだ場所近くの砂防事業を検討している場で,ある区長さんの言った言葉が忘れられない。「確かに土砂災害は恐ろしい。けんど,文化的景観も﨑津や今富の宝やけん守りたい気持ちもある。わしらはここに住み続けるけん,あんたらはよう話し合って,ええもんつくってくれ」。地方分権と言われながらも財政の厳しい地方行政において,文化的景観に関連した公共事業は,ひょっとすると当分できないかもしれない地域住民の生活環境向上のための機会である。真の公共事業,公共事業本来の目的を達成するために,今文化的景観保全は最も有益な枠組みとなりつつある。

 

平成23年2月に重文景に選定された『天草市﨑津の漁村景観』を巡るまちづくりの活動は,まだ始まったばかりである。平成23年度には社会資本整備総合交付金(旧街なみ環境整備事業)が﨑津地区に適用され,文化的景観保全を核とした「﨑津のグランドデザイン」事業が開始された。市長の英断により,天草市役所の内部に庁内調整を行い,これに当たるプロジェクトチームが立ち上がった。しかし,一方で地域の過疎化,高齢化は進み,今年度をもって地域に唯一存在する富津小学校が閉校となる。私たちは,文化的景観保全,まちづくりの新たな担い手,枠組みづくりを模索するため,富津小学校閉校記念事業実行委員会の皆様とともに,「母校を考えるWS(写真-6)」を実施している。いずれにせよ,故郷の風景を守るために,拠り所となる場づくりが喫緊の課題である。

次回は,日本で初めて棚田景観として重文景に選定された熊本県下益城郡山都町『通潤用水と白糸台地の棚田景観』の現場において,2種類の協働の実践について紹介する。

エンジニア・アーキテクトのしごと

田中 尚人Naoto Tanaka

熊本大学政策創造研究教育センター|EA協会

資格:
博士(工学)

 

略歴:
1971年 京都生まれ

1995年 京都大学工学部土木工学科卒業

1997年 京都大学大学院工学研究科環境地球工学専攻 修士課程修了

1998年 京都大学大学院工学研究科環境地球工学専攻 博士後期課程中退

1998年 京都大学大学院工学研究科 助手

2003年 岐阜大学工学部社会基盤工学科 講師

2006年 熊本大学大学院自然科学研究科 助教授

2007年 熊本大学大学院自然科学研究科 准教授

2009年 フランス国立工芸学院(CNAM)客員研究員

2010年 熊本大学政策創造研究教育センター 准教授

 

主な著書:
環境と都市のデザイン 表層を超える試み・参加と景観の交点から、学芸出版社、2004.11.(分担執筆)

土木と景観 風景のためのデザインとマネジメント、学芸出版社、2007.4.(編著)

風景のとらえ方・つくり方 九州実践編、共立出版、2008.11.(分担執筆)

 

組織:
熊本大学政策創造研究教育センター

〒860-8555 熊本市中央区黒髪2-39-1

TEL:096-342-2040

FAX:096-342-2040

HP:http://www.cps.kumamoto-u.ac.jp/

 

業務内容:
・土木一般、造園、文化財保全、都市開発、都市計画、まちづくりに関わる景観デザイン・プランニング・マネジメントに関する調査、研究、コンサルティング

・その他上記に付帯する業務

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